第687話皇帝陛下の謝罪です!

魔人の襲撃が何時来るかと待ち構えて数日、何故か魔人はまだやって来ない。

死体兵と騎士達の戦いが続いている報告から、打倒された訳ではない事は解っている。

ただその穴であるはずのこちらに、全く兵隊が来る様子が無かった。


まさか騎士達の穴を抜けて逃げ延びたのでは、なんて不安の中じっと待つ日々が続いている。

ただそのおかげで技工具の設置は順調に進んでいた。

ウムルの諜報員の方々も手伝っている様で、予定より凄まじい早さで設置が完了したらしい。


そして設置が完了したという事は、処刑の日がやって来たという事だ。

彼等の、ヴァイさんの兄弟が死ぬ日が。

彼等はこの数日の間ずっと牢に入れられており、悲しいかな彼らを助ける動きは一切無かった。

ヴァイさんが翻意を持つ者をあぶりだす為に、牢の監視を緩くしていたにも関わらずだ。


ただそれも彼等の本当の意味での家臣が死んでいた事も原因であり、皇帝は狙って殺したのではないかとアルネさんが言っていた。

ヴァイさんがここに来るまでに従っていた者達は、皇帝に忠誠を誓っているというよりも、自分の身可愛さに皇帝に尻尾を振っていた者達だったと。

とことんまでヴァイさんをこの地位に置く為に、丁寧に仕込んでいたと予想しているらしい。


その事と皇帝の「生きろ」という伝言を聞いて、ヴァイさんは複雑な表情を見せていた。

彼は自国が嫌いで潰そうなどと考えた人だ。

そんな事を聞かされても、胸に有る物は簡単に言葉に出来る様な感情ではないだろう。


俺には皇帝がどういう父で、ヴァイさんとどういう在り方だったのかは解らない。

けどそれでも、皇帝は父親だったんだとは思う。

死して尚、それでも息子の事を想っていたのだから。たとえその想いが歪んでいても。


俺は正直、ヴァイさんの事が少し羨ましい。

勿論俺と彼とでは境遇が違い過ぎるし、生きてきた密度も違い過ぎるだろう。

それでも、家族が想ってくれる。親が生きる事を想ってくれる。

それはとても羨ましい事だと思えた。


とはいえ今現在苦しんでる人にそれを口にする程無神経では無いので、お口はチャックです。

それに今の俺には親父さんが居るもんね。居るもんねー。

これ多分口にしたら、シガルからすっごい嫌な顔されるんだろうな。


「少年、どうした、何を呆けている」

「あ、す、すみません」

「いや、謝る必要は無いが、大丈夫か? 辛いなら休んでいても良いんだぞ?」


そんな事を考えていたらぽけっとした顔になっていた様で、ヴァイさんに心配されてしまった。

俺は本当に人の心配をするのが下手糞だな。何で心配してんのに逆にされてんだよ。

ていうか最初は彼の事を考えていた筈なのに、思考がどんどんそれていた。本当に悪い癖だ。


「いえ、大丈夫です」


それにここで下がるという選択肢は、どれだけ辛くても俺には無い。有っちゃいけない。

あの兄弟はきっと、俺が関わらずともこうなっていた可能性が高いのだろうと解っている。

それでも、あの二人も俺が見捨てた人間だ。なら、その結末は最後まで見ておきたい。


因みに今はバルコニー的な所に立っています。

周囲にはヴァイさんにズヴェズさん、イナイにアルネさん、後は数人の兵士さん。

雰囲気的には前にポヘタでやった、勝利報告的な感じの状況に似ている。


違うのは眼下に居るのは大量の兵士達だけで、一般人はそれぞれ自分達の住処から聞く事か。

いや、もっと違うか。皇子の処刑を中継しようとしているんだから。


彼等は既に連れて来られており、後ろ手で縛られたうえに猿ぐつわも噛まされている。

ここに至ってはもう余計な事をさせる気も、言わせる気も無いらしい。

兵士達に抑えられ、完全に身動きできない状態だ。


「やれ」


ヴァイさんの短い言葉で技工具が起動し、それにより住民の居る街全てにこの状況が晒される。

住民たちは見えないので解らないが、兵士達は特に驚いた様子は無い。

ヴァイさんが皇帝になる以上、当然の出来事だと思っているらしい。

ついこの間まで使えていた君主相手でも、彼らは何も思う所が無いように見える。


いや、実際無いのだろう。彼等にとっては誰が君主でも、余り変わらないんだ。

ここはそういう国で、そういう国だからヴァイさんは嫌いなんだ。

だから彼は今ここでけりをつけようとしている。今迄の帝国に。


「諸君、聞こえるだろうか。諸君の中には私の事を知らぬ者も多いだろう。故に一度名乗らせて頂く。私の名はヴァイット・ガリュバグ・ミュナル・イグリーナ。この度皇帝に即位した者だ」


反応の見えない住人に向かい、新皇帝を名乗るヴァイさん。その姿は堂々としている。


「私は先ず、皆に謝罪したい」


そして、その堂々とした姿から発せられた言葉に、兵士達に目に見えて動揺が走った。

彼等にとっては、皇帝が謝るなど有りえない事らしい。


「皆よ、ここまで大変に苦しんだだろう。勝てぬ戦いに碌な策も無く突撃させられ、敗戦を繰り返した兵達よ、さぞ辛かっただろう。住み慣れた土地を、折角耕した土地から逃げねばならなかった民達よ、さぞ苦しかっただろう。今迄助けてやれず、本当にすまなかった」


沈痛な面持ちで語るヴァイさんの様子に、兵士達は何か救いを見る様な目を向けている。

結構演技が入っているはずなのに、俺も何故かぐっとくる。

初めて会った時もそうだったけど、やっぱり彼の言葉には何か力がある気がする。


「だがもう大丈夫だ。私が皇帝になった以上、馬鹿共に好き勝手にはさせん。お前達をこれ以上苦しめる様な事はさせん。化け物達への対策は既に打っている」


その言葉にすっと前に出るイナイとアルネさん。

これで二人はヴァイさんと共に映像に映っているはずだ。


「私はウムルと手を組んだ。あの大国ウムルとだ。そしてウムルは此度の事に全面的に手を貸す事を確約している。ウムルの八英雄が戦場に出てくれると!」


そこで兵士たちから歓声が上がる。

とはいえ彼等が何処までウムルの事を信用しているかは怪しい。

色々な事が有って、今が大変で、そこに救いが来たから縋っている様に見える。


「そして戦場には私も出る。国を背負う者としての、皇帝としての義務を全うする為に。お前達を救う為に。これがその為の力だ」


ヴァイさんは懐から銃を取り出し、上空に向かって構える。

そのまま引き金を引くと、大きな火柱が空高く昇って行った。

我ながらちょっと威力籠めすぎたな、今回作った弾丸。そりゃ疲れるわ。


兵士達はその光景に一瞬静寂を見せたが、すぐにわぁーっと波のように歓声が上がった。

その目は皆、救世主を見るような目だ。きっと民達も同じ様な状態なのだろう。


「これが私の出来る、お前達へのせめてもの謝罪の一つだ。そしてもう一つがこれだ」


ヴァイさんが手を動かすと、技工具を持ってい居る人も軽く向きを変える。

これで多分、皇子兄弟が皆の前に映っている事だろう。


「この様な事態を引き起こし、のうのうと上に立って生きて行こうとした者の処刑だ。奴等はお前達を救う手段が有ると解っていた筈なのに、何も手を打たなかった。私が見かねて駆けつけた時も、この二人はお前達の事など一切考えていなかった。その様な事は許せる物ではない!」


二人は猿ぐつわは噛まされているが、耳は何もつけていないので聞こえている。

ヴァイさんの演説と、それによる「殺せ」という兵士の声が。


嫌な物が渦巻いている。あの声は俺にとってもとても苦しい。

それでもこの二人は、兵士の誰もがそう思わざるを得ない采配をして来た。

震えて涙と鼻水を流している姿に思わず目を逸らしたくなるが、ぐっと耐えて見つめる。


「兄は皇帝を助けもせず、化け物を倒す事もせず、悪戯に兵と民を疲弊させた。弟は同じく兵と民を疲弊させただけでなく、その様でありながら皇帝を気取っていた。お前達の命を背負って生きる覚悟も無いというのにだ。私は皇帝として、この無能達を処刑する事で民への謝罪とする」


そう言うとヴァイさんは片手をあげ、傍にいた兵士さん達が事前に用意しておいた斧を掲げる。

そしてそのまま、二人の首に振り下ろされた。

大きく重い斧を容赦無く叩きつけられ、ごろんと二人の首が落ちる。


その瞬間兵達の歓声が一層わき―――――緊急事態の報告が入った。

ウムルの諜報員が死体兵の進軍を確認したらしく、こちらに向かって来ているとの事だ。

ヴァイさんはその報告にニヤリと口を歪める。


「聞け、化け物どもが今まさに向かっているとの報が入った。私は今から化け物を掃討に行く。だがお前達は私の勝利の報告を安全な所で待っていろ。お前達はもう十分に戦った。今は体を休めるが良い。そして私達の戦いを見て、お前達を守る者が何者なのかを知るが良い!」


ヴァイさんの宣言と共に上がる兵達の歓声の中、諜報員の人の転移で俺達は全員移動する。

転移先にはウムルの騎士さんと兵士さん達が既にスタンバイしていた。

そりゃ皇帝になって数日有れば、ブルベさんが何もせずに放置してる訳無いか。

今ならウムルの人間も自由に動けるもんね。勿論ヴァイさんの許可の下だけど。


「タロウ、貴方は今回は休んでいなさい。良いですね?」

「了解。というか、来る前にそう約束してるんだし、大人しくしておくよ。大体今の状態で長期戦なんて無理だし」


イナイに前に出ないように注意され、解っていると答えて皆から少し下がる。

今回の戦いはウムルの英雄と騎士、そしてヴァイさんの強さを帝国民に見せつけるつもりだ。

その為に技工具も一緒に持って来ているし、今も皆の姿を映している。

戦場の光景をまじまじ映すのはどうかと思うんだけど、遠めな感じで映すらしいから大丈夫なのかな?


「来たぞ。中々団体さんだな」


アルネさんが本当に客でも来たかのような様子で口にするが、他の皆には緊張感が走る。

何故ならその量が洒落になって無いからだ。ヴァイさんの領地に攻めて来た時の人数より多い。

その上獣系も多いから、量が多すぎて真面に数える気にならない。


「これは流石に骨が折れるな・・・ウムルの手が無ければ逃げている所だ」

「無理はするなよ。皇帝がやられては元も子もない」

「ええ、最前線は私共にお任せください。まだ魔人が誰かも判明しておりませんし、下手に近づいては危険ですから」

「ああ、任せる。だがある程度は民に力を見せておかねばな。と言ってもこの銃のおかげだが」


三人共完全に勝つ前提の様子だ。まああの二人が負けるとは思えないしなぁ。

唯一の懸念は、まだ魔人が見つかって無い事だろうか。

あの中に魔人が居るのかどうかすら、正直全く解らない。

だからと言って連中が止まるはずもなく、ふざけた量が全て突っ込んで来た。


そして戦闘がはじまり、またあの時の様な酷い惨状が出来上がっていく。

やはり今回も老若男女関係無く兵隊になっており、見ているだけで来るものがある。

ただ遠くから戦わずに戦場を眺めていると、何かおかしなものが見えはじめた。

黒いもやの様な物が、死体兵を繋いでいる。


「なんだ、あれ・・・」


良く見ると、本来気功が回る所にそれが渦巻いているのが見えてきた。

薄い濃いは有るが、どの死体兵も皆黒い物が体内に巡っている。

その筋を、黒い物が繋がる大本を、目で辿っていく。

すると後ろの方で一切動かず、黒い物を周りに流している何かが見えた。


視力の強化をしていないから実際に見ている訳じゃない。

何故か見えた黒い物を、見えるまま辿ってそこに何故かあると解るだけ。

理屈は全く解らないが、あれが死体兵を動かす力なのだろう。

つまり、あそこでじっとしているあいつが、本体。あいつが、魔人。











あいつが、今回の、全ての元凶。











「――――吹き飛べ、クソ野郎」


気が付いた時には技工剣を完全起動させ、その存在の前に転移していた。

既に魔力は全力で食わせており、魔力を全てぶちまけるつもりで振り上げる。

魔力の刃は魔人の後ろに居た死体兵をもろとも飲み込み、俺の前方にいた者は全て消滅した。

なけなしの魔力を殆ど使ってしまったが、これで全て――――。


「かかったな馬鹿が。てめえか、俺の力を見分けられる野郎は」


――――そんな声が、背後から、聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る