第675話窮地の魔人ですか?

「馬鹿な! 何だありゃあ! 何でこんな事になってやがる!」


兵の目を通して見える光景に、思わずそう叫ぶ。

俺の兵が悉く破壊されて行くその光景に。

破壊されるだけならばまだ良い。その分更なる死体で兵を作れば良いだけだ。

だが―――。


「何だあの兵共の鎧は! 何も攻撃が通らねえぞ!」


剣も、槍も、斧も、鎌も、獣の牙も爪も、一切が通らない。

鎧の隙間は流石に防げねぇみたいだが、乱戦でそこを狙える程の技術の有る兵は殆ど居ない。

だというのに敵の兵共の練度は高過ぎる。

あの訳の解らねぇ鎧が無くとも、適当に作った死体兵共じゃ勝てない程に・・・!


「あれがウムルって国の兵共か・・・!」


成程、大男が警戒する訳だ、クソが。

一人二人程度なら何とかなるが、高い練度の兵が多過ぎる。

負傷すればすぐに下がって交代し、死者が出ても即座に回収して行きやがる。

あれじゃどれだけ戦ってもこっちの兵が増やせねぇ。


せめてあの鎧さえ無けりゃどうにかなるっつーのに。

本当に何なんだあの鎧。傷一つ付きやしねぇ。頑丈にも程があんだろうが!


「クソが、てめえの記憶と違うじゃねえか! 何で連中は攻めて来た! こっちから他の国に手を出さねぇ限り、連中は手を出さねぇつってたじゃねえか! 大体何だあの鎧は!」


大男には意識を持たせてあるから、俺と違う思考で行動が出来る。

だから大男の考えた通りの最善手をここまでやって来たのに、何でこんな事になってんだ。

髭の大男に怒鳴りつけると、奴は無表情のまま口を開く。


「鎧の事は知りませんが、ウムルが来たのは息子が生きていたせいでしょう」

「確実に殺しただろう! あれで死なねぇ人間が居るってのか!」


大男の次男は戦場に全く出て来ない。他の息子共が死ぬのを待ち、全滅と同時に何かしらの策を仕掛けて来ると大男は言った。

だからこそ油断をさせる為に暫くは手を出さず、少人数で隙を突きに行った。逃がさない為に。

あの傷で助かったって言うのか。あれはどう見ても致命傷だったろうが。


「事実生きていたでしょう。アルネ・ボロードルと共に戻ってきた息子を、貴方は兵を通して見ている筈。恐らく息子は我々の策を理解してすぐに行動に出た。ウムルとも元々繋がっていたようですし、連中の行動の早さも納得できます」

「くっ、るせぇ! 黙れ!」


俺が叫ぶと大男は口を閉じ、無表情で直立不動の状態になる。

コイツの記憶と思考能力は役に立つが、何でもズケズケと物を言って来るから腹が立つ。

だが俺の持つ兵の中では一番強く、一番使えるのも事実だ。

この大男を兵にしたら、腹の立つ事に俺より強くなりやがったし。


「クソが・・・このままじゃ不味い・・・どうする・・・!」


ウムルの兵共は完全に俺の兵を囲むように布陣し、少しずつ範囲を狭めて来ている。

ゆっくりと確実に殲滅し、最終的に俺の所まで来るつもりだろう。

殺されてもまた暫くすれば起き上がれるとはいえ、人間共に殺されるのは屈辱だ。


だからといってこの大男をけしかけた所で、流石にあれを全滅させるのは不可能だろう。

ある程度の損害は与えられるだろうが、折角の戦力を無くすだけで終わっちまう。


俺がその場に出向けばあるいは・・・いや、そうするとおそらく目立つ。

死体を兵にしている所を見れば、連中は全力で俺を仕留めに来る。

俺自身が姿をさらすのは得策じゃねえ。


「あの人間、お前と同じぐらいの大男を、あれを兵に出来れば状況を覆らす事も可能か?」

「恐らくは。あれは人間の常識を逸脱した強さを持っています」


確かに大男の部下達を切り刻んだあの動きは、本当に人間なのかと疑う動きだった。

あれは真正面からやれば、俺じゃ勝てない可能性が高い。

だがコイツならば、あのふざけた人間に勝てるかもしれない。


「おい、お前の今の力なら、あの人間に勝てるか?」

「真面に正面から戦えば、おそらく無理でしょう」

「真面じゃねぇやり方なら勝てるっつー事か?」

「可能性は。確実に勝てるなどとは言えませんが」


ふん、それでもあれを手に入れられるなら、やる価値はあるな。

あれはただ身体能力が高いだけじゃねぇ。確かな技術を持った強さだ。

あれ程の能力、兵にした時どれだけの強さになるか想像もつかねぇ。


「避難民に仕込んだ兵を、そろそろ使う時期でしょう」

「ふん、お前が言って来たあれか」


次男が避難民を保護するであろう事を予測していた大男は、その中に動向を探る為の兵を紛れ込ませる事を提案して来た。

今も兵は街に残っており、普通に生活をしている。


俺は大男が攻めに行った時点で使うつもりだったのだが、大男がそれを止めた。

もし上手く行かなかった時の為にまだ動かさない方が良いと。

ムカつくが実際その通りになりやがった。


「そいつらで不意を突く気か」

「いいえ。あの程度の連中で襲ったところで、あの男は殺せんでしょう」

「ああ? じゃあどうするつもりだよ」

「私が奴と戦っている間に街を襲わせます。いくら奴とて人間。いや、ウムルのお人好し共であれば心を揺さぶるには有効でしょう」

「・・・はっ、成程気に入った。それは良い」


俺の兵を刻んでくれた奴の悔しそうな顔が見れそうだというだけでも、やる意味は出来た。

紛れ込ませた者達の目から見た限り、あの街にはウムルの兵隊共も入っていない。

恐らく俺の兵が紛れ込んでいるなど考えてもいないのだろう。


感情を持たせ、普通に生活する様にさせているからな。

見ただけじゃどうやっても気が付けねぇ。


「恐らく私が出向けば確実にアルネ・ボロードルは出て来るでしょう。あの街には今の所ウムルの兵を引き入れた様子は無いが、だからといって居ないという事は有りえない。ならばそれを引き出す為にも多少の兵を連れて行きます」

「ああ? 兵なんぞ全然見当たらねえぞ」

「見当たらないだけ、と考えておいた方が宜しいでしょう。そして今ならあの領地には碌な兵が居ない。ウムルの兵を引き出してさえしまえば、適当な死体兵でどうとでもなる」


ふん、流石に気にし過ぎだと思うがな。

まあ良い、あれを手に入れられるならそれで構わねぇ。

好きにやらせてみるか。


「だが奴がその事実を知らねえと、動揺は見せねえぞ。そこはどうすんだ」

「口頭で伝えますよ。そして街に火でもあげれば、嫌でも事実を認識するでしょう」

「はっ、それは良い。全部燃やしてしまうか!」


人間どもが阿鼻叫喚で逃げまどう様子を想像し、少し楽しい気分になった。

良いな、それは。とても良い。早く聞きたい。


「ですがそれも上手く行かない場合、他の息子の領地へ攻め入るが良いでしょう。どうやらウムルはそちらに兵を置いていない様だ。あの息子達ゆえ当然とも言えるが・・・」

「ああ? それこそ意味が解んねえ。あの程度の連中じゃ相手にならねえだろう」


俺の持つ兵のうち、戦う技術を持っている兵はその息子とやらの兵だ。

だがその連中もウムルの兵には敵わねぇ。

戦いにはなっているが、あの鎧のせいで完全に負けている。


「息子達は愚物なれと一応は皇族。ウムルには手を出せません」

「はっ、つまりは兵にせず生かして人質にしろという事かよ」

「ええ。そして全ての目を息子達に固定させ、その間に貴方は逃げれば良い。最後に兵達を全て暴れさせれば、それも時間を稼げるでしょう」

「ふんっ、人間相手に逃げるなど屈辱だが・・・まあ良い。別の国で大量に兵を増やし、今度はこちらから攻め入ってやる」


人間相手に逃げるなど屈辱の極みだが、殺されるのは更に我慢ならん。

既に一度殺されているから余計に腹立たしい。

俺自身の能力の低さにも苛立つが、それでも時間をかければまた戦える。

兵を増やし、何時か全てを蹂躙してくれる!

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