第690話新たな脅威と悩みですか?

唐突に、敵陣中央よりも更に奥、ほぼ最後列に魔力の光が上った。

あの魔力は技工剣の魔力だ。


「あの馬鹿!」


前に出んなつったのに、何やってやがる。

苛ついてるのは解ってるが、今の状態で前に出たら危険なだけだろうが。

いや、まさか、魔人を見つけたのか?

それなら今の一撃で仕留められていれば、全て解決するが。


「・・・ねえな」


死体兵共は未だにこちらに向かって来ている。止まる様子など欠片も無い。

という事は、あの一撃はタロウが何かにつられた結果って事か。

くそったれ、後で説教してやる! せめて突っ込む前に教えろっての!


「アルネ、すまん、ここを任せて良いか!」

『行け! 早めに回収してこい!』

「助かる!」


腕輪の通信でアルネにこの場を頼み、転移で移動を試みようとして、すぐに止める。

外装ごと転移するには死体兵の阻害が邪魔くさい。


攻撃なら良いが的確に転移するには場の魔力が乱れ過ぎている。

雑に移動して想定外の位置に転移すればただの時間の無駄だ。

攻撃する為なら問題無いが、こういう隙間を縫わなきゃいけない時は、あたしの魔力操作じゃ少し大雑把で上手くいかない時が有るのが困りものだ。


「こういう時はセルが羨ましいな」


あいつならこんな物、何の問題にもならないだろう。

そんな事を想いながら愚痴りつつ、外装に魔力を迸らせる。

魔力水晶から流し込まれる魔力により、外装全体が不気味に赤く光り輝く。


「吹っ飛べ、おらぁ!」


外装の腕を大きく開いて叫ぶと同時に、外装前面から魔力の光が駆け巡り、扇状に広がる赤が死体兵を飲み込んでいく。

死体兵が抵抗出来ずに吹き飛ぶのを確認しながら再度魔力を流し込み、赤く光る腕を目の前で交差させて全力で走る。

一撃目で助走をつける場を作れたので、問題無く最高速に到達。


そしてそのまま一直線に、花が落ちた地点に向かう。

道中の邪魔な死体兵共は交差させた腕に触れるだけで消滅し、最高速に達した外装を後ろから攻撃出来るはずもない。

横から攻撃しようと狙ってくる奴もいたが、速度が違い過ぎて話にならない。

触れる事も出来ずにあたしの通過を許して行く。


「タロウ!」


地面に落ちていくタロウを視認して、急いでその場に向かう。

花で多くの死体兵共は吹き飛ばされており、何もない抉れた地面にタロウは落ちていく。

死体兵がタロウに殺到するより先にタロウの下へ駆けつけると、自力で起き上がったのを見て少しほっとした。


「馬鹿野郎、何無茶してやがる!」


余りに心配過ぎて、心配していたという言葉よりも怒りで怒鳴りつける様な事をしてしまった。

だがタロウはそれに反応を見せず、何処を見ているのか解らない目でぼーっと立っている。


「っ、お、おい、タロウ! タロウ!?」


反応が一切ない事が怖くなり、叫びながら外装から飛び出す。

そしてタロウに触れようと手を伸ばした瞬間、あたしに倒れ込むように崩れ落ちた。


「ばっ、おい、止めろよ、タロウ・・・っ!」


まさかと、一瞬嫌な想像が走り泣きそうになるが、すぐにここが戦場だと思い出す。

死体兵共がこちらに群がって来た。それも先程まで相手にしていた連中とは違う。

明らかに大多数が意思を持っている。殺意をこちらに向けている。


「ちぃっ!」


急いでタロウごと外装に戻る。

取り敢えず外装の中に入れておけば、タロウに危害は加えられない。

それに一緒に入る事で必然的に抱き込むようになり、心臓もしっかり動いて呼吸も安定している事が感じ取れた。


「取り敢えずは、安心できるか」


外傷は何処にもない。有っても擦り傷程度だ。

コイツの場合それが逆に怖くも有るが、一応呼吸が落ち着いているので今は良しとしよう。

戦場に意識を戻し、背後からかかって来た死体兵を殴り砕く。


「中身が女だったとはな! おい、そこの女、その男を寄こせ! そいつだけは逃がさねえ!」


死体兵共はぎらついた眼をあたしに向けながら、複数個所からそんな事を叫んで来た。

死体だと解っちゃいるが、子供が意志を持ってかかってくる様に見えるのはきついな。


「殺す! そいつだけは絶対に殺す! そいつさえ殺せは俺にはまだ後が有る!」


血走った様な眼で攻撃をして来る死体兵達を容赦なく粉砕しながら、言葉の真意を探る。

恐らくタロウを釣ったのは、死体兵と生きた人間を見極められる人間を釣りたかったんだろう。

タロウの存在により、折角仕込んでいた兵隊を難なく潰されてしまったからな。

死体兵を人間の中に紛れ込ませる有用性を理解し、その為に邪魔な人間を潰す為だけに来たか?


という事はこの魔人、ここで決戦をする気は無いな。

恐らくタロウをどうにかここで潰し、逃げる気だったんだろう。

この戦場に居ない可能性も有るか。釣ろうとして自分がやられちゃ元も子もねぇしな。

万が一を考えて安全圏からこの戦場を眺めている可能性がでかい。


流石に皇帝の言葉に素直に従いはしなかったみたいだ。

ここまで丁寧に逃げ道潰されてりゃ、ここが罠だって事は余程の馬鹿でない限り解るか。

今一番戦力が充実してるのはここだ。

あたしとアルネが居るここが、魔人にとっては一番危険な場所だからな


「そいつだ! そいつが悪いんだ! そいつさえいなければ! 殺す! 殺す!!」

「・・・いや、そんな冷静な思考だけの勢いじゃねーな」


安全圏から逃げるつもりでいるのは間違いないだろうが、今回の危機を全てタロウのせいにしている様子が見える。

解り易い憎む対象にしたいんだろう。確かに皇帝の言葉通り、こいつは三下だな。

初めて戦った魔人はもう少し頭が切れたし、切れたからこそやばかった。


「殺す・・・? 俺を、か?」


ポソリと、あたしの胸元で呟きが聞こえた。

視線を下げると、のそりとタロウが動いたのが視界に入った。


「――――」


起きたか、タロウ。そう、声をかけようとしたはずだった。

なのに、声が出ない。体が動かない。



―――――怖い。



タロウに、胸元に居る男に、目の前に居る存在に、異様な恐怖を感じる。

まるでリンと相対した時のような、いや、これは、違う。


恐怖は確かにあいつに感じるものに近い。

でも、この感覚は知っている。この異質な危機感を感じる物は別に有った。

これは、クロトの黒を見た時に、あの時に近い危険信号。


目の前のそれは顔を上げると、見えていないだろうに外装から外を見る様な動作をする。

いや、見えているのかもしれない。あたし達とは何かが違う目で。


「俺を殺すといったな。貴様ごときが、俺を殺すといったな、出来損ないが」


その言葉と共に、殺意が、膨れ上がる。恐怖が形になっていく。

暴力的に魔力を周囲から集めだし、あたしの外装の魔力すら奪おうとしている。

そしてすぐ傍にいるせいなのか、集めている物がただ魔力だけじゃない事も感じられた。


これは世界に残さなきゃいけない力。本来かき集めてはいけない力も取り込んでいる。

そして段々と肌が浅黒くなっていき、初めて会った時のクロトのようになっていく。

黒が深くなるにつれて危機感が増して行く。威圧感が増して行く。

やはりこれは、クロトの力。あの黒の力。


気が付くと、戦場から音が消えていた。

死体兵は驚愕で目を見開き、ウムルの騎士達が戦う音もしない。

異常な事態にアルネですら不可解で動きを止めているのだろう。


当然だ。あたし達はこの恐怖を良く覚えている。

リンと同じ恐怖や脅威を感じるという事は、ギーナと同じ恐怖だという事だ。

この戦場に魔王が、あの化け物と同じ存在が現れた。

それはアルネですら二の足を踏む、強大過ぎるふざけた化け物。


「なぜ、何故貴方がそこに、そこに居られるのですか、フドゥナドル様・・・!」


その言葉で、至りたくない思考に至ってしまう。

以前クロトは言っていた。タロウの魂にはクロトの魂が混ざっていると。

だからもし死ねば、タロウは魔人化する可能性が有ると。


だが、違う。魔人となるならば、こんな恐怖を感じる訳が無い。

この程度の連中になるなら、あたしがこんな恐怖を感じる訳が無い。

タロウは魔神になろうとしている。フドゥナドルになろうとしている。

クロトの魂がタロウの中で覚醒しようとしている!


「おい、女、ここから出せ」

「っ――――」


それはタロウの声でタロウじゃない言葉を発し、あたしに命令をして来た。

静かな言葉にも関わらず、反論できる気のしない絶対的な威圧。

歯がカタカタとなり、体は震えが止まらない。

アタシはゆっくりと外装の機能を停止させ、外装から手を離し。


「――――のやろぉ!」


思い切り、目の前のそいつをぶん殴った。

感触がおかしい。余りにも手ごたえが強すぎる。

目の前のこいつは強化も何も使っていないはずだ。

だって言うのに殴ったこっちの手が砕けた。指が全部おかしな方向に曲がってやがる。


けどその痛みが逆に恐怖を抑えてくれて、目の前の存在が少し驚いているのが確認出来た。

砕けていない手で胸ぐらを掴み、恐怖で涙が溜まった目で睨みつける。

手は未だに震えている。目の前のこいつへの恐怖は全く消えてはいない。

それでも、ここで引くのはあたしじゃねえ!


「女だぁ!? てめえ、誰に向かってそんな口聞いてやがる! もっぺん言ってみろ!」


目の前の黒に、最早殆ど表情が掴めない頬度に真っ黒になっているそれに頭突きをする様に額を付け、至近距離で睨みながら叫ぶ。

お前の目の前に居るのは何だと。あたしは何だと。お前にとって一体何者なのかと。


「ざけんじゃねえぞ! あたしは誰だ! お前の何だ! 言ってみろ、ああ!?」


目の前の存在に。その中にいるであろうあいつに。タロウに向かって叫ぶ。

てめえは何をしてやがる。あたしを呼ぶのはお前じゃなきゃ駄目だろうが。


「あたしが愛したお前は、あたしを何て呼ぶ! お前が言ったんだろうが! 三人で幸せになろうって! 皆で幸せになろうって! そのお前がこんな下ならい死に方なんて、あたしは絶対認めねえぞ!! 言え! あたしは誰だ! お前の何だ!! あたしの名前は何だ!!」


涙を流しながら叫ぶ。砕けた手もタロウを掴み、首を絞めるようにしながら。

すると、ほんの少し、唇が動いた。


「――――イ、ナイ」


その言葉が、確かに耳に届いた。

小さな擦れるような声だったが、確かにこいつはあたしの名前を呼んだ。

まだ生きてる。まだタロウはちゃんとここに居る!


「がっ!? かはっ・・・ぎっ・・・があぁ・・・!」

「タロウ!?」


だが次の瞬間、一瞬で黒が消え去り、タロウが胸を押さえながら苦しみ始める。

狭い外装の中を暴れる様に悶えるのを、ギュッと抱きしめる。

するとそれに縋る様に、タロウはあたしの背中に手を回してきた。


ただその力は異常に強く、背骨が軋む。肋骨も砕けそうだ。

だけど、それでも放さない。放す訳にはいかない。今こいつはきっと戦っているんだ。

なら全力で支えてやる。あたしが助けてやる。

お前が戻って来るならこの程度の痛み、たいした事はない!


「帰ってこい・・・!」









どれだけの時間そうしていたのだろう。気が付くとタロウは静かな寝息を立てていた。

その安らかで間抜けな寝顔を見て、ちょっとムカついて一発頭を殴る。


「いっ~~~!」


砕けた拳の方で殴っちまった。目茶苦茶いてぇ。

治癒魔術で拳を直しつつ、体の方にも治癒魔術をかけて行く。

くっそ、結局肋骨折れちまった。いってえなクソッタレ。


「き、えた? フドゥナドル、様?」


死体兵はいきなり現れ、そして消えた魔神の気配に困惑している。

これは畳みかけるチャンスだな。


「アルネ、聞こえるか、事情は後で説明する。今が叩き潰す好機だ」

『―――! 解った。後で説明はしっかり頼むぞ!』


アルネはあたしの言葉に何も問わずに応え、また戦場に戦闘音が戻って来る。

魔人は先程の動揺から回復出来ないのか、死体兵の動きが明らか鈍い。

これならすぐに終わりはするが・・・。


「くそ、新しい悩みの種増やしてくれやがって・・・!」


あたしの胸に顔を埋める様に抱きついて寝ている間抜け面の頭に、もう一発拳を叩き込む。

タロウは痛みで顔を顰めるが、あたしを離す様子も起きる様子も見せない。

クソ、全部終わったらシガルと二人がかりで思いっきり説教してやる!

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