第655話シガルとセルエスの付き合い方ですか?
「挨拶回りはこんなところかしらねー、お疲れさまー」
「は、はい、ありがとうございました、セルエス殿下」
間延びした気の抜ける声で終了が告げられる。
右も左も解らない状況で引きずり回され、色んな人にとにかく挨拶をしていた。
正直に言ってしまうと流石に全員は覚えていられない。
一応覚えてないと不味い人はしっかり覚えているけど、今すぐ隊員全ては流石に無理。
ハクは途中で飽きて、欠伸しながら付いて来ている状態だった。
クロト君は女性の隊員さんに人気で、殆どの人に頭を撫でられている。
大人しく聞き分けも良くて可愛らしいからなぁ。
これで普段からにっこり笑うならもっと可愛いと思うんだけど。
「んー、私の事はセルお姉ちゃんで良いのよー?」
「いえ、そういう訳にもいきません。王妹殿下であり、魔術師隊総隊長なんですから」
「セルお姉ちゃん」
「え、いえ、周囲の人への示しとか・・・」
「セルお姉ちゃん」
にっこりと、有無を言わせない迫力で迫って来るセルエス殿下。
でも以前ギーナさんにお姉ちゃんと呼ぶのを断ったので、ここでお姉ちゃんと呼ぶのは彼女に悪い気がした。
とはいっても、このまま殿下と呼ぶのは許してくれないんだろう。
セルエス殿下の圧力はタロウさんにちょっかいをかけている姿で良く理解している。
とりあえず素直に出来ないと言って、別の呼び方で譲歩して貰おう。
「お姉ちゃんと呼ぶのは、今はイナイお姉ちゃんだけが良いんです。申し訳ありません」
「むうー、それじゃあしょうがないわねー。残念ー。でも殿下は止めて欲しいなー」
良かった。イナイお姉ちゃんの名前のおかげか素直に納得してくれた。
皆お姉ちゃんの事好きだから、大体の事は引いてくれると予測してだったけど。
卑怯かもしれないけど、これで丸く収まるなら使わせて貰う。ごめんね、お姉ちゃん。
後はどう呼ぶかだけど、無難にセルエスさんで良いよね?
「人前でなければ、セルエスさん、とお呼びしますけど、どうでしょう」
「んー、セルエスさんかぁー・・・せめてもう一声ー。その敬語止めましょー?」
何故彼女達はあたしに敬語を止めさせたがるのだろう。
ミルカさんもリファイン様もネーレス様もボロードル様も、大体一度は言って来ている。
ネーレス様はさらっというだけだったけど、セルエスさんはぐいぐい来るなぁ。
「そうは言っても、そこはタロウさんも同じですよね?」
「あの子はあの喋り方でも良いのー。シガルちゃんはその喋り方だと距離感じるんだものー」
全く良く解らない理屈で却下されてしまった。
でも確かに、タロウさんは丁寧に喋っていても距離をとっている感じは余りしない。
おそらく言葉が丁寧でも態度が丁寧じゃないせいだ。
酷い言い方かもしれないが、タロウさんはすぐ態度に出るから余り気にならないんだろう。
「じゃあ、セルエスさん、今後はもうちょっと気楽に話したら、良いの?」
かなり緊張しながら砕けた言葉を口にする。
少し矛盾している気がするが、緊張するななんてのは無理な話だ。
王族相手にこんな喋り方なんて本当に心臓に悪い。
だが彼女はあたしの言葉を聞いて、普段から笑顔なのに更に笑った様に見えた。
「んー、良い感じ。これから私とそれなりに会う機会も増えるから、仲良く行きましょうねー」
「隊員として、それで良いのかなぁ・・・」
「良いの良いのー。公の場でしっかりしてればねー。私用で会ってる時はこんなものよー」
「それ、そう、なのかなぁ・・・」
確かにお姉ちゃんたちは私用で会っている時と公の場では大分態度が違う。
でもそれはお姉ちゃん達の今までの付き合いが有るからだと思うんだけど。
あたしはお姉ちゃん達が話している傍に居るだけの小娘だ。
お姉ちゃんの家族だから、だろうな、きっと。
いや、タロウさんの嫁だからっていうのも有るかな。
彼女達にとって、タロウさんはとても可愛い愛弟子みたいだし。
そう思うと、彼女達はあたしを見ている様で見ていないのかもしれない。
あくまで親しい人の家族であって、親しい人ではない。
そこだけは勘違いせずにいた方が良いだろう。
勿論多少は親しみを持ってくれているとは思うけど、二人に対するものとはきっと違う。
「・・・セルエスさん、って呼べば良いの?」
「クロト君はセルおばちゃんでも別に良いわよー?」
「・・・解った」
「駄目だよ!? クロト君それは解っちゃ駄目な事だよ!?」
もし人前でセルおばちゃんなんて言われたら血の気が引いてしまう。
以前リファイン様をおばちゃんと言ったのも、あたしは内心困っていたのに。
けど焦るあたしに反し、セルエスさんは愉快そうに笑う。
「良いの良いのー。もうおばちゃんなのは間違いないんだからねー。三十過ぎて若いつもりはないわよー。リンちゃんは相変わらずおばちゃんって言われるの嫌みたいだけどねー」
「大体の女性は、おばちゃんと言われるのは嫌がる人多いと思うんだけど」
「そうー? 私は別に無いわねー。イナイちゃんだってそうでしょー?」
「お姉ちゃんはむしろおばちゃんと呼ばれたい人だし・・・」
見た目の幼さを嫌がって、大きくなる為だけに竜の魔術習得した人だからなぁ。
お姉ちゃんって時々子供っぽくて可愛いと思う。
あれが狡いんだよね。普段格好良いのに、いきなり物凄く可愛らしい態度取ったりさ。
そもそも根っこの部分がとても女の子なんだ、お姉ちゃんは。
あたしでは逆立ちしても勝てない。
「二人はセルって呼んでくれれば、後は別に構わないわよー」
『セルエスは呼び名に拘るな。何か理由が有るのか?』
「そりゃそうよー。私をセルって呼ぶ人は本当に親しい人だけの呼び方だものー。クロト君もシガルちゃんもイナイちゃんの家族だものー。私にとっても家族みたいな物よー?」
『成程、私とは少し違うが気持ちは解る。私にとってハクという名を持つ私こそが私だからな』
「あははー、じゃあハクちゃんとも仲良く出来そうねー。今度竜の姿の時に抱きしめさせてー」
『別に構わないぞ?』
殿下とも隊長とも呼ばない王宮魔術師隊員。これで良いのだろうか。
しかもそのうち一人は魔術師ではないというか、魔術が使えないのに。
クロト君の黒は下手な魔術よりも強力だから誤魔化せるか・・・。
「あ、そうそうー、今後の指示は基本的に私かゼノセス、もしくはキャラグラから来ると思うから、そこも宜しくねー。指示は挨拶回りの時に言った通り、定期集合日に伝えるからー。任務中で来れない時は、専門の連絡員が定期的に向かう様になってるからねー」
「はい、解りました。それにしても、キャラグラさんって部署関係ないんだね・・・」
「あの人本当に何の仕事を主にしてるのかさっぱり解らないわよねー」
ケラケラと笑うセルエスさんだけど、それで良いんだろうか。
キャラグラさん、ちゃんと休んでいるんだろうか。前に会った時は少しクマが出来ていた。
お父さんはあんなに元気なんだから、少しくらい変わってあげればいいのに。
部署が違うらしいから邪魔になるだけか。
「後解ってると思うけど、シガルちゃんは王に力を認められて隊を授かった身だから、誰もその実力を知らない。後日力を見せる場を設けるから、そのつもりでいてね」
「はい、解りました」
「宜しい。タナカ・グラウド・シガル隊長。これからの王国への貢献を期待している」
「はっ、その名に恥じぬ様頑張りたいと思います!」
いきなり空気を変え、ピリッとした雰囲気で告げるセルエスさん。
思わず背筋を伸ばして応えてしまった。
成程、これなら私用の時と公用の時の切り替えは問題無さそう。
「それじゃまた今度ねー。日にちを間違えちゃ駄目だからねー」
「・・・はい」
そして一瞬で緩い雰囲気に戻し、手をひらひらさせながら去って行った。
あの落差はちょっと疲れそう・・・。
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