第689話戦場に走る恐怖ですか?

さて、余り前に出るなと言われはしたが、ある程度の戦果は上げなければな。

弾切れは一切気にしない。ここで全て使い切る気で行く。

少年に残った弾を全て貰ったので、ここは全力で甘えさせて貰う。


前で戦っている二人や騎士達の邪魔にならない様、気を払いつつ銃の引き金を引く。

だがあの二人の高速戦闘に俺が付いて行ける訳もなく、邪魔をしている気がしなくもない。

おそらく避けてくれているのであろう事を察しつつも、こちらにも甘えさせて貰う事にする。


しかしウムルの騎士達は凄い練度だな。

個人個人の戦闘能力の高さもさる事ながら、周囲との連携が上手い。

仲間の死角を上手く補助する様に動いているが、その動きにあまりに淀みがない。


死体兵という強大な敵相手にも一対一でなら問題なく戦え、集団ならば尚の事押し切れる。

今のウムルはただ英雄達の力だけに頼っていた時代とはやはり違うな。

兵士と騎士の規格が他国と一線を画している。

特権階級や金欲しさに騎士をやっている連中では確実に手におえん。



まあ、一番の脅威は、あの鎧だが。



あれが、アルネ・ボロードルが言っていた物だな。

成程、あれは凄まじい。鎧の隙間を狙わなければ一切攻撃が通用しない。

表面は布の様に見えるのだが、強度が有りえない程に高い。

高すぎると言っていい。


剣やナイフ、もしくは槍で斬りつけられた程度ならばまだ解る。

だが斧やこん棒の様な衝撃で攻撃する武器が当たっても、全くへこむ様子が無い。

何だあの鎧は。あんな物を量産しているのか、ウムルは。


自信満々に今回の事に首を突っ込む訳だ。あんな物を持ち出されては堪ったものでは無い。

少年に関わり有ると言っていたが、つまりはあれを作ったのは少年という事か。

全くもってふざけている。ふざけている程に有能が過ぎる。

惜しむらくは、本人が自分の有用性を理解していないという所か。


「全く、本当に全ては少年が鍵だったな」


今回の出来事が上手く行った要因は、彼の存在が大き過ぎる。

ポヘタでの出来事を聞き、興味を持って良かった。追いかけて本当に良かった。

少年は俺に恩が有ると思っているが、あんな些細な事から返されるには大きすぎる恩返しだ。


「ならば彼の想いに応えなければ、男じゃないな」


少年の願いはこれ以上の犠牲が出ない様にする事だ。

それは単純にこの騒動だけの話ではない。少年は優しい心根の持ち主だ。

国家間の戦争も、国内の紛争も、民への弾圧や抑圧も良い気分にはならない。


たとえそれが自分に全く関わりない人間の出来事でも、彼は心を痛める。

少々優し過ぎるとは思うが、そんな彼だからこそ俺は生き残れたのだと思う。

誰もが俺の死を確認している最中、それでも助けたいと願い無茶をした。


それは少年が叶えられるだけの力が有ったというのも確かに有るのだろう。

だが彼の今の状態を見れば多少は解る。

ただ助けられるから助けたなどという理由で救うには、身に受けた代償が大き過ぎる。


「そういえば、ちゃんと休んでいるだろうな」


戦場に立ちながら気楽な思考だが、少し気になった。

少年は魔人に対して思う所が有る様に見える。

もしかしたら魔人が居るかもしれないこの戦場に置いて、本当に大人しくしているのかと。

そんな疑問を考えたところで、ぞくりと、背後から凄まじい恐怖を感じた。


「っ、何だ!?」


驚いて背後を振り向くと、特にないも無い。

先程感じた恐怖もそこには無く――――少年も消えている。

それを認識すると同時に、先程と同じ悪寒をまた背後から感じた。


「まさか―――」


すぐに戦場に顔を向けると、一筋の大きな柱がそびえたっていた。

敵陣の遥か向こうではあるが、余りに柱が大き過ぎて距離感が掴めない。


とても大きな魔力の力。純粋な力に変換された綺麗に輝く魔力の光。

その余りに異常な魔力量に、鳥肌が立つ程の恐怖を覚える。

胃を鷲掴みにされた様な吐き気がし、息を吐く事すら辛いと感じる程に。


「あれを、少年が、やったというのか」


少年は強いと知っている。あの英雄達の弟子なのだ。弱い訳が無い。

だが実際に戦う所を見て来なかった自分には、彼の戦う姿は余りに衝撃的だった。

何だあの攻撃は。あんな物の前では何もかもが話にならない。


「たった一人の軍隊・・・少年は本当の意味で、彼らの弟子なのだな」


気が付けば手が止まり、その光景を眺めていた。

あれは普通の人間には手におえない代物だ。


もしあれを連発されれば、それだけで軍は瓦解する事だろう。

威力もそうだが、何より与える恐怖が強すぎる。

あんな物に向かっていく勇気のある人間が、どれだけいるというのだ。


「だが、それでも向かって行けるのがウムルの兵、か」


あの光景を見ても尚、ウムルの騎士と兵達に動揺は見られない。

俺達と彼等では持っている常識が違い過ぎるのだろう。

英雄を知っている彼らは、化け物を知っている彼らは、あの程度に怯む事はない。



それは、あの程度の攻撃は、出来るものが他にも数多くいるという事でも有る。



「全く、本当に化け物国家だな。大人しくしている理由が解らん」


ウムル王は本当に化け物だ。あいつこそが化け物だ。

こんなふざけた集団を、何故こうもいとも容易く国家として治めていられるのだ。

流石に扱い切れる気がせんぞ、こんな連中。


「――――はっ、これはまた、本当に驚かせてくれる」


空に、巨大な花が咲く。花が空から落ちて来る。

先程でも異常だと感じた魔力量を更に超える魔力の花が、死体兵を飲み込まんと空から地に向かい降っていく。

遠目でも解る程、死体兵達がなす術なく呑まれて行っている。

負傷していながら、全快の状態でないのにも関わらず、あの戦闘能力か。


「成程、彼にしてみればこんな物は玩具だな。気軽に渡す訳だ」


銃に目を落として呟く。銃の威力は確かに高い。高いがあれには遠く及ばない。

勿論使い方次第ではかなり有用な武器では有るし、そもそも誰にでもあの威力を出せる時点で余りに有用すぎる武器だ。

だがそれでも、あれを自力で放てる彼には、こんな物は大した脅威でもないのだろう。


「・・・だが少年、あの調子の悪さでそこまで力を出して、大丈夫か?」


恐怖を抑え、心を抑え、平常心を取り戻したところでそれが少し気になった。

少年が不調だった事は間違いないし、先程もまだ少しふらついていたのを何度か見た。

そんな調子であんな戦闘をして、無事でいられるのだろうか。


「・・・イナイ・ステルが消えているな。俺が心配する必要はない、か?」


イナイ・ステルが居た所に騎士達が移動している。

彼女の姿が見えないという事は、おそらく少年の下へ向かったのではないだろうか。

真偽を確かめるには今は少し余裕がない。


「無事でいろよ、少年」


君が無事でなければ、俺はここで気張っている意味が無くなってしまうだろう。

これは俺の君への恩返しなのだから、少年が生きていなければ困る。

ちゃんと見届けてくれよ、君の願いを叶える俺を。

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