第717話国王様の怒りの理由ですか?

「はぁ・・・はぁ・・・ロウ、もう一本、だ・・・」


息を切らしつつも剣を構え、ロウに声をかける。

もう腕も重いし思考も少し鈍っているが、まだまだ体を動かし足りない。

だがロウはそんな私を見て小さく溜め息を吐くと、構えていた剣を収めてしまった。


「陛下、この辺りで終わりに致しましょう」

「何を・・・普段なら・・・もう一本と・・・言うじゃないか」

「ええ、普段なら。ですが今日の陛下は少々身が入っていないようですから」


まだまだ続けたくて剣を下ろさずに問うが、厳しい返しを貰ってしまう。

少し図星を突かれた気分になりながら、渋々自分も剣を収める。


それと同時に立っているのが辛くなり、どしゃっと腰を落としてしまった。

かなり熱が入り過ぎていた様で、思っていた以上に疲労していたらしい。

気を抜いた瞬間、急に体に力が入らなくなった。


「身が、入って・・・無かった、かな・・・結構、熱・・・入ってたと・・・」

「心が入っておりませんでした」

「ははっ・・・確かに・・・」


普段なら余裕を持って終わらせるけど、今日は余裕を無くしたくて鍛練を続けていた。

思考を止めたくてやっていた訳だから、ロウの指摘は的を射ている。


こんな気分で鍛錬を続けた所で、きっと何の身にもなりはしないだろう。

そもそもこんなに疲れる時点で無駄な動きが多すぎる。


「はぁ・・・師匠、少しくらい・・・甘えさせて・・・くれよ・・・」

「師匠ですから、余計に甘えさせる気は有りません」

「厳しいなぁ・・・まあ、ここまで・・・付き合ってくれた、時点で・・・甘えてる、けど」


ロウに抗議するも、さらっと流されてしまった。

ただ普段のロウを考えれば、もう少し檄が飛んで来てもおかしくは無い。

今日は私に淡々と付き合っていた事を考えると、その時点で甘えさせてはくれている。

そこは勿論解っているが、それでも出来ればもう少し付き合って欲しかった。


しかしこっちはこれだけ息が切れてるのに、ロウは少し呼吸をするだけで普段通りか。

たとえ彼の言う通り心が入って無かったとしても、それでも体は本気で動かしていた。

普段と違って無駄は確かに多かっただろうが、だとしてもそれなりには動けていた筈だ。

こういう所を見ると、やっぱり私は彼らより劣っていると感じる。


それが誇らしいと同時に、こうやって見せつけられるとやはり悔しい。

一瞬に全てをかける勝負なら相手になっても、やはりそれはたった一瞬。

常時その領域を生きる彼らには私は及ばない。出来れば隣に立ちたいんだけどな。

せめて師匠が文句無しと言ってくれる程度にはなりたいものだ。


「例の件が原因でしょう。ならば尚の事、臣下としても進言いたします。お休みください」

「はぁ・・・そうだね、うん、休むよ」


何とか息が整って来たので、取り敢えず立ち上がってロウの言葉に頷く。

今日は本当は、ロウとの訓練は無い予定だった。

だけど自分のイライラをどうにか発散させようと、予定を変えて付き合って貰った形だ。


普段ならそんな事は絶対にしないし、するとしてもロウ以外には当然しない。

幼い頃から頼りにしている騎士のおじさん相手だからお願いしていた様な物。

彼は私にとって、厳しく優しい師匠だから。


我が儘を言うならもう少しやらせて欲しかったけど、それでもへとへとになる迄やったおかげで大分気が晴れた。

完全にすっきりした訳じゃないが、これならイナイ姉さんと顔を合わせる時は普通に話せる。

苛々の原因の話をする訳だから、多少はまたぶり返すとは思うけど・・・。


「陛下にしては今回は怒りが長続きしていますね」

「なんだいそれ。それじゃあ普段は怒っても続かないみたいじゃないか」

「続かないでしょう。私の記憶している限り、そもそも陛下は中々怒らない」

「そんな事、無いと思うんだけどなぁ・・・まあ、怒るのは好きじゃないけど」


私だって人間だ。怒りはするし悲しい事も有る。

普段は王として抑えているだけで、どうしたって我慢のできない時はある。

ただ今回は怒りの種類が少し違うせいで、腹の中に気分の悪い物が抜けないだけだ。


「ふぅ、致し方ない。陛下、人生の先達として、一つ解消に良い方法をお伝えしましょう」

「へえ、何だいロウ、聞かせて欲しいな」


ロウは小さく溜め息を吐くと面白い事を言って来たので、今日も深々で聞き返す。

すると彼はニヤッと笑みを見せながら、彼も普段と違う様子で口を開いた。


「大好きなリンに甘えてくる事だ、ブルベ坊や。可愛い奥さんに甘えて、自分の問題じゃなくて夫婦の問題にしてしまえ。あいつなら応えてくれる」

「え、い、いや、でもさ。リファインにはこういうのは苦手な話で―――」


急に何を言い出すかと、慌てて言い返そうとする。

だが彼は私の返事など御構い無しに続けた。


「お前の惚れた女は、その程度の事も共有できない女なのか? その程度の女に十年以上一筋に想い続けていたのか? 私の弟子を見損なうなよ。あいつは私のしごきに耐えた女だ」

「――――そう、ですね。そうでした。彼女は私の追いかける背中ですからね」


彼女は、私の憧れだ。だからこそ私は彼女に余り無様を見せたくない。

けどそうじゃない。師匠は私に無様になってこいと言っている。

何時までも格好つけてないで、今の話にならない自分を見せて来いと。


「ありがとうございます。師匠。少し、彼女と話してみます」

「ええ、是非。そしてもっと頑張って子を成してください」

「・・・ロウ、最後まで師匠やってくれよ」

「師匠の前に私は陛下の、ウムルの騎士ですから」


若干ニヤッとした顔はそのままに、してやったという感じで語られてしまった。

少し不満を口にしつつも礼を言って部屋に戻り、リファインが居る気配を感じながら中に入る。


「ブルベ、おかえ―――」

「ただいま、リファイン」


迎える言葉に対し食い気味に答え、そのまま彼女を抱きしめる。

彼女は「ふえっ?」と一瞬驚いていたが、すぐに腕を背中に回して抱き締め返してくれた。 


「お疲れ、ブルベ。最近何か何時もより頑張ってるよね。流石に疲れちゃった?」

「うん、そうだね、ちょっと疲れたかな。慣れない事、してるから」

「あはは、そうだね。最近のブルベは不機嫌そうだったもん。怒るのが苦手なブルベにしたら、それだけで疲れちゃったんじゃない?」

「・・・そんなに怒ってるように見えた?」

「どれだけ長い付き合いしてると思ってるのさ。どう見ても怒ってたじゃない」


ポンポンと私の頭を叩きながら言うリファインの言葉に、少し顔が熱くなる。

つまりそれは何も取り繕えてなかったという事だ。


「どうしたの。ほらほら、リンお姉さんに話してみなさい」

「僕の方が年上だよ、リファイン」

「精神年齢の話をしてるんですぅー。甘えたの泣き虫ブルベ君よりはお姉さんなんですぅー」

「ふふっ、確かに今日はそう言われると何も反論できないな」


彼女のおどけた言葉に羞恥も消え、素直に甘える様に抱き締め直す。

この感じは少し懐かしいな。やんちゃな彼女に何度か泣かされた時はこんな感じだった。


「久々にね、ウムルに喧嘩を売って来る奴が出たんだ」

「へぇ、最近のウムルの状況を見て、まだそんな奴が居るんだ」

「最近のウムルだから、かな」

「どいうこと?」


彼女は私を抱き締めたまま、こてんと首を傾げて私の肩に頭をのせる。


「・・・孤児を、奴隷にして、売り捌いてる連中が居る」

「――――ウムル国内で?」


腕の中の人間が、一瞬で違うものに切り替わった。

解っている。こうなるのが解っていたからこの事を彼女に詳しく言わなかった。

彼女は孤児で、そして今も生まれる孤児達に心を痛めているのだから。


「いや、ウムルじゃない。別の国の話だ」

「ふうん・・・で、その国の事を、何でブルベが気にしてんの?」

「連中、ウムルに奴隷を売りに来ようとした。しかも奴隷達の身分証を態々自国で作って」


ウムルには奴隷制度は無い。だからと言って他国にその制度が在る事を責める事は出来ない。

気には食わないけども、それだけの理由で口を出すのは難癖をつけるのと変わらない。

だから今まではずっと黙っていた。黙っていたんだがそうもいかない事が起きた。


奴隷を捌いている連中が自国にどう持ち掛けたのか、奴隷の身分証を発行させた。

ただし身分証と言っても、結局奴隷達に自由の無い物らしいが。

その身分証を持ってウムル国内に入り、ウムル内で奴隷を売り捌こうとしたのだ。

今のウムルにはかなりの金がある。良い市場になると思ったんだろう。


だがウムルでは奴隷制度は禁止されているし、そんな事をすれば当然犯罪。

事実が発覚した時点で即座に捕縛したが、遅れて見つかっていない子が居るのが悔しい。

生きているのか生きていないのか。少なくとも国内からは出ていないはずだが。


用意周到な事に奴隷を入れる時は一人ずつで、出て行く際には態々別の国境門を利用していた。

せめて集団で子供を入国させていればすぐに気が付いたのだが、入国する人間の流れのおかしさに気が付くまでの差で逃げられた連中も居る。


そして更に連中は、そんな事が有ったにも拘らずまだウムルを利用している。

ウムルの街道は他国に比べれば広く整備されており、道中の安全も段違いだ。

だから奴隷に身分証が発行されたのを良い事に、安全に奴隷を運ぶ為の通路にして来た。

まるで私達が、奴隷を許可しているかの様に宣伝しながら。


ただ名目上は子供達に身分証が発行されている以上、彼らは他国の子供達。

実質は奴隷なのだとしても、彼ら自身が亡命を図ろうとしてくれなければどうにもならない。

せめて拘束でもしていればと思うが、子供達は門の警備兵の言葉にすら怯える始末だ。

逃げ出す気力などなく、そんな状態では子供達の意思で亡命なぞ出来やしない。


「久々に、腹の立つ喧嘩の売り方をされた」

「成程。向こうの国は何て言っているの?」

「我が国はそんな事は許可を出していない。大国ウムルに逆らう様な気はない、と」

「あのさ、それって私でも無茶苦茶言ってるの解るんだけど」

「うん、言ってる事は無茶苦茶なんだけど、それでも表面上は敵対していない。国内で馬鹿が奴隷を持ち込んで売った事による処分は厳罰で構わない、とまで言われたしね」


つまり下手を打った奴隷商人は要らないが、下手を打たない様に金儲けはさせるつもりだ。

奴隷を売った額のどれだけが国の懐に入るのか、胸糞が悪くなる。

歯を噛みしめて怒りをぶり返させていると、彼女は急に私を引っぺがし、そしてきゅっと頭を抱きしめて来た。


「り、リファイン?」

「ありがとう。あたしの事を気にしてたんだよね。あたし孤児だしね。だけど大丈夫だよ。ブルベが頑張ってるの知ってるもん。あたし達みたいな子を頑張って作らない様にしようって」

「・・・そうだね、出来る限り、孤児なんて、無い方が良い」

「でもさ、だからこそ、ブルベが潰れちゃいけないし、普段通りでいないと皆困ると思う。だからさ、今みたいな時間はもっと気を抜こう。あたし相手に気を使わなくて良いよ」


優しく子供をあやす様に、後頭部を撫でられている。

彼女の優しい声が、息遣いが耳に近い。


「王妃様としてはまだまだで、色んな人に怒られてばっかりのあたしだけどさ、ブルベの奥さんはしっかりしておきたいんだ。頑張ってる旦那さんが安らげるところでは居たいんだ」

「リファイン・・・」


それはとても甘い、私には抗い様のない甘い誘い。

思考は完全に停止し、ただ本能の望むままに彼女を抱き締める。


「ブルベ、お疲れ様。ふふっ、ちょっと可愛い」


少し恥ずかしい事を言われた気がするが、今は気にしないでおこう。

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