第691話魔人の逃走ですか?

兵隊共が悉く潰されて行く。

あの瞬間全ての兵の動きを止めてしまったせいで、全ての戦場で同時に不覚を取った。

今も立て直せていない。上手く兵隊共を動かせない。どんどん押し込まれている。


「くそっ! 一体何だって言うんだ! どうなってやがんだよ!」


理解しきれない状況に叫ぶが、返す者は居ない。

今回の為に兵隊共は全部使っているから、周囲には誰も残していない。

そもそも意見を発せられる程の状態にしていたのは、あの巨男しか作って無いが。


「くそっ、くそっ、くそおおおおおお!」


心を戻さなければ、兵隊共をもっと上手く動かさなければ。

そう思えば思う程心に焦りが生まれ、余計に上手く動かせない。

俺の動揺が兵隊共全体に伝わり、全ての兵隊の動きが鈍っている。

力が上手く回せない。このままじゃ全滅が早まる。


「フドゥナドル様が、あそこに居た。確かに居た。なのに・・・!」


先程の出来事が受け入れられず、混乱から全く回復できない。

それが兵隊達の損耗に直結するのが解っていても、それでも落ち着けない。


あれは間違いなくあのお方の気配だった。あのお方の殺気だった。

それが、人間どもではなく、俺に向いていた。俺を殺そうとしていた。


いや、俺を殺そうとしていたのはまだ解る。

あのお方の事だ。俺達を殺そうとするのは何もおかしな事ではない。

だが何故、その殺気が俺にだけに向いていたのか。あれは人間に向いていなかった。

それに何故あの様な所からいきなり現れ、そして消えたのか。


「もうあのデカブツからは、あのお方の気配を全く感じられない。さっきのは一体・・・あれは気のせいだったのか? いや、そんなはずはない。確かにあれはあのお方の気配だった」


確かに感じたあのお方の、フドゥナドル様の気配。

あの威圧感は、あの殺意の質は、あの恐怖は間違え様が無い。

全てを殺し、全てを蹂躙するあの方の力を確かに感じた。

たとえ兵隊共を通してだったとしても、あの方の気配を間違える事など有りえない。


「くそっ、訳が解らねぇ・・・!」


現状の把握すらままならない事に苛つきながら、頭をガシガシと搔き毟る。

いや、単純な現状把握という事なら出来ている。

今の俺は既に危機的状況であり、ほぼ詰んでいるという事だ。

はらわたが煮えくり返る思いだが、流石にそれを認識出来ない程に目は眩んでいない。


「今は考えてる暇なんかねえか、クソが!」


俺の力を見抜ける小僧を殺せなかったのは痛い。

あいつが居る限り連中の中に兵隊を忍ばせる事は出来ない。

だが連中は俺の顔を見ていない。本体の俺を見た事が無い。ならばまだ逃げ道は有る。

連中の包囲さえ抜けてしまえば、人ごみに紛れれば気が付けねえはずだ。


「どれだけ包囲しようが、集団で動いているならともかく、こんなバカみてえに広い土地の中、たった一人を捉えるなど出来る訳がねぇ。出来て堪るか」


狭い集落内や限られた土地であればそれも可能だろうが、この国は無駄に広い。

たとえ連中がどれだけ大軍勢だろうが、この土地全てを埋められる人員などありゃあしねえ。


これ迄の兵隊共の突撃は、ただ無駄に動かしてきたわけじゃない。

連中がどれだけどこに兵隊を配置し、どういう風に動かしているのかを探っていた。

俺が逃げる為に、兵隊共を全滅させてでも逃げ道を捜す為だ。


その為にわざと素直に突撃させず、逃げる様に隙間を縫わせて走らせた連中も居る。

全てが悉く潰されているが、それでも幾つか穴は見つけた。

分隊規模で行けば見つかるだろうが、俺の身体能力で単独であれば見つからずに逃げ切れる。


人間どもから逃げるのは癪だが、あの連中を倒せる気がしねえ以上は逃げるしかねえ。

腹の底の怒りを抑えながら息を深く吐き、見つけた逃走ルートへと走る。


「あの小僧だけは・・・あいつだけは絶対に、絶対に殺してやる・・・!」


ここから逃げ延びたら、絶対に奴だけは殺しに戻って来る。あいつだけは絶対に許さねえ。

あの小僧さえ居なければ、あの馬鹿でかい化け物男を兵隊に出来ていたかもしれねえ。

少なくとも折角面倒に思いながらも人に紛れ込ませた連中を、あんなに無駄に潰される事は無かった。


「あいつだ・・・全部あいつのせいだ・・・!」


上手くいかなかった全ての怒りを小僧にぶつける様に呟きながら、全力で走る。

勿論連中に決して見つからないように、兵隊共に戦場を移動させつつだ。

大量に兵隊を作ったおかげで、どれだけ潰されても次を出せる。

とはいえ限りは有るので全滅は免れないだろうが、それでも俺が逃げ出すまでは持ちそうだ。


「っ!?」


前に、何かが居る。誰も居ないはずのルートを、敵の居ないルートを走ったはずなのに。

不可解に思いながら足を止めると、それはぽてぽてと歩きながら俺の前に現れた。

幼い少女・・・いや、まて、これは・・・フドゥナドル、様?


「いやだが、余りに気配が弱い・・・」


目の前に現れた娘から、確かにフドゥナドル様の気配がする。

だが娘から感じる力は、先程現れたフドゥナドル様と比べると余りに弱い。

この娘ならば俺でも殺せそうだと思う程、それ程に貧弱な力。

あの方の破壊の力を感じるのに全く恐れを感じない。


「・・・そうか、貴様、失敗作か」


恐らくフドゥナドル様になり切れなかった半端な失敗作。

あの方の力を引き出し切る事が出来なかったのだろう。

俺の呟きが耳に届いたらしい娘は、何故かくっと口の端を上げて笑った。


「失敗作。成程失敗作か。確かに俺は貴様等にとっては失敗作だろうな」


くっくっくと、何が楽しいのか笑いながら語る娘。

その様子に苛つきを覚える。

俺の言葉を嗤う様子もそうだが、弱いあのお方という存在が許せない。


何よりもそんな弱い存在が、俺に殺意を向けているのも気に食わない。

顔は笑っているが、コイツは俺を殺す為にここに立っている。


「貴様の存在は不快だ。時間は無いがここで殺してやる」

「はっ、出来損ない風情が。そんな事だから貴様等は出来損ないなんだ」


俺の言葉を聞いた娘は、口元は嗤いながらも目が笑っていなかった。

見下すような、余りに下らない物を見る様な目で俺を見ている。

たとえあのお方の力を持とうとも、失敗作風情にそんな目をされる覚えはない。


「ああ!? 失敗作風情が! 見下してんじゃねえ!」


ギリっと歯を鳴らしながら娘に飛び掛かる。

娘は動く様子無く俺を嗤いながら見ていたが、俺の手が届く前に口が少し動く。


「従僕、やれ」


それが耳に届いた次の瞬間、殺された、という事だけは解った。

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