第722話ちゃんと帰ってきました!

ケェネウさんを放置して皆でグレットを迎えに行き、イナイを置いて城を出る。

ちょっと寂しいけど、先に帰ってろって言われた以上仕方ない。

その代わり帰ってきたら寝るまでマッサージしてあげよう。


城から出てグレットに任せて走る事暫く、目的地に到着した。

王都に来たのだから、当然到着した場所はシガルの実家だ。

だってまだ帰りの挨拶をちゃんと親父さんにしてないからね。

取り敢えず車は俺の腕輪に仕舞っておいて、後でイナイに返すとしよう。


「遅いぞ小僧! 何時から私はここで待っていると思う! さあ、早く庭へ来い! 今日こそは貴様に吠え面をかかせてやるわこぞがっ!?」

「あなた、もう日も落ちる時間ですよ。ご近所様にご迷惑でしょう?」


家に着くなり始まった親父さんの歓迎は、何時も通りシエリナさんによって阻止された。

ニコニコ笑顔で鉄鍋を頭に振り下ろす様子は相変わらず怖い。

あの鍋がこちらに振り下ろされた事は一度もないけど、何か怖いんだよなぁ・・・。


「お帰りなさい・・・タロウ」

「―――っ」


ただにっこりと優しい笑顔でそう言われ、別の意味で声が出なかった。

今のは多分、息子として出迎えてくれたんだ。


「・・・た、ただいま、帰りました。お母さん」

「はい、お帰りなさい」


だからって何時までも黙っている訳にはいかないと、何とか言葉を絞り出す。

すると彼女は満足そうに笑って、もう一度お帰りと言ってくれた。

ただそれだけで、たったそれだけの事が、こんなにも満たされる気分になる。


「イナイさ、コホン、イナイは一緒ではないんですね」

「あ、はい、彼女は遅くなる様です」


ただイナイの事は言い慣れないのか、呼び捨てで言い直した事に口元がにやける。

何時もすました様子のシエリナさんが失敗した様子は少し和んでしまうな。

そんな風に見ていると笑顔のまま威圧感が増し、すっと目を逸らしてしまった。やっぱ怖い。


「シガルにクロト君、ハクさんもお帰りさない」

「ただいま」

「・・・ただいま、お婆ちゃん」

『ただいまー!』


皆がシエリナさんに返すと、自分も居るよという様にグレットがキューンと鳴いた。

でかい図体で随分可愛い泣き声だ。


「はいはい、ごめんなさいね。貴方もおかえり」


シエリナさんは慣れた様子で頭を撫で、グレットはゴロゴロと鳴きながら擦りついている。

俺がいない間はここで過ごしていた時間も長かったらしいし、大分懐いてるなぁ。


「さ、夕食の準備は出来ていますから、先ずは食事にしましょう」

「ありがとうございます。いただ―――」

『わーい!』


おい、俺の返事を遮ってまで喜ぶな食いしん坊。

ああもう、シエリナさんも親父さん引きずって行ってしまった。

ていうか結局親父さんには帰りの報告ちゃんと出来てないんだが。


「タロウさん、行こう」

「そうだね、ここで突っ立ってても仕方ないか」


既に入って行ったハクについていく様に、俺達もその後ろを歩く。

何でハクが一番ここの娘みたいな態度なんだろうね。君の実家山の方だからね?


「・・・お爺ちゃん、嬉しそうだったね」

「ん、親父さん? だと良いけど」


とはいえあの第一声で嬉しそうと言われると、なかなか複雑な気分。

お帰りと一応は言われたのかもしれないが、先ずは吠え面かかせてやるって言われたし。

多分帝国に行っている間も鍛え続けてたんだろうなぁ。

出発の時しっかり見送ってくれたから、ちゃんとただいまと言いたかったんだけど。残念。


「・・・お爺ちゃん、さっき、お父さんしか見えてなかった。シガルお母さんも、僕も居るのに、誰よりも最初にお父さんに声をかけた」


・・・成程。確かにシガルとクロトが居るのに、誰よりも俺に先に声をかけて来た。

帰って来たのは俺だけじゃないのに、暫く離れていた娘と孫が帰って来たのにだ。

つまりは誰よりも先に、二人よりも先に俺に声をかけたかったという事か。


それは、なんとも、うん。いや、その、ああもう。

なんだか感極まってくる感覚がじわじわと上がって来たけど、口元を抑えて我慢する。

本当に涙腺弱いな、俺は。泣くな。笑え。泣きながら食事に向かってどうする。


「お父さんが一番強敵なのかもしれない・・・」

「え、な、何が?」

「んーん、何でもないよー」

「そ、そう?」


シガルがぼそりと不思議な事を呟き、そのおかげで意識が少しだけそれた。

そのまま少し深呼吸をして心を落ち着かせてから居間に向かう。


「遅いぞ小僧! もう準備は出来ていると聞いただろう! クロト君はこっちにおいで。お爺ちゃんの隣に。シガルは―――」

「あたしはタロウさんの隣に座るから」

「――――クロト君、おいでー」

「・・・ん」


シガルに冷たく断られたが、素直に向かうクロトのおかげで特にダメージは無いらしい。

いや、ダメージは有ったけど復帰しただけかな。シガルの表情が何だか不服そうだ。


「シガル、イナイは何時帰って来るのか解るのかしら?」

「うーん、解んない。バタバタしてたから、もしかしたら今日は帰ってこないかも」

「そんなに慌てていたの?」

「詳しく話している時間がもったいないーって感じだったから」

「そう・・・折角帰って来たのに、残念ね」


本当に残念だと思う。帰ってきたら早速忙しく仕事とはなぁ。

帝国でもイナイは休んでいた訳じゃないので、少しぐらい落ち着かせてあげて欲しい。

とはいえ今回の事はイナイじゃないと頼めない何かが有るんだと思うけど。

でなきゃあのブルベさんが、すぐさま動いて欲しい、って事をイナイに言うとは思えない。


あれ、でも帰って来るのはのんびりで良いって言ってたよな。何か少しちぐはぐな気がする。

もしかして情報集めるのに時間が要るから、それでゆっくりで良いよって事だったのかな。


『このスープ美味しい!』

「あら良かった。多めに作ってるので、まだまだありますよ」

『じゃあおかわりー!』


ハクさん、何だか以前より一層馴染んでないですかね。

君まさか俺とイナイが帝国に居る間、ずっとそんな感じだったの?

クロトより孫みたいなんですけど。狡くない? お前ほんとそういうの狡くない?


「タロウの口には合わなかったかしら?」

「あ、い、いえ、美味しいです」

「そう、良かった」


ちょっと変な顔をしていたせいか、シエリナさんに気を遣われてしまった。

ハクに嫉妬してどうする。あいつはどこ行ってもあんな感じなんだから気にするな。


「ふん、妻の料理を不味い等と言ったら家から放り出し―――――」

「あなたは放り出されたくなかったら大人しく食事なさい」

「――――はい」

「・・・お爺ちゃん、これ美味しいよ。あーん」

「おお、あーん。もぐもぐ、うむ、美味いなクロト君!」


こっちはこっちでもう完全にお爺ちゃんと孫してるな。

クロトは親父さんの事が好きみたいだし、この関係は当然か。

今のもへこんだ親父さん元気づける為だろうし。


そんな感じで和やかに食事は終わり、先に風呂に入ってこいと言われたので甘えさせて貰う。

今日はシガルはついて来なかったな。また一緒に入ろうと言い出すかと思ったんだけど。


「ふへぁ~・・・いい湯だ」


体を洗って湯船につかると、気持ち良くて変な声が出た。

やっぱりこっちは気軽に風呂に入れるのが良いなぁ。

帝国でも風呂が無い訳じゃないけど、こんなに気軽に入れないからな。


「ん?」


脱衣所に親父さんが居る。あれ、何で。

戸惑っている間に浴室の扉が開き、前を隠さず堂々と立つ親父さんが入って来た。

そしてそのままシャワーの前に座る親父さんは、俺をぎろっと睨んだ。


「何を呆けている。背中を洗え」

「え? あ、は、はい」


何だか良く解らないまま湯船から出て、親父さんの背中を流す為にスポンジを泡立てる。

その間に親父さんはシャワーからお湯を出して、頭から被っていた。

そしてお湯を一旦止めると、シャワーノズルを俺に渡す。


「早くせんか」

「すみません」


急かされて親父さんの背中を洗い始める。

どれぐらい力を籠めたら良いだろうかと悩みつつ、そこそこの力加減で。

しかしこうやって見ると親父さんの背中大きいな。いや、俺が小さいだけか。


「もうちょっと力を入れんか。くすぐったい」

「あ、すみません。これぐらいですか?」

「もう少し強い方が良いが・・・まあ構わんか」


うーん、難しい。シガルとイナイ相手なら慣れてるんだけどな。

あの二人には余り力を入れると駄目だから、力を入れる方向の加減は難しい。

それ以降親父さんは何も言わず、俺も背中を洗う事に集中する。

親父さんは親父さんで前側を自分で洗っていた。


「流しますね」


親父さんが洗い終えたのを見てから、首元からシャワーをかけて行く。

その間も親父さんは静かで何も語らない。

何か話したい事とか有ったのかなと思ってたんだけど、違うのかな。


「ふん・・・ま、こんな物か」

「へ?」

「息子に背中を流してもらう、というのがどういう物かと思っただけだ。我が家には可愛い愛娘しか居らんからな。クロト君は可愛いが、こういう事をさせる気にはならん」

「――――あ、あはは、あんまり気に入りませんでしたか、すみません」


息子。たったその一言だけで、不思議な程に満足する自分が居る。

たとえ親父さんが満足してない様子の言葉であっても、それだけで俺は構わない。


「さて、私は湯船で温まってから上がる。貴様はとっとと出て行け」


あ、やっぱりそうなりますよね。ちょっとだけで良いから温まって行きたかったんだけどな。

まあしょうがないか。大の男二人で入ったら流石に狭いし。


「タロウ」


項垂れながら浴室の扉を開けると、俺の名前を呼ぶのが耳に入る。

少し驚きつつ後ろを振り向くと、親父さんは壁に顔を向けていた。


「娘共々、良く、無事に帰った。父として、褒めてやる」

「――――はい、ありがとうございます。お父さん」

「・・・ふんっ」


こちらを見ていないけど、親父さんに深々と頭を下げてから出て行く。

服を着替えたら居間には戻らず、そのまま外に向かう。

そして心を落ち着けようと深呼吸して、息を吐くと――――そのまま、涙が零れた。


「うっ、くうっ・・・! ふぐっ・・・!」


全く落ち着けていない。むしろボロボロともっと涙が零れる。

親父さんの目の前で泣くのは我慢出来たけど、やっぱり泣く事自体は我慢出来なかった。


帰って来た事を、ただそれだけの事を歓迎された。

ちゃんと帰って来た事を、無事に帰って来た事を褒められた。

とても些細な言葉で、当たり前の歓迎。そんな当たり前が、凄く、嬉しい。

父としてそう言ってくれた事が、家族として歓迎してくれる事が。


「ぐずっ、ずっ・・・あー、涙が、収まらない・・・ずずっ・・・」


嬉しくて涙を流す事を、この世界に来てから何度しているだろう。

ああもう、本当に、幸せが過ぎる。


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