第663話もどかしいです!

「いくら何でも遅すぎない?」


この国に来てからもう一月以上経とうとしていた。

その間に何度かウムルの諜報員の人から戦況も聞いている。

聞く度に悪化している戦況に、まだ動けないのかとやきもきしてしまう。


「予想以上に上の兄貴が粘ってるから仕方ねーな。最低限あいつが倒れるか、他国に被害が出るまでは動けねえな」


勿論イナイの返事は解っている。解っていても言ってしまった。

彼女の言葉に「行きたいなら付き合うぜ」という言葉にしない言葉が有るのも。

それに甘えるつもりは無いし、無理矢理行くつもりもない。

それでも、余りに酷い状況を知って口に出てしまった。


「もう帝国の状況って、他国にも知れ渡り始めてるんだよね」

「難民や亡命者が出始めてるから、事情を聴いてる国も少なくないだろう。難民は逃げる国しだいではウムルに連れてってやるんだがなぁ。土地はまだまだ余ってるし」

「それが出来るなら、こちらから誘導してあげたりとかだめなのかな」

「どさくさ紛れに逃げる以外は出来ねーよ。下手に逃げたら即座に見つかって殺される。それも他の連中が逃げ出さない様に、見せしめにむごたらしくな」

「・・・碌なもんじゃないね」


本当に酷い話だ。人を一体何だと思ってるんだ。

今は魔人の能力の問題でそんな事になってないが、最初は戦えない人も戦場に出されたらしい。

勿論国と国の戦争ならそういう事も有りえると思う。

けどこれは、国内の脅威をどうにかする為の戦いだ。


生産能力のある人間を死なせて、生き残った後に何が出来るって言うんだ。

何かを作る事の出来る人間が居るから国っていうのは回るのに。

それを恐れての逃亡させない為の対策だとしても、余りに人間の命を軽く見過ぎている。


「だから既に状況を理解し始めた国が出て来ても、どの国も動かないのさ。助けた所で何の利益もねえからな」

「・・・そうだね、そんな事をする連中を助けた所で、恩を感じるとは思えないし」

「タダ幸いは周囲を囲めた事だろうな。粘ってくれた兄君殿にこれだけは感謝しとくか」

「俺はてっきりこの三人だけで突っ込むと思ってたよ」


時間を稼いでくれたおかげで、帝国をウムルの兵が包囲していると聞いた。

他の国に戦う為に人を動かしているとばれない様に、ゆっくりと人員を配置していたらしい。

打つ手が無さそうな様子で話しておきながら、ブルベさんの手回しの良さよ。


「勿論その可能性も一応有ったんだぜ?」

「あ、そうなんだ」

「元々その国に居る人間じゃ防衛が精いっぱいだったろうからな。突っ込ませたら逆にあぶねぇ。そうなると守りに専念させてあたしらだけで突っ込んだ方が安全だ」

「ははっ、三人の方が安全って言うのもなんか変な気分だ」


戦う相手はおそらく軍隊規模なのに、こっちは単独レベルの方が安全か。

今更だけど、本当に無茶苦茶だな。

その無茶を通せるぐらい二人が強いせいだけど。


「正直ヴァイさんがちゃんと生きてるのか凄く不安」

「生きてるよ。報告に彼と接触したってのも有っただろ」

「有ったけどさぁ・・・」


報告が嘘だと言いたい訳じゃ無い。ただやっぱりどうしても不安になる。

聞く度に悪化しているのでは、その内いつか命を落とすのではと。

勿論周囲の人達が死んでもいいって訳じゃ無いけど、知り合いの事は余計に心配だ。

それに何より、彼が無事でないと困る事も有る。


「ヴァイさんが無事じゃないと、本格的に帝国が崩壊するまで突撃出来ないよ?」

「それが解ってるから、定期的に生存確認してんじゃねえか」


勿論それも解っておりますが。あーもう、本当にもどかしい。

素直な気持ちは今すぐにでも突撃したい。

それが出来ないからもどかしい訳なので、何言ってんだって話だが。


「そういえば、シガルは魔術師隊に大分馴染んでるらしーぞ。他の隊の人間達にも認められたらしいな」


イナイはそんな俺を見て呆れた様に苦笑して、唐突に話を変えた。


「へ、何それ。そんな報告受けてたの?」

「おう、シガルから直接な」

「え、何で。俺何にも聞いて無いよ」


シガルも通信だけは出来る技工具を持っているから、イナイとも俺とも連絡は取れる。

だからそういう話をするなら、俺にも言ってくれてもいいと思うんだけど。


「というか、通信しちゃ駄目って言われてなかった?」

「機密内容が有る話をする分は、腕輪での通信は今回止めておこうって話で、別に通信自体の制限はねぇぞ」

「ああ、普通に連絡とるだけならしても良かったのか・・・だったら俺もシガルに今度連絡とろうかな。というか、何でシガルは俺には連絡くれてないんだろう」

「お前と話すと恋しくなるからしないってさ。お前にも緊急事態か帰れる状況になるまで連絡して欲しくないみてぇだぞ」


ええー、何それ。声聞けない方が辛くない?

うーん、俺にはその感覚は解らない。聞けるなら声聞きたい。

でもシガルはそれだと駄目なのか・・・恋しいかぁ・・・。


「理由は可愛いけど、何か寂しい・・・」

「ははっ、あいつも我慢してんだ、お前も我慢しな」

「へーい・・・」


シガルが順調なのは良かった。ただやっぱり長期間シガルに会えないのは寂しいなぁ。

彼女と長期間離れる事って滅多に無かったから余計にそう思う。

・・・やっぱ声だけでも聞いて良いなら聞きたい。


「タロウ、居るか?」


そこにノックの音とアルネさんの声が通る。

すぐに扉を開けると、彼は鍛冶道具を抱えて立っていた。


「暇だろう、行くぞ」

「ア、ハイ」

「いってらっしゃい」


「暇か?」でもなく「行かないか?」でもなく断言命令形でアルネさんに連行される俺。

ここ数日こうやって鍛冶仕事に連れていかれるので、イナイも特に気にせず手を振って見送る。

何もしていないよりは気がまぎれるから良いけどね・・・。


ほんと、何時になったら動けるのかなぁ。

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