第715話解っていた再会です!
「やっぱり速いなー」
『だろう!』
恐らく音速は確実に超えているであろうハクの手に乗りながら、流れる景色を眺めつつ呟く。
結構小さな呟きのつもりだったのだが、翻訳魔術を通しての会話なせいかしっかり耳に届いていたらしい。
成竜時にしては珍しくきゅるるーと楽し気に応えると、ハクは更に速度を上げ始めた。
魔術で保護して貰ってなかったら風圧で大変な事になってるだろうなぁ。
あんまり上げ過ぎるとグレットが怖がるから、もう少しゆっくりで良いんだけど。
「この速度を出すには・・・いや、船体が耐えられねえか・・・それに出したとして止まる時の面倒が・・・船体強度はあれを使えばクリア出来るか?」
イナイは流れゆく雲や、合間から見える眼下の景色の流れを見ながらブツブツと呟いていた。
多分あの飛行船の航行速度の向上を考えているんだろう。
そもそもあの飛行船、最初の発案よりは早く作られているらしいんだけどな。
移動の為の道具、という事を考えると速度を求めるのは当然なのかも。
もしかしたら手伝えーとか言われる時が来るかもしれないな。
いや、あの船の中身の詳細は国家機密的な雰囲気が有るし、俺は関わらないかな?
そんな感じでいつも通り空の旅をしながら、途中で休憩を挟んで食事をして、その日の夕方前には樹海の家に辿り着いた。
取り敢えず報告や次の仕事の確認は明日で良いという事らしい。
「あれ・・・?」
家に近づいたところで気が付いたのだけど、家の中に人が居る。人数は四人。
ストラシアさんとニナお婆さん、それにミルカさんと・・・あと一人は知らない反応だ。
だた小さい子でミルカさんの腕に抱かれてるっぽいから、多分・・・。
「ミルカさんの、子供・・・それに・・・」
失礼だって解ってる。こんな気持ちになっちゃいけないって解っている。
だけどそれでも、胸を締め付けられそうだ。笑えるかな。いや、笑わないと。
「タロウさん、どうしたの?」
「あ、いや、何でもないんだ。うん、何でもない」
シガルに即突っ込まれ、取り敢えず誤魔化す様に顔を逸らす。
軽く深呼吸をして、意識して表情を繕う。
表情に出やすい自分の事は解ってる。解っているけど今回は頑張れ俺。
祝うんだ。ちゃんと笑顔で祝え。
『おーい、タロウ、降りてくれないと戻れないぞ』
「あ、ご、ごめん。降りる降りる」
自分に言い聞かせている間に皆降りており、全員俺の事を見つめている。
ハクに急かされて慌てて降りて、元の姿に戻ったハクはグレットの背中に着地。
クロトが既に乗っているのでどかして座ろうとしているが、一切動かないのでしぶしぶ頭の方に移動した。
その様子を見て少し笑いつつも、やっぱりうまく笑えていない自分を自覚する。
シガルは少し首を傾げて俺を見ていたが、イナイは何か感付いた様子だ。
けど二人共俺には特に何も聞かず家に向かって行ってくれた。完全に気を遣われてるな。
「ふぅ・・・何やってんだ。ったく」
軽くパンと顔を叩き、気合いを入れて皆の後ろを付いて行く。
イナイが扉を開いて中に入ると、探知にかかった通りの四人が居間に集まっていた。
「おう、おかえり。食事は出来てるよ」
「が、頑張りました!」
家に入るとお婆さんとストラシアさんが迎えてくれた。
テーブルに食事の用意がされているが、言葉を聞く感じストラシアさんが作った様だ。
奥の椅子にはミルカさんが座っており、その腕の中には赤ん坊が眠っている。
多分、彼女の子供。
「お久しぶりです、皆様―――」
「あー、イナイちゃん、それなんだが・・・この娘にはばらしてしまっているから、普段通り喋って構わんよ。家で気が抜けないのは面倒だろう?」
「あ、はい、師匠から聞いたので大丈夫」
イナイが貴族モードで挨拶をしようとしたが、途中でお婆さんが止める。
どうやらイナイの普段の態度をストラシアさんに教えたらしい。
個人的にはそっちよりも師匠呼びの方が少し気になるけど。
ああでも師匠か。鍛える面倒を見てやるって話しだったんだし。
「・・・まあ良いか。元々ボロが出ても構やしねえと思ってたしな」
「大丈夫、イナイ。私も、面倒だし、普段通りに話してる。平気」
「お前は普段からそんな感じだろうが。つーか何でミルカまで居るんだ?」
「大分、調子が安定して来たから、この子を連れて来てあげたかった。ここは、私の二つ目の家だから。もう、孤児院には行ったんだ。イナイも帰って来るって聞いたし、丁度良いと思って」
「・・・そっか」
ミルカさんは胸に抱く子を優しく抱きしめながら、天井に目を向ける。
そのまま優しい目で家をぐるりと見まわし、視線を子供に向けた。
とても優しい、もう彼女は母親なんだなと、そう思う優しい笑顔。
彼女のそんな姿に祝いの言葉を口にしたいのに――――――言葉が、出ない。
「タロウは、やっぱり気が付くか。セルねえに気が付かれたから、無理かなって思ったけど」
「っ、すみ、ません」
「気にしなくて良いよ。ありがとう」
結局笑う事も出来ず、泣きそうな表情を向ける俺に微笑むミルカさん。
きっと彼女はあの子を抱けて幸せなんだと思う。それはきっと嘘じゃない。
じゃなかったらあの彼女が、あんなに嬉しそうな顔で子供を抱いているとは思えない。
普段あんなに無表情で、変化の解り難いあのミルカさんなのだから。
「どういうこった?」
「イナイは解らないか。シガルちゃんは解りそうだなと思ったんだけど、気が付かなかったね」
「あん? 何を――――ああ、なるほど、そういう事かよ。ったく、お前は・・・」
言葉の意味が解らずに方眉を上げるイナイだったが、その理由をすぐに察して溜め息を吐いた。
彼女は今までずっと魔術を隠匿していた。ずっと、強化魔術を、隠匿して動いていたんだ。
その隠匿を解いた事でイナイも気が付き、小さく溜め息を吐いている。
つまり彼女は、強化魔術を使わないと、体を碌に動かせない。
それぐらい今の彼女は弱っている。
最後に見た、あの強いミルカさんはここに居ない。
あの時の強さが嘘の様に、有りえない位に弱い存在になってしまっている。
解っていた。彼女は元々強く有り続ける事の出来ない体を、無理矢理強くあり続けた人だ。
だからそれを長期間止めざるを得ないという事は、こうなる事なんだと。
それが解っていても、彼女が幸せだと解っていても、どうしても泣きそうになる。
「魔術の訓練、しといて正解だった。おかげで何とか普通に動ける」
「っかやろう。無理すんじゃねえよ。まさかタロウを診たあの時もか」
「うん。こうやって動いてた」
「・・・ばかやろう」
多分俺がヴァイさんを助けた後に見て貰った時の事だろう。
あの時も、彼女はこの状態だったのか。
いや、それはそうか。出産直前だったのだから、こうなって当然だ。
彼女は子供を産んだ事自体が理由で弱くなったわけじゃないんだから。
「うん、ごめん。でも、見せたかったんだ。イナイに。この子を」
「・・・ったく、ほんと、お前は」
イナイは困った顔はしているが、優しい目と声音で応えている。
きっと申し訳なさと嬉しさ、両方の気持ちから妹分の気持ちを感じているのだろう。
ミルカさんは胸に抱く子供を抱いて貰おうとイナイに渡し、イナイも慣れた様子で抱き上げる。
とても愛おしそうに抱きしめるその様子は、まるで自分に子供が出来たかの様だ。
「タロウ」
「あ、は、はい。な、何」
イナイと子供をじっと見ていたら、ミルカさんに声をかけられて慌てて振り向く。
そこには見た目だけは何時もの様子の、半眼のミルカさんがそこに居た。
「タロウ、私はこれでもとても幸せ。こうなった事も全然後悔していない。この子は愛おしいし、ハウの事だって変わらず愛してる。本当に、幸せ」
「・・・はい」
彼女の声音に嘘は感じない。どれだけ今の自分が弱くても、それでも幸せだと思っている。
解っている。けど、彼女のそれまでの年月を想うと、言葉に出来ない感情がどうしても浮かぶ。
「こうなるって解ってたからタロウに無理いって勝負を挑んだ。それにギーナにも・・・だから私は、やりたい事をやって、その為に弱くなっただけ。気にしないで良いよ。それに―――」
一瞬。本当に一瞬。何時ものミルカさんをそこに感じた。
どう見ても弱弱しくて、今の彼女になら俺でも勝てるのは間違いない。
だけど、それでも今背中に感じた恐怖は、あの時のミルカさんの威圧感。
「私はまだ、終わらないよ。私が戻した頃に其のままだったら、怒るからね。タロウが気にするのは、気にしなきゃいけないのはそっち。タロウは、私の弟子なんだから」
「っ、はい」
私の弟子。彼女からのその言葉に力を籠めて頷く。
ああくそ。ほんと、俺の師匠達は俺の扱い方が上手いな。
そんな言葉を投げかけられて、気合いが入らない訳がない。
単純だと笑われても知った事か。彼女にそう認められている事が俺にとっては大事なんだ。
それに彼女はまだ終わる気は無いと言った。
ここまで弱体化している以上、元の自分を取り戻すにはかなりかかるはずだ。
それでも彼女は戻す気なんだ。あの時の強い自分を。
「それに、ね」
「え、あだぁ!?」
ミルカさんは唐突に俺に手を伸ばし、そのまま俺を投げ飛ばした。
受け身は取ったけど、気を抜いていたとはいえ抵抗出来ずに簡単に投げられてしまった。
「っ、いきなり何を――――」
「経験は消えてない。動かないのは体だけ。あんまり、甘く見ない方が良い」
「―――は、はは、確かにそうだね」
彼女は強化状態なら何とか普段通りの動きが出来る。
つまりそれは、無強化状態の彼女の強さは今でもやれるという事だ。
当然弱体化した今の彼女では激しい動きは出来ないし、体力も全くないだろう。
仙術も以前の様には使えない。体が確実にもたない。
魔術に頼っている以上、彼女は長期戦が出来ないという事でもある。
それでも、この人は強いのか。簡単に投げ飛ばされた事が嬉しくて仕方ない。
「ほら、タロウもこの子を、抱いてあげて」
イナイから子供を受け取り、俺にも抱かせて来ようとするミルカさん。
素直に受け取って抱き締めると、確かな生きている暖かさを感じる。
ミルカさんの子供とは思えないくらい、強い生命力にあふれた赤ん坊。
「可愛い、ね」
「うん。可愛い。本当に、可愛いんだ」
この暖かさが、きっと彼女の望んだ物。他の何よりも優先して望んだ暖かさ。
その重さを感じながら、ミルカさんの幸せそうな声音を噛みしめていた。
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