第672話血を流す決断ですか?

「やはり、人の良い顔をしながらも中身は恐ろしいな、あの男。優しき賢王と呼ばれていても王は王という事か。いや、敵には恐れられる王ではあるし、本領発揮という方が正しいか」


アルネ・ボロードルから聞かされた内容を思い出し、ぼそりと呟きが漏れる。

あの男から聞いた作戦内容は、少なくとも人の良い人間から出る内容ではなかった。

血を流す事を恐れない、手を汚す事を恐れない、容赦など微塵も無い内容。


あの男は何時から決断していたのだろうか。

何時から俺が失敗する事も織り込み済みで策を考えていたのだろうか。

あの作戦は魔人が俺の予想通りに動かない事を前提とした作戦だ。

今回の魔人の行動が、あの男にとっては大きく想定外でなかった事には恐れ入る。


ウムル王の覚悟は、最初から俺などよりも上だったという事か。


「ウムルにとっても、帝国が無くなる事はそれだけ都合が良い、という事なんでしょうか」


相棒が俺の呟きに応えるが、それはおそらく違うだろう。

勿論都合が良い事は間違いないが、有るよりは無くなった方が良いという程度の話だ。

ウムルの力を考えれば、帝国が有ろうが無かろうが何の問題も無い。

相棒もそこが解っているからこそ疑問の形で口にしたのだろう。


「タダ潰すだけで良いのであれば、こんな回りくどい真似はせんだろうよ」


ただ帝国を潰したいというだけならば、おそらく今のウムルなら簡単に潰せる。

それをしなかったのは、ウムルを帝国と同じ国にしない為だ。


他国の事を顧みず、蹂躙し、取り込み、支配する。

そんな国にしたくが無い故に、ウムル王は自国領土の拡大を望まない。

まあ、拡大する必要が無い程の領土が有るので、侵略なぞ支配欲でもない限り無駄な訳だが。


そして何よりも、中途半端に手を出した後の騒乱を考えての事だろう。

ここで流れる血を止めても、またすぐに血が流れる未来が見えている。

ならば流せる血は徹底的に流し、それ以上の流血を防ぐ。


結果としては効率は良い。だがそれは優しき王と呼ばれる男には不釣り合いな決断。

だとしても、ウムル王はもうその方法以外を取る気は無いのだろう。

既に血が流れた以上、半端な決着は絶対に許す気がないと。


「それにおそらく・・・ウムル王は帝国を潰すだけでは許してくれん様だ」

「どういう事ですか?」

「・・・そのうち解るさ。俺がその時まで生きていればな」


そう、生きていればすぐに解る事だ。そして俺は生きねばいかん理由が増えてしまっている。

仲間が・・・友人が体を張ってこの身を助けてくれたのだから。


「死なないで下さいよ・・・せっかく助かったんですから」

「解っているさ。あんなへまを何度もしたくはない。それに、してはいけない理由が有るしな」


忠義なんて言葉で飾る様な相手ではない。

立場としては部下だった。従者だった。平民だった。

だが、何が有ろうと傍に居てくれた友人達。俺が心許せる仲間達だった・・・!


「人が死ぬ事を静観し、人を殺す気で動き、それでありながら自身の大事な者が奪われれば恨みを抱く。いたく矛盾した思考だとは認識している。だが、それでも許せるものかよ」


最低でも、魔人を殺すまでは死ねん。死ぬわけにはいかん。

友の仇を討つまでは、絶対に。


「彼等とも・・・戦わなければいけないのでしょうか」

「連れて行かれた以上、兵となって向かって来る可能性は大きいだろうな」


出来ればこの手で殺してやりたい。開放してやりたい。

だが俺ではあいつ等に絶対に勝てないだろう。

父があれだけ強かったのだ。あいつ等が死体兵となって弱い訳がない。

元々勝てない俺では手も足も出ない。悔しいがそれが現実だ。


「魔人の出現は想定外だったが、好都合だと思っていた。だが、考えが甘かったな」


本来の策よりも悉くが都合良く進んでいた。

父は討たれ、兄弟達が先に攻められ、兵は消耗すれども戦えない民は避難させている。

幾らかの民は戦いに駆り出されたが、それが逆効果だった事が一番都合が良かった。

都合が、良すぎたんだ。


「都合の良い話には裏が有った訳だ。結局のところ俺も愚兄達と変わらんかったという事だな。全く情けない。本当に・・・情けない」


俺が早くに気が付いていれば、こんな事にはならなかった。

余りに都合の良い状況が続く事に目を曇らせていなければ、もっと頭を回していれば友は死ななかっただろう。

兵達も俺を守る為に引けない戦いをする必要なぞ無かったし、民達に危険を与える事も無い。


「殿下・・・私達は―――」

「すまん、相棒。頼む、その続きは言うな。せめて、お前だけでも生きていてくれ」

「・・・殿下」

「ははっ、ここまで気張って来たつもりだったんだがな。やはり、友の死は堪える」


帝国を亡ぼす一番の理由はこの国が嫌いだからだ。単純にそれだけの理由だ。

けど、もっと自由な国で友を過ごさせてやりたいという想いも勿論あった。

いや、友だけの話ではない。

友の家族や子供達が、こんなクソみたいな国で過ごさなくて良い様にと思っていた。


「最後に全ての責を背負って死ぬ事になっても、俺はお前達に生きていて欲しかった」


帝国を崩壊させた男として死ぬ事は覚悟していた。

それだけの事をしようとすれば、綺麗事では済まない血が流れるのだから。

周辺の国にも間違いなく影響は出る。


だからこそ最後に綺麗に締めて貰う為に、ウムル王に協力を頼めた事は大きかった。

きっと俺の死後も、仲間達に悪い扱いは無いだろうと、そう思っていたのに。


「せめて、お前は死なないでくれ、相棒」

「・・・解っていますよ。だから、貴方も死なないで下さいね、ヴァイ」

「勿論だ。だからこそ、やってやろう。ウムル王の策に乗ってやるとするさ。良い様に使われてやろう。少年に拾って貰った命の恩を返す為にもな」


俺が生きている事で救えるものが有る。

少年が拾った命はただ俺だけの命では無い。

生き残った兵と、避難させた死ぬかもしれなかった民達。

彼はそれだけの大量の命を救ってくれたんだ。


そしてそれはウムルと少年が居なければ実現しない物だった。

あの時少年が石をくれなければ。ウムル王が協力を了承してくれなければ。

ここに来た人間がアルネ・ボロードルでなければ。俺が死んでいれば。


何が欠けても今の状況は有りえないし、少年には感謝してもしきれない。

ならば操り人形にでも何でもなってやろう。その代わり――――。


「―――兄弟達は、確実に殺す」


それが、現状俺が出来る唯一の仕事だ。

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