第660話変わらぬ状況です!

転移装置で直接目的の国に転移し、和やかな歓迎をされて前と同じ様に住む所も提供された。

また大きなお屋敷で、また同じく使用人さん達が沢山居る。

勿論アルネさんと俺達は別の部屋だが、最初は一緒の部屋にしようかとも話していた。

ただ「新婚の部屋に邪魔する程野暮じゃない」と言われ、別の部屋になったのだが。


この国に来てから既に数日たっているのに、俺達は全く何もしていない。

勿論俺は体が鈍らない様に鍛錬などはしているし、アルネさんは鍛冶の腕を振るったりしているみたいだが、特に何をやる訳でもなく日々が過ぎている。

それが何ともじれったく、意味もなく心に焦りが生まれて来るのを感じていた。


「・・・平和だね。本当に隣の国が帝国で、それも魔人が暴れてるなんて思えない位に」

「だが事実だ。お前も報告は聞いただろう」

「まあ、ね。死者数、とんでもないね」

「馬鹿げた量の人間が死んでいる。だって言うのに、まーだ粘ってやがんな」


俺達はこの国で和やかに過ごしている。その間に何人もの人間が死んでいる。

その報告を、この間やって来たウムルの諜報員の人から聞いた。

戦える人間も、戦えない人間も、大量に死んでいると。


「本当に、他国に助けを求めないんだな・・・」

「それが帝国だからだよ。滅ぼし、蹂躙する強国が帝国であり、何処かの国に借りを作って助けられる様な国じゃない。なんて、この状況でも思っているはずだ」


その結果更に死亡者を増やし、それが敵に力を与え、更なる悪化を招く。

それに魔人を殺し得たとしても、あいつ等は時間が経てば復活する。

封印の方法を知らない帝国では魔人を倒せても何の解決にもならない。


「連絡は、まだ来ないのかな」

「来ねえだろうな。小国なら既に壊滅と言って良い死者数が出ているが、帝国は規模が違う。人間の量が違う。まだまだ死ぬぞ。あの馬鹿兄弟が建設的な解決案なんて選ぶ気がしねぇしな」


ウムルで出会った帝国の人間を思い出すと、確かにその言葉には同意出来る。

あの男が他国に頭を下げる姿は想像が出来ない。


今回の事は帝国内部で起きた問題であり、魔人が他国に出るまでは誰も干渉する事は無い。

帝国自身が干渉されない様にしているからだが、他国が干渉したくないせいでもある。

要は、苦しんでいる帝国に、何故善意で手を出してやらなければならないのか、という事だ。


向こうが何かしらの譲歩を見せ、利益が有るなら手を貸そう。

だがそうでないなら、今まで大きな顔をして周囲に威圧をばらまいていた国が苦しむのを、国力がどんどん削られて行くのを、何故他の国が憂うというのか。


もし現状の帝国が他国に力を求めるとするならば、確実に頭を下げなければいけない。

だがそれは帝国の在り方では無いし、帝国の在り方通りに大上段から武力で物を言ったとしても、手を貸す国なんて絶対に現れない。

それにその行為は、態々他国に力を求めに来るほど切羽詰まっていると教える事になる。

つまりは、頭は絶対に下げない帝国は、このままでは誰も助けないという事だ。


「このままだと、本当に帝国は滅ぶんじゃないのかな」


先の話はイナイに説明をされた話だが、死者数の報告を聞いて真に迫ってきたと感じている。

日が経つにつれ一日に死ぬ死者数が増えていっている事実に、現地の状況を想像してしまう。


きっと現地では地獄が展開されているはずだ。

人が死に、死者が立ち上がり、立ち上がった死者が人を殺し、更に死人が増え・・・。

そんな、人が死ぬサイクルが、やっていられない負のサイクルが出来ている。


その状況を見ていれば、誰だってこのままじゃどうにもならないと解るはずだ。

何か解決手段を講じなければ、只々被害が増えていく事は解るはずだ。

帝国にそれらを打倒出来る程の力がるなら別だが、有るなら多くの死者は出ていないだろう。

いつまで意地を張って、無駄に人間を殺す気なんだ。


「このままいけば崩壊するだろう。それまであたし達は魔人を倒しに行けねぇかもな」

「そんな事になったら、死者数は今の数が可愛いと思える量になってるだろうね」

「はっ、笑えねぇな、ほんとによ」

「本当にこのまま・・・待っているのが正解なのかな」


そう口にしてから、自分の意志の弱さに嫌気がさす。

待つと決めただろう。連絡が来るまで動かないと決めただろう。

ふざけた事ぬかしてんじゃねえよ。ほんとぶれまくってんな俺は。


「ごめん、ほんと、俺は弱いね、こういう所」

「そんな事はねえさ。むしろほっとしてるけどな、あたしとしては」

「そうなの?」

「ああ。あたしの為に覚悟を決めてくれるお前の気持ちは嬉しい。そうやって生き方を確り選択しているのはとても良いと思う。それでも、お前のその優しさは変わらないで欲しい」


恐らく情けないであろう表情をしている俺に、優しい笑顔で語るイナイ。

彼女の今の言葉の真意は、正直俺には察せていない。


「優しいとは違う気がするけどね。ただ関係ない人が苦しむのを余り見たくないだけだよ。戦えない人が無為に殺されるのが嫌なだけ。自業自得で苦しむ人は知ったこっちゃないけど」

「そう思うならそれでも構わねぇ。けどあたしの我が儘を言わせて貰うなら、あたしはそうやって葛藤し続けてくれるお前が良い。そういうお前であって欲しい」

「土壇場でへたれかねないよ、この性格」

「知ってるさ。知ってるけど、そんなお前だからあたしは心が安らぐ。あたしの代わりにお前が言ってくれるから、あたしは少し気分がマシになる」


そう言うとイナイ俺の胸に体を預け、ぎゅっと抱きついて来た。

言われている事は良く解らないけどそれに応え、彼女の頭を抱く様に腕を回す。


「悩んで、苦しんで、悲しんで、同情して、優しい人間が当たり前に思う事を感じて、その上での選択を聞かせてくれ。あたしが愛したお前の選択を、口にしてくれ」


俺の心臓の音を聞くかの様に頭を摺り寄せ、優しい声音で語るイナイ。

そこまで言われ、彼女が甘えているのだという事は解った。


今のイナイの言葉は、俺の事を肯定し、その上で話せと言っている訳じゃ無い。

辛いという事を認めた上で、そう感じる生き方を止めないでくれと言われている。

勿論その結果の選択が只々その場しのぎの選択でも、彼女は肯定してくれるだろう。

けど今の彼女が望む言葉の意味は、ただ我が儘な言葉を言えという事じゃない。


「俺は、動かないよ。言ったでしょ。俺にとっては、家族が一番大事なんだ」

「・・・そうか。すまん。ありがとう・・・ごめんな?」


俺の答えを聞き、イナイは嬉しそうな申し訳なさそうな、何とも言えない声音で応えた。

彼女が気にする必要は無い。これは、俺がしたい事なんだから。

言われている意味が解らない訳じゃ無い。それでも、俺は、同じ選択をし続ける。


今回の事は、態々動くなと忠告された。釘を刺された。

それは動く事での不利益が、確実に存在すると言われている事に他ならない。

彼女にその不利益が向くと言われたんだ。なら、俺が動いて良いはずが無いんだ。


多くの人の為に手元の物を捨てる人を否定するつもりは無い。

沢山を救う為に一を犠牲にする人を否定する気もない。

それはその人達にとって正しい事で、その人達にとってはそうしなければいけないのだろう。

俺にとってはその選択が彼女達で、彼女達と比べれば他の何を捨てても構わない。


酷い事を言っている自覚はある。平気で口にしているつもりもない。

本当なら、力が有るなら、助けられるなら助けに行きたい。

それでも俺は彼女達を取る。俺にとって一番大事な物は彼女達なのだから。


彼女達を守れずに他の何を守る気だ。

誰かを救えたとして、大事な物を守れなければ何の意味もない。


「タロウ・・・」


顔を上げた彼女は申し訳なさそうな顔で俺の首に手を伸ばし、頭を下げる様に促して来る。

素直に従い膝を曲げて頭を下げると、彼女は甘える様に、求める様にキスをして来た。

俺も彼女の答え、暫く二人の吐息だけが部屋に響く。

そして彼女は珍しく、そのまま俺をベッドに押し倒した。


「はぁ・・・タロウ、いい、よな?」

「ん、おいで」


俺を求めて来る言葉に即答し、彼女を抱きしめる。

多分イナイも我慢している。俺に甘えて気持ちの悪さを誤魔化そうとしている。

そしてそれはきっと俺も同じで、お互いに求める事で色々な感情から目を背けている。


今苦しんでいる人達からすれば、俺達の苦しみなんて「ふざけるな」と言いたい物だろう。

だから、きっとこの想いは自己満足だ。我が儘な感情だ。

今すぐ救いに行かない人間の、自分の気持ちを満足させる為だけの想いだと思う。





苦しんでいる人達の為にも、魔人は必ず殺します。だから、ごめんなさい。

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