第662話魔人の進行具合ですか?
ノックの音が室内に響き、室内に居る全員が扉の視線を向ける。
「入れ」
入室の許可を出すと、部下の一人が扉を開けて入って来た。
「帰って来ましたよー、殿下」
「生きて帰ったか。無茶してなかっただろうな」
「死にたくは無いですからねー。ちゃーんとずっと遠くから見てましたよ」
「死者は?」
「私達はゼロですよ。こんなところで死ぬわけにはいきませんから」
部下には偵察に行って貰っていた。
勿論奴一人に任せた訳ではないが、報告を纏めて代表としてここに来ている。
部下が無事に帰って来た事には一安心だが、言っている事に安心出来はしない。
こちらが確認できる距離という事は、あちらも見ている可能性が有る。
等という言葉は言うだけ不毛だろう。そんな事は現場の連中の方が良く解っているはずだ。
死者が居ないという話も、今回は居ないというだけの事。
既に死者が出て居るからこそ、ある程度の安全圏が確立しているだけだ。
いや、今は報告を聞くとしよう。
「それで、戦況はどうだ?」
「現状半壊・・・見ようによっては全滅に近い半壊ですね。逃げ出す人間も出てきましたから、そろそろ帝国の内情が周囲に知られる頃あいですよ。どさくさ紛れに国境越えて逃げる民も出始めてますし」
「案外遅かったな。もっと早く瓦解すると思っていたが。あの兄にしては頑張った」
「弟君と違い、何だかんだと部下は大事にする方でしたからね、兄君は。役に立つ忠臣も居た、という所です。まあ殆ど死んでしまったようですが」
「その割には民に対する扱いは弟とさして変わらんかったがな」
「だからまだ兄君と兵隊達が生きているのに逃げ出したんでしょう? これ幸いに、と」
「成程、道理だ」
だがそれで良い。無駄に死ぬことはない。逃げて生き延び、どこかの国で無事に暮らせ。
それに死なれると別の意味でも困る。
魔人の作る死人兵は、その辺の農民ですら脅威になる様だからな。
あの馬鹿兄は最初それに気が付かず、幾らかの農民を盾に使おうとしやがった。
少しでも数を減らせれば良し。そして敵になっても農民ごとき敵ではないと。
結果は一気に増えた強力な敵に戦況は悪化したわけだが。本当にあの兄はふざけた事をする。
大体民が居なくなれば国など何の意味も無くなるというのに。
自分達が特別な存在だと思っているが、それは下の存在が居るから特別なだけだ。
そんな事も解らんから奴は追い詰められている訳だが。
「しかし、そうだとしても魔人の進行が遅いな。最初の勢いが全くない気がするが」
「これはあくまで予想ですが、兄君を痛ぶって楽しんでいる様に見えました。適度に休ませ、疲労が取れ切れない所でまた攻撃し、ある程度の所で逃がす、と」
「成程、兄君は遊ばれている訳だ。それでは確かに時間もかかるか」
どうやら相手は性格の悪い魔人らしい。
少しずつ、少しずつ兵力を削いで、痛めつけて、絶望に落とそうと言ったところか。
死体兵を使ったお遊びなのだろうな。どこまで抵抗できるか。何処まで折れないか。
いや、単純に逃げ惑う様を楽しんでいるだけの可能性も有るか。
「現状兄君の兵は、不用意な動きを見せればその場で殺し、殺した者には後日褒美を、という形で監視させ合っていますね。それで何とか兵が減るのを抑えています」
「限界にも程が有るな。無駄な殺し合いも発生しかねないぞ、それは」
報奨の為に殺し合いが発生したらどうするつもりだ。
特に実際戦っている連中は、勝てる見込みのない戦争をしている自覚が有るはずだ。
このままいけばどういう形で爆発するか解らんぞ。
「そして兄君は予想通り、弟君と手を組んだようですね」
「エサは?」
「帝位を譲る確約と、貴方の殺害の協力です」
「はっ、ここまで予想通り過ぎると、奴等には考える能力が有るのか疑いたくなるぞ」
愚弟と愚兄は予想通り手を組んだか。
愚兄はこのままでは物量差が完全にひっくり返り、手が足りない。
愚弟はこのままでは愚兄の土地で死んだ者達が襲って来て手が足りない。
まだ兵が生きているうちならば愚弟とも交渉できると踏み、予想通り愚弟はその案に頷く。
手を組み、魔人を打倒し、愚弟が帝位を継いで、二人で俺を抹殺と。
阿呆共が。俺を殺す前の段階に持って行けぬ現状で、何を考えているやら。
「しかし魔人が遊んでいるとなると・・・相棒、予定を少し修正する必要が有るな」
黙って報告を聞いていた相棒に声をかけると、相棒は静かに頷く。
「ええ。ですが好都合です」
「ウムルの動きか」
「はい。既に帝国はウムルに包囲されていますが、それは魔人が遊んで時間をかけてくれたおかげでしょうから。このまま更に時間をかけてくれれば、ウムルは更に動きやすくなる」
「態々俺の所に報告に来た時は耳を疑ったがな」
ウムルは帝国の周囲を囲むように人員をゆっくりと配置していたらしい。
周囲の国に疑われぬ様に、そして魔人が本格的に暴れ出した時友好国を守れる様に。
転移装置での移動も、友好を結んでいる国を上手く経由して情報の漏洩を防いでいる。
現状でウムルの動きにも、その真意にも気が付く者は居ないだろう。
なにせ、元々がウムルの人間は様々な国に派遣されている。
技術と資源の提携の為に、友好国に人をガンガン送っていた事が功を奏している様だ。
ウムル王はそこまで見越しての技術提供だったのか?
とはいえいきなり兵隊を大量に動員する事は出来ない。
周囲に怪しまれない様に、疑われない様に、上手く動かす必要があった。
そしてもう、配置はほぼ終わっていると、ウムルの諜報員から報告が入った。
ウムルも初動で幾らか魔人に殺されているらしく、今は相当の手練れが配置されているらしい。
まさか誰にも気が付かれないまま俺の所まで来られるとは思わなかった。
そういえばウムルには暗殺の部隊も存在したのだと思い出させられたよ。
「後は俺の合図で一斉攻撃、といったところか。ウムルの兵ならば魔人に後れを取る事もそうそう無いだろう。敵になられたら脅威なのでなるべく死なないで欲しいが」
ウムルの騎士達が強くなって魔人の配下になるなど、想像もしたくない。
「少年の動きが合図、というのも、出来過ぎだな」
「彼は私達の一番近くの国に配置されていますからね」
「これを使えばタナカ・タロウはすぐにやってくる、か。それもイナイ・ステルとアルネ・ボロードルも一緒に」
少年に貰った精霊石を眺めながら呟く。
彼等は動かしてもそう疑われない人員でありながら、下手に軍を動かすよりも脅威の存在。
かなり早い段階で動かしてくれていたらしい事には感謝するしかない。
「救わせてやりたいが・・・悪いな、少年。俺は君を騙すしかない」
俺の行為は彼を騙す事になるのだろうと思う。それが今更ながらに心苦しい。
彼はきっと救いに来るつもりだろう。助けに来るつもりだろう。
それだけに、最早手遅れな状況で呼び出す事が決まっている事が申し訳ない。
「英雄になってくれ、少年」
せめてそれが、俺が君に贈れる物だ。
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