騎士として、王妃として

第708話ウムル王の帰還命令です!

『イナイ、少し話が有る。良いか』


ヴァールちゃんとクロトの出会いを皆が優しく見つめ、暫くそっとしておいてあげるのが良いかな、なんて思っていた所に聞き覚えのある声が耳に入る。

出どころはイナイの腕輪からで、声の主はブルベさんだ。


ただ何だか少しだけ、ブルベさんの喋り方に違和感を覚えた。

喋り方がやけに優しかった様に聞こえたせいだと思う。

いや別に普段の喋り方が優しくないっていう訳じゃ無いし、むしろ普段は優しい喋り方の人だ。

けど何故か、その優しい雰囲気に物凄く違和感が有る様に思えた。


「はっ、陛下。アルネも傍に居ります」


イナイはきりっとした顔でブルベさんに応え、アルネさんも少し真剣な表情を見せる。

ただグルドさんが少し怪訝な顔を見せているのは、俺と同じ違和感を持ったからだろうか。

ヴァイさんは面白い物を見る様子で腕輪を観察し、小声でズヴェズさんに「やっぱりあれ欲しいな」なんて言ってるのが聞こえる。


『急用、という程急な事でもないのだが、少し頼みたい事が出来た。申し訳ないが近い内に二人にはウムルに戻って貰いたい。当然今の仕事を放り出して迄急ぐ必要は無いが、早めに頼む』

「「はっ」」


うーん、やっぱり何かブルベさんの喋り方に違和感が有る。

優しい喋り方なのは別に変じゃない・・・いや、変だわ。おかしい理由解った。

ブルベさん普段の喋り方は優しいけど、王様やってる時はピリッとした感じがどこかに有る。


普段なら思わず背筋を伸ばしてしまう様な空気が、今のブルベさんからは感じられないんだ。

喋り方は王様の時の口調なのに、声音が物凄く優しく柔らかいせいだろう。

あー、違和感の正体が解ってすっきりした。まあ解ったからって何だって話だけど。


『ヴァイット閣下には別で使いを出すが、一応そちらで伝えておいてくれ』

「ウムル王よ、丁度傍に居るので話は全て聞いている。使いは要らんよ」

『傍に居られたか。ならば話が早い。申し訳ないがイナイとアルネは近い内に返して貰う』

「申し訳ないのはこちらの方だ。貴重な人員を長々と貸し出して頂いて感謝する」

『それこそ構いはしない。閣下に失脚されては何の為に手を貸したのか解らんのでな』

「はっ、やはりそういう腹だったかウムル王。世間の評判とは裏腹に腹黒い男だ」


ヴァイさんはカラカラと笑いながらブルベさんに応えている。

二人の会話の内容は俺には良く解らないが、ヴァイさんは至極楽しそうな様子だ。

腹黒ってどういう事かしら。まあ良く解らないし別に良いか。俺関係なさそうだし。


『腹黒とは酷いな。私は私の出来る限りをしただけだが』

「はっ、良く言う。約束を違える気しかなかったんだろうに」

『あの状況では致し方ないのでは?』

「くくっ、まあ良い。今暫くは口車に乗せられてやるさ。何時までかは約束出来んがな。今後ともよろしく頼むぞ、ウムル王」

『こちらこそ、友好国が一つ増えた事は喜ばしい。よろしく頼むよヴァイット閣下』


何かトップ同士の腹の探り合いが微妙に展開されている気がする。

まあ基本は友好的みたいだし、大丈夫なのかなー・・・。


『そうだ、イナイとアルネは返して貰うが、弟は暫く好きに使ってくれ』

「兄貴!? ちょ、俺にも予定が有るんだけど!」

『お前も傍に居たのか。話は全て聞いている。今暫くはどうとも動き様が無いだろう。それとも何か、他に大事な用でも有るのか?』

「い、いや、う・・・はい、解りました」

『と、いう訳だ、こき使ってやってくれ』

「ははっ、承知した。壊れない程度にはこき使わせて貰うとしよう」


グルドさんが蹲って項垂れている。

結構自由人な人なんだと思ってたけど、意外とブルベさんに頭上がらないんだな。

優しく問われてもそれに素直に従う辺り、力関係が見て取れた気がする。


『では、話は以上だ。皆宜しく頼む』

「「はっ」」

「うぃーっす・・・」


ブルベさんが最後に締めると、イナイとアルネさんはしっかり答えたが、グルドさんは項垂れた様子のまま返事を返していた。

王様に対する態度では無いと思うけど、兄弟だからこその気安さなんだろう。

ただそれを他国の人の前でして大丈夫なのかなー、とはちょっと思うけど。


「では俺は予定を立て直してくるとしよう。暫くは力を借りる気で予定を立てていたからな」

「すみません、宜しくお願い致します」

「謝る必要は無い。先程も伝えたがこちらは感謝する側だ。むしろ貴公が居なくなったので回せない等という弱音を吐いていては、これから先どうするのだという話だろう」

「ふふっ、そうですね」

「ああ、そうだ。では少し部屋に戻る。予定が決まり次第また連絡するので、その時は頼む」

「はい、解りました。ではまた後で」


ヴァイさんはイナイにそれだけ伝えると、ズヴェズさんと共に去って行った。

イナイ達が手伝うまで死にそうにしていたのを考えると、若干心配になるな。

とはいえ俺ではおそらく何の力にもなれないのが申し訳ない。


「・・・姉さん姉さん、兄貴クッソブチ切れてて目茶苦茶怖かったんだけど」

「何か有った様ですね。とはいえああ言う以上は本当に急ぎでは無いのでしょうが」

「なるべく早めに戻ってやった方が良さそうだな」


ヴァイさんが居なくなると、御三方が何か不思議な事を話し始めた。

え、なに、もしかしてブルベさんのあの優しい声音って、怒ってる時になるの?


「グルドさん、あれって怒ってたんですか?」

「ん、ああ。さっきの兄貴、やけに優しい声音で喋ってただろ。王様口調なのに」

「ええ、何か違和感有るなーと思ってましたけど」

「怒りを抑える為にわざとそうした時の喋り方なんだよ、アレ。周りにあたらない様に緩やかな声音にしててな。そうしないと怒りが爆発しそうになるかららしい」

「そうなん、ですか」


成程、付き合いの浅い俺には判断つかないが、皆はそれで怒っているのを察したのか。


「あれ、でも、何でそれなら怒ってるって皆は解ってるんですか。怒らない様にしてるんでしょう?」

「兄貴、怒ってる相手には隠さないし容赦が無いから。俺本気で兄貴を怒らせた時が有るんだけど、あの時は目茶苦茶怖かった。アレは人を見る目をしてなかった」


恐怖体験を語る様に説明するグルドさんの目は、本気で怯えが見えた。

この人が怖がるって、一体何したんだろう。

普段穏やかな人が切れると怖いって言うしなぁ・・・怒らせない様に気を付けよう。

ただでさえ俺は「イナイを悲しませる=師匠達全員にボコられる危険」っていうのが有るし。


「けど普段はあの怒り方する事、滅多に無いんだけどな。何が有ったのやら」

「久しぶりに聞きましたね、あの声音」

「正直に言うと、俺はあの喋り方気持ち悪いと思う」


最後のアルネさんの感想がひでえ。

普段を知ってるからの言葉だとは思うけど、ちょっと酷くないっすか。

しかし早く帰って来て欲しいか。何か有ったのは確実なんだろうな。


予想より早い帰還になりそうだと、どさくさ紛れに抱きついて擦りついているシガルを撫でながら感じていた。

君普段から周りの目とかあんまり気にしないけど、我慢してたせいか今日は全然気にしないね。


・・・さらっと流してしまったけど、普段そこまで怒らない人に何やって怒らせたんだろ。

良いや、聞くのが少し怖いのでそのままスルーしておこ。

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