第671話皇子の状況確認ですか?
意識が覚醒し、暫くはぼんやりと天井を眺めていた。
だが目が覚めたという事を認識して、勢い良く体を起こす。
意識が戻ったという事に、そして体が起こせた事に驚きながら。
「・・・何故、生きている・・・まさか・・・!」
まさかと思い、慌てて胸に手を当てる。
それは死体兵となって起き上がったのではと危惧しての行動だったが、その考えとは裏腹にしっかりと心臓は動いていた。
間違いなく、この体は生きているらしい。脈も規則正しく巡っている。
「あの傷で、助かった?」
誰が着せたのか解らないが、上着を脱いで腹を確認する。
父に刺し貫かれたどころか、がっつりと抉られたはずの腹。
だがそこには古傷は残っているものの、あの大きな負傷を治したような後は無かった。
まるであの時の負傷だけが無かった事にされたかの様に。
「どういう、事だ。一体どうなっている。あそこからどうやったら助かるというんだ」
混乱した思考のまま周囲を確認し、自分が自室で寝ていた事にそこで気が付く。
意識を失ったところから状況が飛び過ぎていて、何が起こったのかさっぱり解らん。
「落ち着け、慌てても何も始まらん・・・いったん冷静になれ・・・」
あの傷は間違いなく致命傷だった。だというのに確かに俺は生きている。
あれが夢だったとでも言うのか?
いや、それは無い。少なくとも今の格好で寝た覚えは無い。
となると、あそこから誰かに治療されたというのが現実的だろう。
・・・相棒、だろうな。おそらく石をあの場で使ったのだろう。俺を助ける為に。
そしてウムルの者達が来て、瀕死の俺を治療した。
現状はそれぐらいしか納得いく理由は無いな。
あの傷を治療出来る程の魔術師・・・セルエス・ウムルか?
彼女なら可能性は有るだろうが、だとしてもここまで傷痕なく治せるのだろうか。
もし治したのだとしても古傷だけが残っているのが不可解だ。
しかし、呼んでしまったか。兄弟達が死ぬ前にウムルの応援が来てしまった。
これでは予定通りに進める事は出来んな。
とはいえ相棒を責めるのはお門違いだろう。本来は最後まで俺が全うすべき事だ。
死して相棒にあのような思いを託すは、ただ重荷を押し付けただけだ。
・・・いや、待て。それよりも何故父は俺を殺しにやって来た。
どの道殺すつもりなら、兄弟達をやってからでも構わんはずだ。
態々俺を先に殺しに来た理由は何だ?
あの時の父は確かに父だった。会話していて他人だとは感じなかった。
という事は父は確かに意識が有り、記憶も有るという事なのだろう。
となれば、その記憶は父を操っている魔人も知るところのはずだ。
「・・・ウムルの横やりが入るのを嫌った?」
父もウムルの脅威は知っている。
そして俺が密かにウムルと繋がっていた事も知っていたのかもしれない。
兵隊が増える前にウムルの人間が攻めてくれば、魔人を容易く討伐出来る可能性が有る。
もし知らなかったとしても、俺があの二人が死ぬまで手を出さない事は確信している筈。
何かしらの手を打つ前に確実に潰された、という事かもしれんな。
そして俺の抱える人間を兵隊にするつもりだったのだろう。
となると、兄弟達がまだ生きている事も頷ける。
壊滅しない様に、態勢が整えられる様に、兵隊が逃げないように、頭を潰さずに少しずつ削っていたのだろう。兵隊を確実に増やす為に。
全く丁寧な仕事だ。思惑通りに兄弟達は動いているのだろうよ。
それならば魔人が帝国内でしか活動しなかった理由も納得がいく。
他国に攻めればウムルに手を出させる理由を与える事になるだろうからな。
帝国内を完全に壊滅させる為に、なるべく人間を逃がさない様に、ゆっくりと飲み込もうとしていたのだろう。
あくまで想像でしかないが、的外れな考えでは無いとは思う。
「とはいえ想像は想像。現状を確認せねば―――」
とりあえず誰か探しに行こうと扉に向けて足を出すと、俺が手を伸ばす前に扉は開かれる。
そしてその向こうには、目を見開いた相棒が立っていた。
「ああ、お前か。丁度良い。相棒、一体どげふっ」
「ヴァイ! ヴァイ! 良かった! 目を覚ました!!」
鳩尾に思い切り体当たりを食らい、息が出来ない。
俺の胸で泣きじゃくるのは良いが、締め付ける力が強すぎる。
折れる折れる。息できないし力が入らないし抵抗出来ない。
お前本当に、その細い体の癖に何でそんなに力が強いんだ。
「がっ、げふっ、げほっ、かっ・・・!」
「良かった・・・本当に助かって良かった・・・目が覚めて良かった・・・!」
感慨深そうなところ悪いんだが、もう一度気絶しそうな事に気が付け。
呼吸が上手く出来ん。このままだと無駄に気絶する。
こら、相棒、良いからちょっとのけ。助かって嬉しいのは解ったから。
「落ち着け。殿下が不味い事になっているぞ」
「へっ、え、あ、す、すみません!」
「―――げほっ、げほっ・・・!」
良かった。やっと解放された。誰だか知らんが助かった。
むせながら相棒に声をかけた者を確認すると、そこにいたのは帝国の人間ではなかった。
アルネ・ボロードル。一応助けを頼んだ際即座に来る予定の一人だ。
やはり、ウムルが俺を助けたという事か。
「けほっ・・・けほっ・・・助かった、アルネ・ボロードル。状況を教えて貰えるか?」
「冷静だな。どこから話せば良い?」
「けふっ・・・全てだ。正確に状況を把握したい。ある程度の想像は付くが、あくまで想像だからな。思い込みで動いては碌な事にならん。ウムルはもう殲滅に向けて動いているのか?」
「その様子だと半分は言う必要が無さそうだが・・・先ずウムルはまだ動いていない」
ウムルが関わったのならば、そのまま殲滅に入ったのではないのか。
いや、俺の意識が戻るのを待っていたのかもしれんな。
勝手に帝国での戦闘をすれば、たとえウムルと言えど立場が悪くなる。
あの兄弟達が助かれば尚の事だ。
しかしこの男、前に見た時と雰囲気が違う。
見た目は同じだが中身が別人のように感じる。
まあ良い、今はそんな事は気にしても仕方ない。
「俺が居る理由は語らずとも解るだろうから、殿下が助かった理由を伝えよう。結論から言えばタロウのおかげだ。ボロボロになりながらも治した結果、貴殿は助かった」
「少年が? ボロボロになりながらとはどういう事だ?」
「貴殿は死んでいた。いや、タロウに言わせればギリギリ生きていたらしいが、少なくとも魔術で治せる状態ではなく、俺の目からは死んでいた。助けられたのはタロウだからだろう」
「・・・どういう事だ?」
ボロボロになりながらの治療というのが良く解らない。
効果が無いならばともかく、魔術に長けているはずの少年が何故そんな事に。
「今言った通りだ。貴殿はどう見ても死んでいた。それを無理矢理助けた代償だろう。あれはまともな業じゃなかったからな」
「っ、少年は、生きているのか・・・?」
「生きてはいる。重症だったが傷は治療出来た。ただし見えない負傷がどれだけあるかは解らんがな」
「そうか、生きている、か」
ならば、良かった。こんな愚か者を助け、前途ある少年が死ぬ様な事は有ってはならない。
負傷しているらしい事は気がかりだが、今は続きを聞こう。
「負傷したタロウはイナイと共にウムルに帰還。俺は一人残り事情を聴き、即時対処が必要と判断して皇帝近衛兵の下へお前達を抱えて向かい、近衛兵達を殲滅。ただその場に皇帝はおらず、数人の近衛兵もどこかで生きているだろう」
「あそこから戦場に間に合ったのか?」
「完全には間に合っていない。指揮官クラスの死体が無かった」
「―――っ、そう、か」
あいつ等は、友は、死んだのか。馬鹿共が。
逃げればよかったんだ。死ぬまで戦う必要なんてなかっただろう。
最後の最後まで、俺を助けようとしやがって・・・!
「続けるぞ。良いか?」
「ああ、頼む・・・」
「皇帝の意識と記憶が有ると聞き、指揮官が攫われた事で民の避難場所が知られる恐れがあった。なので避難民を本来の避難場所から急遽移動させる必要が有る」
「今それをやっている所、という事か・・・俺が助からなければ、きっと民は皆殺しだったろうからな。貴殿が対処してくれるだけでも十分な対応だ」
俺が死ねば、帝国とウムルの繋がりは無くなる。
そうなればあの兄弟が生きていて、その上他国に手を出さない魔人に攻撃する理由はない。
そのまま帝国全てが呑まれ、魔人が他国に動き出して初めてウムルは動く。
少年には感謝せねばな・・・。
「問題は魔人と俺の相性が悪いというところだな。死体に記憶が無いのならば良いのだが、こうなると中々に厳しい。タロウ達が居ればもう少し楽だったんだか・・・」
「む、何故だ?」
「俺が出来る事は武具を作る事と接近戦だけだ。魔術は余り得意では無い。故に応援が必要でもいちいち移動に時間がかるし、同時に進行されると対応し難い。数で攻められると時間もかかる。今は移動中の避難民と魔人の死体兵が会わない事を祈るしかないが・・・」
「ウムルからの応援は多少でも望めないのか?」
「貴殿がいつ目を覚ますか解らなかったからな。目立つ動きをし過ぎて、貴殿が目を覚ます前に他の皇子や他国が口を出して来たら面倒だ。俺が動いた事はまだ貴殿達と魔人しか知らん」
成程、全部俺のせいか。悠長に寝ていたせいで初動が遅れているのか。
だがそれならば話が早い。事ここに至っては最早あの二人が死ぬまで待つという選択肢は無い。
即座にウムルには動いて貰い、魔人の討伐を優先するしかない。あれは性質が悪い。
死体に意識が無いならともかく、意識があるなら早急に対応しなければ不味い。
もし死体兵が民や兵の中に紛れ込めば、大変な事になる。
本体を早く叩かねば事は帝国崩壊などでは済まない。
・・・下手をすれば、既に紛れ込んでいる可能性も有る。だからこそ急がねば。
「避難民は何処に動かすつもりだ? 一旦ウムルに逃がしてくれるのか?」
「いや、貴殿の目的を果たさせる為にも、そういう訳には行かんだろう」
「なに・・・? 一体どういう事だ」
「我らが国王陛下は、一度血が流れると解った上で決めた事を、中途半端に曲げる気は無いという事だ。喜べ帝国第二皇子。ウムルは本気で帝国を潰す気だぞ」
喜べという言葉とは裏腹に、背筋が寒くなる程真剣な表情で、アルネ・ボロードルは宣言した。
帝国を、潰すと。
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