第653話帝国皇子の内情ですか?

狭い部屋の中、相棒と俺、愚兄とその側近だけが居る空間。

そんな中で愚兄は俺を殺しそうな程に睨みながら口を開いた。


「今や我らがいがみ合っている場合ではない。手を貸せ」


まるで俺が非協力的で、俺の方にこそ問題が有るような言い方で愚兄は言った。

笑わせれくれる。何がいがみ合っている場合ではないだ。


「これは可笑しな事を。貴方が私を敵視しているだけでしょう?」


笑いながら返すと愚兄は一層眉間の皺を深くする。

不快で堪らないといった様子だ。

愚兄にしてみれば俺に歩み寄る事すら本来は不愉快なのだろう。

だがそれはこちらとて同じ事。今更どの口で言ってこようが協力などせんよ。


「・・・それに関しては謝罪しよう。だから手を貸せ」


だが愚兄は罵倒したい気持ちをぐっと堪え、必要な事を口にした。

どうやら思っていたよりも追い詰められているらしい。

今までならば罵倒の言葉を発して部屋から出て行ったはずだ。


「お断りします」

「なっ!」


だが俺はどうあろうが協力する気など無い。あたりまえだ。

この愚兄は最初の時点で俺の協力を蹴ったのだから。

その事実が有る以上、何をどう言ってこようが断る理由に足る。


「何を言っているのか解っているのか! いまや帝国の一大事なのだぞ!」

「帝国の一大事? はっ、貴方の領土の一大事の間違いでしょう?」

「――――!」


まるで帝国全土が危険だという様な言葉だ。

いや、このまま放置していれば確かに帝国全土が危険なのだろう。

だが現時点では帝国の危機などという様な状況ではない。

少なくとも被害が他国に殆ど漏れていない現状、帝国の危機というには早すぎる。


「それに貴方がおっしゃったのでしょう。愚弟は黙って見ていろと」

「そ、それは」

「貴方がおしゃったのでしょう。父の仇を討ち、私こそが皇位を継ぐに相応しいと言う事を教えてやろうと。お前達は手を出すな、と」


怒りで人が殺せるなら、もう何十回も殺していそうな程の顏で俺を睨む愚兄。

だがこの愚兄は初手の時点で俺達弟にそう言って来たのは事実だ。

俺が手を貸そうと言った事は、周囲の人間達も知っている。

愚兄はそれを衆人環視の中突っぱねて、今更全滅の危機を感じて泣き付いて来た。


誰がこんなグズの為に兵などやるものかよ。

今兵を動かして化け物を打ち取ったとして、その手柄は何処に行く。

どうせ貴様が上手くやって手柄にするのだろう?


俺が最初に手を貸そうと言ったのは、お前が断ると確信していたからだ。

でなければ大事な兵と領民を、お前の為に動かそうなどと言うものか。

お前は自分の愚鈍さに殺されるんだ。このまま愚かしく死んで行け!


「もう良い! 貴様などに話を持って来た私が愚かだった! 行くぞ!」

「ええ、その通りかと。おさらばです兄上」

「―――っ、その言葉覚えて置くぞ。皇帝になった時、生きていられると思うな」

「これは怖い。ならばその為に頑張って化け物を倒してください。兄上?」


余裕綽々で愚兄に告げると、戻らなくなりそうな程の皺を眉間に溜めて部屋を去って行った。

やたらと煩い叫び声と足音が遠のいて行くのを聞きながら、大きく溜め息を吐く。


「あれが今の兄だ。満足か?」

「はっ、ああ、満足だな。くくっ、いつも偉そうにしているあの男が随分と余裕が無いな」


部屋の影から愚弟が騎士を連れて現れる。

愚弟は愚兄が来る前に俺の下にやって来て、愚兄の訪問を聞いて隠れていた。

要件は愚兄と同じく手を貸せという物だ。

愚兄の状況を見て、少しでも手を打とうとした事は愚弟にしては賢い行動だ。


「さて、兄とは手を組まないのは賢い選択だと思うぞ。奴が倒れた後、俺と共に化け物を討とうではないか。何、皇帝になった暁にはそれなりの地位につけてやる」

「断る。阿呆か貴様」

「なっ、貴様誰に向かって」

「ここに至って状況も理解せず、頭も下げられない阿呆に向かってだ」


だが俺は愚弟とも手を組む気は無い。どうせ兵を貸したところで盾に使うだけだ。

使い方も考えず、ただ突貫させて無駄に死なせるだけだろう。

そしてもし化け物を打倒したとしても、その手柄を俺に渡す気など無い。

誰が貴様などに兵を貸すか。愚兄よりも貸す気が起きん。


大体貴様、兄が倒れれば次は貴様が向かわねばならんだろうが。

普段散々俺をこけにしておきながら、ここで動かねば誰も付いてはこん。

それに兄が倒れた後、次に危険なのは領地の近い貴様だ。

兵も領民も領地もそう多くない俺よりも、対処しなければいけないのは貴様が先だ。


民を守る為に力を貸せというならばまだ解る。

だが貴様が当然の様に皇位に着く為に力を貸すなど、俺がやると思っているのか。


「妾の子が俺に手を貸すのは当然だろうが!」

「ならばその下らぬ思考のまま朽ちて行け。俺は貴様がどうなろうが知った事か」

「ぐっ、き、きさま、皇帝に向かって、この場で殺してくれようか!」


既に皇帝気分かよ。阿呆が。貴様なんぞ皇帝の器ではない。

平時であれば何とかなったかもしれんが、この騒乱の状況では貴様の愚鈍さが確実に露見する。

万が一皇帝になった所で、すぐさま引きずりおろされて終わりだろうよ。


「抜くか? いいぞ、抜け。俺達に勝てると思うならな」


愚弟の騎士から剣は取りあげていないので、奴は剣に手をかけている。

だが抜く様子は無い。抜けないのだろう。

俺の傍に居る相棒の眼光に気圧され、抜けば殺されると理解しているからだ。


「今国内は混乱の極みだ。今貴様が死んだところで逃げたと思われるのが落ちだろう。俺は別に構わんぞ。やるか?」

「~~~~っ! この屈辱いつか晴らしてやるからな! いくぞ!」


愚兄と似た様な事を吐きながら、騎士を連れて去って行く愚弟。

兄が兄なら弟も弟だ。あの兄弟は本当に俺と血が繋がっているのかと疑いたくなる。

あいつ等は今自分がどれだけの窮地に立っているのか理解していないのだろうな。


「・・・本当に皇帝は死んだと思いますか?」

「さてな、解らん。その場には居なかったので何とも言えんな。あの父の事だ、身の危険を感じて愚兄どもを切り捨てる為に隠れてないとも限らん」


とはいえ流石にその後の危険を考えれば、そんな事をあの父がするとは思えんが。

ただ死体が上がっていない以上、兄の作り話の線はどうしても消えん。

何よりあの魔人の力を考えれば余計にそう思わざるを得ない。


「とはいえ、生きていた所で割れるだろうがな」

「予想外に貴方の願い通りになりましたね」

「はっ、願い通りなものかよ。かなり焦っているさ」

「おや、てっきり好都合と思っているかと」


相棒の言う通り、起きている事自体は好都合だ。

俺の願いを叶えるには、今回の騒乱はありがたい事この上ない。

邪魔な連中が全員倒れてくれそうな所もとても良い事だ。

だが、一番肝心の問題が残る事になる。その対処に頭を悩ませなければいけない。


「好都合なものかよ。なんだよ殺しても蘇る化け物って。洒落になって無いぞ」

「遺跡と魔人。まさかの展開でしたね。それにこのままでは物量でも負けますよ」

「ああ、ほおっておけば、帝国だけの危機では済まんな」


今暴れている化け物は、ウムル王から聞いた眉唾な魔人という存在だ。

正直その脅威は余り信じていなかったが、流石に信じざるを得ない。

あれは不味い。あんなものが何体も居るなど考えたくもない。

本来ならば今すぐにでも手を打ちたい。打ちたいが打つわけにはいかない。


「後の歴史家達には、愚鈍な三兄弟として評されるのだろうな、俺達は」

「おそらくそうでしょうね。でもそれが貴方の願いでしょう?」

「・・・悪いな、相棒。こんな下らない事に付き合わせて」

「何を今更。私は貴方の為に、貴方の為だけに此処に居る。貴方に仕える為に此処に居る。俺は最後まで貴方の相棒ですよ、ヴァイ」


相棒の揺ぎ無い瞳が俺を見据える。そしてこいつが居てくれるから俺は前を見る事が出来る。

頼りになる相棒が俺の傍に居る。ならば今更何を引くものか。


「ぶち壊そうか、相棒」

「ええ、暴れてやりましょう、相棒」


遠くない未来、帝国は滅ぶ。

帝国を本来支えるべき人間達の手によって滅びを迎える。

俺が、潰す。

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