第709話これからの目的。

思っていたよりもずっと早く兄弟に会う事が出来た。それも二人もだ。

もっと時間がかかると思っていただけに、こんな短期間で出会えるなど僥倖と言うしかない。


それだけじゃない。二人共が自分を持っていた。衝動に呑まれていなかった。

苦しんで、いなかった。それはこれ以上ないぐらいに嬉しい事実だ。

兄弟達も俺と同じ様に救われていたのだから、嬉しくないはずがない。


今の俺の力では兄弟達のどちらにも勝てん。その意味でも僥倖だったのだろう。

兄弟達と殺し合わずに済んだ事も、従僕が傍に居た事もだ。

もし殺し合いになったのだとしても、おそらく従僕が居れば勝てる。

ただきっとそうなれば、この手で救ってやれない悔しさを抱える事になっただろう。


「だから、こうやって兄弟と話せて、本当に嬉しい」

「・・・うん、僕も、殺さなきゃいけないと思ってたから、良かった」

「ははっ、それは俺も同じだ。出会ったら絶対に殺し合いになると思っていたからな」


兄弟は表情変化が乏しい様で、基本的にはぼーっとした表情だ。

だが全く無い訳ではなく、今も小さく口元が笑っている。

それが解るとこちらも嬉しくなり、笑顔で返しながら会話を続けた。


内容の殆どはたわいない物ばかりだ。

目が覚めた後は何をしていたのか。どうやって暮らしていたのか。

どんな事が好きなのか。どんな街に行った事が有るのか。

今自分は、どう生きて、幸せなのかどうか。生前では考えられなかった、ただの世間話。


「ふむ、普段は山奥で暮らしているのか」

「・・・うん、静かで、良い所」

「そうか、何時か行ってみたいな」

「・・・歓迎するよ。きっとお父さんも」


そんな、顕現してから出会うまでの自分達の短い人生を、語り合った。


俺も兄弟も、目が覚めてからたいした時間は経っていない。

だがそれでも、一日二日程度では語りつくす事は出来なかった。

お互いに会えた事が嬉しくて、伝える為に効率の良い会話など考えずに話していたからだろう。


一日ただただずっとお互いの事を話し、聞き、また翌日と別れる

変化の無い、平坦で、平和な時間。そんな日が数日続き、それが心地良かった。

また明日も兄弟と会える事が、話せる事が。


何よりも兄弟は、断片的とはいえ記憶を持っている。

それによる苦しみの共有が出来ている事が、俺は何よりも嬉しかった。

兄弟が俺を救おうと思っていた事が、本当に嬉しかったんだ。


「なに、あの男と同じ者が居るのか」

「・・・うん、あの気配は、間違いないと思う」

「良く殺されなかったな」

「・・・ギーナさんは良い人だよ。赤い人は・・・悪い人では・・・無いと、思う」

「何だそれは、歯切れが悪いな」


記憶が有るから解る恐怖。絶対に勝てないと解る天敵の気配。

俺達の持つ力全てに対抗出来たあの男と同じ気配を持つ人間。

それが二人も居るとは。


「竜と仲が良いというのは流石に予想外だった」

「・・・何で、仲が良いなんて思ったの」

「敵対する相手の筈だろうに、距離が近いだろう」

「・・・別に、仲良くは、無い。お母さんの友達だから許してるだけ。あいつと仲が良いなんて寒気がする」

「そ、そうか」


竜の事を聞いた時だけは、若干不機嫌そうだった。

だがそれでも聞けば話してくれる辺り、言う程険悪ではない様だ。

とはいえ出会った当初は敵対したそうだが。


その竜自身は兄弟に嫌悪と危機感を抱く事は有った様だが、俺には警戒すらしていない。

枷がほぼ無くなっていると言っているし、奴にとって俺は簡単に潰せる存在なのだろう。

少しばかり腹立たしいが、事実勝つ事は出来んだろうな。

これだけ強力な気配の有る兄弟の力を中和出来るとあれば、俺では相手にならん。



しかし、この時代は中々混沌としているな。



俺達が三体も顕現し、だがそれぞれが自分の意思で生きている。

その上俺達を抹消出来る存在が二人居て、兄弟達はその二人とは友好関係。

更に竜が共に居るどころか、そいつは本物の竜になろうとしている。

魔人共の思惑からは大きく外れた環境が出来上がっているな。


見た所、力の殆どは兄弟に既に集まっている。

そのせいで俺が余り力を持てずに起き上がった事は間違いないだろう。

恐らく分かれた核を回収せねば、兄弟と同等の力には届くまい。

そもそもだが、兄弟達と俺では力の使い方が違うのだろうが。


「兄弟は、力を十全に使えるか?」

「・・・多分、まだ足りてない」

「成程な、兄弟の気配でもまだそうか」


俺達は皆中途半端だ。だからこそ俺達は俺達として生きていられるのだろう。

力が足りない事は面倒だが、そのおかげでこの幸せな気持ちを持てている。

そう考えれば、ほんの少しだけ、俺を分けた馬鹿者共に感謝出来るか。


いや、連中の目的は本来の俺を起こす事。

俺達はただの失敗作。連中の意図の外の存在だ。

感謝などする必要も意味も無いな。

従僕が居なければ、俺はきっと苦しんだまま死んでいただろう。


「・・・ところで、僕の事、そろそろちゃんとクロトって呼んで欲しい」

「兄弟、では駄目か?」

「・・・お父さんもそう呼んでるし、紛らわしい」

「成程。確かにそうか。ならばクロトと、これからは呼ぶとしよう」

「・・・うん、僕も、ヴァールって呼ぶよ」


この名は従僕が勝手につけた名では有るが、判別には確かに使える。

俺が呼ばれていると良く解る。俺の為に付けられた、俺の名だ。

全てを殺す者として付けられた呪われた名ではない。

ただ『俺』という存在の為の名。俺の、俺だけの為の名だ。

従僕が付けてくれた、俺の名なんだ。


「・・・ヴァール、名を呼ばれる時、嬉しそうだよね」

「何を言っている。従僕の奴が勝手につけた名なんだぞ。別に他意は無い」

「・・・ふふ、そっか」

「何だクロト、その笑いは」

「・・・んーん、何でもないよ。でも僕は、クロトって名前好き。大好きなお父さんが付けてくれた名前が、僕の名前で。僕がクロトだって思えるから」

「ふんっ、俺も別に嫌いとは言っていない」

「・・・ん、そうだね」


兄弟が、タロウが付けたクロトという名。

クロトはその名こそが自分である証だと、そう語る。


魔神でも悪魔でも魔王でも化け物でも、どんな存在になったとしても自分はクロトだと。

自分自身が『クロト』である限り、自分は自分を見失わないと。

静かな言葉ではあったが、その目は力強く輝いていた。


「・・・ヴァールは、僕達が帰った後どうするの」

「さて、どうするか、な」


起き上がった時に感じた兄弟の気配は一つだった。

という事は新たに兄弟となった者にすぐ会えた事を考えれば、俺の目的は達成された事になる。

そう、当初の目的は、達成された。



目的が、無くなった。



遺跡巡りはあくまで兄弟を救う為の手段。出会う為の方法だ。

核の回収を続けていれば、きっと兄弟と会えると思っていたからやっていただけ。

当初会いたいと思った兄弟はクロトで間違いない。

そして新しく顕現した兄弟であるタロウは、顕現してすぐに会えた。


もう俺には、これと言ってやりたい事は、無い。


「暫くは、従僕に付き合ってやるとするか。奴は一人でここに置いて行かれるようだしな」

「・・・そっか、じゃあまた、離れる事になるね」

「だが以前と違い、俺達はもうお互いを知っている。会おうと思えば、会える」

「・・・うん、そうだね」

「ふっ、そんなに寂しそうな顔をするな」

「・・・そっちこそ、同じような顔してるよ」


自覚は無かったが、自分もクロトと同じ様な顔をしていたか。

確かに寂しいのかもしれない。

予想よりも早く会えたとはいえ、やっと会えた兄弟と別れるのだから。


「・・・でも、大好きな人とは、一番離れたくないもんね。解るよ」

「は? 何の話だ?」

「・・・グルドウルさんと、離れたくないんでしょ?」

「な、何を言っている。あれはただの従僕だ! 好き嫌いなどの感情は存在しない!」

「・・・そう、なの?」

「そうだ!」


クロトは俺の答えに不思議そうに首を傾げるが、そんな認識は冗談じゃないぞ。

従僕は俺に口煩く、俺が逃げても追いかけて来るから仕方なくだ。

仕方なく、俺があいつを傍に置いてやっているんだ。俺が傍に居てやっている訳じゃない。


「・・・でも、まだもう少しは、のんびり話せそう。お母さん、帰るのにもう少しかかるって」

「そうか、ならば別れの日まで存分に語らうとしよう。タロウも呼んでな」


ただただ平坦で、何も無い日常。変化の無い緩やかな時間。

ああ、本当に幸せだ。何でもない会話に思わず込み上げる物が有る程に。

俺は、今なら心の底から思える。




――――――生まれて良かったと。

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