第652話最近の我が儘お嬢様の調子ですか?

「返せ! それは俺のだぞ!」


身分証を国境の検問をやってる兵士に見せ、盗られると思ったらしき嬢ちゃんが喚く。

今にも殴り掛かりそうな嬢ちゃんを掴んで抑え、兵士や周囲の人間にクスクスと笑われている。

こっちは笑い事じゃねえんだよ。好きに暴れさせると血の海になるぞ。


「あはは、ちゃんと返すよお嬢ちゃん。ほら、ごめんな」

「ふんっ!」


兵士が笑いながら身分証を返すと、嬢ちゃんはひったくる様に受け取った。

そしていそいそと外套の内ポケットにしまい込む。

やっている事は可愛く見えるが、抑えてなかったら目の前の兵士は肉片に変わっている。

本当にこいつ、いい加減この極端な行動止めてくんねぇかな。


「すみません、騒がしくて」

「気にしなくて良いさ。子供は自分の持ち物を持ちたがるものだしね。どうぞお父さん」

「・・・どうも」


父と言われながら身分証を返され、訂正するのも面倒なのでそのまま国境を越える。

嬢ちゃんはまだ何か騒いでいるが引きずってその場を離れた。

暫く引きずると「いい加減放せ!」と本格的に暴れ始めたので手を離す。


「まったく・・・少しは大人しくなったかと思ったら、また最近暴れ始めやがって」

「何だ、奴が俺の物を盗るのが悪いのだろうが!」

「盗ったんじゃねえよ。確認しただけだろうが」

「知らん!」

「頼むから知っとけ。今後も何度かこういう事有るんだから」


嬢ちゃんの言動に思い切り溜息を吐いてしまう。

先の事は身分証の提示の際、嬢ちゃんが提出を渋った為に無理矢理取り上げたせいだ。

一度自分の物と認識したせいなのか、凄まじい抵抗をされて大変だった。

亜竜を相手にする方が楽な子供って、本当に嫌になって来る。


今までも提示する場面はあったが、本人が手に持った状態だったからか暴れる事は無かった。

だから問題なさそうだと思っていたんだが、考えが甘かったらしい。

今回は確認をする為に手渡す様に要求され、盗られたと暴れ出しやがった。

頼むから子供の癇癪の勢いで人が潰れる力を使うな。死人が出るっつの。


「身分証の何がそんなに気に入ったのやら」


ふと思い返すと、そういえば嬢ちゃんは服も今新しく着ている外套も案外大事にしている。

魔人とひと悶着あった時は流石にボロボロだったが、普段は汚したり破ったり等はしていない。

自分の物と認識すると大事に思うタイプなのかもしれねぇな。


「しかし、父親か・・・俺もそんな年だったな、そういえば」


ミルカも母親になるんだし、リンねえやクソ姉貴もそう遠くない内に母親になるだろう。

というか、他国を考えれば二人の結婚はむしろ遅い部類だ。ミルカでも遅いぐらいだ。

戦闘職の男の場合は結婚が遅い事も少なくないが、俺の立場であれば既に子供が居てもおかしくないしな。


ただ門番が親子と言ったのには身分証にも理由が有る。

俺の身分証と嬢ちゃんの身分証の家名が同じなせいだ。


旅をするのにウムルの名は邪魔だと思い、俺は良く母方の昔の家名を使っている。

これは兄貴に許可を貰って、旅立つ前に作って貰った身分証だ。

一応ウムルの名の入った物も持っているが、基本的には母方の物で過ごしている。


そして嬢ちゃんの持つ身分証は、前にアロネス兄さんが来た時に渡された物だ。

渡されたタイミングが嬢ちゃんが駆けだした時なので、中身まで見ていなかった。

後で確認して「兄妹って事にするか」と決めたんだが、周囲には俺達は親子に見える様だ。

見た目はまるで似ていないと思うんだが、何故か必ず父親扱いされてしまう。


嬢ちゃんはその事には特に何も言わないし、俺も訂正が面倒なので放置している。

なにせ親子でも兄弟でも本当は違うのだから、どちらにせよ同じ事だ。

思う所が有るとすれば、嬢ちゃんの親と言われ、俺も老けたのかなと感じる事ぐらいだろう。

前にアロネス兄さんと話した時に嫁というよりは娘とは思ったけど、実際に何度も父と呼ばれると来る物が在る。


「んで、こっちで良いのか?」

「解らん」

「解らんって・・・嬢ちゃんがこっちに行きたいって言うから向かってんのに」

「知らん。従僕は黙って俺に付いてこい」

「はぁ・・・しおらしい時と我が儘な時が激しすぎんだろ」


最近、嬢ちゃんは向かいたい方向が有るという事を俺に告げて来た。

それは遺跡関連なのかと問えば珍しく素直に頷き返され、今も少し戸惑っている。

頼られたのかとも思ったが、何となく違う気がするんだよなぁ。

その後はいつも通りこの調子で、止めるのも聞かずにずんずんと歩みを進めているし。


「お前が魔人を憎んでるのは解ってるけど、今のお前じゃ勝てないだろ」

「そうだな」

「お、素直じゃん。じゃあ少しは――――」

「その時はお前が俺を守るだろう」


これだ。普段の態度は反抗的なくせに、最近は俺が見捨てねえと断言してきやがる。

ただその言葉は確信というよりも、そう断言する事で俺に見捨てさせない様にしている気がするんだよな。

勿論見捨てる気なんか今更ねえけど、ひねくれた縋り方以外出来ないのかね、こいつは。


「へいへい、ちゃんと守ってあげますよご主人様」

「・・・ふん」


あ、乗ってやったのに反応悪いなこいつ。無防備な後ろ頭叩いてやろうかな。

しっかしどうすっかな。一応考えた遺跡対策が通用すると良いんだが。

いや、いける。俺は魔法使い。常識なんかぶち壊せ。姉貴もついでにぶち殺せ。

うっし、弱気になってたってしゃあねえ。


しかしこの方向だと帝国に近くなるな。

まさか帝国領まで行く事にならないと良いが。

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