第654話俺が帝国に向かう理由です!
シガルの実家で過ごす事数日、毎日親父さんに適度に絡まれながら過ごしていると、ブルベさんから城に来て欲しいと連絡が来た。
なのですぐに用意して皆で城に向かう。今日もグレット君の出番です。
ただ出る時に人に囲まれ、少しだけ出発に手間取って困った。
アイドルに群がるファンみたいな事にはならないのだけど、徒歩なら邪魔にならない程度の遠巻き加減なので、車だとほんの少しだけ通行に支障が出たのだ。
ただ退いて欲しいと言えば素直に退いてくれたので、そこまで面倒な事にはならなかった。
今更な話だが、イナイの容姿は王都ではそれなりに知られている。
それは元々彼女が王都の店に買い物に出没する事と、この間の結婚式が理由だ。
ただ全員が容姿を知っていたわけではなく、一度実物をと見に来る人が絶えない。
ブルベさんの結婚式の頃も注目されてはいたけども、今はもっと視線を集めている。
兵士さんでもイナイの容姿を知らない事が有るのを考えれば、気になるのは当然だろう。
他の八英雄達もそうだが、王都から離れれば容姿を知られていない人も少なくないらしい。
そもそもブルベさんだって、結婚式が無ければ姿を見る機会なんて滅多にないだろう。
あ、でもお祭りとかで出て来るって言ってたっけか。
だとしてもそれも王都内だけだし、他の街に行けば当然知らないはずだ。
ならば御伽噺クラスの人間が実際に見れるとなれば、こうなるのも致し方ないだろう。
むしろ家の中に押しかけてきたりとかの迷惑が無いだけ、大分マナーがなっていると思う。
庭に門番グレット君が居るので近づけないだけの可能性も有るが、一応平和だ。
門番やって、車引いて、クロトとハクの遊び相手になって、お前頑張るなぁ。
今更だけどよく頑張ってると思ったので、今度ちょっと良いお肉をあげよう。
そしていつも通り特に誘導なく城まで到着。
また兵士さんにグレットを任せて城内に入って行く。
今日も事前に連絡が入っていた様で、城の入り口からブルベさんの待つ部屋まで案内された。
「やあ、いらっしゃい。どうぞ座って」
部屋に入るとブルベさんがにこやかに迎えてくれた。隣にはウッブルネさんも立っている。
先日と違い何処か緩い気配に逆に怖いものを感じつつ、頭を下げて座らせて貰う。
「ふふ、そんなに緊張しないで欲しいな、この間はあんなに堂々としていたのに」
「あ、そ、その、すみません」
彼の言葉にふと隣を見ると、シガルがガッチガチになっていた。
先日堂々とブルベさんに口を出した彼女とは思えない程に縮こまっている。
そんな彼女の様子を見てクスクス笑いながら、ブルベさんは話を続けた。
「謝らないで欲しい。むしろ謝るのも礼を言いたいのもこちらだよ。君にもタロウ君にもね」
そう言うと俺にウインクをして来るブルベさん。
本当に爽やかイケメンさんすわ。俺を誑かす気ですか。
どう返せば良いのか困っていると、彼は一層楽しげに笑いだす。
そしてひとしきり笑うと急に真面目な表情で口を開いた。
「君達は自分の能力をもっと売り込んでも良いはずだ。他国で多大な財を築けるだけの能力を持っている。それなりの地位に立てるだけの能力を持っている。それでも我が国の為に尽力してくれる事に感謝しかない。本当にありがとう」
「へ、陛下!」
ブルベさんは一度立ち上がり、膝を突いて頭を下げた。
その事にウッブルネさんが驚いて止めようとするが、それをブルベさん自身が手で制す。
それにより口を噤んで下がったのだが、顔が物凄く渋い。怖い。
「という訳で緊張する必要なんかないよ。それに姉さんの身内なんだしね」
先程の真剣さは何処に行ったのか、ニコッと笑いながら立ち上がり、ポスンと椅子に座り直す。
シガルはそれをポカンとした顔で見ていた。状況に付いて行けていない感じでとても珍しい。
だがそれもすぐに気をとり直し、深く息を吐いてブルベさんに笑顔を向けた。
「お気遣いありがとうございます。そうですね、私はお姉ちゃんのオマケですよね」
「オマケなどとは思っていないよ。先日言った通り私は君の事を評価している。たとえ姉さん事が無くてもね。今回の事は君が居るから全てが綺麗に纏まった」
「私じゃなく『私に付いて来てくれる二人』が居るからですよね?」
「ははっ、さてさて。それも君が居るからこそだと思うけどね」
シガルは少しだけ意地の悪そうな笑顔でニヤッと笑うと、ブルベさんは心底楽しそうに応えた。
イナイがそんな二人を見て苦笑し、溜め息を一つ吐いてから口を開く。
「で、タロウがあたしに付いて来る理由は言わねえつもりか?」
「物事には順序ってものが有るよ、姉さん」
「はっ、他の連中が居るならともかく、この面子で回りくどい事してんじゃねえよ」
俺が付いて行く理由?
イナイに誰か付いて行かせる為に、俺が護衛にとかそういう理由じゃないの?
後は遺跡の破壊も即出来る様にだと思ってたんだけど。
良く解らずに眉間に皺を寄せていると、ブルベさんが今度は俺の方を向いた。
「タロウ君、君は帝国の要人に知り合いが居るだろう?」
「・・・ヴァイさんの事ですか?」
「ああ、そうだ。彼とは少々縁が有ってね。万が一の要請に君が動きやすい様にしておきたい。君が姉さんと共に行って欲しい理由はそこだ。君にも、その方が都合が良いだろう?」
「成程・・・」
ヴァイさんの要請に応えられる様にか。遺跡の事だけじゃなかったんだな。
それは願ったり叶ったりだ。というかそれが理由という事は、あの人は無事という事か。
良かった。少し安心出来た。あれ、でもそれなら。
「今すぐ帝国を助けに行く事も出来るんじゃ・・・」
「・・・無理だよ。今の彼からは救援要請は来ない。ならばウムルからは動けないし、君には動いて欲しくない。君の為にも、姉さんの為にも。解るね?」
彼の権限では今の状況が露見していない帝国から助けは求められないって事かな。
もしここで俺が勝手に動けばイナイにとって良くない事は解る。
ヴァイさんの事は心配だけど、ブルベさんの口ぶりからは連絡が来ると言っている様に感じるし、大丈夫なのかもしれない。
それでも、一応確認はしておこう。
「彼から連絡来た時は、行って良いんですよね? というか、連絡来ますよね?」
「間違いなく来る。連絡が来た時は君は自分の判断で動いて構わない。全ての責任は彼が持つ」
「・・・ヴァイさんが、ですか」
「ああ、そういう約束だ。だからといって何もかもを擦り付ける気は無いけどね」
責任は彼が持つ、という部分が凄く気になる。
国として何かしらの約束をしているのだろうか。
助けに行った結果、彼が処刑されるとかは勘弁してほしい。
「彼が不利になる様な事は無いんですよね?」
「むしろ彼にとっては望む所だよ」
ブルベさんの真剣な目と声音。だが俺にはそれが真実なのかどうか信じる事が出来ない。
イナイもそうだがこの人達は腹の探り合いの世界の住人だ。
真面目な顔で、真面目な声で、本当の言葉を隠す人たちだ。
それでも、彼を助ける事が出来る選択肢だという事は間違いない。それが余計に不安だ。
「解りました。その時は自分の判断で動かさせて貰います」
「ああ、宜しく頼むよ」
彼が何を隠して何を考えているのか、俺じゃその腹は探れない。
ならせめて、自由に動いて良いと言ってくれた事は好意だと思っておこう。
何が有ろうと、俺は俺の良いと思った方向に動く。
「さて、話が纏まった所でシガル君にウムル王国魔術師隊、特別遊撃部隊隊長を任命する。他の隊長にも挨拶もしなきゃいけないけど、その辺りはセルエスに付いてって貰うから安心して」
「え、あ、はい、え? ちょ、ちょっと待って下さい、そんなさらっと」
「あれ、姉さんから聞いてない?」
「き、聞いてますけど、こういうのってもっと仰々しいものじゃ無いんですか?」
「と言われてもね。就任の言葉を他の者が居る前でするならともかく、身内だけだし」
「そ、そうですか・・・」
シガルさんが物凄く納得いかない顔してる。
今日は珍しい表情を見せる日だな。困ってる姿がちょっと可愛い。
念願の王宮魔術師になれた事自体は嬉しいらしいんだけど、色々腑に落ちないよね。
・・・そういえばゼノセスさんとかどうしてるんだろう。
今のシガルは彼女より強いから、揉めないと良いけどな。
あの人かなり負けず嫌いな感じだったし。
その後はいつ頃に出発するか細かく話しあい、途中でセルエスさんがやって来て、挨拶もそこそこにシガルを攫って行った。ハクとクロトも一応隊員予定なので一緒に。
そういえば今気がついたけど、これで家の中でミドルネーム的なのがついて無いの俺だけだな。
いや良いんだけどさ。
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