第659話シガルの立場ですか?

「クロト君、ハク、あたし達も支度して出ようか」


タロウさんを見送ってすぐ二人に声をかけて、部屋に戻って出かける準備に入る。

ただ出るにはまだ早い時間なので、当然だけどお父さんが難色を示す。


「シガルちゃん、もう少しゆっくりしていても良いんじゃないのかい?」

「・・・早めに行って、調子を上げておきたいの」

「そ、そうか、それじゃしょうがないな・・・」


今日はセルエスさんに伝えられた、別の隊の隊長達に力を見せる予定が有る。

普通ならばそれなりの力が有るとだけ見せれば良いけど、あたしの場合はそうはいかない。

あたしの隊は、隊の在り方と隊員が特殊な事が原因だ。


クロト君はともかく、ハクの実力は戦闘職で隊長格の人間には知れ渡っている。

ハクの力は強大だ。あの強さを知っていれば、ハクが隊長でないとおかしいと思う人が出る。

勿論指揮官として優秀な隊長、というのも無い訳じゃ無いだろう。

けどあたし達は個で動く前提の部隊だ。その隊長が隊員に大きく劣るんじゃ示しがつかない。


今日は、一切の手段を択ばない。

使える手は全て使って、力を示す。


「タロウさん、お姉ちゃん、今日は使わせて貰うよ」


足に普段の双剣を差し、腰にお姉ちゃんから貰った二振りの魔導技工剣を差し、タロウさんが作ってくれた『ホルスター』を脇に付けて、そこに『銃』をセットする。

どちらの武装も一度軽く握り、魔力の通りを確かめておく。

これらは実戦には使った事は今まで一度もない。けど、訓練では何度も何度も使っている。

もう大分、手に馴染んだ。どちらも操作を違える事は無い。


「今日は魔力切れなんて様を見せる訳にはいかない。そうなると切り札は簡単には使えない。頼らせて貰うね、二人共」


二つの武装はどちらも魔力の消費を抑えつつ、その消費量に見合わない威力の攻撃が出来る。

特に銃に関して言えば、弾を使えば消費なんて無い。

その上弾が切れても詠唱の要らない遠距離攻撃武器になる。反則みたいな武器だ。

多分相変わらず作った本人はそれに気がついて無いけど。


「弾は通常弾が24発と魔術弾が12発・・・最近訓練で使った分をタロウさんに言ってなかったから少し心もとないけど、後は自力で補うしかないか」


呟きながら上着に作っておいた内ポケットに弾を入れておく。

弾は頼めば追加で作ってくれるけど、魔術弾はともかく通常弾はお金がかかるから頼み難い。

一応これからは安定して稼ぎが有るから、今後は言い易くなるのは良かったと思う。


ただタロウさんがちゃんとお金を受け取るかどうかは別なんだよねぇ・・・。

最近は自分の稼ぎのお金の殆どをお姉ちゃんに預けて、お小遣い程度の金額しか持たないし。

そこはタロウさんが帰って来てから考えようかな。別に今悩む事じゃないし。


武装の準備が整ったら最後に外套を羽織る。

これは王宮魔術師としての証明と渡された外套だが、付ける義務は無いそうだ。

勿論公の場に立つ際は必要だし行事に参加する時も必要だけど、普段は付けなくて良いらしい。

もう身分証に私の職は刻まれているので、魔術師隊の隊長格というのはすぐに解るのも理由だ。

でも今日はやる事がやる事だし、きっちりとした格好で臨みたい。


「クロト君、着替えは終わってる?」

「・・・うん、これで良い? お母さん」

「うん、カッコいいよ」


着替え終わってクロト君の様子を見に行くと、既に城に行く用の服に着替え終わっていた。

普段のお父さんとお揃いの服では無いけど、城に行く時は我慢して貰うしかない。

あの格好は城に行くには流石にラフ過ぎる。

それに今日はタロウさんも普段着では無いので、ある意味お父さんとお揃いだと思って欲しい。


『私はこの格好で良いのか?』

「うん、大丈夫だよ」


ハクは普段良くする格好のままだ。ただ彼女は普段からそこまでラフな格好という訳じゃ無い。

もしあれ以外に城に行くなりの格好をとなるなら、ドレスになってしまうだろう。

勿論貴族御用達な服も無い訳じゃ無いけど、今回は戦闘職の部隊員として行くので構わない。

大体それを言い出すと、今のあたしの格好だって大概だ。


因みに二人にも外套は渡している。

ただ余り付けたくないらしいので、必要な時だけお願いする事にした。


「じゃあ、行こうか」

「・・・うん、グレットの用意はお爺ちゃんがしてくれるって言ってたよ」

『グレット自らご機嫌に繋がれていたな。最近は車を引くのが楽しいみたいだ。向かう先で兵士に食べ物を貰えるのも楽しみらしいけど』


グレットってば、待ってる間におやつを貰ってたんだ。変な物食べてないと良いんだけど。

肉食なのに野菜も好きだからなぁ、あの子。

あんまり食べさせ過ぎるとお腹壊す事が最近解ったから、少し心配。


外に出るともう車の用意は終わっていたので、お父さんに礼を言って車に乗る。

今日は久々に御者台に一人で座り、グレットには安全運転で城まで向かって貰った。

指示を殆どしなくても勝手に向かってくれるので本当に楽だ。


城に着いたらグレットを褒めてあげて、兵士さんに面倒をお願いする。

その際少しだけ何時もと彼らの態度が違った。少し畏まった態度と言えばいいだろうか。

勿論彼らが畏まった態度を見せた事は何度も有るけど、それはお姉ちゃんに対してだ。


今日はお姉ちゃんは居ないし、相手はあたし。けどあの態度は上官に対する行動だった。

ああ、外套が原因か。そういえば隊長格と解る様に紋様が縫われているんだっけ。

その上魔術師隊は一応は一般兵士より上だ。これを付けていればそういう態度にもなるか。


それに気がつくと城の中を歩くあたしに対する態度が、皆変わっている事にも気がつく。

いや、変わったというよりも、あたしを認識する様になった、というのが正しいだろう。

今まではあたしは皆のおまけでしかなかった。今はあたしがメインになっているんだ。

その事実を認識して少し緊張が増してきたけど、一つ息を吐いて心を落ち着ける。


今更後には引けない。自分でやると言ったんだ。

隊長にさせられるのは予想外だったけど、それでも自分が望んだ事。

ならば、望まれた成果を上げ、粛々と結果を残すのみ。


「・・・お母さん、大丈夫?」

「あはは、心配してくれてありがと、大丈夫だよ」

『大丈夫だシガル。力を試される場に緊張して赴く程、お前は弱くない。むしろ相手になってやろうと構えて良いぐらいだ。タロウぐらい気楽になって丁度良い』

「うーん・・・タロウさんは気楽すぎると思うなぁ・・・」


二人が緊張を解そうとしてくれている事に感謝しつつ、目的地に向かう。

今日は以前タロウさんがバルフさんと手を合わせた訓練場で、つまり魔術師隊以外の人間の目の有る所でやる事になっている。

恐らく、今日は陛下も見ているはずだ。


「おや、早いね。魔術師隊はまだ誰も来ていないよ。私以外だけど」


訓練場に着くと魔術師隊の部隊長の男性が一人、既にやって来ていた。

確か名前は、ジュエサズさん、だったかな。

隊長格の名前だけは一応覚えたけど、まだ少し自信がない。

隊員に至ってはほぼほぼ覚えてない。


「そちらこそ、お早いですね」

「ああ、そんな堅苦しい喋り方なんてしなくて良いよ。同じ隊長じゃないか」

「とは言っても、若輩者で後輩ですから」

「あはは、ウムルでそんな下らない事気にする奴は隊長にはなれないよ。この国は実力と残した結果が全てだ。まあ勿論、上の人間に対する敬意は必要だけどさ」


実力主義。言葉で言うのは簡単だけど、ここまできっちりと実力主義の国も少ないと思う。

年功序列なんて存在しない。有るのは確かな実績と実力による立場。

でなければあたしの様な小娘を隊長に据えられるわけがない。

だからこそ、あたしは、隊長で在るに相応しい力を見せなければいけないんだ。


「今日は君の力を見せて貰う予定だけどさ、相手が既に決まってるのは聞いてる?」

「いえ、聞いていません」


相手が誰なのかは聞いていない。セルエスさん自ら相手の可能性も有ると思っている。

だって本人がそんな感じの事をちらっと言っていたから。正直に言うと凄く怖い。

だけど態々早めに来ていたという事は、彼があたしの相手なのだろうか。


「そっかそっか。まあ私では無いんだけどね。ここに早めに来てるから私だと思ったでしょ?」

「はい」

「あはは、正直。早めに来たのは少し理由が有ってね」


そこで、彼が魔力を体に纏い始めたのが見えた。


「君が、もしかしたら早めに来るかな、なんて期待をしていたんだ」


今まで不自然な程外に出していなかった彼の魔力が肌に突き刺さる。

何のつもりか、何て問うのは馬鹿げているだろう。やる気だ。


「魔術師隊は全員君に興味が有る。だってそうだろう。陛下に認められ、セルエス殿下に一切を問われず認められ、今までなかった部隊を態々作っての隊長だ。興味が出ない方がおかしい」


そこで彼はちらっとハクとクロト君を見て、またあたしに視線を戻す。


「後ろの二人の力は知っている。だからこそ、君に興味が有る。あ、勿論魔術師としてね。旦那さんに斬られたくないので、そこは間違えないでね。彼は怖いから」

「心配しなくても勘違いしませんし、タロウさんはそうそう簡単に人を斬りませんよ」


やっぱりタロウさんの事は、当然だけど知られているか。

あたしの微妙な立ち位置も全部知っているんだろう。

今日はその全てを叩き伏せる為に、あたしを示す為にこの場が有る。


「だからさ、私も、一手お手合わせ願えないかな」

「構いませんよ」

「流石。合図はどうする?」

「お好きに」

「じゃあ、もう始めようか」


彼がそう言った瞬間、落雷が落ちた。

恐らくあたしと話していた時から、ずっと用意をしていたのだろう。

魔力の流れが殆ど見えなかったのは流石隊長というところだろうか。けど、甘い。


「ぐっ・・・ははっ、なに、それ。いっつう・・・」


彼が動く前に既に銃を抜き、脇腹を撃ち抜いた。

障壁を張っていた事は解っていたけど、解っているなら打ち破るのは容易い。

銃弾が通るだけの穴をあけて、そこに弾を通した。これなら魔力消費は最低限で済む。


タロウさんが良く使う一点で守る障壁なら無理だったろうけど、全身を守る様に展開するならもっと強固にしなければ意味が無い。

いや、普通なら有効だろう。

けどハクやタロウさん、お姉ちゃんと訓練をして来たあたしには甘い防御にしか見えない。


落雷はそのタロウさん式の障壁で防いでいる。

周囲に被害は有るが、あたし達は一切問題ない。

お姉ちゃんの外装の拳に比べれば、優しく撫でられた様なものだ。


「私の武器の一つです。卑怯、とは言いませんよね?」

「ははっ、不意打ちした奴に・・・それ・・・聞く? うぐっ・・・いっつっ」


彼は敗北を素直に受け入れ、体内に残った弾を取り出して治癒をかける。

即死しない位置に打ち込んだので、特に問題なく傷は塞がった様だ。

とはいえあの傷を動じずにあっさり治すあたり、彼の実力の高さと実戦慣れを感じる。


「後ろの二人も一切動じてないし、まいったね」

「・・・あの程度、どうとでもなる」

『シガルがあの程度を防げない訳が無いしな』

「成程、新しい部隊になる訳だ。これは扱いきれないや」


彼は乾いた笑いを見せ、困った様に語った。

とりあえず彼には認められた、という事で良いのだろう。

先ず最初は上手くやった。とはいえ本番はここからだ。

今の一戦のおかげで集中力は高まった。何が来ようとやって見せる!

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