第658話何時もと違う出発です!

樹海で数日を過ごし、出発の連絡が来た事で再度シガルの実家へと向かった。

シガルの仕事はまだ後になるらしいので、その間は実家で過ごして貰う事になっている。

樹海でも今の彼女なら移動は問題ないと思うけど、色々不便だと思っての事だ。


その事をシエリナさんと親父さんに伝えると、二人は快く受け入れてくれた。

むしろ親父さんはこのままずっと住んで良いんだぞという勢いだったが、シガルの返事は当然だが「嫌」の一言である。親父さんどんまい。

シガルとイナイが嫌じゃないなら、俺としては一緒に住んでも良いと思うんだけどね。

多分シガルが絶対反対するから言わないけど。絶対嫌な顔されるし。


「小僧、帰って来なくても良いからな」


その腹いせか出発の時にそう言われてしまった。

本気じゃないとは解っているけど酷い。絶対帰って来てやるからな。


「意地でも帰って来ますから」

「貴様が帰って来るとシガルちゃんもクロト君も樹海に帰ってしまうだろうが」

「でも俺が返って来ないとイナイも帰って来ませんよ?」


隣に居るイナイを引き合いに出すと、うっと言葉に詰まる親父さん。

俺に帰って来るなとは言えても、彼女には言えないだろう。

ただイナイさんの目が少しだけ冷たかったので自爆したかもしれない。

後でちょっとご機嫌とっとこ。


「ぐっ、き、貴様、イナイ様を引き合いに出すのは卑怯だぞ!」

「そうですよ、タロウ」


え、何それ、イナイさんそっちに付くの?

待って、そんな事になったら俺勝てる訳無いじゃん。

今度は俺が怯む事になり、イナイが味方に付いたと思った親父さんはニヤッと笑った。


「・・・お父さん、帰ってこないと、やだ」

「そうだなぁ、お父さんの事大好きだもんなー、クロト君は。帰って来ないと寂しいよなぁ。 絶対帰って来いよ小僧ぉ!」


クロトが発言をした瞬間、今までの態度は何だったのかという程に180度発言を変えて来た。

親父さん変わり身速すぎないっすか。手のひらがくるっくるしてますよ。


「そもそもあたしは仕事が始まったらここに居ないから関係無いよ」

「ええ!? ここを拠点にして仕事をするんじゃないのかい!?」

「そんな訳無いじゃない・・・それに、クロト君も一緒に行くからね」

「そんな! じゃあ私は何を楽しみに家に帰ってくれば良いんだ!」

「知らない」

「そ、そんな・・・」


娘の冷たい目と言葉に崩れ落ちる親父さん。

クロトはそんな親父さんを不憫に思ったのか頭を撫で始め、親父さんは即座に復活した。

立ち上がり様にクロトを抱え、頭を撫で続けられる高さに腕を固定している。

お爺ちゃん、そこまでして孫に撫でられたいですか。


「あなた、そろそろきちんとしなさい?」

「はいっ!」


シエリナさんの笑顔のプレッシャーに負けて、きりっとした顔でイナイの方を向く親父さん。

もう既に色々手遅れだと思うけど、俺も親父さんと似た様な状態になるので何も言えない。

奥さんって強いですよね。俺はどちらにも逆らえる気がしないです。


「イナイ様、お気をつけて。無事帰られる事を祈っております」

「はい、ありがとうございます、お父様」


真面目な親父さんの言葉に、にっこりと笑顔を向けて返すイナイ。

ただその後に思案する顔を見せ、上目使いで親父さんを見ながら口を開いた。


「少し、我が儘をお願いしても、構いませんか」

「我が儘、ですか? 私に叶えられる範囲でしたら、いくらでも構いませんが・・・」


少し躊躇する様な様子を見せながらの言葉に、親父さんは首を傾げながら応える。

珍しい様子に俺とシガルもどうしたのかと首を傾げていた。


「シガルと同じ様に、見送って頂けませんか」

「あ、いや、そ、それは・・・」


彼女が我が儘と言った事は、可愛い願いだった。

単純に、純粋に、娘として見送って欲しいというだけの事。


だが親父さんにとっては、それは簡単には出来ない事だろう。

相手は英雄であり上司。本来気軽に話しかける様な相手ではない立場の人間。

だからこそ、普段もイナイには気を遣って接しているのだから。


「・・・いえ、申し訳ありません。我が儘を申しました。忘れて下さ―――」


親父さんの困惑を見たイナイは、いつもの笑顔で親父さんに謝罪をした。しようとした。

けど、頭に乗った手に、その言葉が止まってしまう。

驚いた顔を見せるイナイの視線の先には、優しい笑顔で頭を撫でる親父さんの姿があった。


「気を付けて行って来るんだぞ。絶対に怪我なんかするなよ。怪我なんかしたらそこの小僧ぶち殺すからな。・・・ちゃんと、帰ってこい、イナイ」

「――――っ、はい、必ず、無事に」


イナイは嬉しそうだけど、何処か泣きそうな雰囲気で親父さんに笑顔を見せていた。

これだからなぁ、この人。ほんとさぁ、どうやって嫌えっつうんだよ。

あー、何で横で立ってるだけの俺が泣きそうになってんだろ。


「行ってらっしゃい・・・イナイ、気を付けてね」

「はい、お母様」


そしてシエリナさんはシガルに向ける時の笑顔を向け、イナイもすぐに力のある表情で応えた。

この二人は何か違う気がするけど、仲が悪い訳じゃないから良いか。


「いってらっしゃい、イナイお姉ちゃん。タロウさん」

「・・・早く帰って来てね」

『二人が居ない間のシガルは任せろ!』


シガルは特に心配なんかしていないという様子で、クロトはとにかく早く帰って欲しい様だ。

ハクの言葉はありがたいな。こう言って貰えると本当に安心できる。


「皆ありがとう、行ってきます。シガルも気を付けて。余り無茶をしてはいけませんよ?」

「そうそう、シガルこそ無茶しそうなんだし気を付けてね」

「ふーんだ、お姉ちゃんはともかくタロウさんには言われたくないもんねーだ」

「ふふっ、違いありませんね」


何も言い返せない。最近ちょっと無茶が多かったからなぁ。

今回はイナイが傍に居るとはいえ、あんまり怪我しない様に気を付けよっと。


「・・・タロウ、行って、帰ってこい」


――――いやさぁ、ほんと、不意打ち多いよ親父さん。


「はい、行ってきます・・・お父さん」

「ふんっ、死んだらぶち殺すからな」

「ははっ、気を付けます」


俺は笑えてるかな。ちゃんと笑えていると良いんだけど。

そうそう何度もこの人の前で泣いて、心配をかける訳にはいかない。

ああでも、本当に良いな。必ず無事に帰ってこなければと、そう思える。

だから泣くな。嬉しくても泣くな。今は泣く所じゃない。


「行ってきます」


出来る限りの笑顔でそう言って、転移を使って城に飛ぶ。

今回は俺とイナイだけなので、転移での移動が出来る。

王都内ならば許可を得ているし、民家に転移などをしなければ問題もない。

転移先は城に在る転移装置の前で、そこには既に荷物を持ったアルネさんが立っていた。


「お、きたか・・・何だその顔」

「へ、なんか変ですか?」

「嬉しそうな泣きそうな、変な顔になってるぞ」

「あ、あはは、あんまり気にしないでくれるとありがたいです」

「そうか? ならそうしておこう」


アルネさんはそれ以上何も聞かず、視線をイナイに向ける。


「お前はお前でいやに嬉しそうだな」

「そうだな、少し良い事が有ったんでな」

「ふーん。まあいいか。準備は出来てるな?」

「おうよ、何時でも良いぜ」

「良し、ならば行くか」


今日会う前から既に今後の予定は話し合っているので、会話はそこそこに転移装置に入る。

さて、いつまでも感傷に浸ってる場合じゃない。

約束を守って帰る為にも、気合いを入れて仕事に臨みますかね!

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