第685話束の間の休憩時間です!

戦場での後片付けを終えた後、俺はずっとベッドで転がって体を休めている。

この後はもう俺が前に出て戦闘する予定は無いし、今から変に無理してヴァイさんの合図に気が付けなかったり、合図の場所に飛べない方が問題だと思っているからだ。

まあ流石にへとへとで、少しぐらいゆっくり休みたいという気持ちが無い訳じゃないけどね。


「どうだ、タロウ、気持ち良いか?」

「えう~? あ~、うん~・・・」


ただイナイに体を解して貰っており、寝そうなぐらいの状態になっているのは逆に問題かも。

痛いんだけど気持ち良い。仙術の反動さえなければ気持ち良さだけなんだけどなぁ。

そこにコンコンとノックの音が鳴り、イナイが立ち上がる前に扉が開いた。


「イナイ、少し報告が―――すまん、邪魔した」


入って来たのはアルネさんで、俺の上に乗るイナイを見てそのまま扉を閉めた。

邪魔したと言われた事で今の状況を客観的に見る俺達。


俺はベッドの上で転がっており、上半身は脱いでいる。

しかも今はうつ伏せではなく仰向けであり、イナイがその上に乗っている状態だ。

そして乗っている彼女の手には、何かぬるっとした物が付いており、俺の体に塗られている。


うん、解った。絶対勘違いされてる。まってまって、これただのマッサージだから。

俺は上半身脱いでるけど何にもいかがわしい事とかしてないから。

イナイの手のこれも、ただの薬液だから。以前シガル対策でアロネスさんに媚薬を作って貰ったけど、あれ彼女には効果が無い上に俺達にはただの劇薬だから!


「待て待て待て! おい、アルネ!」


イナイもアルネさんの言葉の意味を即座に理解し、慌てて扉を開ける。

すると彼は少し困った顔でまだそこに立っていた。


「うん? 報告は急ぎの内容ではないから、気にしなくても良いぞ。今暫くゆっくり二人の時間を楽しんでおくと良い。防音をかけずにしていると思ってなかったんだ。悪かった」

「は? ちょ、ちょっと待て、何言ってんだお前!」

「いや、普段はそういう時は必ず防音かけてるだろ?」

「え、まっ、え、まさか・・・!」


あー、成程、そういう事か。防音かけている=イナイと愛し合ってると。

うん、確かに言われてみれば必ず防音かけてたわ。

んで今日は防音かけてないから邪魔しても大丈夫だと思ったら、大丈夫じゃない状態だったと思ったと。そういう訳か。


やっべ恥ずかしい。今してますよって周りに伝えてる状態だったのかよ。

いやでも魔術は隠匿しているはずだから、気が付ける人しか気が付けないはず。

つまり気が付ける人にはバレバレって事ですね、はい。めっちゃはずい。

イナイさんは思いっきり顔真っ赤になってる。


「おまっ、そ、いや、っ~~~!」

「ああ、すまんすまん。報告は本当に急ぎじゃないから、落ち着いた時にまた後でな」


イナイが恥ずかしさでショートしかけているのを察し、アルネさんは扉を閉めて去って行った。

残された彼女は普段は見れない程にオロオロした様子を見せて、俺に恥ずかしいのか泣きたいのか良く解らない表情を向ける。

そして俺の傍に駆け寄ってボスンと勢いよく俺の体に顔を埋め、バンバンと俺の胸を叩く。


「イ、イナイ、痛い、痛い、恥ずかしいのは解ったから待って」

「う゛~~~~!」


叩くのは止めてくれたが、まだ顔は埋めたまま変な唸り声を上げている。

とりあえずイナイが落ち着くまでそのままにしておこうと思い、彼女の頭を撫でながら暫くぼーっとしていた。

頭の乗っているお腹と胸に置かれた手から彼女の体温を感じ、これはこれで悪くない。


「・・・イナイもお疲れ様。俺の事ずっと気遣ってくれていたけどさ、イナイも気分悪かったでしょ。誤魔化す為に外装の中から殆ど顔出してなかったけど」


彼女は俺より戦争に慣れている。

そして今回の戦争は死者を作り出すのではなく、死者を助ける為の行為だ。

その分は少し気分的に楽だったと思うけど、それでも何も思わない訳が無い。


休憩出来て、落ち着いて、彼女を労う余裕がやっと出来て来た。

俺と違い彼女はこの後も戦う。少しでも彼女の気分が軽くなる様にしてあげたい。

そういう意味ではアルネさんに感謝かも。あのままだとほぼ間違いなく俺寝てたと思うし。


イナイは頭を撫でる手にすり寄る様な動作を見せながら、俺から離れずに顔だけ少し上げ、上目遣いで俺に何かを訴える様な視線を向けていた。

そんな彼女を見てクスッと笑いながら、痛む体を起こして彼女を抱き上げる。


頭を包み込むように抱きしめ、頭を撫で、背中を撫でる。良く頑張ったねと褒める様に。

彼女はそれを喜ぶ様に俺の背中に手を回し、ぎゅっと力強く抱きついて来た。

少し力が強くて痛いが、それだけ彼女が縋っている事が解って良い。


「後少しで終わるから、帰ったら樹海で暫くのんびりしていよう。ね?」


頭を撫でながら、耳元で囁く様に彼女に語りかける。

彼女は言葉で応えず、俺の胸にぐりぐりと顔を擦りつけながら、こくりと頷いた。

その様子に愛しさを覚えながら、彼女の頭を撫でながら今の状況を考える。


後少しでこの騒動は終わる。

騎士の包囲網はしっかりしているし、後発隊による隙間潰しもやっているらしい。

何が有ろうと逃がさない様に、魔人を徹底的に叩き潰すつもりだ。


ただ魔人が騎士達の方に向かえば、騎士達もきっと無事では済まないだろう。

どうにか出来る相手だとは言え、騎士全員が魔人に対抗できるほど強い訳じゃない。

出来ればなるべく、帝国の馬鹿兄弟の方へ向ってくれるとありがたいが。


あちらにはウムルの兵は居ない。

当然その背後には構えているが、少なくとも現状戦力の居ない方角はそこだけだ。

素直に向かえば俺達の勝ちは確定するし、すぐに片付く。世の中そう上手く行く事ばかりじゃないとは解っているけど、上手く行く様に願わずにはいられない。


今回の死者は、数えるだけで気が遠くなる死者数だ。

何の罪もないただ生きていた人間も死んでいる。

逃げ出す暇など無かった小さな集落の人間は当然の様に犠牲になっている。

子供が、何人も、殺されている。これ以上の犠牲は、出て欲しくない。


「・・・絶対に、許さねぇ」


彼女の頭を抱えながら、気が付くとそう呟いていた。

今までにない程に腹の内に怒りが沸いている。

この怒りの半分は八つ当たりだ。そんな事は当然解っている。

彼等を助ける選択を、俺は今回もしなかったのだから。


「・・・今はあたしを甘やかしてくれる時間じゃないのか?」


不満そうな声音が聞こえ、はっと視線を下に落とす。

すると彼女は唇を尖らせながら、じーっと上目遣いで睨んでいた。


半眼で俺の見つめる彼女からは怒りは無く、甘える態度の睨み方だ。

こういう所狡いなぁ。本当に可愛い。最近は特に甘える事多いし、この人。

先程迄胸に渦巻いていた黒い物が霧散する様な感覚を覚えながら、彼女に笑みを返す。


「ごめん、そうだった」

「そうだ。だから今は余計な事を考えるな」


素直に謝ると彼女は笑顔を見せ、俺に深くキスをして来た。

相手の存在を確かめる様に、無駄な事を考えるなと訴える様に。

そして唇を離すと、まだぎゅっと抱きついて来る。


「暫くこうしてろ。あたしがそうしたいんだ。良いな?」

「ん、了解」


そんな彼女の頭を撫で、結局気遣われている自分を自覚する。

甘えさせてあげるつもりで、結局甘えちゃってんじゃねーか。

いや、今の状況ならお互い様、で良いのかもな。


そんな風に二人の時間を暫く過ごし――――ヴァイさんからの合図が来た。

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