第688話抑えて来た怒りです!
―――ヤバイ、釣られた。
技工剣に魔力は殆ど残っていない。このまま後ろに振って威力が足りるか?
いやその前に、もっと大きな問題が残っている。
俺自身に残っている魔力が足りない。良いとこ仙術込みの二重強化が限界だ。
でも今の体と魔力で何処まで動かせる。さっきの一撃は本気で全部絞り出すつもりで放った。
たとえ一時戦えたとしても、その後が続かない。
長期戦は確実に不可能だし、今は銃も弾が殆ど無い。この状態でどこまでやれる。
駄目だ迷うな、今は考えてる暇は無い!
「っらあ!」
出来る限りの仙術と魔術強化をかけ、残りかすの魔力しか残っていない技工剣を後ろに振るう。
その攻撃は背後から襲おうとしていた者の体に食い込みはしたが、そこで止まってしまった。
でもこの程度の攻撃が効くなら―――。
「えっ」
思わず驚きの声が漏れた。
技工剣を腹に受け踏み止まっているそいつは、他と変わらない死体兵だったせいで。
しかも黒い靄の様な物はとても少なく、どう見ても只の村の老人にしか見えない。
「てめえだけは殺してやる!」
皺くちゃの指を俺に向け、剣が食い込んでいるにも関わらず歯をむき出しにしながら笑う老人。
だが力は老人の物とは思えない程に強く、技工剣を文字通り体で抑え込んでいる。
今の俺の状態じゃ剣を抜く事が出来ない。くそ、本当に貧弱な体だ。
周囲から凄まじい勢いで死体兵が襲い掛かって来る。
転移で逃げようと思ったが、この死体兵全員で阻害して来やがった。
本調子じゃない今の俺じゃ、下手すると敵のど真ん中に落ちるから意味がない。
技工剣を開放して振り切る事も考えたが、そうすると今度こそ魔力が無くなる。
目の前のこいつを吹き飛ばせる威力を出そうとすると、かなりの魔力が居るはずだ。
今の俺にそんな魔力は残っていないし、使えばそのまま動けなくなる。
殺意が、襲って来る。全ての死体兵の殺意が、俺に全力で向いている。
意思の無いはずの死体達が、明確な殺意を持って俺に群がって来ている。
不味い。怖い。体が震える。
「なっ、めんなぁ!」
恐怖を叫びで抑え込み、技工剣から手を離して腕輪に触れる。
そして腕輪からローブを取り出して残りの魔力を通し、そのまま武器として振り回す。
周囲の殺意の意思と俺の意思を受け取ったローブはすさまじい強度を発揮し、襲い掛かって来る死体兵を切り裂いた。
その隙にローブを羽織り、覚悟を決めて精霊石を飲み込む。
今更無事に逃げ切れる手なんか考えている余裕があるかよ。
俺は敵の頭を潰そうとして失敗した。である以上ここは敵陣真っただ中。
下手な手段で生き延びられる訳ねえだろ!
「ぐっ、ぎぃ・・・!」
全身に激痛が走るのを我慢しながら魔力を回す。
今すぐ蹲りたくなるほどの痛みだが、ここで本当にそれをやれば殺される。
痛過ぎて動かせない体を浸透仙術で無理矢理動かし、技工剣を握って起動させる。
そしてそのまま技工剣を回転させ、抑えている老人を吹き飛ばした。
その勢いのまま痛みを堪えて強化もかける。
「逃がすな! 殺せ! こいつはここで殺せ! こいつだけは殺せぇ!!」
周囲からそんな言葉が、同じ言葉と殺意が複数個所から聞こえる。
つまりそれは、この死体兵達を通した魔人の殺意という事だろう。
そうか、お前は俺を殺したいのか。
そりゃそうだろうな。お前にしてみれば俺は大分邪魔だったろうさ。
特にお前の潜伏させた兵を見抜いて潰したのは、腹の底から苛立っただろうな。
ざっけんなよ、てめえ。
「それはこっちのセリフだ!!」
周囲を薙ぎ払う様に技工剣を振るい、襲い掛かって来る死体兵達を吹き飛ばす。
完全起動状態なら通用する。通用するが振る度に意識が遠のきそうになる。
くそ、体が軋む。浸透仙術を覚えてなかったら確実にもう動けていない。
視界が狭くて真っ白だ。耳も段々聞こえにくくなっている。
体は痛みで軋むし、動かすつもりも無いのに至るところが小刻みに震えているが、それでも関係ない。
浸透仙術と魔術を全力で使えば、そんな事は関係なく見えるし動ける。
探知で敵の位置は解るし、体は無理矢理動かせるんだ。
戦えるなら、容赦しないのは、殺すという意思はこちらも同じだ。
こっちこそ、てめえに対しては腸が煮えくりかえってんだよ。
「てめえのせいで何人死んだと思ってやがる!」
自分の叫びも最早聞こえていないが、叫ばずにはいられなかった。
奴の返答は聞こえない。既に聞こえなくなっている耳には届かない。
だが死体兵の口元が動いているという事は、何かを言い返しているのだろう。
けど、知るかよ。俺はてめえにぶつけたいだけだ。てめえの言い分など知った事か。
「てめえのせいで子供も死んだ! その子供を手にかけなきゃいけなかった! 今だってこうやって手にかけている! 舐めた事言ってんじゃねえぞクズ野郎!」
今迄ため込んで来た怒りをぶつける様に叫ぶ。
コイツのせいでこの人達は死んだんだ。あの人達は死んだんだ。
見殺しにする選択を、俺は取る必要が有ったんだ。
ああそうだ、見殺しだ。解ってる。俺だって見殺しにした。
そこは言い訳はきかないし、知られればきっと恨まれる事だ。
けど、それでも、こいつが居なければ、こいつが殺さなければ・・・!
「イナイに、あんなに辛い顔をさせやがってええええええ!」
イナイは堪えているが、彼女もこの状況を辛いと思っている。
戦場に出て戦う彼女の想いを考えると、それだけでもこいつの事が許せない。
怒りのままに技工剣を振るい、魔力が足りなくなったので再度精霊石を呑み込み補充する。
激痛が増し、内臓の何処かがやられた様だ。血がせり上がって来る。
むせ込んで血を吐き出している所を襲い掛かって来たので、魔力をローブに通して亀のように蹲って少しの時間やり過ごす。
血を完全に吐き出したら呼吸を落ち着け、そのまま失敗を気にせず上空に転移した。
案の定上手くいかず、思った場所より遥か上空に転移のしてしまった。
だが構わない。このままぶっぱなす!
「開け!」
遥か上空から死体兵を見下ろし、剣を突き出して地上に向けて魔力の花を放つ。
一切の容赦なく放たれた魔力の花は死体兵と共に地面を抉って行き、巨大な穴が掘られて行く。
その中央に自然落下し――――そこで完全に動けなくなった。
正確には動けるけど、もう浸透仙術しか使えない。
魔術を使おうとすると浸透仙術すら使えない程に気功が乱れる。
これじゃ探知も使えやしない。
でも浸透仙術しか使えない俺じゃ、魔人どころか死体兵とも戦えない。
万時休すかな、これは。
悔しく思いながらとにかく立ち上がると、殆ど見えてない目に影が落ちたのが見えた。
ただ少しだけ見えたそれに、安心を感じて力が抜けてしまう。
多分これは、イナイの外装だ。助けに来てくれたんだ。
「ごめん、イナイ」
とにかくそれだけ彼女に伝えてから、意識を手放した。
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