第682話ヴァイさんは自身の戦場へ向かうのですか?

「・・・今頃彼等は戦っている頃だろうか」


馬車に揺られながら領地に居る少年達を思い、呟きが口から出た。

タナカ・タロウ。アルネ・ボロードル。イナイ・ステル。

たった三人だけの最前線。


予定と状況が違えば戦い方は変わると言っていたが、それは予定通りに進めばその三人で戦うという事だ。

常識的に考えれば頭が壊れたと思われてもおかしくない話だ。

それでもきっと、あの三人なら成し遂げてしまうのだろう。そう解ってはいる。


「心配しなくても大丈夫ですよ、彼等なら。少なくともアルネ・ボロードルなら」

「解っているさ、勿論な」


少年の全力戦闘は結局一度も見る事が出来ていない。

イナイ・ステルも領地に来てから戦闘訓練らしい事はしていなかった。

アルネ・ボロードルに関しては訓練はしているものの、その動きは確かに綺麗であったがそれだけだ。動きの速さだけを見れば俺でも相手になりそうな速さではあった。


だが解ってはいる。あそこに居る者達は化け物達だと。

少年は感じ取れずとも、二人の英雄達の力は感じ取れている。

あれは異常だ。前に立って挑む事が許されない化け物だ。

まさしく『絶対に敵対してはいけない相手』である事は間違いない。


「だが少年は本調子ではない。足元もおぼつかない調子で、それでも戦場に出る気だ」

「ずっと、ふらついてましたね」


少年は調子の悪い様子を見せたまま、結局俺の出発までずっと調子が戻る気配は無かった。

それもそうだろう。調子が悪いというのに寝る間も惜しんで彼は戦力増強に努めていた。

あれでは回復などするはずもない。むしろ更に調子を崩しかねん。


「化け物二人を心配する気などは無いが、少年だけは心配だ。命の恩人でも有るからな」

「それは・・・俺もです。彼には感謝しかない。彼が居なければ貴方は確実に死んでいた」

「むしろ良くあれで生きていたと思うがな」

「間に合ってませんよ。彼でなければ」

「ああ、そうだったな」


今ある命は確実に少年のおかげだ。領地の民達が生きているのは少年のおかげだ。

少年以外の誰にも俺を助ける事など出来なかった。

その事が解っているからこそ、俺は他の誰でもない少年の為に覚悟を決めたんだ。

彼の望みをかなえる為に、今出来る最善を成しに行く。


「あの子なら大丈夫よ。大丈夫でないと困るわ」


少年を心配する俺達を遮る様に、同行しているウムルの女魔術師がそう口にする。

唯一ウムルから表の戦闘職としてやって来た彼女は、俺達を陰からサポートする予定だ。


ただし彼女は本来はここに居ない。そしてこの後も彼女は表に名は出ない。

だからなのか彼女は終始その姿を魔術で隠している。

俺達にも彼女の姿は見えておらず、彼女はおそらく最後まで姿を見せる気は無いのだろう。

ただし常に傍に居る、という事は聞かされているので居る事だけは解っている。


「話しても良いのか?」

「別に貴方達相手ならば構わないでしょう? 馬車の中には貴方達しか居ない訳だし」

「成程」


確かにこの馬車は余程大声で喋らない限り外に声が漏れる物ではない。

今ならば別に彼女がどれだけ喋ろうが、彼女が居るという事は誰にも解らんか。

しかし彼女は俺の出発直前にやって来たはずだ。少年と話している気配も無かったと思うが。


「お前は少年と顔見知りなのか?」


何を思ってなのかは知らないが、話しかけられたのならば相手はしようと会話を返す。

だが彼女はその言葉にすぐに返さず、姿も気配も感じられない身としてはとても困る。

表情も動作も見えなければ、返事をする気がるのかどうかも解らないのだから。


「彼は、セルエス隊長が認める魔術師で、向こう側を見る事が出来る人間。そうそう簡単にくたばられたら困るわ。まだ、私は彼の負けを払拭出来ていないのだから」


だが暫く待つと、彼女はそんな事を言って来た。

それは声音だけで悔しさを感じられる物が有る程で、姿が見えずとも彼女がどういう顔をしているのかが察せられる。


「少年と戦った事が有るのか」

「ええ、有るわ。完敗だったけどね」

「成程、雪辱を果たすまでは死んで貰っては困るという事か」

「別にそれだけが理由では無いけど、それでも彼は死なないわ。立って、歩ける。なら戦える。それならきっと彼は何も問題無い。彼を鍛えた人達は、そういう人達だもの」


何とも過激な話だ。いや、それだけ英雄達を信奉しているという事だろうか。

確かにあの化け物達であれば、その在り方で何も疑問は無いな。

だが少年は実際の所どうなのだろう。少年からは相変わらず何も感じない。

むしろ今の少年は弱弱し過ぎて、とても心配になって来る。


「それにアレは化け物よ。そうそう簡単に死ぬはずがない」

「随分少年の事を買っているんだな」

「ただの事実よ。ウムルの部隊長クラスなら今は殆どの人間が知ってる事。彼は異常だって」

「異常、とは?」

「何も感じないのよ、彼からは。戦っても強さが解らない。強いと思えない。けれど限界は全く見えて来ない。彼がウムルで真面に勝負になったのはたった一人だけ。その相手も彼の強さを最後まで図り切れていなかった。本当に異常だわ」


成程、彼から何も感じないのは俺だけでは無かったか。

確かにそれは異常だ。戦闘職の人間ですら、彼の実力を理解しきれないのは可笑しな話だ。


「とはいえそれは全快の時の話だろう」

「それでも問題は無いわ。むしろ心配するなら貴方達の方よ」

「それこそ心配は無い。その為に付いて来てくれているのだろう?」

「そうね、けど表立っては戦闘しないから、そのつもりでいてくれないと困るわよ」

「勿論解っている。そこまで甘えんさ」


少年から貰った銃を構えながら告げる。これが有れば何も問題は無い。

予備にもう一丁渡されているし、弾丸も大量に貰っている。

とはいえ油断はせずに行くつもりだが。


「どうやら着いたようだな」


馬車の速度がゆっくりと落ちていく。

そうして完全に止まったのを感じ、外から開けられる前に馬車から降りた。

相棒も馬車から降り、周囲を見渡すと共に連れてきた兵も皆傍にちゃんと居る様だ。

ただ周囲を兄弟の兵に囲まれており、思い切り武器を突きつけられている。


「我はヴァイット・ガズ・ミュナル・イグリーナ! 兄上と弟に会いに来た! 兄弟に会いに来た者への対応がこれと言うならば、こちらもそれなりの対応をさせて貰うぞ!」


大きく宣言するとそこで初めて俺を認識し、兵達は怯むように下がっていく。

そして暫く待つと指揮官らしき男が前に出て来て、俺の前で跪いた。


「ヴァイット殿下、失礼を申し訳ありません。此度はどのようなご用件で」

「伝令から聞いておらんのか。兄弟に会いに来た」

「申し訳ありませんが今は一大事故、主に人に会う余裕はございません。お引き取りを」

「ほう、たかが現場の指揮官一人の権限でその様な事を言うのか?」

「この場で貴方の首を打ち取らぬだけ、まだ優しい対応だと思っておりますが」

「はっ、言ってくれる」


成程、魔人との戦いが終われば俺の首を取る、という話がすでに指揮官クラスには伝わっているという事か。

馬鹿な話だ。このままであればその前に自分達が滅ぶというのに。


「ならばとってみろ。ほれ、ここだ。後回しにするより今の方が楽だぞ」


首をトントンと指で叩き、指揮官の男を挑発する。

すると男は立ち上がって剣を抜く―――暇もなく相棒に殴り飛ばされる。

握りに手をかけてはいたが、その瞬間に既に吹っ飛んでいた。

さて、こちらとしてはお前の態度の方が都合が良い。その方が容赦なくやれる。


「先程言ったぞ、兄弟に会いに来た者への対応がこれと言うならば、こちらもそれなりの対応をさせて貰うと。お前達に本当の強者がどちらなのかを教えてやろう」


そう告げて、銃を男に向けて構え、引き金を引く。

たったそれだけの動作で、巨大な業炎が走り指揮官と周囲に居た兵達を飲み込んで行った。

一瞬で大量の兵が炎に焼かれて死に、その事に驚きで固まる兵士達。


そんな兵士達に向けて解り易い様に、もう一発空に向けて引き金を引く。

すると今度は空に向かって雷が昇って行き、轟音と共に稲光を兵達の目に焼き付ける。

これで先の一撃が、まだ何度でも放てる事が理解出来るだろう。


「さて、どうする。このまま押し通るも良し、素直に兄弟に会わせるも良し。こちらはどちらでも構わんぞ!」

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