第648話シガルに与えられる物です!

イナイ達の話し合いは案外かかっている様で、もう日が傾き始めていた。

俺達はその間にグレットの下に向かい、ぼーっとイナイを待っている。

グレットも長時間放置されるより、シガルとクロトが傍に居る方がご機嫌だろう。


「遅いねー、お姉ちゃん」

「まあ、それだけ大事な話って事なんだろうけどね」


国の頭が代替わりする可能性が有る。中々に性質の悪い大国の頭が。

もしかすると代替わりどころか消滅するかもしれない。

それも周囲に被害を撒き散らかす可能性も有ると来たもんだ。

そりゃー話し合いも長くなろうってもんでしょうよ。


『面倒臭いな。そのまま乗り込んで殺しちゃえば良いのに』

「そういう訳に行かないから話し合ってんだろ」


物騒な事を言うハクに「頼むからやるなよ」という気持ちも込みで溜め息を吐きながら言うと、気に食わなそうな顔でハクは口を開いた。


『解ってる。だから私も大人しく行かないんじゃないか。私の存在は知ってる国は知っている。だからもし私が行けばシガルやイナイに迷惑がかかる。そうだろう?』

「・・・お前ってホント、空気が読めるのか読めないのか解んないわ」


馬鹿じゃないのは元々解ってるけど、普段の言動が言動だからなぁ。

何も考えて無さそうな自由な発言が多いし、空気読んでない発言も多い。

わざとそうやってる可能性も有るのかも。

後はその中に何故俺が組み込まれてないのかはとても気になります。







その後も暫く待って、もう日もほぼほぼ落ちた頃にイナイは戻って来た。

近くに居た兵士さんにはしゃんと背を伸ばして相手をしていたが、他人の目が消えると小さく溜め息を吐いて俺達にの方に向いた。


「わりいな、待たせた」


片手を上げていつも通りに、と言うにはいささか疲れた様子のイナイさん。

かなり長時間話し合ってたようだし、何か上手く行かない事も有ったのかもしれない。

多分体はそこまでだろうけど、気分的に疲れてるんだろう。


「話し合い上手く行かなかったの?」

「それなりに色々あった、って所かな。ま、何とかなるさ」


イナイは軽く溜め息を吐いてから、グレットを車に繋ごうとし始めた。

俺は疲れた様子のイナイを背後から持ち上げ、そのまま手を放させてシガルの横に座らせる。

イナイは特に抵抗せずにそのままストンと座った。


「あにすんだよ」

「俺がやるから休んでなよ」


俺の行動に気に食わないという顔で抗議するイナイ。

それでも座っている様にと言うと、小さく笑って腰を落ち着ける。


「はいはい。んじゃ、任せるよ」

「あいあい。じゃあごゆっくり」


シガルはクスクスと笑いながらその光景を見つめ、クロトがイナイの肩を揉み始める。

背後で楽しそうな気配を感じながら、俺はグレットを車に繋いだ。

グレット君は言わなくても定位置に居てくれるから凄く楽だわ。良い子良い子。


繋ぎ終わって頭を撫でてやると、尻尾を振りながらゴロゴロと鳴き声を上げるグレット。

やっぱネコ科になるのかな。でも尻尾が犬っぽい反応なんだよな。

今日はゴロゴロ鳴いてるけど犬みたいに鳴く時もあるし、本当に良く解らないな。

可愛いから良いけどさ。大きさに目を瞑ればだけど。


「終わったよー」

「お~・・・今行く~・・・」


グレットから手を放して振り返ると、イナイが半分溶けていた。

クロトが無表情のまま黙々と揉んでいる上に、シガルも参加して足を揉んでいるせいだ。

そこまで本格的にやるのは帰ってからしません?

ていうかこの車イナイ製でほぼ揺れないんだし、せめて中でやれば良いんじゃないですかね。


「・・・あ、そうだ・・・シガルに言う事あるんだった・・・」

「言う事? なあにお姉ちゃん」


今行くと返事をしたイナイだが、シガル達がもうちょっときりの良い所までと続ける。

それに抵抗せずにいるイナイが溶けたまま口を開き、シガルが首を傾げて訊ねた。


「あ~・・・後日、予定決めるって話・・・だったろ・・・あ、クロトそこ気持ち良い」

「・・・ここ?」

「あ~・・・そこそこ・・・ふぇ・・・」

「予定もう決まったの?」


イナイさん、溶けたまま喋るせいで言葉途切れ途切れじゃないですか。

シガルも聞くなら一旦手を止めたらどうですかね。そのまま寝そうですよ彼女。

だがクロトもシガルも手を止めることなく、イナイは段々瞼が閉じかけながら続ける。


「んっ、はぁ・・・んー、決まったつうか、元々予定、んあっ、自体は決まってる、様なもんだし・・・決まってねえのは日程、ぐらい、で・・・」

「あー、そうだよね。元々タロウさんが行く予定の遺跡があるもんね」

「そうそう・・・んふっ、んっ・・・んで、それに際し、シガルに役職・・・つくから」

「・・・は?」


あ、流石にシガルも今のイナイの言葉には手が止まった。

驚きながらイナイを見上げるシガルを見て、クロトも手を止めた。

その様子を見てイナイは軽くなったらしい肩をグルグルと回し、ニヤッと笑いながら口を開く。

まだちょっと眠そうだけど。


「ウムル王国魔術師隊、特別遊撃部隊隊長、タナカ・シガル。っつー役職が与えられる予定だ」

「はあ!? 何いってるのお姉ちゃん!?」

「なんだ、憧れの王宮魔術師に就任だぜ? その上いきなり隊長だ」

「いや、えっと、ああもう突っ込み所が多すぎて言葉が出て来ない!!」

「くくっ、まあそうなるよな、あはははははっ」

「笑い事じゃないよお姉ちゃん!?」


珍しい。シガルがめっちゃ焦ってる。焦り過ぎて何から言ったら良いのか解らないみたいだ。

イナイはそんなシガルを見て心底楽しそうに笑っている。

それにしてもいきなり隊長って、周りが許してくれんのかね。


「別に良いじゃん。お前隊長職張れるぐらい魔術師として能力あるんだし。ウムルは能力主義だから誰も文句なんかねーし、文句有る奴は黙らせてやれ」

「いや、お姉ちゃん、評価されてるのは嬉しいけど先ず何でそんな事になったの?」

「ハクとクロトとシガルの三人全員を役職無しのまま行かせらんねーって事さ。あ、お前らも一応シガルの部下って扱いになるからな」

『解ったー!』

「・・・はーい」


焦るシガルとは対照的に、すんなりとイナイの言葉を受け入れる二人。

それを見てシガルは大きな溜め息を吐き、少しだけ落ち着いた様子を見せる。


「でもあたし達だけで行くわけじゃないでしょ?」

「まあな。お前らの移動名目は要人護衛だ」

「じゃあ別の人が隊長で、あたしもいち隊員でも良かったんじゃ」

「クロトはともかく、ハクを他人が抑えられると思うか?」

「あー・・・上の役職の人間の面子を潰さない為なんだ」


シガルが何故役職を与えられたのかを理解すると、イナイがシガルの頭を撫でる。

不満そうな顔を向けたままのシガルにイナイは苦笑していた。


「そんな顔すんなよ。魔術師隊所属だから憧れの大魔術師セルエス殿下の部下だぜ? しかも隊長職だから直接指示受ける階級だ。セルエス総隊長殿から隊長就任祝いのお言葉もあるかもな」

「あー! 考えないようにしてたのにー! 絶対緊張するー!」

「あっはっは、これでお前も当代貴族の仲間入りだぞ、シガル」

「だから考えないようにしてるって言ってるのにー!」


頭を抱えながら悶えるシガルを見て笑いながら言い続けるイナイ。

そっか、魔術師って隊長職が貴族扱いなんだ。

騎士だと隊員になるだけで貴族らしいから、また扱いが違うのかな。


「あーうーうあー、あああああ、頭痛いぃー・・・」

「隊長就任で軽い挨拶回りもあるから頑張れ。実力を他の隊に見せる為の演習もあるかもな」

「あー、あー、あーもう、あー・・・」


シガルさん、色々有り過ぎてもう言葉が無くなって来た様です。

あーうーしか言葉に出さなくなりつつある。


「シ、シガル、とりあえず帰ろう。それでちょっと落ち着こう? ね?」

「・・・うん」

「くっくっく、まあ自分で言い出した事だ。お前の事だから曲げる気はねえだろ?」

「うー・・・とりあえず今日は頭を整理するー」


シガルはふらつきながら立ち上がり、のろのろと車へ向かっていく。

その様を苦笑しながらイナイも後ろを付いて行き、ハクも後を追った。

クロトは何故か俺の手を握って待っているので、握り返して御者台に向かう。

御者台に座ってクロトを膝の上に乗せ、グレットにGOサインを出すと軽快に走り出した。


今日は一応シガルの実家に泊まる予定だ。

親父さん帰ってるかなぁ。

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