第664話予想外の訪問者ですか?

バタバタと誰かが走ってくる足音が聞こえる。かなり急いでいるな。何か有ったか。

そう思いつつも足音の主が部屋に来るまで待つと、ノックも無しにバァンと扉が開かれた


「殿下! 大変です!」

「どうした相棒、そんなに慌てて。愚兄と愚弟がとうとう死んだか?」


慌てて部屋に入って来たのは相棒で、その表情は言葉通り焦りの色が見える。

何処から来たのか知らないが、少し汗をかいている辺り全力で走って来たのだろう。

今こいつが焦る様な出来事となると、魔人が兄達を無視して俺の所に来るか、二人が予想外に早く死んだかぐらいだと思う。

だが今の所は魔人が急に進行方向を変えた様子は無い。もしあればすぐに連絡が来ている。


「その程度の事ではありません!」


その返事に思わず笑いそうになった。

勿論何か焦っているせいでの発言だとは思うが、帝国の皇子の死を「その程度」と言うか。

いやはや、相棒も中々言う様になった。

元々二人の事を嫌っているのは知っているが、平時ならば到底聞けん言葉だな。


「ではどうした。お前がそんなに焦るなど珍しい」

「・・・焦りもします。聞けばきっと殿下も多少は驚きますよ」


随分もったいぶるな。焦っているなら早めに内容を告げて欲しいのだが。

その想いが顔に出ていたのか、相棒はすぐに内容を口にした。


「皇帝陛下がいらっしゃいました。兵が今屋敷まで案内しており、もう暫くすれば到着します」

「生きていたか・・・!」


あの男、やはり生きていたか。死体を誰も確認していないからおかしいと思ったんだ。

魔人は死体を使役する。それならば父の死体も無ければおかしい。

父が戦場に出ていればすぐに気が付ける。何せあの馬鹿げた体格の持ち主なのだ。

それに父が死体兵になっているのなら、確実に戦場で猛威を振るっているだろう。


「近衛兵も皆連れて来ています。どうやら全員生存していたようです」

「はっ、やってくれる。愚兄は一体何を見たのか問い詰めたいものだ」


おそらく魔人に襲われた事自体は事実なのだろう。

だが殺された所は見ておらず、その後行方不明になった事から殺されたと言ったんだろうな。

その場に俺も愚弟も居なかった以上、その言葉の真実は誰にも解らない。


とはいえ父が生きていたという事は都合が悪いな。

本当なら愚兄の言葉が真実であった方が望ましかった。

しかしなぜこのタイミングで俺の所に現れたのか。余りに中途半端過ぎる。

父の考え方であれば、いっそあの二人が倒れてからの方が望ましいだろうに。


「どうされますか?」

「どうも何も、来ているんだろう? 会うしかないだろう」

「です、よね・・・」


俺の返事に相棒が表情を曇らせた。

何かを言いたそうにしているが、口を噤んでそれ以上は語る様子が無い。

恐らく何か思う所が有るが確信の無い事なのだろう。


「構わん、話せ」

「はっ、感覚的な物で申し訳ないのですが、何か様子がおかしいと感じました」

「様子が? 父のか?」

「皇帝陛下と近衛兵の両方です。明確に何処がおかしいのか説明は出来ないのですが、何か嫌な感じがしました」


嫌な感じ、か。こういう場合の嫌な感じは馬鹿に出来ない。

何時もと違う状況で、態々父が俺を訪ねに来た。その時点で既に何かがおかしいんだ。


とはいえ少なくとも今は父に逆らう姿を見せる訳にはいかん。

あの父の事だ、俺に会いに来る何かしらの足跡を残しているはず。

もしここで父を殺してしまえば都合が悪い。

せめて愚兄と愚弟が既に倒れていてくれたなら別だったのだが。


「解った、十分に気を付ける。だが会わずに帰すという事は出来ん以上、会うしかない」

「はっ」


相棒は俺の言葉に応え、扉から体をずらす。

そして父の下へ向かう俺の後ろをぴったり付いて来る。

もし父が何かおかしな動きをしようとも、相棒が居ればそうそう滅多な事にはなるまい。

たとえ近衛兵が相手でも、相棒と二人なら逃げるだけならばどうにかなる。

逃げてしまえば俺の部下達の方が質は上だ。近衛兵を全員殺せば流石の父も無茶はせんだろう。


そこで父が到着したと兵から報告が入り、出迎えに向かう。

すると確かにそこには父が、皇帝陛下がそこに立っていた。

だがしかし、確かに何かがおかしいと感じる。

何がと言われれば困るのだが、確かに相棒の言う通り違和感を感じた。


「父上、ご無事でしたか」

「貴様もやはり無事に生きている様だな」

「兄と弟が頑張っているようですので」

「ふんっ、あれも時間の問題だろう」


やはり父はあの二人を助ける気は無し、か。

俺のこの言葉にも一切感情を動かす様子が無い辺りは、流石に同情を禁じ得ない。

この男にとって俺達は肉親の情を向ける存在ではないらしい。


「貴様は戦場には出んのか?」


質問の意図が読めん。父ならば俺が出ない事など聞かずとも解るだろう。

いや、わざと確認をして来たのか?

何だ、一体何を考えている。


「出る意味が解りませんね。私は誰にも期待されておらず、化け物退治は兄と弟が自分たちでやると豪語しておりますし。私が行ったところで邪魔になるだけでしょう」

「良く言う。あれらを助けてしまうのが嫌なだけだろう、貴様は」

「まさかまさか。血を分けた兄弟ですよ?」

「ふんっ、半分、だろう」

「―――っ」


貴様が言うな! と、一瞬口に出かけたのを抑える。

目の前の男を殺したい感情を押さえつけ、いつもの様に笑みを作った。


「半分でも血は血でしょう。いや、心苦しいのですが、出て来るなと言われた以上はどうしようもありませんね。それに、父上もその方が都合が良いのでは?」

「そうだな、確かに都合は良い。本来ならな」

「本来なら? それは一体どういう事で―――」


腹に、衝撃が走った。そのせいで口が止まってしまった。

見ると俺の腹から剣が生えている。

違う、剣を、突き刺された。父の剣が俺の腹に突き刺さっている。


「かっ、かふっ」

「―――ヴァ、ヴァイット!」


腹から剣を抉る様に回しながら引き抜かれ、力無く崩れ落ちる俺を慌てて受け止めに来る相棒。

おかしい。何故だ。何故こうなっている。いくら何でもおかし過ぎる。

父が強いのは知っている。だが俺や相棒が抜くのが見えない程の技量では無かったはずだ。

躱す暇どころか、刺されてから抜いた事に気が付いた。


「ち、ちち、うえ、な、ぜ」

「答えは簡単だ、息子よ。この身は既に死体。そういう事だ」


―――――やられた。今までの死人達に意志らしい物を感じなかったから騙された。

父は、すでに死んでいる。あれは死んで魔人に操られている父だ。

まずい、これは不味い。あの強さは我が兵では倒すよりも犠牲の方が大きい。


「ヴァイット! 喋らないで!」


叫びながら相棒が治癒魔術をかけて来るが、相棒の腕ではおそらく治らんだろう。

相棒、叫び声が子供の頃に戻っているぞ。まるで女の様な声じゃないか。

良い歳の大人になったんだろうが。そんな情けない顔で泣くなよ。


「に、げろ、相棒、部下達も、出来る、だけ、にがせ」

「何言ってるのヴァイット! 貴方が生きてなきゃ、私は何の為にここまで頑張ったの!」

「ば、か、早く、逃げろ、ころ、される」


力の入らなくなってきている俺に縋る相棒の背後に、剣を抜く近衛兵たちが見えた。

こいつら全員が死体だとすると、どう考えても戦うのは不味い。

勿論連中を倒せないかと言われれば、きっと兵達皆でかかれば倒せるだろう。

だがその結果、更なる死体を増やして魔人に兵を与えるだけだ。


「健気だな。ならば主と共に死体となり、共に戦うが――――」


父が剣を振りかぶろうとしたところに、部下の一人が剣を手に突っ込んで来た。

見ると他の連中も近衛兵に向かって行っている。

馬鹿共が、何してる。抑える人間は要るとしても、総出で出て来てどうする。


「ズヴェズ、これ使え! 殿下を連れて逃げろ! 民達は文官共に避難を任せてる!」

「―――、わ、解った。死なないでよ!」

「はっ、今回は流石に約束できねえな! 良いから早く行け!」

「~~~、ごめん、皆!」


相棒は何かの道具を受け取り、悲痛な顔でそれを使った。

すると次の瞬間、俺と相棒は何処かの山奥に転移していた。

さっきの道具は緊急時の転移の魔術を籠めた物か。


「ヴァイット、すぐ治すからね!」

「ば、か、この傷、じゃ、助から、ん。これ、を、持って、逃げろ」


相棒は泣きながら俺の治療を続けるが、傷が塞がる様子は無い。

いや、おそらく多少は治っているのだろうが、傷が深すぎて相棒の魔術ではやはり無駄だ。


内臓も背骨も完全にいっている。血も流し過ぎだ。これはもう助からない。

父め、きっちりと内臓を抉ってくれた。生かす気が一切ない。

たとえ相棒でなくとも、よほどの技量を持つ者でなければこの傷は治せないだろう。

そう確信し、震える手で精霊石を懐から取り出した。


もうこうなっては、この石を相棒に預けるしかない。

ただまだ早い。今魔人を倒せばあの二人が生き残ってしまう。

魔人の行動から、おそらく帝国を亡ぼすまで他国に攻撃はしないだろう。

なればあの二人が倒れた時こそ、その時こそがこの石の使い所。


でなければその後は民の虐殺が始まり、折角上手く逃がしていた者達も死んでしまう。

彼等は大事な人間だ。帝国が滅んだ後にこの地を支える大事な民達だ。

だから、頼む、相棒。俺の想いを受け取ってくれ。


「あい、ぼ、たの、む」

「やだ、やだよぉ、死なないでよぉ。一緒に、生きようって、俺が使ってやるって、言ってくれたじゃない。こき使ってやるって、言ってくれたじゃない・・・!」

「す、まん、ズ、ヴェズ」

「謝らないでよ! こんな時だけ何で名前で呼ぶのよ! やだ! ヴァイが死ぬなんて嫌だ! お願い死なないでよぉ!」


意識が薄れていく中でもはっきり聞こえる様な高い声で泣き叫ぶなよ。

今のお前、本当に女みたいだぞ。

ちゃんと男に見える様に頑張って振舞ってたのに台無しじゃないか。


それにお前だって解ってるだろ。

俺達は何度も死体を見て来たんだ。死ぬところを見てたんだ。

俺が助からないなんて、もう解っているだろう?


「ごめん、ごめんなさい、ヴァイ、ごめんなさい・・・!」


相棒は謝りながら、俺から精霊石を受け取った。

目が霞んで来てよく解らないが、受け取ってくれた事は解った。


気にするな。謝る必要なんかない。お前はちゃんと注意をしてくれたじゃないか。

それにあれは反応出来ない。どうしようもなかった。

傷を治せないのも別にお前のせいじゃない。お前に落ち度なんて何もない。

だから、もう泣くな。お前は最後まで、俺の最高の相棒だったよ。







お前ともう一度、気ままに旅でもしたかったな。

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