第661話シガル隊長の人気ですか?

魔術師隊に実力を見せる事も無事出来て、皆ちゃんとあたしを認めてくれた。

ジュエサズさんの言っていた通り相手は決まっていたのだけど、その後が大変だった。

一戦が終わった後セルエスさんが「誰かやってみたい子居るー?」と聞き、隊長格の殆どが手を上げ始めてしまったせいだ。


まさか隊長格の大半とやる事になるとは思わなかったけど、何とかなって良かった。

ただ手持ちの戦闘手段の殆どを見せる事になってしまったし、通常弾は使い切って魔術弾も後五発。ちょっと使い過ぎだ。


とはいえ流石隊長格というか、一度見た物にはそう簡単にやられてくれず、余裕が無かったので致し方ないと思うしかない。

おかげで魔力切れも無く、奥の手も使わずに済んだのだから。

ただ魔導技工剣も完全に実戦で使いこなせる事も確認できたし、悪い事ばかりじゃない。

もし、ちょっと困る事が有ると言えば・・・。


「シガルちゃん、凄いねあの体術。旦那さんに教えて貰ってるの?」

「馬鹿、知らねぇのか。彼女はウームロウ様に鍛えて貰った事が有るんだぞ」

「え、まじで!? それであの綺麗な剣筋なのか」

「でも無手の体術も凄かったよ。剣投げ捨てて突っ込んだ時のあの動き、本気で驚いたもの」

「ほんとほんと、シガルさん拳闘士隊でもやっていけそうよね。どう、来ない?」

「いやぁ、あの剣筋はむしろ騎士隊に相応しいと思うが。あの動きは並ではないぞ」

「あんた達何言ってるの! シガルは何処にもあげませんからね!」


と、ここ数日城に来る度こんな事になっている事だろうか。

タロウさんがバルフさんと戦った時と同じで、相当の人数があたしの勝負を見ていたらしい。

その結果「凄い新人が来たぞ」と話題になり、連日話しかけに来るようになっている。


勿論皆はあたしがタロウさんの嫁で、イナイお姉ちゃんの身内だという事も知っている。

ただそんな事は関係なく、彼らは皆「魔術師シガル」への興味しかないらしい。

それはつまり、本当にあたし個人が認められているという証拠。


タロウさんの嫁だから、イナイお姉ちゃんの身内だから、気を遣わなければいけない。

そんな考えを措いて、あたし個人を皆が見ている。

その事実はとても嬉しく、有り難い。本当にそう思っている。

ただ、こう、毎回毎回騒がしいと、少しげんなりして来るのはしょうがないと思うんだ。





因みにハクとクロト君も何だかんだと魔術師隊には少し力を見せた。

ハクは彼らに付き合い魔術主体の戦闘をしたが、それでも容易く勝って見せた。

結構馬鹿げた量の魔力を使っていたのに、全く魔力が無くなる気配が無いのは流石だ。


クロト君は、あたし達には当然の事実だけど、どんな魔術を放とうが一切通用しない。

黒を纏ってテクテクと相手に近づくという完全な魔術師殺しだ。

最終的に相手が疲れるまで棒立ちという、正直見てて可哀そうになる光景だった。


元々二人の実力はそれなりに知られていたが、実際に勝負する事でその力を見せつけられ、全員二人との格の違いを痛感してしまったらしい。

特にクロト君に負けた人は、一切が通用しなかった事にへこんで崩れ落ち、負かした本人に頭を撫でられて慰められていた。

ただそれで彼等が二人に何を想うかといえば、そこは流石に実力主義国家。


「ハクちゃんって魔術だけで戦っても強いのに、その戦い方が本領じゃないのよねぇ」

『でも最大の一手は魔術だぞ』

「あ、そうなんだ」

『うん、けど街中で使うと街が吹き飛ぶから使えないけど』

「うっへ、こっわ。俺達もやろうと思えばできない事は無いけど、展開速度が違うんだよなぁ」

「いや、多分彼女の魔術は展開速度もそうだが、規模と威力が違うだろ」


と、中々魔術師隊の人達と仲良くなっている。

あたしから離れて行くようで少し寂しいけど、ハクに知り合いが増えるのは良い事だ。

この調子でもっとあたし以外の友人を増やして欲しい。


あたしもタロウさんも、いつまでもハクと一緒に居られない。

子供が出来て、孫が出来ても、その子達がずっとハクと一緒にいるとも限らない。

出来ればこうやって、ハクが楽しんで生きて行ける様に、人とのかかわりを増やしておきたい。


「クロト君、あーん」

「・・・あーん」

「美味しい?」

「・・・甘い。美味しい」

「あ~、かわいい~」

「ほら、こっちも美味しいわよ」

「・・・あむ、んぐんぐ」

「はぁ~クロト君髪サラサラで綺麗ねぇ」

「肌もすべすべ・・・じゅるっ」


クロト君は隊の垣根を完全に越え、女性隊員を中心に変な人気者になっている

一部怪しい視線を感じるので、少し心配だ。今まさに涎垂れてた人居たし。


クロト君の見た目はどう考えても幼子と言って良い類の容姿だ。

だから本当なら一人前と認められる様な年齢では無いが、彼の能力を知る者達からすればそんな事は関係ない。

彼は既に一人前の魔術師隊員であり、である以上扱いは一人前の男だ。

ならばクロト君を気に入った女性隊員が手を出すのも有りえない事ではない。


とはいえクロト君が力づくで何かをされるなんてのは絶対にないとは思うけど、それでも何が有るか解らないのが世の中だ。

何か適当に言いくるめられることだって無い訳じゃ無い。

お母さんとして、ちゃんと息子を守らなければ。変な人とは付き合わせないからね!


「人気者ねー、シガルちゃん」

「総隊長殿、おはようございます」


セルエスさんに声をかけられたので挨拶を返すが、彼女はニコニコとするだけで動かない。

暫く待ってみたが、笑顔を向けるだけで微動だにしない。


「あの、隊長?」


返事がない。笑顔も崩れない。全く動かない。


「・・・セルエスさん」

「はーいー。シガルちゃん、おはよー」


公私をきっちりやるとは何だったのか。周囲に大量に隊員が居るのだけどそれで良いのかな。

とはいえ逆らったところでどうしようもないので、素直に状況を受け入れるしかない。

ただ彼女がやって来たなら丁度良い。少し聞きたい事が有る。


「セルエスさん、あたし達、まだ出発しなくて良いんですか?」


周囲に聞こえない様に、こそっと聞く。

隊長格はあたし達の役割を知っているけど、普通の隊員は知らない人も多い。


「んー、シガルちゃん、隊員の顏覚えたー?」

「え、いえ、まだ余り」

「なら、もうちょっと居ましょうねー。合同訓練も、もう少しやっといた方が良いわねー」

「でも、そんなにのんびりしてたら」

「隊長っていうのは、いざとなったら別の隊の隊員にも指示を出す事も有るのよ。確かに貴女は少し特殊な立ち位置だけど、魔術師隊の隊長という事は変わらない。解るわね?」

「――――っ」


言われて、自分の立場を再確認する。

そうだ、あたしは確かに特殊な仕事をする為にこの役職を貰った。

けどだからといって「魔術師隊」の職務を投げ出してはいけない。


「流石に全員を覚えろ、なんて事は言わないけど、それなりに使える様にはしてねー」

「はっ」


隊長の言葉に気合を入れ直し、力を籠めて応える。

少し自惚れていたかもしれない。色々と上手く行って、調子に乗っていたかもしれない。

あたしはまず、あたしの役職を全うしてからだ。

タロウさんが、お姉ちゃんが帰って来るまでに、ちゃんと一人前にならないと!

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