第667話久々の英雄の顏ですか?

「おい、タロウ! おい、反応しろ! 起きろ!!」


治癒魔術を全力でかけながら、反応を返さなくなったタロウに呼びかける。

さっき一瞬応えた様な気がしたがそれ以降反応が無い。

一応呼吸もしているし脈の流れも正常だ。多分体自体は大丈夫だとは思う。


けど、こいつはさっきの無茶をする為に確実に仙術を使っている。

意識があるならまだ良いが、意識が無いと次の瞬間どうなってるか解らねぇ。

いきなり心臓が止まるんじゃないか等と思ってしまって、魔術を解く事が出来ない。


「こういう時、タロウやシガルみたいに二重魔術が気軽に使えりゃ良いんだが・・・!」


二人が使っているのを見て、あたしも練習をしなかったわけじゃない。

使えない訳じゃ無いが、制御に気が行き過ぎて普通に魔術を使った方が良い結果になる。


別の魔術を同時に使う事はあたしだってそれなりに出来る。

元々魔術は鍛えているし、魔導技工外装を操るには高い技量が要った。

その経験があるから竜の魔術も使えた様なもんだし、今は二種類の魔術を同時に使う事だって当たり前にやっている。


だけど同じ魔術の重ねの場合は、たとえ引き出す力が違う魔術とはいえ、気が付くとどちらかに制御が引っ張られてしまう。

結果として魔力だけを無駄に使い、普通に全力で治癒魔術をかけた方が効果が出る。

なら最初から全力で一つの魔術を限界まで使った方が効率も効果も良い。

軽くならあたしでも出来ない事は無いが、さっきの負傷に軽い魔術なんて使っていられない。


「タロウ! 起きろ! タロウ!!」


叫びながら声をかけるが、タロウは完全に意識が落ちている様だった。

やはり仙術の反動が大きいんだろうか・・・ん、まて、仙術?


「やべっ!」


慌てて魔術を解いて服を剥ぎ、血を拭いて目で見て解る異常が無いかを確かめる

見た所外傷は全て塞がっているし、顔色もそこまで悪くない。

心臓の鼓動はいつも通りだし、呼吸もしっかりしている。


「仙術の反動、完全に忘れてた」


どこまでの無茶をしたのかはやった本人にしか解らんが、今までの経験上魔術は間違いなく激痛を伴っているはずだ。

さっき返事をしようとしたのに出来なかったのは、もしかすると痛みで気絶したんだろうか。

けどあそこで治癒を止める訳にも行かなかったしな・・・。


「大丈夫・・・うん、大丈夫だ。ちゃんと動いてる」


心配が消えた訳では無いが、タロウの胸に耳を当てて自分に言い聞かせる様に口にする。

そう言わないと、声に出さないと不安で堪らなくなりそうだった。

タロウの胸に手を当てたまま頭を上げ、第二皇子を抱きしめている彼に声をかける。


「ふぅ・・・さて、ズヴェズさん、でしたよね。彼が何故こうなったのか、事情を説明して頂けますか? 私共の把握している限りでは、彼が戦場に立つ予定はまだ無かった」

「ひぐっ、うぐっ・・・んくっ、ふっ、ふぅ・・・はい、お話します」


彼はまだ泣いていたが心を押さえつけ、声は少しおかしいが普通に応えられる様にした。

場数を踏んでいるらしいだけあって、感情の制御自体は下手ではないらしい。

恐らく第二皇子は、そんな彼が泣く程に大きい存在なのだろう。


「我々は当初の予定通り、魔人と他の皇子達の戦闘を傍観。戦闘に巻き込まれない為の民の避難も進め、他の領地から逃げた者達の受け入れなどもして、準備だけを勧めていました」

「ならばなぜ、彼はあの様な重症に? 戦場は彼の領地からは遠かったはずですよね?」

「魔人の死体が、意志を持っていました。それまで意志を見せなかった死体が、意志を持ってやって来た事で不意を突かれました。皇帝陛下の死体に殿下は斬られたのです」


勘弁しろ。知りたくなかったぞその事実は。

意志を持たねえ死体じゃないのか。厄介すぎんだろ。

こうなると、タロウが使い物にならなくなったのは良かったかもしれない。


「成程、父が生きていたと領地に迎え入れ、それが死体であったと・・・一つ質問なのですが、皇帝陛下は会話がきちんと出来ていたのですか? 本人だと認識出来る程の会話が」

「少なくとも、殿下は会話内容に違和感は持っても、あの方が皇帝陛下ではないという判断を下した様には見えませんでした。だからこそ、あんなにも接近してアッサリと斬られてしまった」


となると、第二皇子の領地がかなり不味い事になる。

もしその会話が操っている魔人の言葉であれば避難民は助かるだろう。

だがそうでないならば、新しく出来た死体達が第二皇子の行動を魔人に教える事になっちまう。


わざわざ他の皇子を措いて狙って来たって事は、何かを企んでいる事を知っていて、先に潰そうとして来たって事だ。

なら真っ先に狙われるのは皇子が逃がした連中だ。守りたい連中だ。

この懸念が杞憂なら良いが、もし的中してるなら今すぐ動かないと間に合わねぇ。


「どうする・・・!」


今すぐ行った方が良いのは解ってる。解ってはいるが、タロウをこのまま放置は出来ない。

もし意識が有ったとしても、今のタロウは殆ど役立たずだ。

それにこのまま放置して本当に目が覚めるのかどうかが解らない。

今回使ったのは普通の魔術じゃない。明らかにあれは以上だった。このまま放置は怖い。


「イナイ、心配ならばミルカに見て貰いに行け」


タロウを心配するあたしを見て、アルネが静かにそんな事を提案して来た。

だがそれには無許可で国境を越える必要が有るし、身重のミルカに迷惑をかける。

あいつはもう暫くすればガキが生まれる頃合いのはずだ。


「いや、だが―――」

「非常事態だ。国境の事は気にするな。タロウの価値を考えれば後で幾らでも言い訳が利くし、ブルベも力になる。ミルカも少し見るぐらいなら負担にはならんだろう。いや、負担になるとしても、行かなければあいつはお前を叱るぞ。お前の妹分を舐めるな」


あたしが心配した事を、内容を聞かずに全て応えるアルネ。

何時も雑で適当なくせに、こういう時だけきちんと大人をやりやがる。

本当はまともに他の事もやれるくせに、わざと手を抜きやがって。


「ここは俺に任せろ。皇子が死んでいたなら中々面倒な事になっただろうが、幸いタロウのおかげで生きている。後は大人の仕事だ。若者を守ってやるのが年長者の仕事だからな」

「・・・普段からそれぐらい頼りになると私としては大変頼もしいのですが? 後私はもう子供ではありません。貴方とはそこまで年齢差もありませんし」

「ははっ、普段多少気を抜いているから、いざという時力が入るんだ。それに七歳差は大きな差だと思うぞ? お前がよちよち歩きの頃に俺はもう剣を打っていた」

「全く貴方は・・・すまねぇ、言葉に甘える。頼んだぜ、アルネ」


礼と後の事を素直に頼むと、アルネは力強く頷いて見せた。


「アルネ・イギフォネア・ボロードル、久方ぶりに本気で暴れてやろう」


そして久しぶりに見る英雄アルネの姿に安心し、ウムルに転移した。

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