第683話呑めない条件ですか?

兵を焼き殺した後、その威力に皆が委縮して戦闘を仕掛けに来る者は出て来ない様だ。

なので馬車に戻り再度車を走らせると、また途中で止められた。

ただし今度は先程とは違い、正式に客人として兄弟達の下へ案内する為にだ。


先躍の戦闘を見ていた者が伝令を出し、兄弟達へ知らせたらしい。

ならばと相棒と二人だけで案内のままについて行くと、会議に使う為の部屋に案内をされた。

客室では無くここという事は、警備の為に兵を置いていると思い中に入ると、案の定だった。


「くくっ、たった二人相手に厳重な事だ」


周囲を見渡しながら嘲る様に笑い、心の底から馬鹿にしているという態度を示す。

無駄に大きいテーブルを挟んだ向こうにいる、本来皇帝が座るべき位置に座る愚弟とその横に座る兄に対してだ。

弟は下手に手を出せばどうなるかと思っているのか、睨みはしながらも動けないでいる様に見える。


その代わりなのかどうか無駄に大量の兵を周囲に置き、俺を威圧し返している様な状態だ。

この程度の雑兵など幾らいた所で何の意味も無いというに。

お前ら相棒の強さを知らんだろう。

ただでさえコイツは強いのに、今の相棒は貴様等の兵では絶対に倒せんぞ。


ただ一つ気になるのは、兄が思ったより静かな事だ。

感情らしい物が表情から見て取れない。無表情で俺の事を見つめている。


「一体何の用だ、弟よ」

「そうだ! ふざけていないで早く要件を言え! 俺の兵を焼き殺した事に関しての弁明もして貰おうか!」


俺の余裕の態度が余程気に食わないのか、兄はともかく愚弟は叫びながら先の事を咎めて来た。

弁明もクソも、貴様が俺を殺す気だったんだろうか。

指揮官に話が行っており、そして奴は剣に手をかけた。

たとえ俺を返す為の脅しであったとしても、手をかけた事実は変わらない。


「黙れ愚弟。貴様の所の馬鹿が剣を抜いたからだ。兵を全て殺さなかっただけ感謝するんだな」

「ぐっ・・・!」


愚弟はそれで何も言えなくなり、視線だけで呪い殺そうかとする様な顔で俺を睨む。

馬鹿を揶揄うのは楽しいな。もうちょっと遊んでやりたいが、そうもいかん。

現場で恩人が頑張っているのに、俺が余りふざける訳にはいかんだろう。


「さて、兄よ。用は何かとは悠長な事だ。言わねば解らん程そこの愚弟より馬鹿では無かろう」

「・・・化け物の事か」

「待て貴様! 誰が馬鹿だ!」

「貴様だ愚弟。良いから黙っていろ。ここで黙っていられないから貴様は馬鹿なのだ。それとも騒ぐだけ騒いで死ぬか?」

「き、貴様ぁ・・・!」


ギリッと歯を鳴らしながら睨む愚弟だが、もう少し歳を取るか鍛えてからやれ。

貴様のひょろい体と年齢では、タダ滑稽な様にしか見えん。

そもそも迫力が全くないんだよ、貴様。権力が無ければただの無力な小僧が。


「落ち着け、挑発に乗るな」

「くっ、わ、解った」


お、兄の言う事を大人しく聞いた。ふむ、どうやら暫く見ない内に少し関係が変わった様だ。

とはいえ、どう変わっていようが俺のやる事は変わらんのだがな。


「さて、用件は兄上の言う通り、化け物の事です。どうやらここに至ってもまだ兄弟は化け物を倒せていない様だ。これはどうしたものかと見かねて参った次第です」

「先程の力を私達に貸す、と言う事か」


ふん、本気で言っているのか、解っていてとぼけているのか。

俺が貴様等に力を貸してやるなぞ、有る訳が無いだろう。

まあ愚弟はともかく、兄は流石にそこまで馬鹿では無いと思うが。


「面白い事を仰られる。兄上は冗談が上手い」

「冗談などではない。帝国の危機に兄弟で力を合わせて乗り越えるべき時だろう」

「はっ、面白い話ですな。私を殺す算段を立てておきながらどの口で言うのやら」

「それは兵達が先走っただけの事。少なくとも私は弟を殺そうなどとは思っておらんさ」


ふむ、案外冷静に話すじゃないか、兄上よ。

今回の騒動でそれなりに学んだのか以前より扱い難いな。

もうちょっと挑発に容易く乗ってくれる方が、話が早くて楽だったんだが。


「成程成程、少々見ない内に兄上はお優しくなった様だ」

「今回の件でそれなりに思う所も有って、な」

「成程、なればそんなお優しい兄上にはとても良い話が、これ以上兵や民を犠牲にせずに済む提案がございます」

「何だ。今のどうしようもない状況を打破できるというのであれば、聞こうではないか」


はっ、本当に今回の事で苦労したらしいな。中々に落ち着いている。

弟と組んだ後も相当に苦労したのだろう。

感情を表に出さず、腹の中の考えを表に出さず、淡々と語りやがる。

せめてこうなる前にその生き方が出来ていれば、貴様はもっと上手く立ち回れただろうに。


「兵から私の力を示した事、連絡は貰っているとは思います。兄弟達が私の提示する条件を呑んで下されば、二人の代わりに私が私兵をあげて化け物を退治致しましょう」

「成程、私達の兵は出さず、貴様単独でと言う事か」

「ええ、兄上の兵も愚弟の兵も要りません」

「確かに良い話だ。して、条件とは何だ」


どうせ禄でもない条件なんだろう、と弟が目で言いたげにしている。

愚弟にしては珍しく大正解だと、今突っかかってこなかった事と共に褒めてやりたい。

貴様達にとって、普段ならば絶対に飲めない条件を突きつける気なのだから。


「私が皇帝に即位する事を二人共が認め、二人は皇位継承権と皇族階級を放棄する事。それが呑めるのであれば、化け物は私が倒してごらんに入れましょう」

「なっ!?」

「ばっ、馬鹿な事を言うな! そんな事が認められる訳が無いだろうが!」


流石の兄もこの条件には表情を崩し、愚弟はわめきながら唾を飛ばしている。

まあ、そうだろうな。既に皇帝に即位したつもりの愚弟には特に呑めないだろう。


「別に呑めないと言うならばそれでも構わんが・・・そんな悠長な事を言っていられる状況ではないと、それぐらいの事は流石に解って言っているんだろうな、愚弟」

「何を・・・!」

「今化け物どもは俺の手の物によって襲撃を受け、こちらへ逃げ始めている。こちらには兵を出せん故に当然の事だが、このままでは大量の死体共が一斉に襲って来るぞ」


実際にはウムルの兵隊共だが、こいつ等にはそれを知る術が無いだろう。

俺の動向すら全く察知できない程、兄弟には使える人員が居ないのは確認済みだ。

問題は俺の言葉が真実かどうかを知る事も出来ない程に無能だという事だが。


「信じないならば結構。貴様等が全滅するのを見物させて貰ってから、悠々と化け物共を駆逐するとしよう。兵共も可哀そうにな、こんな無能についたばかりに。民も兵も無駄死にだ」


愚弟の兵に向かって言うと、兵達は明らかに動揺した様子を見せていた。

そもそも今兄弟達の軍を維持させているのは、裏切りの処罰による恐怖だ。

どうせ従っても死ぬ事が解っているのであれば、力ある俺に付く事を選択する者も出て来る。

今すぐにここで俺に付けば、裏切りがばれての処刑も避けられるのだから。


「ふざけるな! 貴様などに誰が頼るものか!」


兄はその事に気が付いた様子に見えたが、愚弟は理解している様に見えない。

コイツの頭の中は、自分が皇帝になれなくなる事しか無いのだろう。本当に愚鈍だ。


「大体貴様が兵を焼き払ったのも、貴様自身の力ではあるまい! 何か道具を持っていた事は聞いているぞ! それを寄こせ!」

「これの事か」


愚弟の叫びに応える様に銃をとりだし、どう使うのかが見て解る様に引き金に指をかける。

周囲の兵共は一気に緊張感の増した表情を見せ、兄弟達も流石に警戒の顔を見せた。


「何なら貸してやるぞ」


その銃をテーブルに置いて、愚弟へと滑らせる。

兄はその行動に怪訝な顔をしたが、愚弟は喜色満面な様子を見せて銃を手に取った。


「はっ、馬鹿が! これが有れば貴様などに頼―――――かっ、あっ・・・!」


愚弟は俺の持ち方でどう使うのか流石に察せた様で、引き金に指をかけて撃鉄を落とし、だが何も起こらずにそのまま崩れ落ちて銃を落とした。どうやら気絶したらしい。

そんな弟の下にゆっくりと向かい、落とした銃を拾い上げる。


「残念だがこれは魔導技工具だ。貴様には使えんよ。使えたとしても碌な威力にならん」


気絶した愚弟に向かって鼻で笑いながら告げる。この銃は俺だから使えるのだと。

実際は少年に予備で貰った弾の入っていない銃で、かつ魔力を無駄に吸い上げるので「どうしても使わないと不味い時だけ使う様に」と言われている物だ。


だがそんな事を知らない周囲の者達は、俺の実力を誤認する。

あれだけの威力が出せる魔導技工具を、疲労なく自在に操れる化け物なのだと。


「化け物どもは攻めて来るとは言いましたが、今すぐにでは無い。愚弟も気絶してしまいましたし、起きて話し合う時間は差し上げましょう。ですが余り時間は有りませんよ?」


兄にそう告げて会議場を後にし、勝手知ったると相棒を連れて客室に向かう。

さて、時間は後どの程度か。アルネ・ボロードルの予想では余り時間は無い。

早く決めないと死体兵との戦闘が始まる。

そうなると俺もそれなりに危険なので、兄弟達には早めに決断して欲しいものだ。

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