第674話今度こそ順調な様子ですか?

「報告は以上になります」


ウムルの諜報員らしき男からの報告を聞き、少し考える素振りを見せるアルネ・ボロードル。

だがすぐに顔を上げ、男に顔を向けて静かに口を開いた。


「解った。そっちは任せるぞ」

「はっ!」


端的な言葉に応えると同時に認識阻害の魔術を使い、その場から消えて行く男。

もう移動したのか、まだ傍に居るのか、俺の目からは全く判断が付かない。

俺の前に現れた時もこうやって潜入して来たという事か。あれは気が付けん。


「ウムルは暗殺も得意そうだな」

「やろうと思えばやれるだろうが、やる利点も意味も無い。公の暗殺もやった所で無意味に恐怖を与えるだけだ。態々無駄な恐怖を与えて不和を作る必要は無い」

「はっ、確かにそうだ」


暗殺などという無駄な事をするぐらいなら、真正面から叩き潰すだろう。

ウムルはそれだけの力を持っているし、見せつける為ならばその方が良い。

一切小細工なしで正々堂々正面から、何の言い訳も出来ないように完膚なきまでに叩き潰す。

それならばウムルは強大な力を持つが、正面からしか来ないと皆が思うだろう。


やられた方は堪ったものでは無いがな。化け物共とやり合うのは俺ならごめんだ。

とはいえ全ての国がそう思っているはずも無く、ウムルを舐めている国もまだ有りはする。

この辺りの国の現在の主導者は理解しているだろうが、世代が代わればそれもどうなるか。

ま、そこは俺には関係ない事だな。馬鹿は勝手に滅べば良い。


「で、アルネ・ボロードル。来ると思うか?」

「来るだろう。報告通りならな。状況は予定通りに進んでいる。それと俺の呼び方はアルネで良い。公の場でなければ敬称も要らんぞ」

「解った。これからはそう呼ぼう。だが常に予想外は起こるものだぞ。それに気が付かず死にかけた俺が言うのも何だが」

「解っている。その予想外を潰す為に、徹底的にやるつもりだ。いや、やっている、だろう?」


共に同じ方角を見つめ、これから起こる事の予想を口にする。

魔人の襲撃が近いうちに此処に来ると予想を立て、今はそのつもりの準備をしている。

俺自身は少し疑問に思う所も多いが、この男は確信を持って口にしていた。


「ウムルの騎士と兵にどれだけの犠牲が出るか、それを考えると今更ながら申し訳が無いな」

「全く出さない、というのは不可能だろうが、問題は無い。貴殿の予想よりも死者は圧倒的に少なく済むと思うぞ。流石に負傷者は多いだろうが」

「ウムルの兵が強いのは解っている。だが死体兵共も並大抵では無いぞ。作戦の行動範囲が広い以上、それなりの数を動員する必要が有る。全員が一騎当千と言える程強い訳では無いだろう」

「普通に戦えば犠牲も大きいだろう。普通に戦えばな」


俺の言葉にニヤリと笑うアルネ・ボロードル。

その笑みは自身に溢れており、内容を知らずとも信じてしまいそうな雰囲気を持っている。


「成程、俺が聞かされた内容以上の作戦が有る、という事か」

「いいや、作戦内容は何も変わらんさ。やる事は同じ事。ただ――――」


そこれ言葉を切り、とある方向に目を向けた。

目を細めてじっと見つめ、噛みしめる様に目を瞑ってから視線を戻した。


「―――俺達の弟子が、やってくれたからな。あいつに感謝すると良い。今回の事は何もかもがあいつの手柄だ。本人はそうは思わんだろうし、公式に発表する訳にもいかんがな」

「弟子……少年、いや、タナカ・タロウか」


彼はつい先日、イナイ・ステルと共に俺の領地に来ている。

そしてこちらに来る際に色々な道具を持って来たらしい。

そのうちの一つを俺に渡し、今も懐に入れている。


試しに使わせて貰ったが、世界がひっくり返ると思える武器だった。

これ一つでどれだけの価値が有るか、本人は解っているのだろうか。

大量の希少鉱石を気軽に渡された気分だ。

こんな物がウムルに在るとは聞いていない。こんな物の存在は全く知らなかった。


「つまりは、タナカ・タロウ関連の秘匿された何かが配備されている、という事で良いか?」

「正解だ。実物を見る機会が有るかは解らんが、見たら驚くぞ」

「はっ、驚きならもうしている。彼が護身用にと渡して来た武器のせいでな」


懐に手を当てながら、彼の事を思い返す。

俺を見た彼は心底嬉しそうな表情をし、俺が助かった事を心から喜んでいた。


その際に改めて礼を言わせて貰ったが、彼は自分がやりたかっただけだと言い張っている。

助けたのは俺の為ではなく、自分の為に助けたのだと。

ただ自分が俺に死んで欲しくなかったから、だから無茶をしただけだと。

何てお人好しだ。聞いていた以上にお人好しが過ぎる。


彼は見た限りではどこが悪いのか解らんが、時折痛そうな表情を見せる。

足運びも若干怪しい時が有り、よろけてイナイ・ステルに支えられている時も有った。

八英雄に認められ、強者として認識されている彼が、その状態になるまでの無茶をしたのだ。

それはウムルにとっても彼にとっても損害だ。だというのに。


『生きていてくれて良かった。本当に、助けられて、良かった・・・!』


泣きそうな顔で、あんな事を言われてはな。


彼は貴族ではない。国王でもない。国の主導者でもない。

だが、彼はこの国を救う。この国に居る民を救う。英雄と崇められておかしくない功績を成す。

だというのに彼にはその功績は存在しない。させる訳にはいかなくなった。


ならば俺が彼に出来る事は、その結果成し得た事で彼に返すしかない。

絶対に生きて、彼に恩義を返さねば、俺は俺を許せない。

救って貰った物が大きすぎる。個人に救ってもらうには余りに大きすぎる命だ。


これを返せぬような恥知らずには、けして成りたくない。

彼が純粋に自分の意思で救おうと、ただ救おうとしか考えてしかいないからこそ余計に。


「彼には、本当に頭が上がらんな」

「予想以上に役に立ってくれているからな。今回ばかりは俺もタロウには頭が下がる」

「そうだったのか。てっきり貴殿たちは解っていて彼を寄こしたのかと思っていたが」

「いいや、ここまでは予想外だった。だからこそ余裕を持って構えていられる」


アルネの言う通り、少年のおかげで一つの懸念が消えている。

俺もアルネもとある懸念をしており、その対策を考えていた。

だがその懸念を少年があっさりと、全て取り払ってしまったのだ。

おかげで俺達は何の心配も無く魔人の襲来を待つ事が出来る。打って出る事が出来る。


「あいつを拾った頃は誰もこうなるなど思っていなかっただろうな。途中から鍛えた俺でも予想だにしていなかった」

「少年は昔から才能が有ったのではないのか?」

「才能か・・・タロウは少しおかしい。本来恐れるべきところが壊れている。言ってしまえばそこが才能といえば才能なんだろうな」

「壊れている?」

「あれは壊れる事を恐れない。勿論死にたい訳じゃ無い。だが死なない為に自分が破損する事を嫌がらない。生きていれば、生きる為に、それで良いと判断する。あれは何処かが壊れている」


少し心配そうな様子を見せながら、アルネは少年を語る。

才能が有り、能力が有ったからではなく、壊れているから今の少年が在るのだと。


「貴殿を治すタロウを見て、尚更そう思った。あいつはやっぱりおかしい。だからこそこれ以上無茶をせんように、師匠が少しは良い所を見せんとな」

「ふっ、良い師弟愛だな」

「ははっ、なんせきちんと俺のやり方で教えた弟子第一号だからな。それなりに可愛いもんだ」


楽しげに語るアルネの顏に嘘は感じない。本当に少年を可愛がっているのだろう。

だがふと、彼は寂しげな顔を見せた。


「それに今度こそ、あいつを泣かせたくはない。何もかもを救ったのに、自分だけが救われなかったあいつを」


そう言った彼の眼は、どこか遠い所を見ている様だった。

鋭く険しい目つきで、何かを後悔する様な雰囲気の声で。

あいつとは誰の事か解らんが、彼の救うという言葉から察せられる人物はいる。

だがその人物が誰なのか、などと聞くのは野暮だろうな。


「そういう理由もあって、個人的にもやる気がある。任せておけ」

「はっ、それは心強い。期待しているよ、英雄アルネ・イギフォネア・ボロードル殿」


戦いの日はもう近い。いや、ここ以外は既に戦いが始まっている。決着はもうすぐだ。

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