第699話回復の間の世間話です!

あれから数日たったが、どうにも体の調子が戻らない。

浸透仙術を使えば動かせなくはないが、普通に動かすには余りに苦痛だ。

とはいえやはり下の世話をされるのは恥ずかしいので自力で動いていたのだが、何故か知らないがイナイにそれがばれた。

気功仙術ならともかく浸透仙術は解らないはずなんだが、彼女の質問に幾つか答えていたらすっげー怒られた。


「無理して動かねーと動けねえのに動いてんじゃねえ!」


と、正直震えて泣きたくなるぐらいの威圧を籠めて怒鳴られました。

それ以降、大人しくずっと寝転がっています。

多分質問の間にそうと解る質問が有ったか、俺の表情が物語っていたかどちらかだろう。


でも下の世話はマジで恥ずかしいんだって。

動けない大怪我で入院した人とかならきっと理解してくれるはず。

イナイが嫌な顔一つせずにしてくれるのが余計に何とも言えない気分。

いや、愛してる嫁さんだからまだましか。見知らぬ看護師さん相手じゃねーし。


「子供が生まれたら似た様な事するんだし、そもそも昔近所の子供の世話してた時に似た様な事はやってたしな。それに見知らぬ他人ならともかく、お前なんだ。嫌な訳ねえだろ」


イナイさん的にはそんな感じらしい。シガルも気にしてなかったもんなぁ・・・。

でも確かにそれはそうなんだよなー。子供の世話ってそういうのもちゃんと考えないとな。

そういえばこの世界のおむつってどんなんなんだろ。流石に元の世界の紙おむつは無いよな。

と思ってイナイにその話をしたら、目がキラキラと光っていた。


「ふむ、成程な・・・出来なくはない、か?」


と、ぶつぶつと何かの材料を口にして、紙に何か色々書いていました。

この世界にまた何か新製品が出来る模様。猫印の紙おむつかな。

イナイさんのせいで世の中がどんどん進んでいる。この人居なくなったらどうなるんだろ。


とはいえイナイも何時でも俺の傍に居られる訳じゃなく、ちょこちょこ何処かに行っている。

アルネさんに呼ばれて出かける事も多いので、おそらく仕事なのだろうとは思う。

少しぐらいフォローしてあげたいものだが、この体では迷惑にしかならないだろうな。

っていうか仕事増やしてんだよな、この状態って・・・。


そんな訳で結構一人寂しく部屋に居る事が多く、ずーっとベットで転がっている。

ただ体が回復を求めているのか、どれだけ寝ても眠いのだけがありがたい。

これで眠気が無かったら暇で暇でしょうがなかっただろう。


とはいっても流石にずっと寝ているので暇なのは暇だ。

だがそんな暇を打ち破ってくれる存在が実は居たりする。


「兄弟! 今日も来たぞ!」


この訪問者が居なければ、本当に暇でしょうがなかっただろう。

あれから毎日、俺が起きている時間に限るが、ヴァールちゃんがちょくちょくやって来る。


寝ている時はすぐに回れ右して帰るらしい。起こしたら悪いからと言っていた。

もしくは俺が起きる迄、傍でじーっと座って待っていた。

目を覚まして視線を向けた時、物凄く嬉しそうな顔で寄って来たのを覚えている。


因みに最近は彼女が来る時間が決まりつつあり、その間グルドさんは出かけているそうだ。

イナイが言うには「折角居るんだからウムル王族として働いて貰う」とかなんとか。

そういう意味では彼女を預けられていると言えなくもない。

迎えに来た時のグルドさんの姿がバシッと貴族姿だったので、恐らく本当に働かされているのだろう。ここ数日死にそうな顔して迎えに来ている。


「はい、こんにちは。今日も元気ですね」

「ああ、最近は毎日ぐっすり寝ているからな」

「普段は違うんですか?」

「どうしても眠い時は寝るが、そうでない時はなるべく起きている。寝ている時の俺は余りにも無力なんでな。ただ今はちゃんと寝ていないと、こうやって兄弟と話せないだろう?」


とまあ、話す事はこんな風にただの世間話だが、それを彼女が楽しそうに話すので俺も楽しい。

本当の兄弟ではないけど、それでも妹が出来たような気分だ。


彼女は活発で勢いが有るが、それでもこちらに気を遣ってくれる優しさを感じる。

クロトの物静かで少し解り難い優しさと種類が違い、何だか本当に正反対で面白い。

いや、あの子の場合は静かすぎて気を遣っている事すら気が付かれない時が有る、かな。

あれ、結局同じな気がする。今度ちゃんと労おう、うん。


ただ本当にたわい無い世間話以外もしてはいる。

彼女の生まれや目的、これからどうするか等、彼女の深い部分の事も詳しく聞いていた。

これはグルドさんやイナイに頼まれた事なので少し心苦しい部分では有るが、彼女が俺にしか語らないので仕方ないと、心の中で謝りながら聞いている。


彼女はクロトと同じ様に遺跡で蘇ったが、クロトとは状況が違うようだ。

クロトは遺跡から目を覚ました時、単独で目を覚ました。勿論傍に俺がいて、目を覚ます為に命を吸ったのは確かだが、ほんの少量の命が混ざっただけなのにそこに復活した。

そのせいで『魔神』ではなく『クロト』になったのだけど。


「俺が起きた時、周囲には死体だらけだった。おそらくあれは生贄として用意されていた者と、そうでない者とが居たのだろうな。だが全員が悉く命を吸われ、そして俺は顕現した」


彼女が起き上がる前にどういう経緯があったかは解らない。

そこは彼女の意識が無いから仕方ないが、起きた後の彼女にはそう見えたらしい。

彼女を目覚めさせる為に、命を吸わせる為に、そこに集められた者達が居たと。


つまり彼女はクロトと違い、予定通りに目覚めさせられた魔神の筈だった。

だが何の手違いなのか彼女には本来の力は無く、だけどそこに根付く想いと記憶だけは有った。


そして顕現する際に、自分より先に目覚めた兄弟の気配を感じた。

だから彼女の目的はその時からたった一つ。兄弟と会って殺し合う事。

勿論今彼女が俺と穏やかに話している様に、単純に殺す事が目的な訳じゃない。


彼女の言う『殺す』という言葉は『救う』という意味と同意なのだ。

元の彼女達はただ殺す為に生きており、そしてそれは自らの意思ではない。

ならば彼女達にとっては死ぬ事こそが、それこそが救いに繋がると言っていた。

その為に兄弟に合って、殺し合って、どちらかでも救われればと。


彼女が言うには、彼女達は生きとし生けるものを殺したくて堪らないらしい。

ただそれだけで意識が埋め尽くされ、全てを殺した後にやっと別の思考に至れる。

そして何よりも、彼女達はただ全てを殺す為に生まれたと、そう伝えられた。


「何で、そんな・・・」

「さあな。理由など知らん。ただ俺は殺す事を願われ、殺す事だけを目的とした存在として生まれた。だからこそ疎まれて最後には殺された。前の俺の一生などその程度の話だ」

「・・・他には、何か、無かったんですか?」

「無いな。ただただこの手で殺戮を繰り返した記憶と、そんな俺が恐怖した相手。それぐらいしか語れる様な事はない。この世界に顕現してからの日々の方がよっぽど語る事が有る」


つまりは、そんなつまらない生き方を、苦しい生き方をさせない為に、殺してやりたい。

だから今を生きている俺は、彼女の言う苦しい生き方をしていない俺は、殺す必要は無い。

むしろ彼女にとっては、救われたもう一つ自分を見て、涙が出る程嬉しかったそうだ。


自分でも救われるのだと。自分と同じ様に救われたのだと。

だから彼女は他にも兄弟がいるなら救いたいと願っている。

救われた兄弟がいるなら会いたいと思っている。


「だがおそらく、俺は既に変質しているのだろう。昔のままであれば、そんな思考にはきっと至れない。兄弟を救おうと思った時点で俺はもう俺では無かったのだろう」

「そう、なんですか?」

「ああ。自分でも未だに把握しかねる感情がな、胸の奥で良く渦巻くんだ。俺はこんな物は知らない。殺意と憎しみと嫉妬以外の感情なんて殆ど持った事は無いし、持てなかった」


そう言いつつも、彼女の表情は暗い物では無かった。

胸を押さえながら、少し苦笑しつつも表情は明るい。

声音も少し戸惑いは見て取れるが、やはりどこか明るい物を含んでいる。


「それは、良い物、ですか?」

「・・・どうなんだろうな。自分でも解らん。けど悪くは無いと思っている。こうやって兄弟と話している時間は心地良いし、お互いに生きている事はとても嬉しい」


そうにっこりと笑いながら語る彼女を見て確信出来た。

彼女にとって今の状況はとても良い物なのだろうと。


「グルドさんのおかげですね」

「・・・ふん、少しだけな」


グルドさんの名を出すと、彼女は先程の笑顔が嘘のようにつまらなさそうな顔になった。

だが否定はしない様だ。唇を尖らせながらの返事が可愛らしい。


けど俺は知っている。彼女がグルドさんにどれだけ懐いているか。

彼女はグルドさんが帰って来る気配がすると一瞬笑顔になる。

もしくは後少ししたら戻って来る、という話をした際にも同じ様子を見せた。


だが実際に顔を合わせる瞬間には睨み顔や不貞腐れた感じの顏になるのだけど。

それらの行動から、彼女は確実にグルドさんに良い感情を持っていると思っている。

本人は自覚していないし伝えても否定するんだろうけど、あれは間違いないだろう。

俺より解り易くて、正直この辺りが本当に可愛らしい。


「・・・この体はおそらく、生贄の一人の物だろう。既に死体であったそれを媒体に、俺はこの世に顕現した。最後まで生きたいと必死になっていた命にな。皮肉な物だ。だからこそ俺の体は人と殆ど変わらず、従僕は俺を救えたのだろうよ」

「――――そこに居た、一人の体、なんですか」

「おそらくだがな。確証はない。だが今の俺の貧弱さを考えれば、間違いでもないだろう」

「そう、ですか」


この体は本当なら彼女の物ではない。すでに死んだ他の誰かの体。

少しその可能性を考えてはいたけど、実際に口にされると何とも言えない気分になる。

だってそれは、俺も同じ事になる可能性が有るのだから。


「案ずるな兄弟、兄弟はそれ以上の変質はせんさ。自ら力を引き寄せん限りはな」

「だと、良いんですけどね」


一応彼女からは何度もこう言われている。

気にしてもしょうがないとは思いつつも、少し気になるのも仕方ないだろう。

だって俺は変質した瞬間、気を失っていたんだから。

何が切っ掛けだったのか解らない以上、何かしらの憶測はしておきたい。


「それに変質したとしても問題ない。従僕が何とかするだろう」


そしてふとした拍子に彼女はこう口にする。

この事が彼を信頼している証拠だと思うのだが、本人本当に気が付いて無いんだよな。

そんな感じで色々と彼女との情報のすり合わせをする毎日である。



結局帝国がどうなってんのかまだ殆ど聞いて無いんだけど、本当に大丈夫なのかな。

ヴァイさんが見舞いに来ないって、すげー意外で不安で気になる。

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