第719話揶揄われたのか励まされたのか解りません!
拝啓おじい様、お元気ですか。私は少し元気が有りません。
というのも奥さんと一緒に来たはずが、一人寂しく歩いているからです。
因みに一人の理由は単純明快です。
「すまん、タロウ、暫く邪魔。取り敢えず夕方まで一人で居てくれ」
と、はっきりイナイさんに言われたせいです。
あの後ブルベさんと少し話して、イナイはすぐにその場を立った。
ブルベさんも「じゃあよろしく」って言ったので、話をせずとも二人とも通じているのだろう。
んでその後イナイは、最初は俺の方をチラチラ見て、少し困った顔をしていた。
どうかしたのかと思って訊ねると、これまたうーんと悩み始めるイナイさん。
「言いにくい事なら聞かないけど、何か力になれるなら手を貸すよ?」
だから俺は、そんな風に彼女に言ったんだ。
最近の事を考えると、また巻き添えにするのを嫌がってるのかなと思って。
そしたら、じゃあ遠慮なくと、さっきの言葉ですよ。
俺は「あ、はい、解りました」としか返し様がなかったです。
あの時俺は見るからにへこんだ顔してたから、多分イナイは少し気にしてると思う。
ああいう時に平気な顔出来ないのは駄目だよなぁ。
ただ俺は俺で遺跡の事を聞きたかったんだけど、その事は後回しな感じだ。
一応その話も無かった訳じゃないんだけど、どうも待機していて欲しいらしい。
自分としてはイナイと別行動になるのは残念だとしても、なるべく早く壊しに行きたい。
まあ今すぐ危険が有る、と解っている遺跡が無いせいみたいだけど。
これはシガル達から聞いた話だが、どうやら魔人が居る遺跡は今の所もう無いらしい。
遺跡自体の破壊は未だ出来ていないけど、未捜索の遺跡はクロトとハクが行ってしまっている。
だから魔人の危険は現状は無い。新しい遺跡が発見されない限りはだけど。
つっても遺跡自体の核が残ってるらしいから、正直安全とは言い難いんだよな。
命を吸い上げる機能は一応壊してはいるらしいけど、そもそも遺跡の機能自体把握しきれてない所が有るし。
ま、そうは言っても闇雲に動いても迷惑をかけるだけなので、やっぱり待機するしかない。
少なくとも魔人が倒されているって言うなら、帝国の様な悲劇は無いだろうし。
・・・ただなぁ。やっぱ核が残ってるのが不安なんだよなぁ。
「ま、仕方ないか・・・」
まあそんな訳で別行動です。シガル達もまだ合流できそうにないし、どうするかな。
城の散策も悪くは無いんだけど、一人で散策も味気ないなぁ。
あ、そうだ、グレットの所に行こう。そうだ、それが良い。
なんて思いながら歩いていると、前方に居る使用人姿の女性が俺を凝視している事に気が付く。
「・・・え、なに、何であんなに見られてるんだろう。なんか変かな」
思わず立ち止まって自分の姿を確認するが、特に変わった様子は無いはずだ。
今日は服装も普段の服じゃないから、城に居るのにおかしな格好ではないはず。
いやまて、あの人見覚えが有る様な。
確かリンさん達がねーさんと呼んでいた人じゃなかったっけ?
「タロウ様、でしたね。お久しぶりです」
「うわっ!?」
よそ見をしていた少しの間に、その女性がすぐ傍まで迫っていた。
え、まって、ちょっとまって。今の接近に全く何も感じなかったんだけど。
幾ら俺がぼんやりとしていたとはいえ、探知はずっと使ってたのに。
ほんと勘弁して。何でここの人達はそうやって軽々とんでもない事する人多いの。
「ふふっ、驚かせてしまいましたか?」
彼女はにまっと笑うと、いたずらが成功したという様な楽しげな声音で問いかけて来た。
つまり今のは完全にわざとって事かな。しかし本当に愉快そうに笑う人だ。
「そりゃ、今ので驚かない人が居るなら会ってみたいです」
「それがですね、驚かない方も案外居るんですよ」
「ええぇ・・・」
よそ見してたらもう真ん前に居て驚かないとか、普通におかしいだろ。
と思ったけど、うちのクロトなら驚かない気がした。
あの子なら無言で受け入れそうだわ。
「それに今のは、別に特別難しい事をした訳じゃないんですよ?」
「それに素直にそうなんですか、とは言い難いんですけど。探知すり抜けられましたし」
「探知も万能じゃありませんから。穴は有りますよ」
「・・・もしかして、魔力消せます?」
「ふふっ、さてどうでしょう」
ニコニコ笑顔で惚けるお姉さんだが、それぐらいしか探知を抜けた理由が思いつかない。
転移も使った様子は無かったし、そもそも転移なら多分気が付けるし。
あ、この人がセルエスさんレベルの魔術師なら気が付けないかも。
よく考えたらゼノセスさんの魔術も通常状態だと見破れなかったんだった。
「教える気がない、というのは解りました」
「ええ、乙女の秘密ですから」
確かに綺麗な人だしおばさんには見えないけど、乙女という年では無い様な。
そもそもリンさん達が年上扱いしてる訳だし。
ただこれは多分、突っ込んだらきっと怒られるやつだ。黙ってよう。
「で、あの、何か御用でしょうか」
「ええ、少し。お時間が有れば、宜しいでしょうか」
「それなら今は暇してますので、全然構いませんよ」
「では、あちらに参りましょう。お茶の用意をいたします」
彼女の言葉に素直に従い、とある一室に連れて行かれる。
客間か応接間か、そんな感じの部屋に。
取り敢えず椅子に座って待っていると、そう時間も経たずに彼女はお茶を持って来た。
「どうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
カップを俺の前に置くと、自分の分も手前に置いてゆっくりと飲み始めるお姉さん。
何というか使用人服なはずなのに、何処かの貴族様みたいな佇まいに感じる。
美人さんなのもそう感じる理由だろうな。この城美形率高くない?
俺もカップに口をつけて一口飲む。あ、美味しい。
「えっと、それで、話というのは何でしょうか」
「・・・ああ、そういえばそうでした。忘れておりました」
「はっ?」
コロコロと愉しげに笑う様子に、思わず間抜けな声を出してしまう。
あれ、俺確か、用が有るからここに連れて来られたんだよね。
「ふふっ、あははっ、ごめんなさい。本当に揶揄いがいのある反応をしますね」
どうやら遊ばれている模様。いや最初からそんな気はしてたけど。
「用事は別に無かった、という事でしょうか」
「無いと言えば無い。ですけど有ると言えばある。といった所でしょうか」
うーん、さっきからのらりくらりと掴みどころのない返事ばっかりだ。
ただ何となくだけど、彼女の行動に嫌悪感は感じない。
何か理由が有ってこうしてるのかなぁ、とか漠然とそう感じる。
「貴方一人が背負う事ではないですよ。何事も。それで壊れては何もならない」
「・・・え?」
「そういうお顔をされていましたので。やらなければいけない。そう生きなければいけない。そんな強迫観念に近い顔を。あんな顔をしていれば、心配するなという方が無理でしょう」
「そんな顔、してましたか」
「ええ。それはもう、とてもとても見られた物ではありませんね、ふふっ」
つまりさっき俺をじーっと見てたのは、遺跡の事を考えていた俺が酷い顔をしていたって事か。
それは、なんか、気を使わせて申し訳ないな。
「すみません、気を使わせて」
「いえ、私にとって、貴方は潰れてしまわれては困る相手ですから」
彼女はニッと笑うと、首を傾げる俺に続ける。
「私の教え子達の教え子。そして教え子の伴侶。貴方は私の大事な子達の大事な相手。あの子達が悲しむ所を見たくない、というただの我が儘です」
「教え子・・・もしかしてイナイの事、ですか?」
「彼女も、ブルベ坊やも、リンちゃんもそう。アロネス坊やには手を焼かされましたね、ふふっ」
て事は、やっぱりこの人見た目通りの年齢じゃないんですね。
ぱっと見普通の人族っぽいんだけど、違うのかもしれないな。
「陛下もそうですが、変に抱え込んでも何の意味も無いですよ。為すべき事を成した上で起こった事は致し方ないのです。投げやりな意味ではなく、今を受け入れなさい」
「今を、受け入れる、ですか」
「ええ。貴方はきっと優しい子なのでしょう。だからこそ背負う必要の無い物まで背負ってしまう。そういう子はね、気が付くと手遅れになっている事が多い。私はそんな結末は望まない」
「俺は、そんな大層な物を背負っている気は、無いですけど」
俺に背負っている物なんか無い。俺に在るのはただ取りこぼした物だ。
救えなかった命と、未熟な自分の行動の後悔だ。
それは背負っているなんて言えない。そんな偉そうな事は言えない。
ただただ胸の内に、抱えて生きなきゃいけないだけの事だ。
「ふふっ、優しいですね。貴方は本当に優しい。だから中々気が付けない。貴方が段々壊れていく事に。だからイナイちゃんは貴方の事が心配なんでしょうね」
「心配かけてるのは、解ってるつもりです」
「つもりじゃ駄目ですよ。もっと甘えて下さい」
「こ、これでも大分甘えている自覚が有るんですけどね」
「足りませんね。貴方達の様な人は少し目を離すと、全てを自分のせいする。変化が如実に解るぐらいで丁度良い。壊れてからじゃ、何もかも手遅れなのだから」
そう言うと彼女はカップに口をつけ、どこか遠い目を向けていた。
それは彼女の言う「壊れた人間」を思い返す様な、そんな様子で。
「でも、それを言うなら、イナイだってそうだと思います」
彼女は辛くても胸を張る人間だ。彼女こそ「全てを背負って」生きる人間だ。
そういう話なら俺なんかよりも、ずっとずっと壊れる可能性が有る。
「ええ、それが解っている貴方だから、ちゃんと甘えなさい。そして甘えさせてあげなさい」
甘えて甘えさせて。それは今もそうしているつもりではある。
いや、むしろ俺が甘える度合いの方が大きいとすら思っている。
それでも彼女にしたら、何かが物足りない様に見えるんだろうか。
「ふふ、何ならイナイ様が甘えられる様に手解きをしてあげましょうか?」
「えっ、はっ? 手解き?」
「夜の生活の充実も、心の軽減には大事な事ですから。夫婦の長続きにも、体の接触による安心感というのは中々馬鹿に出来ませんし。ああでもシガル様がその辺りは優秀なのでしたっけ」
「い、今そういう話でしたっけ!? ていうか何でそんな話知ってるんですか!?」
「アロネス様からお聞きしましたので。何やら媚薬で対抗しようとしても、それでもどうにもならなかったとか何とか」
あの人は何でそういう事をベラベラ喋るかなぁ!
「ふふっ、本当にコロコロと表情が変わって、可愛いですねぇ」
大事な話をされていると思っていたんだけど、気が付くと結局揶揄われていた。
そんな感じで俺は暫く彼女に揶揄われ続け、話し終わって満足したらしい彼女は「ではまた、機会が有ればお話をいたしましょう」と言って去って行った。
「け、結局何だったんだろう」
最終的に要領を得ないまま終了してしまった。
いやまあ、大体何となく言いたい事は解ったけどさ。
ただすげー薄らぼんやりした会話で終わった気がする。
「・・・壊れない様に、か」
一応、心には留めておこう。何となく理解出来るからこそ。
・・・俺は一度、それを体験したような物だしな。
あ、そういえば翻弄されすぎて名前すら聞いてねぇ!
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