第666話ルールを越えた先へ!

このまま彼の体を治しても確実に助からないが、とりあえずは治してしまいたい。

先ずは元の形に戻さなきゃ話にならない。

彼の体は明らかに助からない状態で、内臓もぐちゃぐちゃ過ぎる。

このまま放置していてもどんどん死が近づくだけだ。


見た所大量に血を流しているのに、周囲に血の垂れた道の様な物が無い。

という事は転移で逃げた可能性が高く、この負傷だと下手をすればその場に臓器を落としている可能性が有る。


俺は医者じゃない。内臓を多少は理解していても、正確な把握なんてしていない。

それに呼吸と心臓が止まって、脳がどうなっているかも怪しい。間違いなく血も足りない。

なら治すんじゃなく、直すつもりで行く。無理矢理、彼の形を戻す。

治癒じゃない。修復だ。元の形に直す!


「ふっ!」


魔力の消費を無視し、最初から全力の疑似魔法で彼の体の修復を試みる。

だが、あまり効果が無い。全力でやっているのに直る気配が殆ど無い。

ただただ魔力だけが膨大に消費されていく。

相変わらず消費が馬鹿みたいだ。普通に使っても二乗魔術といい勝負の消費量なのが辛い。


治癒魔術は死者には効かないと、樹海に居た頃に誰かから教えられた覚えは有る。

勿論今まで死者に治癒魔術をかけた事が無いから実際には解らない。

とはいえ師匠達の言葉だ。あの凄まじい魔術の使い手達の言葉なんだ。

恐らく本当に効きはしないのだろうとは思う。


だからこそ、これだけ全力でやっているにもかかわらず直る気配が無いんだろう。

俺の目にはまだかすかに生きている様に見えても、世界的には彼は死者なんだ。

疑似魔法なら体の修復程度は行けるかと思ってだったが、この程度じゃ駄目か・・・!


「タロウ、止めなさい。彼を期待させるべきではありません。貴方は治癒魔術だけなら私達に届く力量です。その貴方がそれだけ魔力を使って変化がないんです・・・気持ちは解りますが諦めなさい。これ以上は彼らが可哀そうです」


隠匿系の魔術を使わない全力魔力使用でも変化がない事で、イナイが俺を止めようとする。

けどそれには頷けない。今回ばかりはイナイの言葉でも諦められない。

精霊石を三つ取り出して飲み込み、今度は二乗で疑似魔法を使って修復を試みる。


「ぎっ・・・!」


仙術を使ったにもかかわらず、体が軋む感覚を覚えて口から呻きが漏れた。

その上予想以上にゴリゴリ魔力が減って行く。

疑似魔法の二乗なんて強化以外で使ってないから目測見誤った。

精霊石三つ程度じゃ全く足りないし、負荷がおかしい。けど――――!


「治って、いる? まさか本当に治せるのか?」

「そんな、いや、これは・・・!」


アルネさんが驚いた様に呟き、イナイも驚いているのが解る。

順調とは言い難いが、二乗で使ったおかげか臓器が直っていっている。


「これは・・・魔術じゃない。魔術じゃこんな風には治せない・・・!」


イナイの言葉の真意は正直俺には解らない。

これだけ重症の人間を治すのは始めてだし、治る状態だとしてこんな風に治るのかどうか。

今彼の体は、おそらく現地に落として来たのであろう臓器が出来上がりつつある。


修復されたというよりも、無から無理矢理作った様に出来上がって行く。

切断されたのであろう背骨も、きちんと繋がる様に新しい骨が作られている。

ただそれも酷くゆっくりな上、臓器や骨が完全修復されていないせいなのか他の傷が塞がっていく気配は無い。


「ぐっ、の」


頭がくらくらする。二乗魔術を使う時よりも明らかに負担が大きい。

なにか大事な物がそぎ落とされるような、気持ちの悪い感覚が体中を襲っている。

それを無視して精霊石を八つ取り出して飲み込み、疑似魔法を使い続ける。


「お前・・・! 馬鹿、止めろタロウ! 今自分がどうなってんのか解ってんのか!? このままじゃお前が死ぬぞ! 今すぐ止めろ! 止めろって!」


イナイが焦った様子で、完全に素に戻って俺に止める様に叫ぶ。

勿論解ってるさ。仙術でも誤魔化せない程の負荷が体にかかっている事ぐらい。

どれだけ頑張っても誤魔化し切れなくなってきて、それどころか体中が破損し始めている。


目から血が出て来て前が見にくい。大量に血管が切れている。

内臓の何処がやられたのか知らないが、血がせり上がって来て吐いてしまった。

霞んだ視界なせいで本当に治っているのか自信が持てなくなりそうだ。

けど、何となく解る。彼は直っている。治っている・・・!


微かだが、それでも手ごたえを感じて修復を続行する。

するとイナイは止める気がない事を感じとったのか、俺に治癒魔術をかけて来た様だった。

だが殆ど効果が無い様に感じる。彼女の治癒魔術を何かが打ち消している。


「ごめ、なさい・・・ひぐっ、いい、です、もう・・・ありが、とう」


耳は何とか聞こえているので、ズヴェズさんがそんな事を言ったのが入って来た。

まだ泣き止めていないが、先程よりは落ち着いている様だ。


「こ、の、ままじゃ、ひぐっ、貴方、まで・・・死んでしまう・・・気持ちは、嬉し、かった・・・もう、結構、です」

「タロウ、聞こえているか? もう止めろ。明らかにそれはまともな魔術じゃない。このままでは彼の体が治る前にお前が死ぬぞ。イナイが本気で心配しているのが解るだろう」


俺の惨状に彼は諦めと礼の言葉を口にし、アルネさんも止める様に言って来た。

良く見えないが、きっとイナイは泣きそうな顔をしているに違いない。

この状況だ。止めても誰も責めないし、止めるべきだ。

きっとそれが正解なのだとは思う。本当なら彼を治す事なんて出来ない事なんだろう。


今体にかかっている負荷は、おそらく二乗の疑似魔法を使い過ぎている反動じゃない。

疑似魔法で出来る範囲を越え始めている反動だ。俺が出来る範囲を超えている反動だ。

世界のルールを無視して、出来ない事を、やっちゃいけない事をやろうとしている。

明らかに逆らっちゃいけないモノに逆らおうとしているんだろう。


「――――イナイ、ごめん」


けど、それでも止める気は無い。

心配かけていると思う。今の君はきっと瞳に涙が溜まっているのだとは思う。

それでも、やらせて欲しい。意地を通させて欲しい。

助けられたはずの人を、助けられるかもしれない人を助けさせて欲しい。


『世界のルールなんて知った事か』


日本語で、魔術詠唱をする様に、世界に語りかける。

お前の敷いたレールの上でしか行使出来ない物など知った事かと。


そして魔導結晶石を取り出して飲み込み、大量の魔力を補充。

制御ギリギリどころか、制御出来ているかどうか怪し過ぎる量の魔力が体中を駆け巡る。

本来ならキツイ状態だが、今はむしろ気つけになって良い。


『彼は、生きている。まだ生きている。生きているんだよ・・・!』


お前が死んだと判断しても、俺の目からは生きていると告げる。

だからお前も彼を生きていると認めろと、無理矢理ルールを捻じ曲げさせる。

すると魔力の消費量が更に上がり、体の負荷も上がって行く。

最早仙術での負荷の誤魔化しなど気休めにもならない。全身を激痛が襲っている。


『俺の目からも死んでいるなら諦めてやる。けど、彼の生きる力はまだ残っている』


それでも諦める気は無いと、更に魔力の消費を上げて修復を進める。

もう結晶石の補充分が尽きかけているのを感じ、追加で結晶石を飲み込む。

本当にふざけた魔力消費量だ。結晶石が無ければ絶対に使えなかった。


『この人は助ける。絶対に助ける。お前がどう拒否しようが知った事か!』


もう目は見えず、耳も聞こえない。

体の感覚も大分怪しいが、浸透仙術のおかげで体勢を保てている。

いや、イナイが支えてくれているな、これは。目では見えないけど、気功で見える。

無理矢理引きはがす事も出来るだろうに、本当にイナイは良い女だ。


『あんただって、何かやりたい事がきっとまだ有るだろう。待ってる人が居るんだぞ。助かって欲しいって人が居るんだぞ。生きてるならちゃんと最後まで足掻け・・・!』


ヴァイさんに語りかける様に言うと、彼の気功が強くなって来るのを感じた。

彼の体に正常に気功が回りつつある。命の力がきちんと働きつつある。


あと少し、あと少しで何とかなる。

けどその後少しが遠い。体の負荷がそろそろ限界近い。

無理矢理保たせているけど、本当なら既に魔力制御すら出来ない状態だ。

だから、最後の仕上げの為に、結晶石をもう一つ飲み込む。


『死者蘇生なんて大層な事をするわけじゃない。生きている人間を、生きようとしている人間を助けるだけだ。治すだけだ。だから・・・てめえはいい加減言う事聞きやがれ!』


世界に向けて叩き伏せる様に叫び、言葉に魔力を乗せ、三乗で疑似魔法を使う。

魔術ではない魔術行使。魔法に届かない中途半端な疑似魔法。

それも使い方は目茶苦茶過ぎるし、明らかに自分の身の丈に合っていない。


「がっ、はっ・・・!」


故にたった一瞬で制御出来なくなり、魔力も全て使い切ってしまった。

そのおかげか体を襲っていた負荷自体は消えてくれた様だ。

勿論負傷はそのままなのでかなりの重傷だが。


結局最後まで魔法もどきで、奇跡なんて言える様な代物にはならなかった。

どうやら俺に魔法の行使は無理らしい。

まあ俺が奇跡を起こせる魔法使いなんて似合わないし、当然と言えば当然だろう。

そもそも魔力補充しないと使えないって時点で色々と問題が有り過ぎだ。












それでも、届いた。助けられた。












死者を生き返らす様な奇跡は起こせていない。あれは確実に奇跡に届いていない。

ただまだ生きられるから、生きているから、何とか許して貰えただけだ。

ガキが無茶して大層に喧嘩を売ったのを、苦笑いで譲歩して貰った様なものだと思う。

そこまで頑張るなら、今回は許しておいてやろう、と。


「・・・ヴァイが、息、を、してる・・・いき、てる・・・」


イナイが治癒魔術を使い続けてくれていたらしく、目と耳が機能し始めている。

そのおかげでズヴェズさんの呟きが聞こえた。


体も治ってはいるのだろうけど、仙術の反動で目茶苦茶痛くなって来た。

むしろ三乗を使った反動で意識を失いかけていたのだが、痛みで目が覚めて来た。

あ、痛い痛い。めっちゃ痛い。イナイ魔術止めて、痛すぎる。


「っかやろう! 聞こえるか!? 見えてるか!? ちゃんと意識は有るか!?」

「~~~~っ、かっ・・・あ・・・!」


イナイの叫びに応えたいんだけど、安心したせいないのか痛みに抵抗してまで声を出そうとする事が出来ない。

まって、ほんとまって、あ、今度は痛みで意識が――――。

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