第713話救えなかった代わりの頼みです!

「こっちだ」


ヴァイさんの呼ぶ声に従い、彼の後ろを付いてゆく。

今日は挨拶をしておきたい人達が居て、彼にその道案内をして貰っている。

国主を道案内にって良いのかなって思うけど、本人がしたいと言い出したので仕方ない。


ただ何故か二人きりで行きたいと言われ、俺は半分護衛も兼ねている。

イナイの目がそう言っていた。あれはそういう目だった。

今は獣道の残っている山を歩いているが、周囲に危なそうな生き物は今の所は感じない。

そして少し開けた所に文字が刻まれた大きな石があり、その前で彼は立ち止った。


「ここが奴らの、俺の為に命を懸けた大馬鹿共の墓だ。他の民達と別にして申し訳ないがな」


墓の前で寂しげな顔をしながら、ヴァイさんはそう口にした。

目の前に有るのは彼の友人達の墓。大きな石に名を刻んだだけの簡易な物。

彼の、本当の意味での仲間の墓。俺が今日、帰る前に挨拶をしたかった人達の墓だ。


「・・・気持ちは、解ります」

「そう言ってくれると助かる。こんな物はただの感傷で、ただの我が儘だからな」


彼は墓に手を置きながら、普段とはかけ離れた弱弱しい雰囲気を見せる。

当たり前だ。彼にとってはかけがえのない友人だったのだから。

昔から自分を支えてくれた、命がけで自分を逃がしてくれた友人なのだから。


そんな大事な友人を失って辛くない訳が無い。悲しくない訳が無い。

感傷に浸るなんてのは、当たり前の行動だ。少なくとも俺はそう思う。


「俺は、それで良いと思います」

「ははっ、そう思ってくれる者ばかりなら良いんだがな。残念ながら俺の立場上そうもいかん。ただ仲間の墓を別にしただけで、色々と勘繰る者達が出て来るのでな」

「そういうもの、ですか」

「そういうものだ。だから奴らも公式では他の民達と同じく葬られた事になっている」


今回の騒動で命を落とした人達の慰霊碑も、この墓とは別に目立つ所に作ってあるらしい。

そちらにも後で行くつもりだが、その前にここに案内された。

仲間達の為に別で作った墓が有るから、そっちに来てやってほしいと。


ただこの墓には彼らの遺体は埋まっていない。遺骨も存在しない。

魔人の兵隊となってしまった人達は、念の為全て燃やされている。

誰一人の例外も無く、骨すら残らず全て。それは彼の部下や友人も例外ではない。


魔人は一応封印はしているが、万が一を考えての対応だ。

イナイ達とヴァイさん達、両方でそう決めたらしい。

だがらこの墓にも、そして慰霊碑にも、何処にも死者の遺体は埋まっていない。

埋まっていないけど、それでも墓として残したかったんだ。仲間の名を。


「この国での墓前での作法って、どんな感じでやれば良いですか?」

「気にするな。その気持ちだけで十分だ。少年の馴染むやり方で構わない。それに奴らならきっと『珍しい祈り方されましたよ』等と言って喜ぶだけだろうからな」

「・・・そうですか」


ヴァイさんの言葉に甘える事にし、俺は墓前でしゃがんで手を合わせる。

残念ながら線香の類は持っていないので、ただ手を合わせるだけになってしまうが。

それでも、彼らが安らかに有る様にと、祈りたかった。


俺からすれば、彼らはたった一度会っただけの人達だ。

それも色々会話をしたヴァイさんと違い、彼等とは直接の会話は殆どしてない。

顔を会わせた時間もほんの数分。関係はヴァイさんの部下で友人だというだけ。

それでも今回の事件で、もしかしたら助けられたかもしれない人達。


いや、解っている。おそらく彼らの事は、どう頑張っても助けられなかっただろう。

今回見捨てると決めた人達と同じ様に、彼等の事も俺は見捨てていたのだから。

ヴァイさんが助けを求めるその瞬間が来るまで動かないというのは、結局そういう事だ。

流石に俺だって、そのぐらいの事は理解している。理解しなきゃいけない。


だからきっと、俺のこの行為は彼の言う、ただの感傷だ。

むしろそれよりも情けない、罪悪感から来る謝罪だろう。

ごめんなさい。でもその後は出来る限りを尽くしましたと。そんな言い訳だ。


だから、ここで約束します。今までとは違う、確かな気持ちで。


「これ以上、魔人に好きには、させません。どうか安らかに眠って下さい」


敵対するならば加減はしない。容赦もしない。殺した後で同情もしない。

勿論クロトやヴァールちゃんの存在が有る以上、話が通じる存在も居るのかもしれない。

けど、話が通じないその時は、全力で殺す。


ブルベさん達が魔人を何よりも危険視して、最優先で手を回す意味が今なら解る。

奴らは相容れない存在だ。あんな事を平気で出来る連中と相容れる訳が無い。

子供を殺して、兵隊にして、同族に同族を殺す様な真似をさせる様な存在を。

死者を、玩具の様に扱う連中を、許容出来る訳が無い。


「俺が必ず遺跡を潰します。一つとして残さない・・・!」


大きな口を叩いている自覚は有る。

遺跡を破壊するって言ったって、自分一人じゃ何も出来ない。

ウムルで情報を貰わなきゃ、遺跡が何処に有るか探す事も満足に出来ない。


それどころか、俺にとっての第一は家族だ。

こんな事を言っておきながら、きっと俺は家族を優先する。

だけど、それでも――――。


「余り気を張るな。その気持ちだけで十分だ」


ポンと肩に手を置かれて振り向くと、ヴァイさんが少し困った笑みを見せていた。


「すまんな。そんなつもりじゃなかったんだが、思った以上に追い詰めてしまったな」

「え、いや、俺は」

「いい、解っている。少年・・・タロウ、お前は救えていないと、そう思っているんだろう?」


救えていない。彼のその言葉に何も返せない。実際そう思っているから。

きっとこれを口にすれば、色んな人から怒られる我が儘だと解ってる。

お前一人でどれだけの事が出来て、何処まで救えれば満足なのかと。

それは為政者として立つ彼にしてみれば、とても高慢な言葉に聞こえかねない。


「もし俺の言葉が間違っていないなら、タロウに一つ頼みが有る」

「・・・何でしょうか」

「今から起きる事は、見なかった事にして欲しい。それが俺にとって、一番の救いだ」


一体何を頼まれるのかと身構えていたら、彼は良く解らない事を言って墓に顔を向ける。

どういう意味なのか解らずキョトンとしてしまったが、その意味はすぐに解った。


「ぐっ・・・うぐっ・・・!」


彼は墓にしがみつきながら崩れ落ち、ぼろぼろと泣き始めた。

それは今までのしっかりと為政者として立っていた彼の姿ではない。

ただ友の死を悲しむ、ただの一人の人間の姿。


「馬鹿・・・やろぉ・・・うぐっ・・・何で、死にやがった・・・お前らが、お前らの為に・・・俺は、俺はぁ・・・!」


墓には誰も居ない。誰も埋まっていない。彼の友人はそこには居ない。

それでも彼は友人に、自分の悲しみを思い切りぶつけている。

・・・きっと彼は、今まで友の為に泣けなかったんじゃないだろうか。


「すまない・・・俺達だけ生き残ってすまない・・・俺のせいで、死なせて、すまない・・・うぐっ、ぐうううう・・・!」


口にしている言葉は無茶苦茶で、死を責めるかと思えば生き残った事に謝っている。

それはどちらもまぎれもない本心で、だからこそきっと、俺の前でしているんだろう。

この国に常にいる訳じゃない。彼の部下じゃない人間の前で。


ヴァイさんの立場上、一人になれる時間が有るとは思えない。

確実に常に護衛が付くだろうし、自国民の前でこんな姿は見せられないだろう。

彼は今国のトップで、トップらしく在らなければいけない状況なのだから。


そうして彼はその後も暫く墓の前で泣き続け、顔を上げる頃には何時もの彼に戻っていた。


「はっ、中々悪くないな、こういうのも。存外気が晴れるものだ。タロウが居たおかげだな」


流石にその言葉をそのまま受け取る程、今の俺は物を知らない訳じゃない。

勿論全てが嘘じゃないだろうけど、彼は俺の為にもそう言ってくれているんだ。

君は救ってくれたと。今目の前に居る人間ぐらいは救えるんだと。


「さて、じゃあ慰霊碑に向かうとしよう。長々と待ってくれて感謝する」


彼は礼を言うと、俺の返事を聞く前に歩き出した。

きっと彼の仲間達は、彼のこういう所に惹かれて付いて来たのだろう。

・・・救われたのがどちらなのか、これじゃ解らないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る