第698話約束を交わします!
衝撃の告白により、俺達は驚きを隠せずにいた。
グルドさんは何と言えば良いのか解らない様子で眉を顰め、イナイも戸惑いを隠せない表情で俺を見つめている。
そして俺も当然驚いている。驚いているのだけど、それ以上のリアクションが取れない。
だって、そんな事言われても実感が無いんだもん。
ぶっちゃけ驚きよりも困惑の方が大きい。戸惑いと言っても良い。
自分の体に起きてる変化、っていうのが綺麗さっぱり解らないんだよな。
一応念の為気功と魔力の調子は痛みを堪えて確かめてみたけど、何時もと変わりはない。
いや、弱ってるから酷い状態ではあるのだけど、ただそれだけだ。
何かに変化した、という様な感じはしない。解るのはかなり重症という事だけ。
クロトみたいに強くなったなら、正直もう回復してる気もするんだけどな。
「案外落ち着いているな」
それを察したのか、目の前の少女がそんな事を言って来た。
もう少し驚くと思っていたんだろう。
実際驚いてはいるんですよ。でも良く考えたら既に一回言われてる事だしなと。
「もしかしたらこうなるかもって、何処かで思ってたんだと思います」
俺の魂にはクロトが混じっている。それならいずれこうなっても不思議じゃなかった。
実際あの子とは繋がっている感覚が有ったし、あの時点で既に普通じゃなかったんだろう。
それを考えれば、変質しているという事自体は不思議でも何でもない。
多分、心の何処かでそう思っていたんだと思う。
だから自分が変わったという事に然程のショックはない。
ただ一つ不安なのは、どう変わったのかという事だ。
「この体は、人間の体じゃなくなったんですかね」
自分がもし化け物になったのだとしても、意識が自分なら特に問題はない。
生きていく上での問題は何も無いが、けれど一つ懸念しなければいけない事がある。
その為にも、この確認だけは絶対に必要だった。
「いいや、俺と同じで、あくまで体は貧弱な人間の物だろう。魂の変質がもっと元の形に近ければ、体にも変化は訪れるだろうが・・・少なくとも今はお互い人間と変わらん」
だがその答えは、案外明るい答えだった。
体はそのままという事は、別にこの体が化け物になった訳じゃないのか。
成程、どうりで気功がそのままな訳だ。相変わらず貧弱な体なのは変わらないらしい。
というか、この子も体は人間なのか。クロトとは何か違うのかな。
「あー・・・ならいっか。特に何が変わる訳でも無さそうだし」
「くははっ、何だ兄弟、先程の驚きは何処へ行った。随分と気楽じゃないか」
「いやまあ、こういう訳の解んない状況って一度や二度じゃないので、取り敢えず無事なら良いかなって。どうやら俺は俺のままでいられるみたいですし」
そう言いつつイナイを見ると、彼女は心配そうな顔を俺に向けていた。
恐らく俺の心情を心配してだと思うんだが、肝心な部分が問題無ければ俺は平気だ。
「彼女と子供を作ろうって約束しているんで、体がおかしくなってる訳じゃないなら、それで構いません。ただでさえ俺は色々と問題が有るので、これ以上変化されたら困りますけどね」
「タロウ・・・」
俺のその言葉に、イナイは困った様な安心したような笑顔を向けて微笑む。
懸念事項はただそれだけだ。それ以外は特に何もない。
イナイとシガルとの約束を果たせない体になった訳じゃないなら、気にする必要は無いだろう。
というか、変化が解らない以上気にしたってしょうがない。
まあその前に、元々の体の状態でも子供が作れるのか、って問題はあるんだけど。
ぶっちゃけ二人共既に出来ててもおかしくないんだけどな。特にシガルさんは。
でもこれだけ出来る様子が無いと、やっぱり自分の種に問題有るのかなぁと思う。
調べる方法とかねえかなぁ・・・。
あ、イナイは気が付いてないけど、グルドさんがちょっと辛そうだ。
小さく「子供か、そうだよな・・・」って遠い目で呟いてる。
すみません、のろけるつもりは無かったんです。許して下さい。
「そうか・・・そうだな、兄弟は俺と違ってその方が楽だろう」
少女は優しく微笑むが、その言葉に少しだけ引っかかるものを感じる。
聞いても大丈夫かな。いや、この際全部ちゃんと聞いておいた方が良いな。
「俺と違って、ってどういう事ですか?」
「変質の度合いの違いだ。俺は元の記憶と性質を色濃く残して変質している。だから今の貧弱で動かしにくく、度々不調に陥るこの体は不便で堪らん」
「そんなに違うんですか?」
「ああ、食事や睡眠をとらねば満足に動けんし、偶に強烈な睡魔にも襲われる。定期的に股から血も流れるし、元の体とは余りに勝手が違い過ぎる」
どうやらこのお嬢さんは羞恥心という物は余り無い模様。
単純にそれが何なのか解って無いだけかしら。
いや生理現象だから別に恥ずかしがる事でもないか。
しかしどうやらこの子、クロトとはだいぶ勝手が違うようだ。
クロトは最初からかなり強かったし、疲労する様子も滅多に見せない。
彼女は感情の起伏もしっかりしているし、クロトの元の人格と言われても首を傾げる。
それに話している感じ、そんなに悪い子には感じないんだけどな。
本当に彼女が、彼女の言う通り元魔王様なのかと、少し疑問に感じてしまう。
とはいえ俺ではなくクロトが会えば、その辺りは解決しそうな気もする。
俺にはさっぱり解らないけど、多分あの子なら解るだろう。
「そうだ、貴女のその、兄弟、ですか。一人心当たりが有るんですけど、会ってみませんか?」
「本当か!? それが本当なら会わせてくれ! 頼む!」
「え、ええ、俺は全然構いませんよ。ただ今すぐは無理ですけど」
「構わん! 兄弟が回復するまでか? 確実に会えるというなら何時までも待つぞ!」
思った以上に食いつきの良い様子に少し気圧されてしまう。
本当にクロトとは違ってコロコロと表情変化が激しい。
ぱあっと花が咲いた様な笑顔はとても可愛らしく、凄く子供っぽい感じがする。
ただその様子を見たグルドさんが、明らかに不満そうな顔で口を開いた。
「お前・・・俺がどれだけ言っても信用しなかったくせに・・・」
「ふん、貴様は一度俺を謀っただろうが」
「まだ根に持ってんのかよ。あれは別に騙すつもりは無かったって何度も言っただろうが」
「知らんな。俺はお前に騙された。それが事実だ」
「くっそ可愛くねぇ・・・!」
どうやらグルドさんもその事を話していたらしいが、彼女は信用していなかった様だ。
二人の間に何か有ったらしいけど、口で言い合う程険悪な感じには見えない。
彼女のグルドさんに対する態度は、何処か甘えている様に感じるのは気のせいだろうか。
「まあ、体に何かおかしな所が有るとしても今の状態じゃ解んねえだろうし、暫くはちゃんと休養した方が良いだろう。良いな、タロウ」
「ういっす。了解ですイナイさん」
話はとりあえず終わったと思ったイナイが、先ずは休む事だと念押しして来た。
多分注意しておかないと、少し回復したら動き回ると思われてるな。
流石に全部終わったっぽいし無理はしませんよ。
魔人は討伐されたらしいし、後は政治関連で俺の出る幕なんて無いだろうしね。
「そういう事だ、何だかんだタロウはまだ目を覚ましただけなんだ。もう少し休ませてやれ」
「貴様に言われんでも解っている」
「どーこが。目が覚めたのを見て嬉々として話しかけたくせに」
「煩い、貴様は、何時も、余計な、事ばかり・・・!」
少女が癇癪を起した様にグルドさんを殴りはじめるが、全て障壁で阻まれている。
ただ気のせいかな、一撃一撃がすげー早くてヤバいんですけど。
あれ食らったら俺の体じゃ吹っ飛ぶぞ。前言撤回、この子普通じゃないわ。
強化魔術の類は使って無いし、何なんだあの力。
「はいはい、良いから出るぞ」
「くそっ、離せ! 従僕の癖に生意気だぞ!」
「ご主人様ならもう少し主人らしい落ち着き見せろっつの」
「貴様がいちいち俺に逆らうからだろうが!」
少女はグルドさんに猫の様に襟首を持たれ、抵抗むなしくそのまま抱えられる。
魔術で持ち上げているんだけど、完全に猫の首を持っている様な状態だ。
「あ、そうだ、まだ名前を言ってませんでした。最後にそれだけでも。俺の名前はタナカ・タロウです。貴女の名前を聞かせて貰っても良いですか?」
その問いは、グルドさんと彼女には何か特別な意味が在ったのだろう。
俺の問いに彼女ではなくグルドさんが答えようと口を開こうとしたが、それをさせまいとするかのように少女が口を開く。
「俺の名はヴァール。ヴァール・シュルイナだ」
何故かとても嬉しそうに、彼女はその名前を名乗った。
口にした言葉を噛みしめる様に、先程迄の言い合いが嘘のような穏やかな顔で。
そんな彼女の様子に、何故かグルドさんが驚いて、手を離していた。
「ではな、兄弟。また後でな」
「・・・あっ、ま、またなタロウ」
だが彼女はグルドさんの様子など気にせず、楽し気に部屋を去って行った。
一瞬呆け居ていたグルドさんもハッと正気に戻り、彼女を追いかけていく。
「何だったんだろう、今の」
「さあな、思い入れでも有るんじゃないのか、あの名前に」
まあ、それは多分、そうなんだとは思うけど。
二人が居なくなった事で、イナイさんと二人っきりだ。
とはいえ今の俺の状態じゃ、良い雰囲気とか無理だけど。身動き取れないし。
「さて、起きぬけにあれだけ喋って疲れたろ。もう寝て良いぞ」
もしかしたら説教の続きが有るなと思っていたら、休めと言われてしまった。
でもまだあの後の事、帝国の事はまだ詳しく聞いて無いんだけど。
あれからどうなったのか、その辺りを聞いておきたい。ヴァイさんは無事なんだろうか。
「まだ帝国がどうなったのとか聞いて無いんだけど」
「それは今言おうが後で言おうが同じ事だ。もう全部終わってるし、お前が焦って出て行くような事柄は何もない。だから今は休め」
「いや、でも」
「いいから休め。休んでくれ。頼む」
優しく頭を撫でられ、不安げに頼まれてしまった。
こんな顔されたら俺が断れる訳無いじゃないですか。
「ごめん、そうだね、休むよ」
「ああ、そうしろ、馬鹿たれ」
叱られているけど、それが心地良い。これは彼女の心配と優しさ故だから。
休むと決めると途端に意識が落ちていく感覚を覚える。
どうやら自分で思っていたより、まだまだ体は休みたいようだ。
彼女の優しい手の暖かさだけを感じながら、すぐに眠りについた。
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