第692話魔神との契約。
魔人が魔力に呑まれて行く。明らかに有りえない魔力の奔流に消し飛ばされて行く。
初めてこの威力を感じた時も思ったが、従僕の魔術は少しおかしい。
通常の魔術と違い、発動前にその力を乱すという事が出来ない様に見える。
そもそも魔術としての力を構築するのではなく、魔力その物を力に変換する魔術は余り威力が出ないはず。
事前準備をしているならば別だが、従僕は特に何の用意も無くあの威力を叩き出している。
それも詠唱も無く、俺ですら構築の瞬間が解らない程に一瞬で。
あれを防ぐには純粋にあの威力に耐えるか避けるしかない。
とはいえ躱すのはともかく耐えるのは無理だろうな。
今のこの身ではその躱す事も出来はせんが。
「本当に人間か、お前は」
後ろを振り向き見上げながら問うと、従僕は魔術を解いて姿を現す。
あの出来損ないは全く気が付いていなかったが、従僕はずっと俺の背後に立っていた。
だというのに俺の存在しか理解出来ていない時点で、どう考えても従僕の敵ではない。
余りの馬鹿馬鹿しさに笑いが出てしまった。
俺を囮に使えば引っかかるとは思ったが、余りに解り易くかかってくれたからな。
「どこをどう見たら俺が人間以外に見えるんだよ」
「見た目など信用ならん。魔人共が良い例だろう」
「こいつらと一緒にはして欲しくねえな。少なくとも俺は努力してここまでになったわけだし。大体そんな事を言い出したらお前だってそうだろうが」
「お前に手も足も出ん貧弱な体にあれを撃ってみるか? 俺はあれに耐えられる気はせんぞ」
「そういう話じゃなくてだな・・・」
俺の返しに従僕はぶちぶちと文句を言いながら、魔人を封印する為の道具を取り出していた。
あれが無ければたとえ従僕と言えども魔人を捕らえる事が出来ないらしい。
魔人はただ殺しただけでは時間が経てば生き返る。
正確には死んでいないので生き返る訳ではないが、それでも生物としては死を迎えている。
それ以上の攻撃方法の無い人間には魔人を殺す事は出来ない。
いや、完全消滅させる事が出来ない、というのが正しいか。
である以上あの石に封印するしか手が無い。そう従僕は思っている。
だがおそらく、従僕の力ならば魔人を殺す事は出来るだろう。
従僕からは竜達と同じ、俺と同じ世界から逸脱した力を感じる。
使い方を理解しきれていないだけで、理解すればあのような道具は要らんはずだ。
理解したとて使いこなせない、という可能性も無くは無いだろうが。
後は話していないが、俺の身に取り込む事もやろうと思えば出来なくはない。
やりたくないしやる気も無いがな。
あの様な出来損ないを身の内に入れるなど怖気がする。
たとえ元が俺の力の欠片であろうが、既に変質しているあれらを取り入れた所で利点も無い。
「これで俺の契約は果たしたぞ。今度は貴様の番だ」
「はぁ・・・はいはい、解ってますよお嬢様。報告の時間ぐらい待って下さいよ」
従僕は溜め息交じりに呆れた声音で返して来た。
その態度は気に食わないが、約束は守る気の様なので黙って待つ。
無視して歩き出してもこいつを振り切る事が出来ない事ぐらい理解している。
今更そんな無駄な事をする気は無いし、そもそも今は従僕の力が要る。
「兄貴、聞こえるか。魔人はこっちで倒したし封印したけど、様子はどうかな」
従僕は腕輪に向けて話しかけている。
この国に入る前に連絡を取っていた兄が相手らしい。
前は姉と呼んでいた相手と話していたと思うが、訳の解らん道具だな。
『ああ、聞こえている。敵の動きは止まった様だ。協力感謝する。共に居るお嬢さんにもお礼を述べたい』
「ふん、俺は俺の目的の為に行動しただけだ。礼を言われる筋合いはない。この後に従僕が俺の言う通りに働くならそれで構わん」
この国に来てからも俺は遺跡を目指していた。
何やら戦争が起こっているらしいが、俺にとっては知った事ではない。
その移動途中で従僕に色々と邪魔をされ、その際に少し口が滑ってしまった。
俺は魔人の位置が、近づけば多少は解ると。
それを知った従僕は協力を求めて来たが、俺は断り続けていた。
魔人は殺したくは有るが、それよりも先に遺跡に向かって核を回収したかったからだ。
だが途中で、従僕の頼みを聞かざるを得ない理由が出来てしまう。
だから頼みを聞く代わりに、魔人を見つける代わりに従僕の力を貸す様にと契約をした。
『ははっ、そうか。でもそれでもありがとう。君のおかげで助かったよ。万が一を完全に潰す事が出来た。だからグルド、ちゃんと約束は守る様に。やり方は任せるけどね』
「・・・ああ、なるべく守るよ。一段落着いたらまた連絡する」
明るい声の兄の言葉に従僕は少し言葉を濁しながら返す。
恐らく俺との契約が不服なのだろう。だが俺はお前との契約は履行した。
ここからは何が有ろうが俺に従って貰うぞ。
「はぁ・・・さて、何処に向かえば良いのかは解ってんのか?」
「正確には解らんが、大体の方角は解っている。向こうだ」
「向こう・・・となると姉さん達が居る方向になるな。鉢合わせにならねえと良いが」
「俺にとっては好都合だがな。そいつらは貴様並みに強いのだろう?」
「こんな事に姉さん達巻き込めるかよ。俺とお前だけで終わらせる。それも約束だろう」
まあ、構わんか。今ならば従僕一人でも十分だろう。
そう思ったからこそ従僕に確約させたのだから。
もしこの契約を果たせないというのであれば、俺は二度とこいつの言う事を聞く気はない。
何が有ろうと、どれだけ不服だろうと、今回だけは絶対に従って貰う。
「そうだな、貴様の力ならば兄弟を殺せるだろう」
兄弟を殺す手伝いをする事。それが俺と従僕の交わした契約だ。
俺や兄弟がどういう物なのか詳しくは語っていない。
だが俺と同じ様に全てに殺意を抱き、全てを憎んでいると伝えている。
殺す事が、死ぬ事こそが、唯一の救いだと思っていると、そう伝えた。
先程感じた兄弟の気配。あれは間違いなく新しく顕現した兄弟の気配だ。
一瞬の気配はかなりの物だったが、その後が弱弱し過ぎた。
あれは顕現出来ていても、俺と同じ様に中途半端になっている。
おそらく従僕の力であれば殺せるはずだ。
「・・・それも、一応見定めてからって約束だからな」
「解っている。言っただろう。殺した方が良ければ殺すと。その為に貴様に協力したんだ。俺をこの状態に出来た貴様にな」
「なるべく殺さなくて済む事を祈るよ」
「俺はどちらでも構わん。本当に俺の兄弟ならば、死を望んでいる可能性の方が大きい。兄弟達を救えるならば、俺はどんな手段を使ってでも殺してやるだけだ」
悔しいのは、自らの力だけでは殺せない可能性が大きい事か。
感じた力が微妙な物だとはいえ、おそらく俺より強い可能性の方が大きい。
俺が起きた時はあそこまでの力は発していなかった。
恐らく元の体に近い覚醒ができる力が有れば、あれだけの気配を発する事が出来るのだろう。
だからこそ、俺と同じ様には解放されない可能性が有る。
その場合は殺してやる事こそが、兄弟にとって一番の救いだろう。
遺跡に先に行けば力を回収出来るし、少しでも兄弟を殺せる可能性が上がる。
だがその間にもし移動されれば殺す機会を失ってしまう事になるだろう。
それは少しでも兄弟が苦しむ時間を長引かせる事でもある。
俺は兄弟を少しでも早く救いたい。この機会を逃したくはない。逃がしはしない。
「従僕、言っておくが、無理なら躊躇せず殺せ。それが俺達の、兄弟の為だ」
「・・・一応了承しておくよ」
本当に返事が鈍い。俺に従う事がそこまで気に食わんか。
化け物を一体殺す程度の事、何の事は無いだろうに。
つい先程も魔人を手にかけておきながら、なぜそこまで気に食わない顔を見せるのか。
「ふん、まあいい、行くぞ」
「へーへー、付いて行きますよお嬢様」
もうこれ以上の会話は無駄だと、気配を感じた場所へ向けて走る。
従僕もちゃんと付いて来ているのを確認しながら、体の状態もしっかりと切り替えておく。
待っていろ兄弟。今、助けに行ってやる。
「苦しんでいるようなら、必ず、殺してやる」
胸に未だ残る呪いの様な殺意と憎悪。それを再確認しながら決意を口にする。
どれだけ強大であろうと、必ず殺してやる。せめて救われた俺を見せてやる。
俺は、俺達は、救われる事が出来たのだと。出来るのだと。
だが、願わくば、俺と同じ様に救われて欲しい。救って、欲しい。
グルドウルに救われた、俺の様に。
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