第649話更なる実力です!

ただ今ちゅんちゅんと鳥の声が聞こえる静かな空気の漂う早朝です。

お城から出た後シガルの実家に向かい、そこで一泊させて貰った次の朝です。


「今日こそ貴様のそのすました顔を歪ませてやるぞ、小僧!」


今日も親父さんは朝から元気です。近所迷惑にならないと良いのだけど。

親父さん、とりあえず顔見たら挑むのを挨拶か何かと思ってません?


今回も片手剣だしやり難そうだなぁ。しかも今回は小さい盾を左手首につけてるよ。

前回盾相手の面倒臭さを知ったし、今までの親父さんを考えると面倒でしかない。

頭での理解じゃなくて実体験としてやり難いって解ったからなぁ。

断言出来るけど、あの人絶対また前より強くなってると思うし。


「お父さん、朝早くから元気だなぁ。ふあぁ~」

『眠い・・・私は何で起こされたんだ・・・今日寝てて良いよって言われたのに・・・』

「ごめん、あたし寝ぼけてた。ほんとごめんね?」


シガルは若干眠たそうにしているが、ついさっきまで眠たそうどころか立ちながら寝ていた。

今日は久々に寝ぼけシガルさんが現れ、寝ていたハクを何故か起こして庭に連れて来たのだ。


まあその前に親父さんが俺起こしに来て寝ぼけて起き上がったせいなんですけどね。

寝てて良いよって一応言ったんだけど、寝ぼけているシガルさんは「うん、うん、解ってる」と言うだけで何も解っていなかった。酔っ払いのおっさんか。

あ、一応今は全員勢ぞろいです。珍しくイナイも眺めてます。


「さあ行くぞ小僧、用意は良いか!」

「え・・・?」

「何だその間抜けなツラは! さっさと構えんか!」

「あっ、はい」


良いのかな。親父さん俺とやる時はいつも先に強化かけてるのに。

無強化で構えているって事は、とりあえずそのままやって何か策があるのかな。

ん、あれ、この感じ・・・ヤバ―――!


「わたあっ!?」

「ちっ、あっさり受けおったか!」


こっわ! めっちゃこわ! 親父さん無詠唱強化習得してんじゃねえか!

うーわ、目茶苦茶びっくりした。直前に魔力の流れ見えなかったら危なかったかも。

親父さん俺が受け切れると思ってるのか、攻撃に容赦が無さ過ぎだったし。


「だがその顔、それなりに驚いた様だな!」

「驚いたどころか怖かったですよ!?」


親父さんがギリギリと押し込んで来るのを、即座に使った二重強化で耐える。

ちょっと発動が遅かったせいで体勢が悪いんだけど、押し返す事も出来なさそう。

膝完全に突いちゃってるし一旦逃げるしかないな。


そう思い体をずらして力を動かそうとした瞬間、逃げようとした方向に氷の槍が降って来た。

直前で魔力の流れが見えたので踏み留まったが、あのままだと串刺しになっていたんですけど。

俺の探知魔術の精度知ってるから、障壁で防げば万が一は無いと思ってんだろう。

しかしさっきより状況悪化してしまった。もっと変な体勢で堪える羽目になったよ。


ていうか今さ、親父さん無詠唱攻撃魔術使ったよね。詠唱しなかったよね。

魔力の流れが完全に無詠唱のそれだったよね。

マジかよ。俺未だに無詠唱攻撃魔術使えないんですけど。親父さんに先越されとる。

いやまあ、既にシガルに先を越されているので何を今更って感じだけどさ。


「お、親父さん、会うたび会うたび怖がらせるの止めてくれません? 今の目茶苦茶怖かったんですけど。つーかまともに受けたらどっちも死ぬんですが」

「貴様の顔を歪める為にやっておるのだ! 当然だろうが!」


あ、はい、そうですね。納得したくないけど納得するしかないんですね。

もう何なのこの親子。ちょっと目を離すと劇的に強くなってるとこまで似なくてもよくない?

つーか、親父さんは本当に進化し過ぎだよ。貴方戦闘職じゃないでしょ。事務職でしょ確か。


「大体貴様がこの程度で死ぬか!」

「いや、これが案外あっさり死ぬんですよ、この体」

「はっ、どの口が言うか!」


いや、本当にこの体弱いんですって。色々覚えているから強そうに見えるだけですって。

事実もう鍛え直した親父さんの身体強化には、常時二重強化を使わないと追い付けないもん。

本気で鍛えたらこんなに強いなら、初めて会った時普通にボコられてた可能性あるな。


あの頃にこんなに強かったら、ガチでやっても勝てたかどうか少し怖い。

何でもアリなら勝つ自信あるけど、この庭の中だけで出来る事だからな・・・。

今はそんな事考えている場合じゃないか。強化を使う以外でこの状況打破手段何かないかな。

どうするかと悩みつつ親父さんを観察していると、何故か親父さんの方から体を離した。


「しぃ!」

「ぶねっ!?」


離れたと思ったら盾の先から刃が出てきて、体勢の崩れている俺をそのまま殴りつけて来た。

驚きながらも何とか躱して地面を蹴り、その場を逃げ出す。

距離を取って剣を構えると盾から刃は消えていた。

技工盾っすか。何という面白ギミック仕込むかなこの人。


「くくつ、驚いただろう。この盾は王国技工士筆頭補佐に作って貰ってな、中々に便利だぞ?」

「でしょうねぇ。今体験させられましたし」


引いたと思った瞬間刃物付きの盾が襲ってきたもん。普通ビビるよ。

魔導技工の類じゃなく普通の技工具だから助かった。もし魔導技工具だったら何が起きてたか。

片手盾なのに両手で剣握ってる時点で何か有るかもと思うべきだったかな。


「今回は前回の様に気を緩ますような事もない。簡単に行くと思うなよ?」


既に簡単に行かない状況になっているのですが。

多分それは手を合わせる前に言うセリフだと思うんですよね。


「クロト君、お爺ちゃんを応援してみて」

「・・・へ? うん。お爺ちゃん、頑張ってー」


シガルが親父さんに応援をする様に言った事で一瞬戸惑いを見せるが、素直に応援するクロト。

果たして親父さんの反応は。


「はぁ~いぃ。お爺ちゃん頑張るよぉ~」


手を振ってでれっでれであった。気を緩ませる事は無いとは一体何だったのか。

俺のジト目に気が付いた親父さんは「ん、おほぉん!」とわざとらしい咳をして誤魔化した。


「さて、そろそろ行くぞ小僧!」


親父さんはきりっとした顔で構え直すが、何とも気が抜ける。

とはいえその実力は本物だ。気を抜いていたら大怪我するな。

こちらも気合いを入れ直して構え、親父さんの攻撃に備える。


「せやぁ!」

「ふっ!」


鋭い踏み込みと共に振られる剣はやはり前回よりも更に鋭い。

おそらくこの鋭さは片手剣に以前より慣れたからじゃないだろうか。

後もう一つ変化が有って、いつもと剣を打ち込んで来る向きが違う。

明らかに左手が俺の方に向く様に立ちまわっている。

そのせいか少し変な動きの時もあるけど、あれは確実に誘っているだろう。


「どうした、いつもいつも受けに回って隙ばかり狙いおって!」

「いや、受けに回り切ってるつもりは無いんですけどね」


俺だってそれなりに手を出している。けど親父さんが悉く捌いているだけだ。

これだけ綺麗に捌かれると下手な攻撃は怖くて打てない。

どうしてもこの細かい斬撃に合わせた受け主体の立ち回りになってしまう。


「後さっきから背後や頭上からガンガン氷が降って来るのでそれも避けないといけませんし」

「ぬぐぐ、悉く避けおって。一発ぐらい当たらんか!」

「こんなの当たったら大怪我ですよ」


剣を振りながら、いつもと違う立ち回りを披露しながら、無詠唱で攻撃もしてくる。

多分今の親父さんなら騎士隊に入れると思うんですけど。絶対スカウトかかるレベルですよね。


「ふっ」


あ、しまったやってもうた。攻撃を左側に振ってしまった。

明らかに誘ってるからずっと右側に打ち込んでたのに。

親父さんはその瞬間ニヤッとした顔をみせ、左手を剣から離して盾で受け止める。

そのまま裏拳で殴りつける様に剣を弾き、片手剣を振りかぶって来た。


「ぐっ!」

「ちぃ、今のも対応するか!」


剣身を戻す事は諦めてグリップで弾き、何とかその剣を躱す。

だから親父さん剣止めてって! 今の振り切ってましたよね! 心臓に悪いから!


親父さんはそこから引かずに踏み込んで来たので、剣を引き戻して斬撃を受け止める。

鍔迫り合いの状態になったのだが、その瞬間親父さんの左手が微かに怪しい動きをした。


「うわっ!?」


盾から今度は刃が射出された。何だよそのびっくり箱さぁ!

驚きながらもギリギリ体を捻って躱すが、慌てて躱した事でまた親父さんに押し込まれる。

くっそ力強いなぁ。単一強化魔術だけでここまで強くなれるの羨ましいわ。

とはいえ―――。


「よっ」

「ぐぬっ!?」


体勢をわざと崩して足払いをかけ、親父さんが何とかこけずに堪えた所を左側から切り上げる。

盾のある左側に放った攻撃は当然だが盾で受けられ、片手剣での反撃が返って来た。

そこを更に一歩踏み込み片手剣の射程内に入り、そのまま弾かれた剣を親父さんより少し遅く振りかぶる。


「ぐ!?」

「俺の勝ちです、よね?」


親父さんの剣は障壁に受け止められ、遅かったはずの俺の剣は親父さんの首元にある。

今回氷の槍連発されまくってたんだ。剣を障壁で受け止めるぐらい許して貰おう。

剣も最初から弾いて懐を開いて貰うつもりだったので、親父さんは半ば空振りしたに近く腕の引き戻しが遅れた結果だ。


「貴様、障壁で剣を防ぐとは卑怯だぞ!」

「親父さんだってガンガン氷の槍降らしてたじゃないですか」

「私は剣を防いでなどいない!」

「・・・防げなかったんですよね?」

「うぐっ!」


あ、やっぱそうだった。何かそんな気がしたんだよ。

あれだげ魔術連発して来るなら、防御にも魔術使ってもおかしくない。

でも親父さんは一発も魔術障壁で剣を防御しなかった。多分障壁はあまり得意じゃないんだ。

少なくともあの速度の斬り合い中に使いこなせる程度じゃないんだろう。


「・・・お爺ちゃん、強い。凄いねー」

「おぉ~、そうかいそうかい。クロト君、おじいちゃん強いかいぃ~?」


駆け寄ってきたクロトを抱きかかえ、デレデレの顔で頬ずりする親父さん。

クロトは無表情すぎて喜んでるのか嫌がってるのかさっぱり解らない。

因みに今のセリフはシガルさんが言わせた模様。めっちゃ胸元でぐっと手を握ってる。


「ええ、驚きました。お父様がまさかここまで強かったとは」

「い、いや~、イナイ様にそう言われると流石に照れますな」

「あらお父様、私の事はイナイと呼び捨てにして下さいな。大切なお父様なのですから」

「あ、あはは、こ、これは中々、本当に照れますな~」


そしてイナイも一緒に付いて来て親父さんを褒め始め、娘と孫に囲まれたお爺ちゃんは完全にでれっでれになっております。

・・・・イナイさんってば、半分は本気入ってるよなぁ。俺も親父さんは好きだけどさ。


「朝から疲れた・・・」


朝食前どころか日の出すぐの早朝だったから、正直ちょっと眠い。


『す~・・・す~・・・』


ハクさんは何時からか解らないけど普通に寝てたわ。

グレットと一緒に丸まってる。俺ももう少し寝たいです。

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