第657話帝国の魔人の能力です!

「あはは、こっちこっちー! よっと、残念!」

『グレットー、そんなんじゃいつまで経ってもシガルは掴まえられないぞー!』


二人の言葉にガフっと鳴き、とても楽しそうにシガルを追いかけるグレット。

もし周囲に人の目が有れば猛獣に追いかけまわされる女性にしか見えないが、樹海に帰って来ての事なので問題ない。

今この場に居るのはペットと楽し気に追いかけっこをしている飼い主二人と、そのペットの上でロデオになっている息子がいるだけだ。

クロト君は何であれで落ちないのですかい。首がっくんがっくんなってるけど痛くないのかね。


「・・・元気だな、あいつ」

「・・・全くだよ、どっから出て来るのあの元気」


そしてそれを外に出した椅子の上で眺めながら、ぐだっと潰れている俺とイナイ。

俺達は色々有って寝不足であり、体力的に気力的も疲れ切っている。

本来ならここにシガルが並んでもおかしくなはずなのに、俺達二人だけが潰れている状態だ。


「あー・・・体、だっる。腰が重い・・・」

「同じく・・・つーか全身重い・・・」

「大体なんでアイツはお前じゃなくてあたしにあんなに構うんだ・・・」

「あー・・・反応自体は俺よりイナイの方が好きって、前言ってたよ」

「勘弁しろよ・・・」


何の話かと言えば、いつも通りの話です。

樹海に帰って来たシガルさんは、実家で我慢した分を取り戻すかのように張り切りました。

それはもう、彼女はサキュバスか何かなのかと思う程に。


付き合っちゃう俺達も俺達なのかもしれないが、すっげ―楽しそうなんだもんあの子。

結局スタミナ切れでノックアウトするまで付き合う事数日、ただ今完全にばてております。

そして俺達とは真逆で、日に日に元気が増していくシガルさんであった。

だって彼女何しても喜ぶんだもん。もう手のつけようがねえよ・・・。


「・・・あ、クロト落ち・・・落ちねぇな。今どう見ても落ちる所だったのに。体離れてたぞ」

「・・・最近は落ちても地面に激突する前にグレットが拾うんだよなぁ・・・もしかしてあれも遊びの一つなんだろうか」


何気に最近黒を出して無くても運動神経の良いクロトなので、上手く動いているのだろう。

ただ運動神経は良くなった今も、ぽけっとしてぶつかったりこけたりは今も有る。

あのぼーっとしている部分は俺のせいかもしれない。だって元素材が俺だし。


あの子も変ったよなー。最近はちょっとだけ我が儘も言う様になってほっとしてる。

俺にくっついて来る、以外の感情が少なすぎたからな。

・・・良くは無いけど、クロトと同じ存在が産まれた事が良い方向に作用しているのかな。

俺が離れてる間にかち合う様な事が無いと良いけど。


「そうだタロウ、魔人の能力の報告がこの間来たんだ」

「魔人の? 帝国に出てきた奴?」

「おう。一応、だがな。それ以外にも何か出来るかもしれねぇが、とりあえずは判明した」

「もしかして結構ヤバイ?」


以前現れた魔人の話はざっくりとだけ聞いている。

細かい話は来ていなくても、あれだけの面子が居て最終的にリンさん以外は対処不可能だったという事から、その時現れた魔人の危険度がうかがえる。

ただ連中は純粋な戦闘能力ならば対処可能だ。だから初手で一気に終わらせるのが最善手。

勿論例外は居る可能性が有るから、その方法でも危険が無いとは言えないんだけど。


「能力自体は誰でも対処出来るし、相対する危険度合いは低めだ。相手するならアロネスが一番相性が良いな。次点でセルエス。一番相性が悪いのはミルカとアルネかな」

「んー、てことは、遠距離攻撃系?」

「残念、物量系だ。数で押し潰すタイプの能力だな」

「ていう事は、この間のリガラットの魔人と同じタイプか」


その場に居なかったので見てはいないけど、物量対物量なのは探知で解っている。

圧倒的な物量を、更に圧倒的な質と物量で押し潰すアロネスさんなら相性は良いだろう。

本人が戦う訳じゃ無いから疲れないっていうのも強みだ。


やられた事は無いけど、戦法を知って以降はアロネスさんとは心底やりたくないと思ったな。

だって倒しても倒しても次が来る上あの人前に出ないんだぜ・・・勘弁してくれよ・・・。

その上一体一体が普通に強いらしいから勘弁して欲しい。


「あれは内包している物を開放だったから少し違う。食わなきゃなんねーみたいだったしな」

「アロネスさんみたいに人形作り出すとか?」

「それに近いな・・・」


近いってどういう事だろうか。そろそろ正解教えて下さいな。

イナイの言葉に首を傾げていると、彼女は険しい顔で空を見上げながら口を開いた。


「死体だよ。死体を使って兵隊を作る。死体が増えれば増える程物量が増える」

「・・・それ、ほっといたら、凄まじく大変な事になる、よね」

「なるな。既に大変な事になってるかもな。どこまで扱えるのかは解らんが、今の所限界に達する気配は無いそうだ。下手をすると帝国民全員が魔人の兵になるかもな」


死体を兵にって洒落になってないぞ。

軍隊で戦えば戦う程、ただ無意味に力与えてくだけじゃねえか。


「しかも死体なら何でも良いらしい。確認した限り、野生動物も魔物も全て従えていたそうだ」

「っ、それ、早めに介入しちゃ、駄目なのかな。手遅れになる前に」


沢山、人が死ぬ。絶対沢山死ぬ。戦う人間以外が無駄に死ぬ。

そんな力を持ったやつが、態々兵隊だけを狙うはずがない。

きっと無関係な一般人も沢山死ぬ。兵が敗れればなおの事、そのまま死体が彼らを襲う。

今すぐ助けに行っては、いけないのだろうか。


「・・・お前がそうしたいなら、あたしは構わねえ。そう、言ったろ」


両手を強く握りながら告げた言葉に、イナイは優し気に笑いながらそう答えた。

その声音と言葉の意味で、ほんの少し冷静さを取り戻す。

熱くなるな。頭を落ち着けろ。俺が自由に振舞えば、そのツケは全て彼女が被るんだ。


「ごめん、ちょっと、また馬鹿な事を言った。俺は・・・動かないよ。見知らぬ誰かが傷つくと解って動けないのは辛い。でも、そんな事よりも、俺にとっては家族の方が大事だ」

「・・・そっか。ごめんな・・・ありがとう、タロウ」

「謝る必要なんてないよ。俺がそうしたいんだ」

「・・・うん、それでも、ごめんな」


赤の他人の命と、家族の生活。どちらを天秤で傾けるかと言われれば家族だ。

目の前で困っているなら勿論助ける。助けられるなら助ける。

けど、その為に、家族を犠牲にする気は、無い。


何よりも彼女だって動きたいはずだ。彼女はそういう人だ。

本人が耐えているのに、我慢しているのに俺が馬鹿な事をするわけにはいかない。


「タロウ・・・今言った通り敵は死体だ。何の罪もない人間もきっと沢山敵になる。助けるには跡形も無く吹っ飛ばしてやる他に無いだろう。その時が来たら・・・助けてやろうぜ」

「・・・うん、解ってる」


彼女の言葉は「沢山の人を殺す覚悟で臨め」と言っている。

魔人を倒せれば、すぐに見つけて打倒出来ればその必要もないかもしれない。

けど素直に姿を現すとは限らない。それならばその死体兵達を相手にする必要がある。

魔人が操るんだ。雑兵とは考えない方が良い。加減は、出来ない。




殺す。敵は全て、斬り殺す。生き抜く為に、救う為に。

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