第697話魂の変質です!

取り敢えずあの後、揉めている二人を置いてイナイと情報のすり合わせをした。

二人はその間もずっと言い合いをしており、あれはあれで仲が良いのではと思えて来る。

ていうかグルドさんって、あんな風にギャーギャー騒ぐ人だったんだな。

セルエスさん相手だともっとこう、物騒な感じだったけど、少女への態度は何だか微笑ましい。


まあ二人の事は措いておくとして、こっちの話を終わらせよう。

先ず俺が覚えているのは上空に転移した所までだという事を伝えると、イナイはその後の事を細かに教えてくれた。

正直説明しているのがイナイであっても信じがたい事なのだけど、俺は何やら神話の魔王様に成りかけていたらしい。


原因は以前クロトが言っていた、俺に混ざったクロトの魂では無いかと予想している。

ただし根本的な原因というか、変化に至った要因は不明。

もしかしたら負傷し過ぎた事が原因ではないだろうかと俺は思う。

クロトも俺が死んだら魔人になる、的な事言ってたし。


そしてその気配を感じとったらしいその少女が、俺の下へやって来たという事だそうだ。

同じく復活した魔神として、同一の存在を助ける為に。

ただ彼女の兄弟を救うという行動は、イコール殺すという事でも有ったらしい。

下手をすると寝ている間に殺されていた可能性も有った訳だが、何故か少女はその手を上げずに済ませた。


ただ彼女は自分が何者なのかは明確に口にしておらず、あくまでイナイ達の予想でしかない。

俺が起きて来るまで話す事はないと、頑なに会話を拒否したそうだ。

なのでその時手を下さなかった理由も話していない。


とはいえイナイからすれば間近で俺の変化を見ていたので、間違いないと思っているらしい。

あれと同じ存在と言うならば、きっと兄弟とはクロトの事だろうと。

その辺りの記憶が無い俺には頷いて聞くしか出来ていない。


「ぜんっぜん覚えてない。そもそも花を放った事も記憶に無い。完全に無意識にぶっ放してる」

「どうかな。その時は意識してやってたんだと思うぜ。ただ負傷が大き過ぎて記憶が曖昧になってるだけだろ。その後の事も考えると、タダ疲れて気絶した、って訳じゃねえだろうからな」


イナイに回収された後に起きた出来事に関しては、俺は全く覚えちゃいない。

元に戻る時は苦しんでいたらしいけど、それすらも自覚が無いので他人事に聞こえる。

しかもその時はイナイが怖がる程の威圧を放って、周囲に居た人間全員が竦んだとか。

アルネさんですら動きを止める程だったというから、かなりの物だったのだろう。


それが本当なら、今後は俺もリンさんみたいな威圧が放てるのかしら。

馬にすら舐められる俺にとうとうそんな日が。

いや、別に要らないな。グレットに怖がられても困るし。


「起きた時、もしお前じゃなかったらと、ずっと不安だったんだぞ」


イナイは全てを説明し終えると、怒っている様な少し泣きそうな顔を見せた。

俺には自覚は無いが、その場に居た彼女にとっては不安で堪らなかったんだろう。

先程能天気な事を考えていた事がとても申し訳ない。

逆の立場だったらイナイが目を覚ますまで、不安で不安で堪らないのは想像する迄もない。


「それが、何が、おはようだ、ふっつーのツラで挨拶しようとしやがって、本当にこっちは心配で心配で、ずっと不安なままだったってのに・・・!」


けど安心して怒りの方が勝ち始めたのか、イナイさんの眉間にドンドン皺が刻まれて行きます。

うへーい、何時にない程怒ってる。怖い。めっちゃ怖い。

さっき考えていた様な事を口にしたら絶対ブチ切れるだろうな。


「ごめん、全然覚えてなくて。不安にさせてごめん。この通り俺は俺のままだから」

「見たら解るわ馬鹿たれぇ! こんな間抜けな受け答えする奴お前以外に居て堪るかぁ!」


わーい、駄目だこれ、怒りに振り切れてらっしゃる。

ついでにここ最近のイライラも纏めてぶつけられている気がする。

まあ、こういうガス抜きも必要だと思うし、思いっきり怒鳴って貰おう。

めっちゃ怖いけど。怖すぎて二人の喧嘩も止まってるけど。


余りのイナイの勢いに、グルドさんがうわーって顔して隅っこに逃げている。

何故か少女も一緒に隅っこに下がってるし、アルネさんに至ってはいつの間にか消えてやがる。

そうして俺は暫くお叱りを受け、最後に深く溜め息を吐いてやっとイナイさんは落ち着いた。


「はぁー・・・ったく、んっとに、お前は・・・!」


いや、まだ落ち着いてないっすわ。一旦止まっただけっすわ。

まだ腹の中には色々と言いたい事は有るけど、話が進まないから止めた感じっぽい。

つまりまた後で怒られる訳ですね。望む所です。でも少し容赦をお願いします。


「はぁ・・・んでまあ、お前が起きたら話したいと彼女が言っていたから、取り敢えずそれ待ちで、お前を交えて彼女に詳しい話を聞こうとしてたんだよ」

「成程、それで何か聞きたい事を話さないかと、俺達の会話を聞いてた訳だ」

「そうだな。これっぽっちも聞きたい事は聞けなかったけどな」


めっちゃ責められてるけど、俺も状況把握出来てなかったので勘弁してほしい。

今の状況解って無かったら、彼女の言葉は本当に意味不明だったよ。

でも取り敢えず状況は理解したし、俺も彼女に聞きたい事が有る。


「あの、少しお話、聞かせて頂いても良いですか?」

「え、あ、ああ、良いが、良いのか?」


少女に声をかけると、チラチラとイナイを見ながら訊ねている。

どうやらイナイがかなり怖かった模様。

魔神をビビらすイナイさん、マジで怖い。


グルドさんは珍しい物を見るような顔で少女を見ている。

いや、彼に対する態度や彼女の正体を考えると、実際に珍しいのかもしれない。

俺と話していた時も胸を張って堂々とした感じだったし。


「悪いな、兄弟の会話の邪魔をして、どっちも話したい事が有るだろう」

「あ、ああ」


イナイはもう怒りを消して、にこやかに少女に話しかけている。

けど俺は解る。あれはまだ怒ってる。後で覚えてろてめえって絶対思ってる。

イナイの怒りを察するのだけは年々得意になってるな。それだけ怒られてるって事か。


「とは言っても、兄弟は俺の様な記憶は無いらしいし、気配も弱く安定している様だ。俺の事が解らないという事は寂しいが、その方が兄弟にとっては幸せだろう。俺に出来る事は何も無い」

「安定している、んですか。そういうの解るんですか?」

「ああ。おそらくその体の魂と綺麗に混ざり合っている。これはもう殆ど別物に近い。それでも俺である事に変わりは無いし、兄弟である事に変わりはないが」


この辺り、クロトが言っていた事と少し違う様な。

クロトも混ざっているとは言っていたけど、そんな風には言ってなかった気がする。

元々の俺の魂に、クロトの欠片が混ざっているとか、そんな感じだったと思う。

その欠片が俺の魂を飲み込もうとしていたのでは、と思ってたんだけどな。


「その、また魔神になったりとか、しないですかね」

「・・・言っている事が解らないな。どういう意味だ?」


彼女に問うと、不思議そうな顔で問い返された。

質問の仕方が何か悪かったかな。

彼女もイナイの話を聞いているとは思うし、別におかしな質問じゃなかったと思うんだけど。


「その、今はこうやって自分の意識と思考が出来てますけど、別の人間みたいになったりとかしないかなと思ったんですが」

「ああ、そういう事か。おそらくそれは力を使えば可能性は有るだろう。昔の記憶と人格の方が強く出る可能性はある。だが兄弟の魂の状態であれば、普段は何も問題は無いだろう」

「そうですか・・・ん、力を使えば?」


まるで俺が魔神の力を使えるみたいな言葉だ。

え、もしかして使えるの? でも使ったらやばくね? 使うと別人になるんでしょ?


もしかして魔神に成りかけの状態になると、力が使えるとかそんな話なのかな。

それなら怖いから一切使う気なんて無いけど。

いやまて、そういう意味なのかどうか聞いてからだ。早とちりは良くない。


「その、魔神に変化すれば魔神の力が使える、という事なんですかね?」

「・・・変な事を言うな、兄弟は。兄弟はもう兄弟で俺だろう。俺達は同じ物だぞ」

「えっと、うん?」


やっべえ、俺の理解力じゃ何言ってんのか全く解んねぇ。

俺の表情から困惑が伝わったのか、少女は少し悩む素振りを見せる。

そして少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「恐らく勘違いをしていると思うが、兄弟は俺と同じ存在になっているぞ。たとえ元の人格や記憶や体が残っていようと、その魂は既に変質している。とはいえ俺達も変質しているから、最早過去に魔神や魔王と呼ばれた存在とは別物だ、という事だ」

「・・・えっ」


少女の言葉を理解するのに、少し時間がかかった。

でも理解すると、してしまうと、それはとんでもない事実だという事に気が付いてしまう。

そして俺が気が付くのだから、当然ここに居る二人も気が付いた。

そうして俺を含む三人が驚く中、決定的な言葉を彼女は口にする。


「兄弟の魂は既に人族の物ではない。勿論魔王でも魔神でもない。これは兄弟に会えたから解った事だが、俺や兄弟と同じ質の魂はこの世に存在しない。俺達はそれぞれ新しい形の魂を持って生きている。故に兄弟と俺は過去魔王と呼ばれた者であり、同時にもうそれとは違う生き物だ」


そう、どう受け止めたら良いのか解らない事を、静かに告げられてしまった。

どうやら俺はもう、魂は人間じゃなくなっているらしい。

まじかよ、全然実感ねえぞ・・・。



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ここからは本編とは別なのですが、最新話を読んで下さっている方に宣伝をば。

三巻の予定日が発表されました。

2018年11月10日発売予定 となります。

https://kadokawabooks.jp/product/jigennosakeme/321807000712.html

宜しくお願い致します。

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