第724話忙しかったのは最初だけだそうです!

イナイが帰って来てから数日が経った。

あれからもイナイは忙しく、という様子は無い。

むしろシガル宅でのんびりと過ごしている。


シエリナさんや親父さんと交流をしているので、のんびりとはまた違うかもしれないけど。

ただ国王に命じられて急いで動いていたにしては、いささかのんびりし過ぎな気が。

シガルのベッドでクロトを抱えながらぼんやりしているイナイは、かなり気の抜けた様子に見えるんだけど。


クロト君は嬉しそうですね。無表情なのに何でか解るよ。

因みにシガルはその背後でゴロゴロしている。

ハクは庭でグレットと戯れているが、さっきから静かなので寝てるのかもしれない。


「イナイ、こんなにのんびりしてて大丈夫なの?」

「あーん? あー・・・やる事はやっちまったからな。後は仕上げを御覧じろ、って所だ」


あの一日でやるべき事は全部やった、って事なんだろうか。

何やったのか知らないけど、そうなると確かに俺は邪魔だったんだろうな。

何してるのかさっぱり解らないのに後ろ付いて回られても迷惑だろう。


「お姉ちゃん、一応私も軽く話は聞いてるんだけど、どう対策する予定なの?」

「一手目はもう打った後だ。だから次の手はあちらさんが大慌てし始めてからさ」


イナイはシガルの問いに詳しくは応えなかったが、悪い顔でクックックと笑う。

何をやったのか知らないけど、喧嘩を売った相手を間違えたとしか思えない悪い笑みだ。


「なーに小難しい顔してんだよ。簡単な話さ。あたしの名を持ってあたしの商品は奴等んとこには絶対に売らねえ、ってのを、他の商人共に伝えに行っただけだよ。ついでにアロネスのもな」

「あー・・・それは絶大だ。今頃本気で大慌てだろうなぁ。お姉ちゃんの道具って、ウムルから離れれば離れる程高額になるみたいだし」

「連中はあたしの価値を正しく認識しているんだろうが、あたしって人間を理解してねえ。稼ぎが減るとしても、ダチに喧嘩売って来た野郎に商品卸してやるものかよ。目の前の小銭の為にもっと大事なもん投げ捨てるクズどもと同じにしやがって」


最後の方は唸るようだった辺り、その辺りでも怒ってたのね。

イナイは貴族で英雄だけど、その前に技工士で商売人。

国の在り方と商売の在り方の対応は別だとでも思われていたのかな。


「でもそれだけだと、確かに痛いかもしれないけど、そこまで慌てる程? だってイナイの商品だけが入って来ないって言う事なら、生活は不便かもしれないけど、そこまで困るかな」

「あたしの商品だけが入って来ない、ならな。今の内はまだあたしの商品が入らなくなって来るだけで済むだろう。けどじきに気が付く。自国に他国の商品も人間も入って来ない事にな」

「んー? えっと、その国への制限をかけたって事は、お姉ちゃんがその国との交易を拒否している。それが知れ渡れば他国の対応もおのずと、って事?」

「大体正解。まあ完全に無くなるっていうのは無理だろうが、目に見えて影響が出るぐらいの事は起きるだろうぜ。あたし達の脅威を正しく知る国と、友好を結ぶ国の判断次第でな」


あー、成程、周囲から完全に孤立させる算段なのか。

他国に奴隷を売りに行く事も有る国らしいし、外貨も外の資源も必要としている国なんだろう。

そうなると中々に厳しい事になるだろうな。多分。


「そしてこれは国の政策じゃない。貴族としてのあたしの判断でもない。ただの技工士の商売人としての判断だ。関税を無理矢理上げたとか、あの国とは国交を断つとか、そんな事はぜーんぜん言ってない。ただあたしが『連中は気に食わねぇ』って言ってるだけだからな。くくっ」

「流石お姉ちゃん、やり方がえげつない。向こうは何も言えないね」

「先に禁止の品を売って来たのは向こうで、自分は商人のやった事に関与していないって言ったのも向こうさんだ。あたしは同じやり方でぶんなぐってやっただけの事だぜ?」

「喧嘩を売る相手間違えたよなぁ、その国。イナイの性格を見極められなかったんだろうか」


普通に考えて、イナイの事を知っていればこうなりそうなものではある。

友人の為に、国の為に、国の人員の為に、イナイは間違いなく動くだろう。

そもそもイナイは貴族なんだから、それぐらい予想がついてもおかしくないと思うけど。


「タロウ、何考えてるか予想つくが、金儲けを一番に考える連中だぜ? 商売人のあたしが損害が出る事を即座にするなんて、一切思ってねえさ。表面上は敵対的な態度を取りつつ、相変わらず商売は続けると思ってやがるはずだ」

「でも損害って言っても、そこの国とだけでしょ?」

「それだけで済まないから損害なんだ。今回ここまであたしが強硬に出た事で、あたしの評判も変わるだろうしな。商売人にとって評判ってのは大事なんだぜ?」


つまり喧嘩を売ってきた相手に同じ事を返した事で、イナイの評判に傷がついたのか。

何かそれは納得がいかないが、そういう世界なんだろうと思うしかないのかな。

だって別にイナイは何も悪くないと思うし。

むしろ禁止の商品を当たり前に持ち込む方が、よっぽど評判悪くなって良いはずなのに。


「まあ正直に言っちまうと、即座に影響が出るのはあたしよりもアロネスの方だと思うがな。薬が出回らなくなるのは一番きつい」

「確かに・・・」


アロネスさんの薬ってかなり良い薬みたいだからなぁ。

その上本人の拘りなのか、錬金術使ってない薬はかなり安く売ってるらしいし。


「でもその場合、その国の錬金術師とか、他の国の錬金術師がここぞと来るんじゃ」

「支払いはどうする。薬代払って、国から金がなくなって、首が回らなくなるぞ。何せ今後は奴隷を外に売る事も出来なくなるかもしれねえんだからな。ま、馬鹿共はやるだろうが」

「あ、そうか、商売しないって事は、買う事もしないって事か」

「そういう訳で聡い連中は今頃大慌てだろう。鈍い連中は焦りを理解出来ないだろうがな。なので後はその辺りの対応次第だ。二手目を打つのはその後だな」


成程、相手の国の行動が決まるまでは何もする事が無いから、こんなにのんびりしてたと。

この場合相手の国の対応が遅くなればなるほど、むしろ何もしなくても良い時間が増える。


「とはいえいつ来るかわからねえから、タロウとは別行動になるかもな」

「あー・・・遺跡の事も有るもんね」


また長めの休暇を貰ってはいるけど、遺跡はまだ全然壊せていない。

むしろまた新しい遺跡が発見されている可能性だってある。

・・・彼らの墓前で約束した以上、行けるならいつでも行くつもりだ


「そういう訳だ。ただ暫くは家族でのんびりしてくれと言われてるから、こうやって言葉に甘えてのんびりしてんだよ。な、クロト」

「・・・うん、のんびり。お母さんに甘える」

「セルエスさんが暫くのんびりしててって言ってたのも、それが理由かな」


どうやらクロト達ものんびりしていたのには理由が有ったらしい。

そう言えばこの二人も城勤めなんだから、こんなにのんびりしてるのおかしいよな。

・・・あれ、また俺だけ何も知らないパターンじゃね、これ。


『おーい! シエリナがお菓子焼いてくれたぞー! 食べるぞー! シガルー!』


庭の方から大きな鳴き声が聞こえた。ちょっと声大き過ぎて迷惑なレベルだろ、今のは。

言葉通り庭でグレットと戯れていたハクに、シエリナさんがお菓子を持って行ったんだろう。

シガルだけは呼ぶ辺りがハクらしくて、ちょっと笑ってしまう。


「あははっ、じゃあハクがお呼びみたいだし、行ってこようかな」

「・・・僕も、行く。お婆ちゃんのお菓子、美味しい」

「それじゃああたしも御呼ばれしようかね」

「じゃ、皆で行こうか」


呼ばれたのはシガルだけだが、結局皆でぞろぞろと庭に向かった。

シエリナさんがクスクスと笑っていたので、全員でやって来たのは正解な気がする。

そんなこんなで、暫くはのんびり過ごす日々が続けられそうだ。



とはいえ明日行けって言われたら、それはそれで行くけどね。

この手はもう、自分の意思だけで振るう物じゃなくなってしまったのだから。

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