第678話皇帝陛下の生き様ですか?

「ふっ」


皇帝の剣を弾き、弾いたのとは逆手の剣で斬り込む。

だが皇帝はそれを容易く躱し、軽く距離を取った。

剣が軽く踏み込みも浅い。先程から本気で切りかかって来る気配が無い。

最初の一撃こそそれなりだったが、それ以降は全てが遊んでいる様だ。


「どうした、アルネ・ボロードル。貴様の力はそんな物ではないだろう。何故本気でやらん」


俺を挑発する様な言葉を発し、構えを取る皇帝。

その様子にずっと違和感を覚えている。

まるで俺の手で殺される事を望む様な様子に。


「・・・む、ふん、あの俗物め、余程焦っているとみえる」


皇帝はそう呟くと、にやりを口元を歪めた。

先程迄目の前に居た人間が別人かと思う程に雰囲気の変わる笑み。


「これでようやっと好きにやれるというものだ」


剣を降ろし、首を鳴らしながら周囲を見渡す皇帝。

奴の全てを見下す様な眼からは、魔人に操られているという様子はみてとれない。

むしろ生前の皇帝そのままの様子だ。

数度しか見ていないが、奴の振りまく雰囲気は良く覚えている。


「貴様、まさか操られていなかったのか?」

「いいや、この身は死体で死体兵となり果てている。奴の兵隊で奴に逆らう事は叶わん」


皇帝はそう言いながら、また踏み込みの浅い攻撃を放ってきた。

まるで周りには戦っているというポーズを見せる様に。

その攻撃をいなしながら皇帝に疑問を投げるべく口を開く。


「ならばなぜ、貴様はその主に最善手を取らせなかった」


魔人が力を蓄えるのは当然だろう。

帝国内には大量の生き物が居るのだし、帝国内で暴れる分には何も問題は無い。

だが、その先の事を考えるならば奴のとった行動は最善手ではない。


少なくとも俺達と同等に戦える人間を作ってから大きな行動を起こすべきだ。

俺達が気が付き、潰しに来る事は皇帝ならば解っていた筈。

だというのに奴はその事を魔人に教えていない。

奴が自身の思考力を持って行動出来るなら、絶対にそんな手は取らんはずだ。


「・・・あの魔人とやらは、一度に感覚共有出来る限界が有る様でな。逃げる為に私との接続を切った様だ。何処までも頭の弱い俗物だ。魔人などと言ってもアレは三下だな」

「限界・・・まさか貴様、それを狙って今迄本気で打ち込んでこなかったのか」

「その通りだ、アルネ・ボロードル。この状況を作る為にも死者を増やした。奴が私との接続を切らざるを得ないようにな。今頃奴は必至で状況確認をして逃げ道を捜しているだろう」


国内でこれだけ大量の死者を出したのは、自分の監視を緩める為か。

その為だけに大量の人間を殺したのか。

やはりこの男、完全に魔人に操られている訳ではない。

魔人の力は自分の利の為に逆らえるという程度の束縛なのか?


「疑問が有るなら答えられる範囲で答えてやるぞ、アルネ・ボロードル」


相変わらず気迫の無い剣を打ちながら、皇帝はそんな事を言って来た。

奴の真意が読めん。何を考えている、この男。


「随分気前が良いな。どういう風の吹き回しだ?」

「ふん、死ぬ前の酔狂よ。どうせ死にゆくこの身で何を抱えても意味が無い」


奴の言葉は尚の事不可解だ。

その身で何かを成す気が無いのであれば、何故魔人に逆らったのか。

そもそも魔人に逆らう様な事が何故出来たのか。


「魔人はどこまで死体達の記憶を持っている」

「死者の記憶全てを持ってはいるが、それは単純に文字にした記録のような物なのだろう。貴様等が脅威だという情報は確かに有ったはずなのに、貴様等への警戒が緩い事がその証拠だ」


成程、実際に視界に入った鮮明な記憶、という部分は無いという事か。

それならば魔人がウムルを警戒していない事は多少は納得出来る。

兵隊を増やすのを邪魔してくる面倒な国、程度の認識で終わるだろう。


「何故貴様は魔人を欺けた」

「何、簡単な話だ。死体兵は意識が有ろうが奴に逆らえん。ならば従って破滅に導いてやった。先の通り奴は記憶が有ってもそれを有用に使えん。それを逆手に取っただけの事。嘘や誤魔化しは口に出来んが、そもそも嘘も誤魔化しも口にしなければ良いだけの話だ」

「成程、確かに簡単な話だ。貴様なら、だろうがな」


有益と見せかけ、最終的に詰む事になる行動に誘導させたという事か。

確かにここまでの事は、魔人にとっては都合の良い事ばかりだっただろう。


出て来た場所には人が多く、土地も広く、そして容易く屠れる者達ばかり。

其の上その地の人間をどれだけ殺そうと、他国は邪魔をしてこない。

更に一番面倒な国が邪魔をしてこない様に進言し、それも上手く行っていた。

魔人にすれば有能な部下が出来た様な物だろう。


「だが何故、それならばもっと早くに決着を付けなかった」


皇帝の言う事は矛盾している。

もし本当に魔人を亡ぼす為だけならば、こんな回りくどい事をする必要は無い。

魔人が俺達への警戒が甘いというならば、尚の事帝国に損害を与えない終わらせ方が出来た筈。


監視を緩める為に死者を増やした。その事自体は事実なのだろう。

だがここまでの事を成し得るならば、それ以前に魔人を破滅させる事が出来たはずだ。

態々ここまでの死者を出し、監視を緩め、俺に情報を伝える意味はどこに在る。


「息子はこれから国を救う。なれば英雄として持ちあげられるだろう。これだけの脅威となる化け物を打ち倒し、愚図な兄と弟には成し得ない統治を成す皇帝として、帝国は生きる」

「―――まさか、帝国を存続させる為に帝国の民だけを殺したのか」

「その通りだ。帝国内の犠牲者であるならば他国は口を出せん。そして今関わっている国は息子と繋がりの有るウムルのみ。奴は帝国を滅ぼしたいようだが、そうはさせん」

「ならば何故あの様な重傷を負わせた。救えたから良かったものの、本来ならば死んでいた」


あれは重傷などという言葉で片付けられるものではない。

完全に致命傷であり、手遅れな外傷。タロウが居なければ確実に死んでいた。


「魔人の目を欺く必要が有ったのでな。半端な事は出来ん。もしそれで死ねば・・・それこそ本当に帝国の滅ぶ日だったという事だろう。息子が継がねば帝国は存続を成しえん」

「随分厳しい話だな」

「これでもそれなりに甘く対応したつもりだ。本気であれば、転移で逃げる時間など与えん」


その言葉が何処まで真実なのかは解らんが、かなり真に近い所に在るのだろう。

皇帝は態々腹を狙った。

躱せぬ速度で首を刎ねる事も、頭を潰す事も、心臓を潰す事も出来たのにだ。

なのにそれをやらず、腹を狙って中を潰すだけに収めた上に、自分が敵だと態々名乗った。


「色々と詰めが甘いと思っていたが、全てわざとか」

「詰めが甘いとは心外だな。ここまで綺麗に貴様等が魔人を潰せる様、手はずを整えてやったというのに。どの国にも邪魔されず、息子という神輿を掲げて好きに動けているだろう」

「確かにな。今も、そしてこの後もウムルは帝国内での自由が利く」

「そしてウムルという後ろ盾があれば、帝国がどれだけ疲弊していようと迂闊に手を出す馬鹿はおらん。居たとしてもその様な阿呆の撃退など容易い」


この事が解決した後も考えての策か。

ただただ帝国を存続させる為に、それだけの為だけの策を練ったというのか。

その執念は恐れ入るが、その為に大量の人間が犠牲になっている。

どう良く見ようとしても、俺が俺である以上その全てを肯定は出来んな。


「他の息子二人が死ぬ事も、貴様は織り込み済みという事か」

「当然だ。あれらに国など背負えん。それに奴らは私の息子などではない。血のつながった息子はヴァイットのみ。赤の他人に帝国をやるぐらいならば皆殺しにして自ら国を潰すつもりだ」

「――――なに?」


どういう事だ。

第二皇子は妾の子と、平民の女の息子だからと皇帝からも冷遇を受けていたのではないのか。

だからこそ彼は帝国を憎み、帝国を潰したいと思うに至ったはずだ。


「あれらは私の正妻の子だが、ただそれだけだ。一度も抱いた覚えのない女から生まれた子が我が子などと誰が思う。婚姻した後に必死に私に抱かれようと焦るあの女は滑稽だったな。一人目の事を私が咎めないと知り、二人目を生んだ時は流石に呆れたが」


つまりは婚姻前から皇帝以外の男と関係が有ったという事か。

何故そんな女と婚姻したのか解らんが、皇帝の考え自体が理解出来んので考える意味が無いな。


「ならば何故、その我が子を愛してやらなかった」

「愛してやった。だからこそ奴の生まれに相応しい領地と配下しか与えなかった。もし妾の子である息子に下手な物を与えれば、それだけで命が危ぶまれる。そして息子は成長し、帝国を背負えるに足る人間となった」


歪んでいる。皇帝の言葉からはそう感じた。

きっとそこに皇帝なりの愛情は有ったのかもしれない。

だがそれでも、本当に愛を注ぐつもりであれば全力で守ってやれば良かったではないか。


「息子は自らの力で這い上がり、自らの力で地位と配下と民を手に入れ、自らの力で貴様等という強力な力を手に入れた。愛する息子が皇帝に相応しい男になった。帝国を背負う男になった。あの男こそが私のたった一人の息子であり、皇帝を継ぐに相応しい!」


だが皇帝は俺の思考を否定する様な言葉を力ある声音で口にする。

その言葉にどれだけの感情が有ったのか、今迄の緩い踏み込みとは段違いの一撃が降って来た。

いきなりテンポの違う攻撃が混ざった事に少し驚いたが、それも綺麗に弾いて返す。


「帝国は国の危機を救った英雄王を新皇帝として生きる。ならば私は現皇帝としてどこぞの馬の骨とも解らぬ者にではなく、新皇帝と同じ英雄に打ち取られるが民草へ良い語り草となる」

「つまりは最初から、俺に斬られる為に此処に来た。そういう事か」

「その通りだ。贅沢を言うのであればリファイン・ドリエネズが良かったがな」

「残念ながら今は騎士よりも王妃としての立場が上なのでな。そうそう戦場に出せん」


皇帝自らこの街に来たのも、俺がこの街に留まっているという確信があったから。

それは俺を殺して兵にする為ではなく、ウムルの英雄と戦い敗れたという記録を残す為。

どこまでも魔人を良い様に使い、帝国の為に生きて死んでいくか。


「私が語るべきは語ったぞ、アルネ・ボロードル。これ以上の問答が必要か?」

「魔人が何処へ逃げたかも聞かせて貰いたいものだがな」

「そんなものは知らん。私はここで終わる。その為にここに来た。これ以降の事は貴様等と息子でどうにかしろ。ここまで叩き潰し易い様にお膳立てしてやったのだからな」


その言葉と共に振られた一撃は、今までで一番速いものだった。

初撃すら遊んでいたのだと思う程の一撃。

それを受け止め、純粋に力で押し返す。


「今のはそろそろ貴様に本気を出させる為の一撃だったのだがな。そこまで難なく防がれるとは思わなかった。その上力でも押し負けるとはな」

「残念ながらその程度は受け慣れている。リンの一撃はもっと速い」

「ふん、化け物どもめ」

「化け物とは心外だな。それに今は貴様も同じ様な物だろう」


やはりこの男、本気だと中々に強いな。

今の一撃は確かに受け止められたし、力でも勝っている事は解った。

だがこれは普通は手におえんだろう。コイツ一人いれば大抵の存在を下す事が出来る。

魔人が皇帝の言う事を聞き、傍に置いたのはその戦闘能力の高さも有ってだろうな。


「ふん、ここまでずっと斬り結び、息が切れないどころか呼吸が一切乱れる様子の無い貴様を化け物と言わず何という。貴様と私に覆しようのない圧倒的な力量差が有るからだろうが」

「余り全力で動くと後が続かんのでな。なるべく余力を持つ様にしている癖だろう」

「はっ、なれば尚の事話にならん。来い、アルネ・ボロードル。いい加減本気を見せろ」

「致し方ないか。もう少し探りたい事が有ったのだが・・・どうやら話してくれない様だ」


仕方ないと両手剣を仕舞い、斧を取り出す。

自身の倍以上は有る、大きな斧を。


「さて、望み通り『本気』でやってやろう」


斧を片手で抱え、皇帝に突き出しながら宣言する。

皇帝の目には驚きなど無く、只々不敵な笑みをたたえて剣を構えていた。

それを見て、この男はもう本当に何も語る気がなく、そして此処で朽ちる気だと確信する。


「ふっ」


そして一歩踏み込み、斧を横薙ぎに降るう。

広範囲に振るわれる一撃は、本来余裕で躱せる攻撃。だが、躱させなどしない。

もてる全力で斧を振り切り、皇帝はその一撃に反応出来ずに両断された。

下半身はゆっくりと倒れ、上半身はぼとりと落ちる。


「くっ、ははっ・・・何だその一撃は。死体兵となったこの身で、何も反応出来んでは無いか。やはり貴様は、貴様等は化け物だ」

「両断されても普通に話している存在に言われたくはないな」

「ならば頭を潰せ」

「頭を潰せば死体兵は機能しなくなるのか?」

「いいや」

「・・・貴様、言う事が段々といい加減になっているな」

「最早私にやる事など何もないからな。あえて言う事が有るするならば・・・生きろと、息子に伝言を頼む程度の事だ」

「解った。伝えよう」


皇帝は俺のその言葉を聞き、今までと違う優しい笑みを見せた。

それは皇帝としてではなく、一人の親としての様に。


「今度こそ、もう語る事はない。やれ、アルネ・ボロードル」

「全く、最後の最後まで皇帝様だな、貴様は」

「当然だ。私は皇帝で、皇帝として死ぬ」

「ふっ、その意地だけは尊敬するよ、皇帝陛下殿」


その会話を最後に、皇帝の頭に斧を振り下ろした。

巨大な斧は綺麗に頭を両断はせず、逃げ場も無い事でグチャリと叩き潰す。

肉片と骨が飛び散り、皇帝の頭は見るも無残な状態となる。

だがそれでもちょいちょいと指を動かし、まだ動けると意思表示をして来た。


「まったく、どうやって考えてどうやって動かしているのやら」


理屈は解らんがまだ動けるらしい。

仕方ないのでその体全てを原型が無くなるまで叩き潰した。

これでもう、帝国皇帝陛下の死体が動く事はないだろう。


「さて、後は残りの雑兵をどうにかするか」


後ろで二人が頑張っているが、いかんせん数が多い。

皇帝が死んでも攻める事を止めない辺り、そういう風になっていると思うしかない。

しかし、流石にこの数は骨が折れるな。いつまでかかるやら。

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