第716話久々に樹海での懐かしい光景です!

「お、美味い」


ストラシアさんの用意した料理を口にし、一瞬『意外と』と言いそうだったのを飲み込む。

だって彼女の性格や立場を考えると、普通に料理が出来るとは思わなかったし。

味付けはちょっと薄味だけど、自分は好みの味付けかな。


「師匠に毎日作らされてるからね。もう慣れた物よ」


自身満々に応える彼女だが、つまりそれは今までは上手くなかったって事かな。

野暮な突込みは止めておこう。取り敢えず今ここにある料理は美味しいし。

というか、やっぱりお婆さんの事は師匠呼びなんだ。


「婆さん、師匠って呼ばせてるのか。意外だな」

「嬢ちゃんが勝手にそう呼んでるだけだ。このババアが自分でそう呼べと言った訳じゃない」

「だが満更じゃないんじゃないか?」

「はっ、呼び方一つに拘りなんか無いな。大体アタシが人を鍛える時は、自分が楽しむ為だ」

「ババアになると素直じゃなくなるなぁ」

「はっ、イナイちゃんには言われたくないな」


前回はストラシアさんが居たから大人しかったイナイだけど、今日は普段通り話しているせいか二人共愉しげに見える。

というか本人にババアって言うんだ。いやまあ、それだけ仲が良いって事なんだろうけど。


「大体この娘、何も出来なさ過ぎたんだよ。何もかも一から叩き込んだんだぞ?」

「うっ、その節は、ありがとうございました・・・」

「最初の頃は料理どころか掃除すら満足に出来なかったからな」

「あー、師匠師匠、止めましょう! そういう話は止めましょう! ね!?」

「自身満々に出来るとぬかすからやらせてみたら、それはもう散々な――――」

「師匠! 止めて下さい! お願い!」


どうやら印象通り、余り家事は上手くなかったらしい。

くっくっくと笑うお婆さんに必死になってすがるストラシアさん。

なんとなく普段の二人がどういう風なのかが解って来る光景だ。


「別に恥ずかしがる事はない。お前は数か月の努力をして、今の技術を身に着けた。胸を張れ」

「師匠・・・!」


お婆さんの優しい言葉にジーンと来たようで、ストラシアさんは胸で手を組みながらウルウルした瞳を向けている。

でもそれと出来なかった時の事をからかうのは違う気がする。

まあ彼女達がそれで良いなら別に良いんだけど。


「んで、本来任せている方はどんな調子なんだ、婆さん」

「そっちはまだまだだな。本人の能力が高過ぎるから力押しが酷い。確かに嬢ちゃんならそれで倒せる相手は少なくないだろうが、今のままじゃ話にならんな」

「ミルカみたいな相手は天敵だろうしな」

「間違いない。ミルカちゃんが身重じゃなかったら一戦やらせて、絶望を見せてやったんだが」

「婆さんだって同じ様な事出来るだろ」

「ミルカちゃんには適わないな。あの子の見切りは異常だ。流石に真似できん」


ミルカさんの見切りって、確かに異常なレベルなんだよな。

刃物相手に刃に手を添えて逸らすなんていう、数ミリどころじゃない世界で生きている。

その辺りの事を考えると、本当にあの人に勝てるようになるのかなーとか弱気になっちゃう。


因みにそのミルカさんはというと、赤ちゃんが起きてぐずったので自室に居る。

どうやらお腹が空いていたぽいので、居間で普通にあげようとしたので個室に行って貰った。

あの人子供が生まれても相変わらずああいう所直んねえな。


そういえばミルカさんの子供は女の子で、名前をウルカとつけたそうだ。

ミルカとハウの娘という事で、ミルカさんベースで旦那さんの名前取った感じみたい。


「ねえ、シガルさん。あの人そんなに強かったの? 今はそう見えないんだけど」

「すっごく強いよ。タロウさんも全力でやって負けちゃってるし。ね?」

「彼が?」


二人の会話で気になったのか、ストラシアさんがこそっと聞いて来た。

シガルさん、何故か凄く楽しそうに俺の敗北を語りますね。

彼女にしたら自国の英雄の話だから、この反応も当然か。

ていうか多分、師匠達の話をしてる時の俺もこんな感じなんだろうな。


「ええ、強いですよ。あの人がまだ戦える体の頃は、今の俺じゃ歯が立たない。最後の奥の手も一発当てれるかどうか・・・」

「奥の手って、私が食らったやつだよね?」

「ええ。多分あの人なら、きっと対応してくると思います。それぐらい、彼女は強かった」

「そう、なんだ・・・あの姿からは想像つかないな」

「今の彼女は、大分弱ってますから」


多分今のミルカさんになら俺でも勝てちゃうんだろうな。

それで勝っても嬉しくないので、絶対に挑んだりしないけど。


「見切りが凄いって、どういう感じなの?」

「そうですね・・・例えばストラシアさんの場合、攻撃を躱す時って純粋に相手の攻撃より早く動くじゃないですか」

「そうね。でもそれはだれでも普通じゃない?」

「いや、普通じゃないですからね。普通は相手の予備動作を見て、動きを予測しながら避けますから」


何か別に相手より早く動けばよくない? っていう無茶苦茶な事言われたぞ。

この人こんなんだから勝てたんだよなぁ。反射的に対応はしていても、予測で動いてないから。

身体能力が高過ぎて、技術の重要性がいまいち解っていないのかな。


「それぐらい勿論解ってるけど、それでも相手と同じぐらいは早く動けないと躱せないでしょ」

「あー・・・まあ、確かに、それは、普通そう、かも?」

「でしょ?」


何か胸張ってるけど、ちょっと腑に落ちない。まあ良いか。


「ミルカさんはその速度をかなり無視出来るぐらい、見切りと体の扱いが上手いんですよ」

「無視出来るって、どのくらい?」

「うーん・・・ストラシアさんなら、全力の時の貴女に、手合わせした時の最初辺りの俺の速度ぐらいで余裕で対応出来るんじゃないでしょうか」


ミルカさんは俺と勝負をした時、自分の全力を見せる為に俺より速い動きを見せた。

だけどそれは最後の一瞬だけ。勝負を決める、あの瞬間だけの話だ。

それ以外の時は基本的に俺の半分ぐらいの速度で対処していた。


彼女に鍛えられ、技術を身に着け、かつ彼女の動きもある程度知っている俺でそれだ。

技術を未だ身に着け切れていない様子の彼女では、おそらくミルカさんに攻撃を当てる事は出来ないだろう。

若干師匠びいきも入ってるかもしれないけど。


「え、冗談、だよね?」

「残念ながら、冗談じゃないんですよ」

「そうなんだ・・・残念だな」


彼女の最後の言葉はとても小さい物だったが耳に届いていた。

何とも欲望に忠実だなぁ。確かに彼女にとってはミルカさんみたいな相手は喜ばしいだろう。

というかこっちにいるなら、リンさんとかが相手してくれそうなものだけどな。


「師匠にはもうちょっと力押しをせずに動けるようになれって口酸っぱく言われるんだけど、どうにも上手くいかないんだ。力を抜けって言われても、抜いたら上手く動けないし」

「あー・・・身体能力が高すぎるっていうのも難しいんですねぇ」


俺はどうしても身体能力が低いので、技術面に頼らざるを得ない。

でもそれ考えると、あれだけの身体能力に技術を持つリンさんって凄くないか。

ああいや、幼少期に鍛えられたからなのかな、彼女の場合は。

確かウッブルネさんに剣を教えて貰ったって言ってたし。


「家事の上達の方が速かったなぁ・・・毎日毎日やらされるから。それはそれで今後に使えるから全然良いというか、凄くありがたいんだけどね。師匠もしっかり教えてくれたし」

「あはは、花嫁修業にでも来てるみたいですね」

「うーん、でもここで覚えた事って幾つか国元では通用しない事も有るからなぁ。ウムルの家具って少し質が良すぎるから、普通ならもっと大変な事も多いよ?」

「ああ、確かに。他国に行く様になってから思いましたけど、この国便利ですよねぇ」


日本に居た頃と何ら変わりない生活を送れるからなぁ、この国。

ストラシアさんの国では湯沸かし器とか無かったと思うし、大分生活が違うだろう。


そんな感じで雑談をしながら和やかに食事をとり、少し懐かしい気分で楽しく過ごした。

ここに来た頃はこうやって騒がしいのが日常だったからなぁ・・・ほんと、懐かしい。

今が寂しいって訳じゃないけど、あの頃の生活が好きだったんだなって思う。

何時か子供や孫が出来たら、こんな風になれるのかな・・・。

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