第669話本物の化け物ですか?

領地に近づくと彼は速度を緩め、走りながら周囲を確認し始める。

街に人の気配は無い。おそらく避難は無事済んだのだろう。


「戦場になっている場所は何処だ」

「方向的にはあちらですが、まっすぐに向かう道はありません。道案内を―――」

「悠長に道を走って行っては時間がかかる。飛ぶぞ。ちゃんと皇子を抑えていろよ」

「―――は、はい」


問う事を許されない断言から、殿下を抱きしめて自分も身を丸める。

すると彼はここまで走って来た脚力をもって高く飛び上がり、家屋の屋根を足場に目的地まで一直線に向かっていく。

ただそれは「軽やか」と言うにはいささか力強すぎる移動だった。

彼が踏み込む度に足場にされた家屋の屋根が、時には家屋そのものが粉砕している。


「すまんが、これも必要経費という事で許してくれよ、ブルベ」


彼はそんな事を呟きながら、ここまで走って来た時と遜色ない速度で移動を続ける。

そしてその速度で移動していれば当然、あっという間に戦場に辿り着いた。

彼は戦場の上を通過し、速度を殺す為に何度か家屋を蹴り壊しながら止まろうとする。


彼は最終的に一つの家屋を完全にぶち抜いて、それをクッションにして止まった様だ。

私達は止まった事による衝撃は受けたものの、彼がしっかりと抱きとめてくれていたおかげで特に問題は無い。

むしろこんな無茶な止まり方をして、彼に怪我がないのか心配になる。


だが彼はけろっとした様子で立っており、軽やかに移動をして戦場近くに降り立つ。

そして私達をゆっくりと地面に降ろした。

余りにも突然で無茶苦茶な乱入者の存在に、そこに居る誰もが彼に視線を向けている。


「まだ、生きている者が居た。間に合った・・・!」


そこに居るのは死体兵となった皇帝の近衛兵達。

そして大量に倒れた仲間達の中、まだ生きて戦っている兵達の姿だ。

完全に間に合ってはいない。それでも、まだ間に合った。

彼等が全滅していないという事は、皇帝達はまだ避難した民を襲撃しに行けていない。


「その様だ。しかしこれだけの事になっても目を覚まさんとは、図太いな、この男」

「さ、さっき迄死にかけていましたから」


確かにここまでの移動で目を覚ましそうなものだが、殿下は全く起きる様子が無い。

呼吸は落ち着いているし、心臓の鼓動も脈もしっかりしている。

それでも先程死にかけていた事実に、本当に助かったのか不安になる。

大丈夫だとは思いたい・・・早く目を覚まして、ヴァイ。


「ズヴェズ様! 何故お戻りになられたのですか! まさか、殿下は・・・!」


兵の一人が叫ぶ。良く見ると残っているのは指揮は出来そうにない者達だけだ。

それでも彼らは戦っていたのか。戦ってくれていたのか。

仲間達は、友は、皆、死んだのか・・・これを殿下に伝えるのは、とても心苦しい。


「殿下は生きている! 大丈夫だ! 戻って来たのには理由が有るが、先ずは連中を蹴散らすのが先だ! お前達は下がっていろ! これ以上死人は増やさん! こちらにはウムルの英雄が、アルネ・ボロードルがついている!」


叫んで兵達に指示を与えると、彼らは少し戸惑いつつも近衛兵達から身を引いた。

近衛兵達は引いて行く兵を追いかける様子を見せず、視線はアルネ・ボロードルに向いている。

兵の移動の音以外、何も聞こえない。つまりここに居る兵以外は戦っている者は居ない。


・・・いや、まて、何かがおかしい。

たとえこちらは軍隊規模とはいえ、彼ら近衛兵は部隊規模。

戦う場所を移動させておらず、これだけの死体が在る。

だというのに、兵を指揮する立場の人間の死体が一体も見当たらない――――。


「死体を、持ち帰られている・・・それに、皇帝が居ない・・・!」

「成程、皇帝が見当たらんと思ったがそういう事か。指揮官クラスを死体兵にする為に連れ帰ったんだろうな。幸いはこの場で死体兵が増えない事か。どうやら操っている死体達から死体兵を作る、という事は出来んようだな」

「ですが、早く対処しなければ!」

「解っている。だがまずは連中をどうにかしないと始まらんだろう」


彼は冷静にそう口にすると、何処からか二振りの剣を取り出した。

イナイ・ステルも同じ様な事をした報告を聞いている。

恐らく彼女かアロネス・ネーレスの技術による携行道具が存在するのだろう。


その剣は二振りとも両手剣でありながら、彼の巨躯のせいで片手剣に見えてしまう。

彼は両手剣をどちらも片手で軽々と持ち、近衛兵達に自然体な様子で歩いて行く。


「お前達にも意志は有るのか?」


彼は近衛兵達にも意志が有るのかどうかを問うが、彼らはそれに応えずに剣を構える。

目がしっかりと彼を捕らえているので意志が有る様にも見えるが、彼らが口を開かない以上実際のところは解らない。


「どうやら問うだけ無駄な様だ。ならば手早く済ませるか。数も少ない様だしな」


数が少ないという彼の言葉に、侮り過ぎではないかと内心思った。

確かに彼は強いのだろう。だがそれは普通の人間相手の話だ。

連中は皇帝の近衛兵であり、尚且つ今は死体兵として強化されている。


甘く見過ぎだと、そう、思った。思っていた。


「――――な、あ」







――――風と閃光が、近衛兵達の間を通り抜けた。








そうとしか表現が出来ない程の異常な光景。

彼が言葉を発した後、近衛兵達の間に一瞬風と光が走った。

そして気が付くと彼は近衛兵達の背後に立っており、直後に衝撃音が響く。

彼が元居た場所と、どうやら踏み込んだらしき場所が粉砕していた。


「どの程度切り刻めば行動不可なのか解らんが、これぐらいやれば良いだろう」


そう言うと彼は剣を仕舞い、彼の声に反応して近衛兵達は背後を振り向く。

だが、彼らにはそれすら叶わない。


「これが・・・英雄、アルネ・ボロードル・・・!」


目の前の光景に、思わずそう口に出た。

近衛兵達がバラバラになって崩れていく。

振り向く動きによって、切り刻まれた箇所がズレていく。

なす術なく、例外なく、全ての者達が完膚なきまでに切り刻まれている。


何も見えなかった。ただ光が走った様にしか見えなかった。

おそらくあの光は剣を振った光の反射。あの風は彼が走り抜けた衝撃。

これがウムルの英雄。これが単独で軍隊を撃破する存在。


先程までの化け物じみた移動も、抱いている私達を気遣って加減をしていたのだ。

いや、体力を温存していた可能性も有る。

全力で動いていざという時戦えないでは意味が無い。

けど、だとしても、余りにも生物としての存在が違う。



これが、本物の、化け物・・・ウムルの八英雄・・・!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る