第686話新皇帝陛下殿です!

ヴァイさんの合図に気が付いた俺はすぐにその事をイナイに話し、アルネさんを呼びに行いく。

そこで聞かされたのだが、先の報告とは街を守る為の増援がやって来たという話だった。

なので何の心配もなく街を後に出来る事に安心し、精霊石が魔力を発する場所へ皆で転移する。


「来たか。早いな。もう少しかかると思ったんだが」


転移すると彼はそんな風に気軽に声をかけて来た。隣にズヴェズさんも立っている。

周囲に数名の彼の兵も居るし、どうやら無事に目的を達成したらしい。


ただ他にも知らない甲冑をつけた人達が立っており、その人達は俺達の出現に驚いていた。

雰囲気的にこの国の騎士さんって所かな?

ああいや、その後ろに普通の文官さんっぽい人も居るな。


因みに視線はアルネさんとイナイにいっているので、二人が何者なのかは解っている様だ。

俺はおまけ的な感じっぽい。その方が助かるけど。

実際俺は少し後ろに居るので、現状主役は前に居る二人だ。


その主役二人はヴァイさんの前に立つと、すっと跪いて頭を下げた。

勿論俺も同じ様に頭を下げる。ちゃんと打ち合わせしてるから大丈夫ですよ。


「この度はおめでとうございます、皇帝陛下」

「我らウムルはかねてよりの約定通り、ヴァイット陛下に全面協力する事をお約束します」


アルネさんが皇帝即位の祝いの言葉を口にし、イナイがそれを前提とした話を口にする。

ぶっちゃけそんな約束は無いです。いや、一応手を貸すという約束はしているけどもね。


ただそれは別に彼が皇帝になったから協力する、なんて約束ではない。

でも他の者達の手前、彼がウムルと完全な協力関係だという事を示しておきたい。

とはいえ無条件ではなく、彼にとって厳しい条件付きだったという様に見せて。

まあ、そんな感じらしい。因みに俺は変に口を出す事はしない。出す内容も無いし。


「ふん、めでたいか。確かにめでたいかもな。これで大っぴらにウムルの名を出せる」

「はっ、我らも帝国が友誼を結んで頂けるのならば、ありがたく」

「堅苦しいのは好かん。立て。今更貴様等に取り繕った挨拶も必要は無いだろう」

「「はっ」」


ヴァイさんの言葉で二人は立ち上がり、俺も良いのかなと思いつつ立ち上がる。

すると彼は二人の間を素通りし、俺の前まで歩いて来た。

何だろうかと思い少し緊張していると、彼はふっと笑顔を見せる。


「よく来てくれた。歓迎する、我が恩人よ」

「え、あ、はい」


優しい顔で肩を叩かれ、一瞬狼狽えて中途半端な返事をしてしまう。

だが彼はそれに苦笑するだけで踵を返し、騎士達に目を向ける。


「聞いての通り、今日この日をもって、帝国はウムルと手を結ぶ。それを聞いた上で使えぬ弟達と私、好きな方を選ばせてやろう。貴様らなぞ居ても居なくても私には何の痛手にもならん」


その目は俺に向けた物と違い、暖かさという物が一切感じられない視線だった。

切り替えの早さがすげえ。流石こういう風に上に立つ人は違うなぁ。

そんな風に思いながら眺めていると、問われた者達は全員彼に跪いた。


「ふん、兄と弟につく物は一人も居らんのか。そんなに自分に身が大事か。情けない」


だがヴァイさんは跪いた皆を見て不快そうな顔を向ける。

彼等は困惑の様子を見せるが、ヴァイさんはそれを気にせずズヴェズさんに目を向けて、近くに有った椅子にドカッと座った。

するとズヴェズさんが前に出て、騎士達の前に立ち口を開く。


「貴殿らの意思は良く解った。新皇帝に仕えようという気概や良し。なれば貴殿らに相応しい役職を与えようと思う」


その言葉に彼等はぱあっと明るい顔を見せるが、数名は困惑の顏でそれを聞いていた。

むしろここで困惑の気持ちが出ない事の方がおかしいとは思う。

だって彼等、ヴァイさんに嫌がらせしてた連中の部下でしょ。


「貴殿らの今までの行いを許す代わりに領土と財産の没収の上で貴族位の剥奪、および一兵卒としての採用をここに命ずる。従えないというのであれば、その場で謀反とみなし処刑する」


その命令を告げられた者達は誰も彼もが驚愕の表情を見せていた。

だがそれに我慢ならなかったのか、その内の一人が立ち上がって意見を口にしようとして―――。


「誰が立って良いと言った」


ズヴェズさんが、容赦なく頭を切り落とした。

どこに隠していたのか、いつの間にか握っていたナイフで。

ごとりと落ちる頭と倒れる体。そして鮮血に思わず顔を顰めてしまう。


多少こうなるであろう事は聞かされていたし、彼の考えも解っている。

今までの彼の境遇を考えれば、そこに居る彼らは自業自得の報いが返って来ているだけ。

命を狙った相手が、逆らえない強大な相手になってしまっただけの事だ。

相手が強くなったから助けてくれ、なんて虫が良すぎる話だろう。



それでも、やっぱり、こういうのは苦手だな。



「さて、皇帝陛下の言葉は聞いただろう。貴様らなど居ても居なくても構わんと。私としてはこの場で全員処刑でも構わんが、残りの者達はどうする?」


問われた彼らはみな跪いた状態で頭を下げ、動かなくなった。

皇帝に命に従う、っていう事なのだろう。命は惜しいだろうからなぁ。

でもまあ財産没収されるとしても、強制的に犯罪者にされないだけましだと思う。


「結構。ならば全員、この書類に記名を。正式に先の命の受領をしろ」


ズヴェズさんは傍にあったカバンから書類を取り出し、数枚の紙をテーブルに置いた。

その事に殆ど全員が伏せた顔を横に向けたり、目を瞑ったり、歯を噛みしめたり、色んな反応を見せる。


「口約束で済ませて逃げられると思ったか? 立つ事を許可してやる。早く書いて済ませろ」


ヴァイさんがそう言うと、体が重いような様子で彼らは立ち上がり、書類の前に立つ。

全員一様に表情は優れない。

多分だけど、ここで口約束して、うまく逃げようと色々考えてたんだろう。

でもここで、この場で、正式に書類に署名をしてしまえば逃げられない。

そういう事なんだろうな。


彼らの目線は書類とヴァイさん、そしてイナイとアルネさんに向いている。

恐らくヴァイさん達だけなら彼等はもう少し騒いだ可能性が有った。

けどここに、ウムルの英雄が居る。一騎当千の化け物が居る。

ここで逆らってもどうにもならないし、逃げ場など何処にもない。


「早く書け。それとも謀反人として処刑されるか? 何なら今からでも兄弟につくと宣言すれば、忠義の者として兄弟達と共に処刑してやるぞ」


ヴァイさんの言葉には誰も応えない。もしそんな事を言うなら最初から彼には付かないだろう。

命が惜しいから今まで使えた主を捨て、ここでこんな葛藤をしているのだから。

だがそんな葛藤はゆるさんと、彼は椅子から立ち上がる。


「早く書け。化け物どもとの戦いも迫っているし、兄弟達の処刑も有る。時間は余り無い。もし判断できんと言うならば、全員この場で謀反人として処刑してやろう」


ヴァイさんは銃を取り出し、彼らに見せつける様にしてそう言った。

やっぱ使ったのかな。それなら脅しにはなるだろうな。

既に一人斬り殺されているのが余計に効いているのか、全員慌てる様に書類に記名し始める。


そしてそれらを確認して――――ズヴェズさんがもう一人首を切った。

予想外の事態に流石に何事かと驚き、ビクッとしてしまった。

当然切られた側の彼等も驚いている。


「余り私達を舐めるなよ。正式な書類だと言っただろう。しっかりと記名しろ」


どうやら何か不備が有ったらしい。多分それによって不履行にしようとか考えたんだろう。

この土壇場で良く頭が回る事だ。ただそれが仇になったみたいだが。

流石にこれでもう全員諦めたらしく、大人しく記名し終わった。


「良いだろう。確かに確認した。では、この書類を預けるぞ、アルネ・ボロードル」

「はっ、すぐに手配を致しましょう」


アルネさんが書類を受け取ると、すぐ横にとある人物が現れる。

ヴァイさんの領地でも見かけた諜報員の人だ。

やべえ、全然気が付けなかった。何時から居たんだ。探知に引っかからなかったぞこの人。


その人はアルネさんから書類を受け取ると、そのまま転移をしてどこかに消えた。

転移の魔力の流れも普通の目だと見えないや。

うへー、こえー。あの人暗殺とかやろうと思ったら簡単に出来る人じゃん。


「これでウムルがすぐに人員を出す。急いで家に逃げて家財を抱えて逃げる事も出来んぞ」


ヴァイさんの言葉にまた殆どの人間がぴくっと反応を見せる。

うーん、あの手この手で逃げようとしてるな。ある意味その根性は素晴らしい。

けどもう無理だろうな。あんな人達が居るのでは逃げる暇がないと思う。


「もう貴様等に用はない。下がれ」


ヴァイさんが冷たく言い放つと、彼らは気落ちした様子で部屋を去って行った。

その後ろを彼の兵士さん達が数名ついて行っているが、大丈夫なのかな。

そのついでに斬られた人たちの体と頭も兵士さん達が片付けていった。

流石に血は今はどうしようもないが・・・。


「ふぅ・・・やりなれん事をすると肩がこる」

「ふっ、様になっていたぞ皇帝陛下殿」

「勘弁しろ、冗談じゃない」


ヴァイさんはぐでーッとした様子で椅子に座り、アルネさんが楽しそうに評価する。

だが彼は心底嫌そうな顔で応え、そのまま顔をイナイに向けた。


「言われた通り技工具は設置する様に命を出している。近隣の街中は日が暮れる前には間に合うはずだ。他は流石にどれだけ急いでも一日か二日はかかる」

「それは重畳。設置が終えれば、後は魔人が攻めて来るのを待つだけですね」


技工具の設置。それはイナイの作った映像を見せる技工具。

それらを複数設置し、帝国の民達に向けて彼がパフォーマンスをする予定だ。

因みに一方通行の映像器具なので、向こうの反応は解らない。


「少年、すまんな、気分が悪かっただろう」

「あ、いえ、大丈夫です。解っていましたから」


彼は血痕を見つめながら俺に謝って来た。

けどこうなる事は解って来ていたんだ。彼を責める気なんか無い。


「そうか・・・すまんな、もう少しだけ我慢してくれ。後、少しで終わる」


俺はヴァイさんにどういう顔を向けていたのだろう。何故か再度謝られてしまった。

もう少し。このもう少しは、もう少し人が死ぬという意味だ。

勿論解っている。まだ、一番処刑する必要のある人間が処刑されていないのだから。


「さて、後は兄弟達の処刑だ。精々最後ぐらい役に立って貰おう」


彼は小さく溜め息を吐きながら、少し気が重そうな様子でそう言っていた。

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