第684話準備が整うのですか?

「遅いな」

「弟君の説得に時間がかかっているのでしょう」

「ふっ、説得、ね。その先に何が待ち受けているのかを考えられるなら、そんな説得が無意味だと気が付くだろうが、どうかな」

「引くも地獄、引かぬも地獄。今の彼らはそういう状態です。正常な判断は難しいでしょうね」


奴等が権利を放棄せず戦う意志を見せるなら、正直それでも構わない。

元々連中が死ぬまで待とうと思っていたんだ。やる事はさほど変わらない。

ただここで奴らが折れさえすれば、もう少し大目に人間が救える。

彼の、少年の願いを少しでも叶えてやれる。俺がここに来たのはその為だ。


「何時でも逃げ出せる様にしているだろうな」

「私達から連絡が無ければ、兵達にはすぐさま戦線離脱をする様に伝えています」

「俺達を置いて行って良いって事も伝えてるのか?」

「ええ、渋っていましたけど、残られる方が邪魔だと言っておきましたので」

「はっ、言い方って物が有るだろう」


コイツも少し気を張り過ぎなきらいが有るな。

仲間が全員死んで、指揮官クラスの人間も全員死んでいる。

それを考えればコイツの気張り様は仕方ないのかもしれないが、もう少し肩の力抜いた方が良いと思うぞ。


「そういえば目が覚めた時のお前、子供の頃みたいだったな」

「・・・何の話ですか。記憶に有りませんね」

「昔は華奢で女みたいで、声も思いっきり女でさぁ・・・いや、それは今もそうか。胸さえあれば殆ど女みたいな見た目してるもんな、お前」

「・・・煩いですね。背の高さは貴方と殆ど変わらないでしょう。大体その華奢で女みたいな奴に何度もボコボコにされてるのは誰ですか」

「好きでボコボコにされてるんじゃない。お前が強すぎるんだよ」


今じゃ護衛兼師匠の相棒だが、訓練の時のこいつは容赦が無い。

見た目の華奢な雰囲気からは信じられない力の強さと、動きのキレを見せて来る。

今の所一本も取れた事が無い。それはガキの頃からずっとだ。


まあ今の方がまだ落ち着いてはいるがな。昔は強さへの執着に鬼気迫る物が有った。

その理由が解っているからこそ、相棒には感謝と尊敬の念に堪えない。


「なあ相棒、今回の騒動が終わったら、何かやりたい事は有るか?」

「有りますよ」

「へえ、意外だな」

「どういう意味ですか」

「いや、お前の事だからな。貴方の傍に居られるならそれで構いませんとか言うかと思った」

「否定はしませんよ。ただ、その上でやりたい事が一つ有ります。帝国が消えたら、貴方の願いが叶ったその時に、やりたい事が有ります」


成程、全て終わって落ち着いたら、何かやりたい事が有るという事か。

帝国領民じゃなくなった身だからこそ出来る何かを。

良いだろう。長年仕えてくれた相棒の願い、叶えてやろうじゃないか。


「その時は気軽に言え。付き合ってやるよ、相棒」

「そうですね、付き合って頂きましょう」

「くははっ、遠慮が無いな」

「勿論。もしその時がくれば俺達はただの友人。でしょう?」

「ふっ、そうだな。確かにそうだ」


俺達は友人だ。子供の頃からの友だ。だが国の在り方と身分がそれを許さない。

たとえ俺が相棒を友人だと思っていても、相棒がそれだけの能力が無ければ傍に置けなかった。

この国はそういう国だ。そして俺はそういう人間だ。

それでも、結局、死なせてしまった。もう友人と呼べる者は相棒以外は残っていない。


「全く、これでは死ねんな。死んででも願いを果たす気だったというのに」

「死なせませんよ。そして二度とあんな事にはさせない。俺は、もっと強くなる」


握り込んだ拳からギチッと音が聞こえそうな程に力が入っている。

仲間の死と、俺の瀕死。それはこいつに、更なる力を得るという決意をさせた。

想い一つでどうなるとも思えんが、それでも今のこいつは以前より更にキレている。

ウムルの化け物連中には届かんだろうが、まだまだ強くなるだろうな。


そこで、ノックの音が部屋に響いた。

相棒が警戒しながら扉を開けると文官が立っており、兄弟達が待っているという。

恐らく結論が出たのだろう。大人しくその案内に付いて行く事にする。

そして先程と同じ様に塀に囲まれた会議室で、神妙な面持ちの兄弟達と相対した。


「結論は出ましたか、兄上」

「・・・ああ」


弟の顏が気に食わないと物語っている辺り、俺の要望を呑むと決めた様だ。

だが兄よ、その要望を飲んだ先の事を考えているのだろうな。


「ではお聞きしましょう」

「・・・要望を、呑もう。ただしこちらにも条件がある。それを呑めないのであれば、こちらもお前の要望を飲む事は出来ん」


この状況で条件と来たか。面白い。


「はっ、これは面白い。兄上、今上位に立っているのはどちらかご理解されていますか?」

「無論貴様が優位だろう。だが貴様がこの状況で帝位を継ぐ事を望みに来た理由を考えれば、こちらの条件を呑ませる程度は出来ると判断した」


なるほど、確かに話は通るか。

この状況だ。ただ帝位を継ぎたいのであれば兄弟が死ぬのを待てば良い。

それをせずに今ここに来たという事は、今継ぎたい理由が有る。

中々に頑張るじゃないか兄上。少しだけ見直したぞ。


「さて、先の通り別に私は貴方達が死んでも構わない。そう言ったつもりだったがね?」


だが甘い。俺が何の為にここに来たのか理解出来ていないのでは、その条件提示は甘すぎる。

ここの兵士と民を救う為などと言う、お前達では考えない事の為に俺はここに居る。


「条件を聞いてからでも、遅くは無いと思うが」

「・・・まあ良いでしょう。どうぞ、兄上」


弟は俺の煽りに睨んで来たが、兄は表情を変えずに返して来た。

本当に成長せんな、あの愚弟は。俺が帝位についた後の事を全く想像できていない。


「私と弟の命の保証をして貰おう。そして全てが終わった後のそれなりの立場の保証もだ」

「成程、良く解ってらっしゃる。確かに私が帝位を継げば、貴方達の命は危うい」

「今迄の事が有るからな。その事を無視してお前が温情をかけるなど、到底考えられん」

「・・・解りました。私の私怨で兄弟を殺す事はないという事を、お約束いたしましょう」

「っ、良いのか?」


兄は俺が素直に条件をのんだ事に驚きを見せ、弟も怪訝な顔を向ける。

別に良いさ。私怨で貴様等を殺さず、それで多くの民が救えるのであれば構わない。


「ええ構いません。正式な書類を、今すぐこの間で作りましょう。お互いに」

「あ、ああ、解った」


兄は俺の気が変わる前にと書類の準備をさせ、三人共がそれぞれの書類に血判を押す。

これでこの二人はもう皇族ではなく、俺は現時点から皇帝となる。


「この触れを兵と民に伝えよ。ここからは全ての権限が私の下に在ると。そして最上位指揮官共は一度ここへ戻る様にも伝えろ」


新皇帝が即位した事を周知させる為、傍に居た文官に命令を出して走らせる。


「さて、兄弟よ、先の書類の通り皇帝に即位したからと言って、お前達を私怨で殺す事はしない。それは約束しよう。俺はお前達と違って約束を守る」


笑顔を向けながら兄弟にそう告げると、兄はほっとした表情を見せる。

だが弟は悔し気に睨みつけて来たので、状況を理解出来ていなさ過ぎる愚弟に冷たい目を向けた。


「だが、弟よ、何だその顔は、平民風情が皇帝に何のつもりだ」

「なっ、何を!? 俺達にはそれなりの立場を寄こすとの約束だろう!」

「全てが終わったらと、そういう約束だろう? 俺にとってはこの化け物騒動が終わるまでが全てだ。それまで貴様等はただの平民と変わらん」

「き、貴様、図ったな!」


俺の言葉に弟が現状を理解し、目を見開きながら叫ぶ。

だがもう遅い。契約は果たされた。

そして力でもってこの場を覆せない貴様等に、契約破棄は叶わない。


いや、弟は完全に自分の立場を理解しきれていないか。

出来ているなら既に口を噤む。兄の様に余計な事を言わずに黙る。

何故なら帝国で皇帝にこの様な口を利く平民は、この場で殺されても致し方ないからだ。

愚弟を止めないという事は、どうやら見捨てたようだな。


「これは可笑しな事を言う。条件を出したのはお前達だろう。俺はそれを呑んだだけだ」

「だ、だが、それでは・・・!」

「だが安心しろ。約束は守ると言っただろう。私怨でお前を殺す事はないと」


兄弟達に優しい笑みを向け、俺自身がお前達を殺す事は無いと告げる。

その事に弟は不安ながらも安心した様子を見せた。その事が愉快でたまらない。


「よって貴様等は、この国をここまで疲弊させ、国の財である兵と民を無駄死にさせた大罪人として処罰する。貴様等の様な無能な命よりも、国益を支える民達の命の方が重い」

「なっ!?」

「なにを!? 弟よ、それは話が違うだろう!!」

「何も違いませんよ、兄上。全てが終わって立場を与えたとしても、それでも私は貴方達を処刑する。皇帝の命を守れず、その仇も打てず、タダ消耗していくだけの状況を打破しようともしない。そんな者達を皇帝として処罰しないとお思いですか?」

「き、きさ、きさま・・・!」


兄は目を血走らせながらそう言うのが精いっぱいで、それ以上の言葉が出て来ない様だ。

弟は今更状況を理解したのか、カタカタと震え始めている。

遅い。愚鈍だ愚鈍だと思っていたが、本当にコイツは無能だな。


「牢へ連れて行け。一応言っておくが、逃がそうなどとは思わん事だ。その時点で脱獄犯として処刑する。態々捕らえ直してやる必要など無いからな。加担した者もタダで済むと思うな」


兵に命を出し、二人を連行させる。

複数人の兵に取り押さえられ、兄弟は抵抗むなしく牢へ連れていかれた。


「さて、後は彼らを呼び出して、最後の一勝負と行くか」


懐から精霊石を取り出し、起動させて少年に合図を出す。

後は魔人との決戦で、全てが終わる。

魔人よ、何時でも来い。貴様だけは絶対に殺す。仲間たちの仇を討たせて貰う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る