第676話魔人とウムルの攻防ですか?

兵を連れ行進をする大男の視界を確認しつつ、ウムル兵との戦いの状況を確認する。

大男はまだ暫く接敵する事はない。もう少し拠点を上げておけば良かったか。


ウムルの連中との戦いは段々と一方的になって来ていやがる。

こちらの兵は着実に減り、向こうの兵は殆ど減ってねえ。

それどころか負傷した筈の兵があっさり復帰してやがる。


クソが、中にはそうそう復帰出来ねえような傷の奴も居た筈だぞ。

即死した奴以外は全員帰って来やがる。


一部の部隊でそれなら解る。よっぽど腕の良い治癒魔術師でも居るんだろうよ。

だが全ての部隊でそれだ。何なんだこの軍隊は。ふざけてやがる。


小国一個を他方面から攻める軍量じゃねえんだぞ。

大国を全包囲するだけの人数の兵が、全員あの質なんて馬鹿げてやがる。

何より一番ふざけてんのは、あれで全力じゃねえって事だ。


『私の記憶を持つ以上解っていると思いますが、あそこには騎士隊長もウムルの八英雄も居りません。まだあの国は本気を出していない』


大男が出発際に言って来た言葉を思い出す。

腹立たしい事にあそこに居るのは、あの国では通常の水準の人間しか居ねぇって事だ。

もしあいつの記憶に在る連中が来たら、更に状況は加速するだろうな。


「クソが、ざけやがって・・・まてよ」


そこでふと、良い事を思いついた。

大男の記憶では連中の国はお人好しの国と有る。

ならもし、今戦っている人間が戦いたくも無いのに戦わされているとしたら。


「―――どういう反応、見せるかな?」


少し興味が出て、兵達を少し下がらせて意識を表に出してやる。

それも俺に従う形ではなく本人の意識を。

兵は皆戸惑う様子で周囲を見渡し始め、相対するウムルの騎士達も少し困惑を見せている。

連中の動きが止まった。甘ちゃん共が。


「ははっ、ほら行け」


そのまま体だけは戦闘を再開させると、勝手に体が動く事に悉くが混乱した喚きを上げていく。

その姿だけで大分滑稽だが、相対する連中の戸惑いも中々に愉快だ。

ここまで上手く行くものかと思う程にウムルの兵の動きが鈍った。


「本当にお人好し共だ―――」


愉快で笑いが出そうになった瞬間、一瞬で状況が変化した。

戸惑いを見せ、ほんの少し崩れ始めていた状況が、すぐさま元に戻った。

連中は兵の意識が有ろうが無かろうが、敵と認識して容赦の無い進行を再開した。


刻まれる事に叫びを上げ、助けてくれと懇願する者も、怯えて泣き叫ぶ者も悉くを葬っていく。

そこに一切の容赦も慈悲も無く、意思なき兵を相手にする時と同じように。


「ちっ! クソが、そのまま戸惑いのまま崩れろよ!」


人間ってのは甘いもんだ。弱いもんだ。

意識が戻ったのならば解放出来るのでは、何て事を甘ちゃんなら考えそうなものだってのに。

クソッタレ、統制がしっかり取れてやがるってだけじゃ説明が付かねぇ。

兵共のあの復帰の早さは、はなからあの状況を想定したとしか思えねぇ・・・!


「間違いなく戸惑いは見せたろうが! あの様子から全軍が同じ速度で復帰するか普通!」


何もかも上手くいかなくなりつつある。このままこの場所に居るのも不味いな。

まだ戦場から距離は有るが、そう遠くない内に連中はここまで辿り着く。

早めに行動を開始して、大男が失敗した前提の準備もしておこう。


「クソッタレ、順調だった状況がたった数日で全て壊れていきやがる。くそ・・・もっと兵が、強い兵が手元に在れば・・・!」


せめて大男と同じ程度の人間が複数人居ればまだ状況も違った筈だ。

この国の兵は数ばかりで質は大した事が無い。

だがその笑える程の数が居るおかげで時間は稼げている。

やって来たのがウムルという国でなけりゃ、その数で質を蹂躙出来ただろうに。


「くそっ、大男はどうなってやがる。まだつかねえのか! ・・・ん、何だ、立ち止まりやがっ――――向こうからお出ましかよ」


大男が不意に立ち止まり何かと思ったら、ウムルの大男が転移で現れた。

来るのを予測しているだろうとは言ってやがったが、まさか向こうから来るかよ。

両手には初めて見た時と同じ二振りの両手剣。戦う準備は出来ていると言わんばかりだ。


『転移魔術か。貴様は余り魔術に長けていないと認識していたが』

『正解だ。俺は自分で転移した訳じゃ無い』

『成程、やはりウムルの兵隊は街に入っているか』

『さてな、だとしても関係はない。ここで全て潰させて貰う』


大男は足にしていた馬から降りて剣を抜き、大男と共に居た兵達も剣を抜く。


『そうか、だが――――』

『むっ!?』


大男は全力で踏み込み、ウムルの大男へ剣を上段から振り下ろした。

腹が立つが俺でもおそらく躱すのは厳しい一撃。

それを片手であっさりと防いだ上に、逆手の剣で反撃をしてきやがった。


だが大男もその一撃を難なく躱して軽く下がる。

焦って躱した様子は無い。完全見えている動きだ。

あいつはあのふざけた鎧も着ていない。これなら行けるか?


『ふん・・・アルネ・ボロードルよ、どうやら貴様には勝てそうにないな』

『ならばどうする、引くか? 皇帝陛下殿』

『引かせる気が有るのか?』

『悪いが無いな。ここで全滅して貰う予定だ』


真正面からやっても勝てないと、奴は確かに言っていた。

先の攻防は勝てないと確信する何かが二人の間では有ったんだろうよ。

だがそんな事、あの大男は最初から織り込み済みだ。


『そうか、だがこの数を、私を相手にしながら貴様一人で対応出来るか?』


大男の合図と共に、それまで魔術師共全員で隠匿魔術を使い、隠していた姿を現す。

小国一つならば落とすに十分と思える兵量を、たった街一つ落とす為に連れて行った。

それだけ全力で行かねば、ウムルの兵に対抗は出来ないと。


『行け』


大男が指示を出して大量の兵が街に向かう。

全ての兵がウムルの男を無視し、そして大男がウムルの男に殺意を向ける。

意識を逸らせばその隙をつき、攻撃を加えるつもりで。


『動かんか。やはりあの街にはウムルの兵が既に居るのだな』

『・・・ふっ、そうだな。居るぞ、とんでもない奴等がな』

『・・・何?』


大男が疑問の言葉を発した直後、兵共がゴミの様に吹き飛んだ。

暴風の魔術が大量の兵を吹き飛ばし、一度ならず何度も何度も広範囲に放たれている。


その魔術を放っている人間はたった一人。

黒いローブに身を包み、見た事のない筒の道具の先から魔術を放っていた。

顔は見えないが背は低く、殆ど動かずに魔術を放ち続けている。

明らかに異常な威力と魔力量。人間があれだけ乱雑に魔術を放って魔力が持つのか!?


「だが、それでも・・・!」


国を落とせる数の兵量は伊達ではない。

悉くを粉砕されようとも、その相手に勝つつもりでなければ押し込める。

目的はあの黒ローブの打倒ではない。街の蹂躙だ。

勿論黒ローブの力も手に入れられるなら欲しいが、先ずは目的を果たしてからだ。


それにいくら何でもあの規模の魔術を何時までも打てはしまい。

魔力が切れた時が奴の最後だ。

自分に向かってこない兵を懸命に倒す事も消耗に繋がる。

何処までやれるか見ものだな。


「なっ――――!」


だがその背後に巨大な鉄器が、大男よりも巨大な動く鉄器が現れて兵達を砕いて行った。

比喩ではない、文字通りの粉砕。

それが拳らしきものを一振りすると、パンと弾ける様に肉が散らばっていく。


ただそれは拳の届く範囲を逸脱し、届いていないはずの兵達も砕けて飛び散っている。

更にその鉄器は転移と高速移動を重ね、黒ローブが取りこぼした者達を丁寧に屠っていた。


「何だあれは! 一体どんな化け物だ!」


動いているという事は鎧なのかもしれないが、鎧というには余りに異質。

魔力を常に大量に垂れ流しながら魔術師の魔術を悉く阻害し、隠匿して近づいている物も粉砕している。

大量の兵を目くらましにして突入させた者達も、何の意味も無く全て砕けていく。


『―――――イナイ・ステルか。外装も持ち出して・・・ふん、どうやら本格的に勝ち目は無さそうだ』

『ほう、ならばどうするつもりだ。玉砕覚悟でかかって来るか。その方が俺は楽で有り難いが』

『いいや、残念ながら最後まで足掻かねばいかん身でな。嫌がらせをさせて貰おう』


大男の決めた合言葉「嫌がらせ」を確認し、街に居た兵を動かす。

数十人程度しかいないが、碌な兵の居ない街であれば大した事は―――。


「なにっ!?」


街の人間を襲おうとした兵が、いきなり誰かにやられた。

視界から誰かを認識する暇なく頭を潰された。

しかも一人二人ではない、一瞬で全員やられた。


「な、ど、どうなってやがる・・・!」


俺の動揺は大男にも伝わり、大男が険しい表情を見せた。

それに感付いたウムルの男が口を開く。


『街で死体兵でも暴れさせる算段だったか? 残念だったな、死体兵は全員把握している』


何だと!? そんな馬鹿な!

あの街で俺の兵を特定するような動きは、一度も確認していない!

だからこそ今回の策を実行したんだぞ!


『ふん、成程。外に兵が出て来んのは、死体兵を何時でも潰せる様にそちらに割いていたか』

『そういう事だ。貴様等の状況からすれば、俺を殺して兵にするか第二皇子を殺して一旦ウムルの兵を引かせるか、攻める為ならばこの二つしか選択肢は無いからな。あの鎧は中々に手ごわいだろう?』

『・・・ならば致し方ない。やれる限り貴様の首を取る様に務めるまで』

『良いだろう。かかって来ると良い。このアルネ・ボロードル、伊達に八英雄に名を連ねていないという事を見せてやろう』


大男とウムルの男が真正面から対峙するが、結果はおそらく見るまでも無い。

そう思った俺は予定通り移動を開始する。

クソが、人間相手に何度目の逃走だ。クソッタレが!

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