第725話今回はクロトとイナイがお留守番です!

あれから数日後、ブルベさんから連絡が来た。

どうやら向こうの国はまだ自分達の状況に気が付いていないとの事だ。

判断遅くない? と少しばかり思ったけど、普通そんな物らしい。

むしろウムルの情報伝達が早すぎるし、他国の情報からの対応も早過ぎるだけだと言われた。


諜報員の重要性を説いた臣下による、大量の人員と訓練。

そしてその情報を素早く管理する為のシステムと道具。

どちらもが備わっているウムルに、情報の速さで勝てる国は滅多に居ない。

そう言われたんだけど、鈍い俺は少し腑に落ちていなかった。


だってそれは、単にウムルが優秀ってだけの話じゃない?

ウムルでは早い事と、向こうが遅い事とは別の話の様な。

そう思っていたら、表情から察したらしいイナイが説明をしてくれた。


「あたしは連中と商売しない、って事を仲間内には言ったが、態々本人には言ってねえ。そして伝えた連中も、あたしが喧嘩を買った事は良く理解している筈だ。人の流れのおかしさや、国元に戻って来た奴隷商共から情報を得て、初めて気が付く事っつーわけだ」

「・・・えっと、つまり、異変に気がつく程の情報を得られていない、って事?」

「早けりゃ多少耳に入ってる連中は居るだろう。が、一部が気が付いたからって、主導者が動く気にならなきゃどうにもならねえのが国っつーもんだからな」


成程、気が付いて対策が必要だと思っても、国王が動こうとしないとどうにもならないと。

んで、その国王まで情報が届いていない可能性が高いって事なのか。

とはいえそのまま放置はしないんじゃないのかな。

帝国みたいに国王の力が強いなら貴族も動かないのかもしれないけど、そうじゃない場合貴族って結構自由に対応する所も有ったりしないのかな?


まあその辺りは俺が考えても仕方ないか。

そもそもイナイが言ってた「聡い奴」ってのも商人枠の事らしいし。

要は国を見限る判断をするかしないか、っていう動きの速さの違いだ。


商人達は情報の大切さを知っているし、沈みゆく船に乗る気などさらさらない。

その上船頭が浸水に気が付いていないならば、尚の事近くの船に乗り換えるだけだろう。

そしてその動きに気が付いて、初めてその国の上の人間は危機に気が付くだろうと。


何せその国に所属して利益を上げる商人とは取引をしないと言われたのだ。

ならば国を見捨てて別の国で商売を、となる商人は多数現れるだろう。

あの国から離れられないのは、単純明快に奴隷商だけをやっている商人だけ。


そしてその商人も、数少ない奴隷商が認められている別の国へ行くだろうと予測している。

まあこれ全部、イナイの言葉ですけど。俺が予測出来る訳無いじゃん。


『自分で自分の首絞めて、滑稽だよね』


ブルベさんがすっごく良い声で毒を吐いていた。

ここまで来ると俺も何となくでも怒っているのが解るな。

なんていうか、優しい人の優しい声での怒りってめっちゃ怖い。

何考えてるのか解らないのが凄く怖い。


因みに奴隷商が簡単に他国に動けるのか、という点からの今のブルベさんの発言だ。

向こうの国は奴隷が許可されていない国で奴隷を売る為に、奴隷を運ぶ為の身分証を発行した。

国元では効果の無い様な身分証だが、それでも身分証は身分証だ。

これにより本来国外へ簡単に持って逃げられない奴隷を、気兼ねなく他国へ持ち運べてしまう。


そのまま奴隷商が許可されていて、ウムルとは敵対してない国に住み着けば良い。

異常に気が付けば奴隷商も別の商人達も国から簡単に出られなくなるだろうが、それまでに気が付いた商人達はなるべく早く国を脱出するだろう。


『という訳で、対応はもう少し後になりそうだよ』

「みたいだな。一人ぐらい判断のはえーのが居るかと思ったけど、それもなさそうだし」

『そんな人間が居るならウムルに喧嘩を売らないと思うけどね。いや、国が売ったとしても、私と国の考えは違うと伝えて来る貴族が居るはずだよ。それが無いって時点でそういう事さ』

「だな。まあ後手後手に回ってくれる分にはこちらとしては助かるがな。追い込みやすくて」

『今のペースで動いていれば・・・酷くても一月後には首が回らなくなる事に気が付くかな』


ひと月ってかなり遅いな。流石にイナイの宣言が届く時間はそこまでかからないだろうに。

ウムルに喧嘩を売ったのだから、対処も考えておくべきなんじゃないのか、普通。


「大分遅いですね、ひと月って」

『ウムルと違って人民を軽視している国だから、金と血筋が無ければ話を聞かない連中も多い。都合の悪い状況、なんてのもあんまり経験した事が無いんじゃないかな』

「あー・・・以前のポヘタみたいな感じですか?」

『違うけど、まあ近い物かな。平民と貴族に大分差が有る、って時点では』


少し含みの有る言い方だな。何が違うんだろう。


「でもそんな悠長に構えている国なのに、良く今まで無事でしたね。もしかして武力は高いとかですか?」

『いや、あの国は金はそこそこ持っているが、武力はそこまで高くない。というか、戦争自体余りした事が無いんじゃないかな。仕掛けた国も少ない』

「え、他国にこんな喧嘩売るような国なのに?」

『・・・あの国では、他国では禁止されるような事が普通に許可されている、という事さ』


ん、まって、その答えだと俺の脳内で話が繋がらないんですが。

えーと、えーと、つまりどういう事だ。

普通は禁止されていて、そこでは禁止されていない、っていうのが都合が良いって事かな。

ああそうか、つまりその国が有る事で、その国に行けば出来るという判断か。


「え、えっと・・・周囲の国が、そこを利用したくて守ってる、って事ですか?」

『そう。だからこそ商人達もそういう人間達が多く、そして貴族達も自分の国を潰しにかかると本気で思っちゃいない。何せ潰れたら周囲の国の腐った貴族共が困ると思ってるからね』

「あれ、でもそうなると、今回も同じ様な事になるんじゃ・・・」

『喧嘩を売る相手を間違えさえしなければ、そうなっただろうね。別に私はあの国を擁護する事を禁止はしない。だが我が国に奴隷を持ち込んだ事を許す気は無い、と伝えるだけださ』


明確にどう対応する、なんて事は伝えないけど、許す気は無いと。

つまり「お前らもウムルに喧嘩売る気なら良いぞ、来いよ」って訳だ。

怖いわ。何それめっちゃ怖いわ。俺なら絶対したくないぞ。


『そんな訳で姉さんにはすぐに動いて貰う必要は無いんだけど、それでも状況は流れているから、何時でも動けるように待機していて欲しい』

「あいよ」

『タロウ君には申し訳ないが、その間別行動をして貰いたい。そろそろ休暇は終わりだ』

「遺跡の破壊、ですね」

『ああ。そして魔人の駆逐だ』

「・・・はい。敵対する様子なら、容赦は、しません」


今ブルベさんは、あえて『駆逐』という言葉を使った様な気がする。

相手を人間と思うなと、別の何かだと思えと言って来たんだと思う。

ただそれは、多分だけど、ブルベさんも割り切れていない所が有る故の言葉じゃないだろうか。


『シガルちゃん、君は今回タロウ君と共に行動して貰う事になる。彼の補助を頼むね。後でセルエスから正式に命令が下るから、その時の事務処理は補佐の彼女に投げてすぐ動いて良いよ』

「はっ」


補佐の彼女って、あの人ブルベさんにも知られてるのか。良いのかそれで。

いや、うん、能力は高そうなのは解るんだけど、中身がさ。

・・・でも良く考えたら、ここの上位陣も大概かもしれない。特にアロネスさん。


『クロト君とハクは、今回は待機でも構わない。というよりも、クロト君は姉さんについていてくれると嬉しいかな。姉さんが負けるとは思わないけど、馬鹿な事を考える奴は居るからね』

「・・・解った。僕はお母さんを守る」

『私はシガルについて行くぞ!』


えっと、シガルとハクは一緒に遺跡破壊で、イナイとクロトはお留守番か。

クロトの仕事は要人護衛になるんだろうけど、実質お爺ちゃんの家でのんびりお留守番だよな。


「でもそれだと遺跡が壊せない可能性が有るんですけど。クロトの感覚に頼ってやってるので」

『ああ、勿論それは解ってるよ。クロト君が居なくても遺跡を破壊できるかどうかの実験もしておきたくてね。先ずは魔人の排除が出来れば一旦の安全は確保出来るし、無理でも構わない』

「あー・・・成程、解りました。やるだけやってみます」

『うん、頼むね』


クロト無しで遺跡か・・・魔人相手はどうにかなるだろうけど、遺跡はどうかなぁ。

まあクロトが居ないから遺跡が機能しないと思うし、ある意味では楽かもしれない。

・・・ああ、そうでもないか。機能する可能性も今は有るんだった。

ヴァールちゃんの事を忘れてたな。もしかしたら彼女と同じ様な子が生まれる可能性もある。


「別に護衛なんて要らねえのに・・・まあ、良いか」

『まあまあ、正面から堂々と来る奴ばかりじゃないから、念の為だよ』

「・・・僕、居ちゃダメ?」

「いや、違う違う。そういう意味じゃねえから。クロトが邪魔って事じゃねえって」


イナイは護衛の存在に少し渋っていたが、クロトが少し不安そうに首を傾げた事で焦っていた。

取り敢えず抱きかかえて頭を撫でたら機嫌は直ったので一安心だ。


さて、魔人相手の戦闘・・・違う、殺し合いが待っている、か。

少しスイッチ切り替えておかないとな。


―――――話が通じないようなら、一切の容赦も加減もしない。確実に一撃で殺す。

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