第651話惚れる女ですか?
「はぁ~・・・毎日風呂に自由な時間に入れるとやっぱり楽だなぁ」
「誰にも気を使わなくて良いしねー」
シガルと二人、浴槽に浸かりながら体を伸ばす。
女性二人なら余裕で入れる広さなので特に苦も無く入れている、と言いたいところだが、何故かシガルはあたしの背もたれになる様に座っている。
理由は言わないがその場所が良いらしい。子供の様な扱いで少し嫌なんだが。
「あたしは一応、多少は気を使ってるぜ?」
「それは知ってるけど、別に気にしなくて良いんだよ?」
「んー、あの親父さん相手だから、解っちゃいるんだがな」
あたしの肩にお湯をかけながらの言葉に同意しつつ、それでもまだ気を使うのは止められない。
もう少しかかるだろうなと思いながら湯の中で体を解す。
ブルベからの呼び出しが無く一日家で待機だったので疲れ等は無いが、それでも一日の終わりにゆったりと汗が流せるのは心地良い。
我ながら力の入れ所を間違っていた気がしなくもないが、この環境がウムルでは当然になるように力を入れて良かったと思う瞬間だ。
「しかし、相変わらずお前の親父は愉快だな」
「あ、あはは。ごめんね、構いたがりで」
シガルは苦笑しながら返して来たが、あたしとしては嫌味のつもりは一切ない。
彼に関して不快になった事はないし、むしろ眺めている分には楽しいとすら思っている。
渦中に巻き込まれると少し困る時もあるが、微笑ましいと思える範囲だろう。
「確かに構い過ぎだとは思うが・・・あたしは良い親父だと思うがな?」
「その構い過ぎが致命的なんだよぉ・・・」
彼はあの後も一日中騒がしかった。
シガルに構って貰う為か魔術の腕も上がったのだと披露し、その上を行く魔術を娘に披露されて落ち込むかと思えば「流石シガルちゃん!」と言い出す様な出来事もあった。
シガルは死んだ目で親父さんを見ていたが、あたしはその様子を微笑ましく思っている。
彼が娘の事をどこまでも愛しているのだと、その愛情の深さが良く見えるのが好ましい。
勿論シガルの言う通りやり過ぎな所が有るというのは認めるが。
そしてあの愛情が、最近はあたしとタロウに向かっているのも感じ取れている。
今日なんて家具を新調したと見せられた物が、全てあたしが関わっている物になっていたのは笑うしかなかった。
あたしが作った物という事でベタ褒めして来た時の勢いは、完全にシガルの時と同じ物だ。
別に恩に着せようといった打算的な考えは彼に無い。本当にこれっぽっちも無いのだ。
彼に有るのはただ純粋に家族に対する愛情と、その想いからの行動だけ。
でなければ逆に嫌がられかねないあの構い方をやりはしないだろう。
「タロウさんには何か有る度いちいち絡むしさぁ・・・」
「あれはお互い楽しんでいる気がするがな」
「ええぇー・・・」
タロウが何かを言う度に、ほぼ必ずと言って良い程に彼は反応をする。
そういう性格なのだと言ってしまえばそれまでかもしれない。
だが当人のタロウが楽し気に対応し、父に害する人間に敏感なクロトがとても懐いている。
あたしにはどうしても、ただ楽しくじゃれ合っている様にしか見えない。
「案外親父さんの方が、あたしらよりもタロウの支えになってるかもしれねえぞ」
「ええ~・・・やだぁ~・・・」
「あははっ、何て声出してんだよ」
心底嫌そうな声に思わず笑ってしまう。
あたしだってそれを認める気は無いが、そこまで嫌がらなくても良いだろうに。
シガルは本当に父にだけは辛辣だな。嫌っているわけじゃねえのは解ってんだが。
「で、何の話なの、お姉ちゃん」
「せっかちだなぁ・・・少しくらい世間話してからでも良いじゃねえか」
「あたしは逆の方が楽だから、出来れば大事な話を先にして欲しいかな」
「へいへい、りょーかい」
今回風呂に誘ったのはあたしだ。シガルと二人きりで少し話したい事が有ったから誘った。
この家にいる間、何だかんだ二人っきりになれる時間が無かったからな。
風呂に誘うのであればタロウは違和感を感じないだろうと思い、習慣を利用させて貰った。
シガルの実家の風呂だから、親父さんの居る前で付いて来ようとは言わねえだろうしな。
「何であんな事言い出したんだ」
「何の事?」
「しらばっくれんな。タロウ相手のつもりで話す気はねーぞ」
「あはは、タロウさん可哀そう」
「あいつは自業自得だ。最近マシになっちゃいるがな」
以前より察しも良くなっているし、色々経験して知識も増えている。
昔よりは世間知らずの未熟者の気配は落ちたが、それでもまだまだ若輩の未熟者だ。
だからってあいつが駄目というよりも、シガルが優秀過ぎるだけなんだがな。
この歳で王相手にあの態度で話せる娘が何人いるやら。それも王が望む内容をだ。
「今ここにタロウは居ない。嫌われる心配はしなくて良いんだぞ」
「・・・お気遣いどうも。けど、それにはもう一つ気にしないといけない事が有るんだけど?」
「あん、何だよ」
「あたしはお姉ちゃんの事も好きなの。お姉ちゃんにも嫌われたくないの。タロウさんの前じゃなかったら何でも出来るわけじゃないんですーだ」
拗ねた様に言われた言葉に一瞬あっけにとられたが、すぐに意味を理解して苦笑してしまう。
相変わらずお前は真っ直ぐだな。そこまで素直に好きだと言われたら少し照れるだろ。
「そりゃ悪かったな。すまん」
「そうだよー? 大体お姉ちゃんは何でもかんでも自分が頑張っていれば良いと思い過ぎなんだから、少しぐらい甘えて丁度良いの」
「最近はそれなりに甘えてるつもりだぜ?」
「なら今回の事は、つべこべ問わずに大人しく行ってらっしゃい」
「・・・はっ、やっぱそういう事かよ」
今回の移動でタロウが付いてくれば、必然的にタロウと二人の時間が増える。
シガルはあえてそうなる様に、自分から離れる選択をしたんだ。
不公平にならない様にとあたしに気を使って。
「なあ、シガル、あたしは――――」
「知りません聞きません。あたしは大好きな人の為に、大好きな人の力になれるから、だからあたしはあたしの為にやってくるの。それを邪魔するならたとえ大好きな人相手でも許さない」
振り向いて自分の意思を伝えようとして、被せる様に言われた言葉に何も言えなくなった。
シガルのその目の強さに、口から何も音が出て来ない。
完全に気圧されて、そのまま静かに口を閉じて座り込んでしまった。
そして恥ずかしくなりながらも、ポソリと最低限の言いたい事だけはちゃんと伝えておく。
「・・・ありがと。あたしも好きだよ」
「あたしの方がお姉ちゃんの事大好きだもんね! タロウさん相手とは種類が違うけど、愛してるって言っても良いよ!」
「くくっ、そりゃあ嬉しいな」
余りに力強い真っ直ぐな言葉に笑いが漏れる。胸に暖かい物が溢れる。
ああ解るよ。タロウがこの子に惚れる理由が本当に良く解る。
勿論今更な確認だし、前々から解っていた事だ。あたしはこの子には勝てないなんて事は。
どう足掻いても、シガルの強さには絶対に勝てないと知っている。あたしは彼女程強くない。
「・・・勿論お姉ちゃんに嫉妬する時は有る。劣等感を抱く時は有る。けど、それでも大好きなお姉ちゃんなの。大好きな人の隣にいる為に、あたしは頑張って来る。だから頑張って来て」
「ああ、お前に恥をかかせねぇ様に仕事をしてくるさ」
「仕事に関しては全然心配してないけどねー」
「・・・まあ、あっちも、それなりに頑張って来るよ」
タロウとの夜の事を突っ込まれているのは解っているが、どうにも二人だと誘い難いんだよ。
お前が居ると何だかんだあたしもタロウもお前に流されるからさ。
・・・まあ、頑張るか。折角気を遣って貰ったんだ。
流石にここでへたれたらタロウの事言えねえだろうしな。
ほんと、とんでもない奴家族にしたな。おかげで格好悪いままじゃいられねえよな、お互いよ。
精々シガルに呆れられない様に、二人で張り切って来るとするかね。
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