第707話今度こそ本当の兄弟の出会いです!
「成程、それであの黒い柱という訳ですか」
「・・・うん、もう大丈夫。接続は切れた」
先程俺に放った黒の事をイナイ達に説明するクロト。
クロトの黒に呑まれた後、彼女達は慌てた様子で帰って来た。
一番慌てていたのはグルドさんで、真っ先にヴァールちゃんの無事を確認していた。
どうやら黒を俺の足元から上に伸びる様に放ったらしく、皆は大きな黒い柱が見えたそうだ。
その時の黒の威力はイナイ達でも脅威を感じるレベルだったらしい。
俺も背筋が凍るような威力だと思ったけど、そこまでだったか。
グルドさんに関してはヴァールちゃんの件も有るし、二人が戦ったのではと思ったそうだ。
けど慌てて帰って来てみれば「怪我してる様に見えるか?」と本人に言われる始末。
その上慌てるグルドさんを「はっ」と鼻で笑った為、彼はカチンと来たらしい。
「人が心配して戻って来たのに、可愛くねーな!」
「ふん、心配するのは貴様の勝手だろうが。大体従僕の癖に主人から離れるのが悪い」
「こっちだって色々大変だし忙しいんだよ。ずっとお前の面倒なんか見てられるか!」
「こちらとて何時も何時も貴様に見られているなどごめん被る。さっさと消えれば良いだろう」
という感じで、一頻り口喧嘩してからクロトの説明を聞いている形です。
ヴァールちゃん素直じゃねーなー。
グルドさん帰って来た時一瞬笑顔だったのは見逃してないぞ。
クロト的には周囲に被害が無い様に、ピンポイントで力を加えたらしい。
実際俺の体に一切怪我は無いし、俺の周りも何も変化はない。
ただその為にはかなり力を入れる必要が有ったらしく、結果黒に思い切り呑まれる事になった。
時間的にはものの数秒といった所だったが、それでも冷や汗が噴き出る程には怖かった。
クロトだから大丈夫だと自分自身に言い聞かせてじっとしていたが、やっぱ怖い物は怖い。
初めて会った時の、地面をくりぬいたイメージがどうしても強いんだよなぁ。
けど我慢した成果は有ったようで、クロトは動かないでくれてありがとうと言って来た。
「・・・じっとしててくれたからやり易かった」
そりゃそうだろうよ。誰だってそうだと思うよ。動かない的の方がやり易いのは当然でしょう。
まあ黒にビビってのけぞるとか、呑まれている間に慌てて動くとか、そういうのも一切無かった事に礼を言われてるのだとは思うけど。
「で、貴方自身はどうなんですか、タロウ。何か変化は有りますか?」
クロトの説明が終わった事で、イナイが俺に訊ねて来た。
言われて改めて自分の調子を確認してみるが、やっぱり変化らしい変化は解らない。
気功は何時も通りだし、魔力も増えた感じはしない。
体が重くなった軽くなった何て事も無いし、特別何かが出来なくなった感じもしない。
今まで通りこの世界では貧弱な俺の体のままだ、と自分では思うんだけど・・・。
「んー・・・俺自身は特に何も変化は無いかなぁ・・・」
軽く仙術や魔術を使いながら返事をすると、イナイは少し困った顔を見せる。
「貴方は本当に次から次から自覚のない不調を作る人ですね」
「し、心配と面倒かけてるのは解ってるけど、解らない物は解らないんだって、許して」
「解っています。取り敢えず体調は悪くは無いんですね?」
「全く問題無し。というか、さっきの時点でも特に問題は無いよ」
黒に呑まれる前は体調が悪かった訳でも無いし、やっぱり変化は何も無い。
寝込んでいる時にされたらまた違ったのかなぁ。
いやでもあの時も魂の変化が解って無かったし、どっちにしろ解らない気がする。
「クロト、貴方が見ればタロウの状態は解るんですよね?」
「・・・うん、解るよ。今はもう大丈夫」
「そうですか・・・判断出来る要素が有るだけマシ、という所ですか。ありがとう、クロト」
「・・・ううん、驚かせてごめんなさい」
「構いませんよ、周りに被害が出ない様に気を付けただけ上出来です。ですが次からは周りを驚かせないようにしてくれると助かります」
「・・・ん、頑張る」
キュッと胸元で両手を握り、次は頑張ると意思表示をするクロト。
イナイは大きな溜め息を吐いて、クロトの頭を撫でる。
最初に暴れた件は既に俺が叱っているので、それ以上言う気はない様だ。
「協統国の方々にも、私の身内が不安を与えた様で申し訳ありません」
「ああ、気にしないでくれ。むしろ上手く使わせて貰うさ。あれは並の人間には再現不可能な現象だ。ウムルの英雄の宣伝には良い材料になるだろう」
「そう言って頂けると助かります。ただ」
「ああ、詳しい事は言わんよ。心配せずとも心得ている」
「ありがとうございます」
「ふっ、礼には及ばん。それこそこちらはどれだけ礼の言葉を積み重ねれば良いのか解らん」
当然だがあの黒は城の兵士さんや、街の人達にも不安を与えたらしい。
ただその場にヴァイさん達が居た事で、彼がウムルの力を見せて貰っていただけだという話になった。
慌ててやってきた兵士さん達には申し訳ないが、竜の件で混乱が起きない様に先に兵士に伝達していた事も有り、兵士達にそこまで混乱は無かった様だ。
街にも竜の件は兵士達から伝えられたらしく、混乱らしい混乱は起きていない。
黒の事もそれ関連の事で何の問題は無いと、追加で情報を流しに行くそうだ。
「だがそれよりも、今は顔を合わせて、話させてやった方が良い人物が居るのではないか?」
「そう、ですね。お気遣い感謝します」
ヴァイさんはクロトに視線を向けた後、また何か言い合いを始めだしているヴァールちゃんに視線を移す。
イナイもクロトの背中を優しくポンと叩き、彼女との会話を促した。
ただクロトはさっきの事で少し気後れしているのか、おずおずといった様子で近づいて行く。
「・・・あ、あの」
「ん、どうした、兄弟」
「あっ、てめっ、まだ話は終わってねえぞ」
クロトが話しかけると、ヴァールちゃんはグルドさんをグイッと押しのけて笑顔で応えた。
押し退けられた事が気に食わなかったのか、グルドさんはヴァールちゃんの肩に手を置こうとして、その手をイナイに取られてしまう。
「グルドウル殿下、それはまた後にしましょうね」
「い、イナイ姉さん、ちょ、手を引かなくても行くって、姉さん離してって!」
イナイが優しく手を引くと、全く抵抗せずにつれて行かれるグルドさん。
あれ傍から見たら手を引かれているのが恥ずかしい、だけに見えるのかな。
俺視点からだと、イナイと手を繋いでいる事に慌てている様に見える。
「・・・その、さっきは、ごめんなさい」
「気にするな。危害を加える気は無かったんだろう?」
「・・・最初は、有った」
「みたいだな。だが殺す気は無かった。違うか?」
「・・・解らない。頭に血が上ってたし、お父さんが止めてくれなかったら、どうなってたか解らないと思う。だからごめんなさい」
「ああ、良い、もう気にするな。俺は怒って無い。謝る必要は無い」
しょぼんとした様子で少し俯き気味に謝るクロトに、ヴァールちゃんは笑顔で応えている。
会話の雰囲気が、性別的に逆な気がするのが面白いのは俺だけだろうか。
「それに、俺は嬉しいんだ。お前に会えた事が。お前だってそうじゃないのか?」
「・・・うん、嬉しい。良かった。苦しんでなくて」
「兄弟に嘘をつくのは心苦しいので正直に言うが、実を言うと俺は完全に衝動を抑えきれている訳じゃない。それでも抑える事が出来る程度にはなっている。そっちはどうなんだ?」
「・・・僕は、わざと力を深く使わない限りは、僕は僕のまま。誰でもない僕のままだよ」
クロトの答えを聞き、笑顔だったヴァールちゃんは尚の事優しい笑みを見せる。
「そうか、兄弟の方が力は強いようだが、完全に別の者になれたんだな。ならば尚の事、この衝動は苦しく辛い物だっただろう。まるで別の人間に成る様な感覚だっただろう」
「・・・うん、辛くて、怖くて、でも、お父さん達が居たから、僕は救われた」
「そうか、良かった・・・本当に、良かった」
「・・・うん、良かった」
二人の頬には、涙が頬を伝っていた。
どちらが先かは解らない。殆ど同時にお互いの顔を見ながら涙を流し始めた。
一度流れた涙は止まるどころか、ぼろぼろと勢い良く流れている。
二人はどちらともなくお互いの体を抱きしめ出し、それは自分達がそこに居るのだと確かめる為に力を籠めている様に見えた。
「・・・辛かったよね。ううん、君は今でも辛いよね。でも、救われたみたいで、良かった」
「兄弟も、幸せそうで良かった。本当に、良かった・・・!」
泣き合うお互いを慰める様に抱きしめる二人は、本当にお互いを大事に思う兄弟に見えた。
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