第723話定番の手合わせです!

「覚悟は良いか、小僧!」

「はい、どうぞ」


翌日、朝から親父さんに叩き起こされ、隣で寝ていたシガルに親父さんは殴られた。

まあ、それは置いておくとして、要は何時ものやつだ

相手をしろと言われ、朝食前から庭に出ている。


「むにゅ・・・はい、では、はじめぇ・・・」


眠たげに始めの合図をするシガル。寝てて良いよって言ったんだけどね。


「行くぞ!」


親父さんは前回と同じ様に突っ込んで来て、立ち回り自体も前と同じ感じだった。

装備も前と同じで片手剣と盾だが、ただ前よりまた速度が上がっている。

前と同じ感覚で受けようとすると、少しずれが出て来るな。


先ずはそのずれを直す事に集中し、親父さんの動きを見ながら受けに回る。

前回の様にうっかり盾側から攻撃しない様に、したとしても弾かれない様に。

しかし綺麗な剣筋だ。親父さん本当に文官なのかと疑いたくなる。

もう二重強化でないと完全に追い付けないんだよなぁ。


「はっ、相変わらず立ち上がりは防御ばかりか!」

「そう言われても、そうしないと危ないですし」

「ふん、相変わらず余裕の顔だな! だがその余裕、今日は確実に崩してくれる!」


親父さんはニヤッと笑い、何か策が有る様子だ。

前回も色々と驚かされたし、確実に何か新しい手が出来てるんだろう。

もしかしたら前回出来なかった無詠唱の障壁を覚えたのかな。

というか、前回も大概余裕無かったと思うんです。結構驚きの連続だったよ。


親父さんは剣戟だけでは埒が明かないと判断したのか魔術を使って来た。

当然のごとく無詠唱で、剣と魔術の多角攻撃。

前回と同じくお得意の氷の槍だが、前回よりも発動数が増えている。

いや、それだけじゃない!


「くっ、やり難い・・・!」


一気に攻撃するのではなく、少しずつ攻撃のタイミングをずらし、踏み込みや態勢を変えようとするタイミングで攻撃してくる。

しかもまるで俺の移動タイミングを読んでいるかの様に、動きたい方向に攻撃が降って来る。

魔力の流れが見えるから何とか躱せるが、かなりやり難い。


「くくく、だろうな! 貴様の癖を考えて作った技だからな!」


親父さんは得意げに語りながら、多角攻撃を繰り返す。

つまり前回の勝負で俺の動きの癖を覚えて、それ専用に組み上げた攻撃って事かよ。

親父さんってば、どれだけ俺に勝とうと真剣なんだ。

・・・ちょっとだけ嬉しいけど、今はその感情は隅に置いておこう。


「なら、ちょっと手を変えていきます」

「ぬっ!?」


今日持っているのは何時も通りの両手剣。

普段のリズムで駄目なら、両手剣の使い方を少しだけ止めるとしよう。

剣先をまっすぐに親父さんに向け、殆ど半身状態になって片手で構える。

そのままレイピアを使う様に、ステップを変えて躱しつつ突きで攻撃に転じた。


「貴様っ、大剣で細剣の動きをやるかっ!」

「この剣ではやった事無いですが、意外と何とかなる物ですね」

「くっ、ええい、やり、難い・・・!」


細剣と違い簡単に払われ易いが、広範囲な事と慣れないせいで親父さんの躱し方が少し大きくなっている。

集中をかき乱せたおかげか、リズムを変えたおかげか、氷の槍もさっきより躱しやすい。


「手の内をまだ隠していたとは、卑怯だぞ小僧!」

「いや、親父さんは会う度に新しい手を使ってくるじゃないですか」

「私は良いのだ!」

「相変わらず無茶苦茶言うなぁ・・・」


とはいえ親父さんも少しずつ慣れて来たのか、攻撃を払う動きに無駄が無くなって来ている。

こちらは半身になった事で剣の対処はしやすいが、氷の槍の時間差攻撃はやはりやり難い。

ただやはりリズムを変えたおかげか、こっちの対応はまだ難しい様だ。


「ちいっ、ちょこまかと・・・!」


何かおかしいな。段々と俺に有利に傾き始めて来ている事に、少し違和感が有る。

親父さんは先程何か策が有る風だったのに、その一手を打って来ない。

氷の時間差攻撃がそれだったのか?


いや、前回の手数の多さを考えると、まだまだ仕込みが有る様な気がする。

もしかして、俺が完全に攻撃に転じて決めに来るのを待っているんだろうか。

誘われている可能性は、有るな。


これだけ剣戟を重ねているのに、親父さんは決める為の一撃を最初以外は仕掛けて来ていない。

氷の攻撃に翻弄されていた時も決めに来なかった。

あくまで通常通りの剣を重ねて、その上での魔術での攻撃。


「―――っ!」


親父さんが剣を盾で弾き、ギラッと目が輝いた気がした。

それと同時に氷の槍が、大量に頭上から降って来る。

不味い、数が多過ぎる。普通に躱すのは無理―――――違う!


「逃げ道は無いぞ、小僧!」


叫びながらの親父さんの剣が迫る。氷の槍は俺に向かって降ってきていない。

俺の周囲を囲むように、逃げ道を全て潰す様に降ってきている。

誘われていたんじゃない。覚えられていたんだ。新しいリズムに対応する為に!

くそ、たったあれだけでもう覚えるとか、どういうセンスしてるんだこの親子は!


親父さんの片手剣が迫って来る。

だけど弾かれた剣は、何時もと違ってすぐに引き戻せる。

何せ弾かれるのが前提の構えだ。大きく弾かれたとしても防御は間にあ―――。


「―――――!」


剣が動かない! ちょっ、待て、障壁に剣が挟まれて固定されている!

何だその使い方! 親父さん本当に毎回毎回新しい事してくるなぁ!

焦りつつもこちらも障壁を張り、剣を防御する。というか現状それしか手が無い。


「甘い!」


親父さんは片手剣を防御される事を読んでいたのか、少しズレて剣がもう一つ降って来た。

魔術で作った氷の剣。降ってくる氷の槍と違い、綺麗に剣の形に生成された氷。

いつの間に生成したのかと思う程の一瞬で作り上げていた。

しかも魔力量がかなり込められている。あれは下手な障壁や剣なんか砕けてしまう!


「っぢあああ!」

「ぬっ!?」


剣は障壁から引き抜けず、逃げ道も塞がれて、躱すタイミングも逸している。

となれば最早迎撃しかない。仙術で強化しつつ、気功を放って剣を正面から粉砕。

素手で砕かれた事に驚いたのか、親父さんは一瞬だけ動きが止まった。

申し訳ないけどその隙は見逃さず、三重強化のまま掌打を親父さんの横腹に軽く当てる。


「・・・そこまでー」


俺も親父さんも動きを止めていたが、そこでクロトが終了を告げる。

シガルは寝ていた。立ったまま寝ている。相変わらず器用だね。


「強化を上げてきおったか・・・!」

「すみません、そうしないともう対処出来そうになかったので」


親父さんは忌々しそうに腹に当てられた手を睨み、剣を下ろして全ての魔術を解除する。

固定されていた剣も地面に落ちたので、拾って鞘に納めた。

いやー・・・びっくりした。隠匿魔術も使える様にしてたな、あれは。


氷の魔術は流れが見える様にして、障壁は見えない様に放つ。

そこからの斬撃を放ってからの、何も持っていなかった手でさらに斬撃を放つ。

見える物と見えない物の組み合わせと、二段三段の重ねた仕込み。

本当に毎回毎回色々考えるなぁ。最終的にごり押したのが申し訳ない。


「ふんっ! 次にやる時はその三重強化でないと対応できない様にしてやる!」


親父さんはそう言うと剣を収め、クロトの方に向かって行った。

どうやら今日は一回で終わりらしい。

・・・ちょっと寂しいと思うのはおかしいだろうか。


しかし次回は三重強化に対応か・・・本当にしてきそうだなぁ。

最期の氷の剣の魔術もかなりの物だったし、魔術方面もまた強化されてそうだ。

もしかしたらあの一瞬しか生成できない可能性有るけど。


「・・・お爺ちゃん、かっこよかった」

「おー、そうかい。ふふっ、お爺ちゃんがクロト君をしっかり守ってあげるからね!」

「・・・ん」


クロトは抱き上げられ、親父さんも機嫌良さそうだ。


「また腕を上げられましたね、お父様」

「え、イナイ!? 何時からいたの!?」


びっくりしたぁ。声かけられるまで全く気が付かなかった。


「お二人が楽し気にしている途中に。邪魔をしてはいけないと、少々姿を隠していました」


俺の探知の範囲射程外から認識阻害魔術使って隠れていたのか。

て事はそれだけ剣の音が煩いって事よね。ご近所さんに迷惑じゃないと良いけど。


「お父様、遅くなりましたが、ただいま帰りました」


驚いているのかさっきから動かない親父さんの傍に向かい、帰りの挨拶をするイナイ。

だが親父さんからの返事が無く、イナイも俺も首を傾げながら見上げている。

少しすると親父さんは小さく深呼吸をしてから、笑顔を見せて口を開いた。


「・・・お帰り、イナイ。お疲れ様。よく、頑張ったな」


イナイの頭を優しく撫でながら、その声音だけで相手を愛しいと思っていると感じる程の優しい声で、イナイの帰りを歓迎する親父さん。

とても優しく、だけど遠慮する様子ではない手。イナイの髪を乱さない様に、愛しさを込めて。

傍から見ていて解る程に、愛娘に向ける愛情をイナイに向けている。


「あっ・・・す、すみません」


イナイは、小さく涙を流していた。声音は何時もより少し上ずっている。

言葉は貴族モードのイナイだが、動揺が隠しきれていない。

だけどそんなイナイにも、親父さんは笑みを崩さない。


「謝る事は無い。お帰り。ここはお前の家だ。気など使うな。娘が父に気を遣う必要などない」

「――――っ、はい、ありがとうございます、お父様」


イナイはもう、完全に涙声なのを隠せていない。

だけど顔は笑顔で、嬉しくてしょうがないというのが良く解る。

見ているこっちが泣きそうになる程に。父の優しさに、暖かさに。


この人は父親として、本当に尊敬できる人だな。

何時か俺も親父さんみたいになれたら良いな・・・。


「・・・むにゅ・・・お父さん、うざい・・・」


実の娘は寝ぼけながら厳しいけど。

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